Blank Paper 〜凡人サイクリストのオレが天才メカニックに恋してしまった結果〜   作:fuyu_plus

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#003

 自転車競技部に仮入部してから、三週間が経った。

 

 古賀以外の新入生も先輩たちとの本格的な練習に参加させてもらえるようになって、一年生レースが終わって──いよいよ本入部。

 でもそれを目前にして、これから一緒に頑張って行くと思っていた同級生は一気に減った。

 

 オレがすっげー落ち込んだ仮入部初日の緩くて楽しいサイクリングとは違って、本格的な練習となれば千切れてついて来られないやつが出るようになった。

 さすが強豪校の練習というところか。オレも気を抜いたら落ちかねなくて、申し訳ないけどそいつらを気にかけてやる余裕はなかった。

 

 結局オレたちの代で生き残ったのは、ホープである古賀と瀬上、青八木、谷口、そしてオレだけ。

 

 一年生レースは新入部員の実力テストという目的のほかに、将来的についてこられなくなるヤツをふるいにかけるっていう意味もあったんだろう。仮入部期間中に行ったのも、その親切心だと思う。

 ただこれがまた変な話で、一年生レースで最下位になった青八木と、不名誉なブービー賞を受賞しちまったオレがなぜかやめずに残ってる。

 

「結局、初日に会ったこのメンツくらいしか残らなかったな」

 

 部室の掃除を終えて帰り支度中、公貴はそう言った。

 

「そうだなー」

 

 初日から先輩たちの注目の的だった古賀公貴。一年生レースでもぶっちぎりで1位とってる。

 

 最初はオレらも同じような位置にいたけど、峰ヶ山の登りに入る手前の直線で、古賀のアタックに反応できなかった。

 必死に追いかけたけど、巻き返せるほどの登坂力は誰にもない。ほかのメンバーはバラけていて足並みも揃わないし、集団形成してペースをあげるようなことも無理だった。

 古賀の姿は小さくなるばかりで、ついた差はどうあがいても埋められないものとなった。

 

 初日の一件に加えてそういうのもあって、オレが一方的に妬んでいたから軽く苦手意識があったけど、話してみたらこれがまた超いいやつ。

 羨ましいって感覚のすべてがなくなったわけじゃないけど、今では名前で呼び合うような良い友達だ。

 

「この部活のために初めてロード買ったやつもいたよな。もう少しやってみれば良いのに……」

 

 そう言う公貴の気持ちはわかるが、百パーセントの同意はできない。

 残念だなとは思う。自転車の楽しさがわかる前にやめちまったんじゃないかって。

 

 でも成績を上げられなくて自転車をやめようとしていたオレに、もう少しだけ頑張ってみようぜとか今やめたらもったいないとか、そんな無責任なことは言えねーわけだ。やめるなら傷が浅いうちに……っていう考えは、まだ心のどこかにある。

 

「そこまで好きじゃなかったんだよ、自転車。好きでも得意でもねーことやり続けるのって苦行じゃん? 本当に自転車やりたいやつがここに残っただけだよ」

 

 それは決して悪いことではない、とオレは思う。

 楽しくないことを必死にやっていたって、たぶんここ一番ってとこで踏ん張りが利かなくなるからだ。

 それに、本当に好きだったら、一回やめても結局オレみたいに戻って来ちまうんだろうし。

 

「それわかるかも。やめたいこと無理して続けるなら、自分が本当に好きなこと探すほうがいいと思うなー」

 

 オレの意見に同意したのは、意外にも瀬上だった。

 瀬上はずっと自転車一筋で生きてきていそうだから、まさか彼女の口からそんな発言が出るとは思わなかった。

 

 だって今の発言って、どう考えてもさ。

 

「──なるほどな。そういう考えもあるな」

 

 公貴の言葉に青八木が頷く。

 

「オレも公貴と同じように考えていた。続ければいいのにって……でもたしかにそうだ。競技としてじゃないとロードに乗れないわけでもない」

 

 珍しく青八木が長めに話すと、公貴と瀬上は意外そうな顔をした。でも青八木の話を聞き終わる頃には、二人とも嬉しそうな顔で青八木を見ていた。

 わかるわ、オレもよく喋る青八木を初めて見たときすげー嬉しかったし。

 

「まあ、残った者同士これからも仲良くやろう」

「ゴールデンウィーク中もオレたち毎日一緒に部活だもんな」

「わー、最高だね」

「たぶん地獄みてーな練習だよ。想像するだけで目から汗出て来る」

「でもそれが終わったら、ついに始まるよ」

 

 瀬上はそう言ってキラキラと目を輝かせる。青八木が力強く頷いた。

 

「ああ」

「そうだな」

「ジロが始まる!」

 

 自転車ロードレース好きからすれば一大イベントだ。

 厳しい勾配の山岳ステージが多く、時には雪降る中をも走る過酷なレース「ジロ・デ・イタリア」は、初夏のイタリアを薔薇色に染め上げる。

 グランツールのひとつで、ほかの二つに比べるとクライマーの活躍の場が多いのが特徴だ。

 

 せめてゴールデンウィーク前半から始まってくれれば、どうにか親を説得して現地観戦も叶うんじゃないかって考えたことが何度もある。

 

「今年のマリア・ローザは誰かなー、やっぱりイタリア人選手かな?」

「その傾向は強いが、どうだろうな今年は──」

 

 公貴と一緒に、今年の総合優勝者は誰かという話題で盛り上がる瀬上を盗み見る。

 

 やっぱり楽しそうだ。瀬上はいつでもそう。

 彼女はメカニックであって、オレたちと一緒にレースに出ることは決してないが、同じものを持っていて、同じ場所を目指しているという感じがする。

 

 瀬上が父親から叩き込まれたという整備の技術は確かだ。OBの寒咲さんも感心しているし、部の中でも既に専任メカニックとしての地位を確立させつつある。

 

 すげえよ、マジで。ミリ単位での調整が必要だという整備の世界で、どれだけの研鑽を積んだんだ。

 

──でもさっきの、瀬上のあの発言。

 あれはたぶん、やめたいと思った何かを、実際にやめたことがあるやつの言葉だ。

 じゃないときっと、出てこない。公貴の考えに共感したと思う。

 

 ……瀬上は、一体何をやめたんだろう。

 まだ「メカニック」ってフィルター通してしか知らないんだよな、瀬上のことって。

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