ミネルヴァのフクロウは夜にも飛べない。 作:トーマ
夕方のファミリーレストランは、何人かの客がいたものの、空いていた。
「急に声をかけて申し訳なかったね」
「それは大丈夫だけど、わたしがKだってどうしてわかったの?」
「なんとなく?」
いや、改めて考えてみれば、通話でしか話したことがない女の子を街中で見かけて声をかけるというのはかなりの異常事態だ。話し声を聞いて気づいたとかならばまだしも、ただ歩いている姿を見て気づいたというのは、普通ならば信じてもらえないだろう。ストーカーだと疑われてもおかしくはない。
幸いにしてKは俺に対してそんな疑いを持たずにいるようで、寧ろ俺の服装をじっと見つめていた。
「K?」
「あ、ごめん……えっと、制服だったから。もっと年上だと」
「え? 声老けてる……?」
「あっ、違……えっと、落ち着いていて余裕がある感じがしたから」
「あはは、初めて言われたけれど。まあ、そういう理由なら悪い気はしないね」
「今学校帰りだったの?」
「ううん? 俺は定時制……夜間だから、学校に向かっているところだったんだよ」
「え? 時間大丈夫なの?」
言われて懐中時計で時間を確認する。あまり人前で懐中時計なんて見ていると格好つけていると思われそうで嫌なのだが、いくら時間を確認するという理由であっても、会話の最中に携帯を開くことに抵抗があった。
「まあ、時間的には始まっているけれど」
「え。ご、ごめん」
俺が勝手にファミレスへと誘ったというのに、申し訳なさそうにしているKに噴き出しそうになってしまう。いい子だと言えば良いのか、損な性格をしていると心配すればいいのか。
「俺が勝手に行ってないだけでしょ? あまり気にしなくていいよ」
「でも怒られるんじゃ」
「まさか。俺は絶対に怒られないよ。まあ、怒ってもらえるのならそれはそれで嬉しいんだけれど――あ」
俺の言葉に困惑したような表情を浮かべているKに、喋りすぎたと反省する。
「あー、あれだ。何か頼む? お腹空いてない? 晩御飯……にはちょっと早いかもだけれど。奢るから好きなの頼んでいいよ」
「そ、そんな……わたしもお金あるから」
「いや、ファミレスに誘ったのは俺なんだから。一食分くらいは。それにほら、俺はお金……動画投稿とかの収益があるから、余裕あるし」
暫く渋っていたが、どうにか納得させて、Kはチャーシューメンを頼んでいた。
俺は適当な定食を注文して、待っている間に軽く自己紹介をする。
「えっと、対面では初めまして、K。俺はフクロウ改めて、待夜健也。マチヤでもケンヤでも、あるいはフクロウでも、好きな奴で呼んでくれていいよ」
「あ、えっとじゃあ、待夜さんで。わたしは宵崎奏」
「じゃあ、宵崎さん。いや、まあ、まさか外で遭遇するとは思わなかったけれど。なんかあまり外出とかしそうにないし」
「今日は映画を見に行ったんだ」
「映画……? ああ、そういえばたまに行っているんだったか」
たまにどこかへ行くという話は、通話で何度か聞いたことがあった。それでも、宵崎さんが外出していることを意外に思ってしまうのは、彼女のその見た目に原因があるのだろう。
小柄で細く、病的なまでに白い。先ほどふらふらと歩いていたことからも、体力は無さそうだ。
それからしばらく会話が途切れて、俺は何か共通の話題がないかと探す。音楽についての話をするのが一番なのかもしれないが、それはいつも通話でやっている。
「宵崎さん、今日見た映画の話、聞かせてもらってもいい?」
折角だから、普段はしないような話が出来たらいいなと。
♬
オフラインでの最初の遭遇は確かそんな感じだった。
その後は偶然Kと遭遇したという話をナイトコードでの通話で話題に出し、絵名に俺が危惧した通り、ストーカーなのではないかと疑われてしまったりしたこともあったが、特別異常なことは起きていない。
その後で言えば、週に一度くらいの頻度で偶然外を歩いている宵崎さんと遭遇し、徐々に普通の友人と呼べるくらいの距離間にはなっていた。友人ならば苗字呼びは何か他人行儀のような気がして、思えば友人の少ない俺は距離の詰め方というものを知らなかったのだが、「奏」と名前で呼ぶようになり。
「奏、体調悪そうだけれど大丈夫?」
そんな風な話になったのは、確か初めて奏とオフで遭遇してから数か月も経っていない頃だったように思う。
♬
「奏、体調悪そうだけれど大丈夫?」
「そ、そうかな? でも確かに、ふらふらする……」
俺は週に一度は奏と通学路であっていた。最初こそこんな偶然が続くものだろうかと訝しむこともあったが、そもそも最初に会った時も奏は映画の帰りで、俺は登校の途中だった。生活圏が同じならば、どこかでかみ合うこともあり得ない話ではないだろう。
今日も、俺は学校に行く途中で奏と会っていた。最初の時のように、学校を休んでどこかのお店で話し込むということは稀だったが、それでも奏の人となりはよく理解できたし、これまでにあってきた人物に比べて特に好意的に感じていた。
思えば、俺がいい子ぶるのではなく、本心から誰かの体調を気遣ったのはこれが初めての事なのかもしれない。別にそれに感慨を覚えることもないのだけれど。
「顔色も良くないし……奏、最後に寝たの何時?」
「え? えっと……朝に少し寝た……気がする」
「最後にご飯を食べたのは?」
「それは…………昨日かも……」
「…………どっか食べに行くか」
ただでさえ常に不健康な生活を送っている奏が、一日食事を抜いて、睡眠も不足していると、今にも倒れてしまいそうな状態になっている。これをそのまま放置して学校に行っては、友人として立つ瀬がないだろう。
しかし俺の提案に、奏はふるふると首を横に振った。
「ごめん。悩んでいたところのメロディが浮かんで、今は早く作業がしたい」
「……」
すでに言ったように、今の奏を見送るというのは、俺のエゴではあるのだけれども、なかなか受け入れがたい。だからと言って無理やりにでも食事をとらせるわけにもいかないし、作曲を後回しにするという決断を今の奏がするとも思えない。
「あのさ、俺も非常識な提案している自覚はあるから、遠慮なく断ってくれていいんだけれどさ」
「?」
まさか初めてお邪魔する友人の家というのが、女性の家だとは思ってもいなかった。それも、一人暮らしの女性の家だ。そんな気はないとはいえ、一応、疚しいことは絶対にしまいと決意を固める。
奏の家は、俺の想像していたものと違って普通の家だった。勝手に奏の家に対して、整頓されずに散らかりつくし現代アートのようになっているか、逆に生活感が乏しく最小限の物しかない枯れた庭のような部屋かを想像していた。
「思ったより、ちゃんと片付けもしてるんだね」
「あ……その、家事代行サービスの人がやってくれていて」
「あ……そうなんだ……えっと、ここまで来ておいてなんだけれど、本当にいいの?」
「うん。むしろ、申し訳なく思うけど。本当にいいの?」
「そりゃあ、料理つくるくらい簡単だし、あ、学校なら大丈夫。連絡入れたら小テストで出席の代わりにするってさ」
奏の家に帰る途中にある店で、食料品は買ってきたので、それを使ってできる料理をさっそく準備する。昨日一日何も食べていないとのことなので、なるべく消化にいいもの。それでいて、栄養価の高いものを選んだ。
「苦手なものは、さっき買い物の時に言っていた臭いの強いもの以外で何かある?」
「とくにはないかな」
「じゃあ、俺は料理つくらせてもらっておくから、奏は集中して作業しててよ」
俺が奏にした提案というものは、俺が奏の家に行って、作曲している間に料理を作ってあげようかというものだ。もし仮に俺が逆の立場であったなら断っているが、奏は意外なことに受け入れた。正確には、申し訳ないという理由で断ろうとしたのだが、それが無難な断り方として言っているのではなく、本心だと察して提案を重ねてみると、お願いされてしまった。
「無防備だと注意した方がいいのかな」
家に上げて料理を任せるというのは、かなり危険な行いだと思う。包丁を持たせるのだし、火だって扱わせる。
提案した本人が注意するというのは、訳のわからない話ではあるが、俺も言ってみただけでそこまで本気ではなかったわけだし。
「まぁ、どんな犯罪行為もするつもりはないんだけれどさ」
奏だってその辺の常識を持ち合わせているはずではあるが、そこまで俺は信頼を勝ち得ているようにも思えない。もしかしてだとは思うが、睡眠不足と空腹で、そこまで深く考えずに俺の提案を受け入れたのではないだろうか。
「……まあ、いいや。料理なんて中学の調理実習以来やったことないし、ちょっとだけ本気でやろう……」
そう言えばと、ふと先程の奏との会話を思い出す。臭いの強いものは苦手と言っていたが、煙草の臭いも好きではないのだろうか。ただでさえ好きだという人間は現代では多くないだろうし、強く嫌うこともあるのだろう。
「煙草、やめるか……いや、やっぱ週一にすれば……」
♬
その日は暫くしてから作曲に一区切りついた奏に夕食をごちそうして、そのころにはすでに学校は終わっている時間になっていた。翌日には奏からメッセージで、昨日は申し訳なかったとの連絡が届いた。どうやら本当に、そこまで深く考えずに俺の提案を受けていたらしい。そのことに苦笑しながら、今後は気を付けるようにと言って。それからしばらくの間は、相変わらず週に一度外で偶然出会う以外に、俺と奏の間で変化はなかった。
次に何かがあったのは、そう、全員とセカイで初めて会った時だ。
セカイで会って、まふゆに加えて瑞希もナイトコードに来なくなって(俺のせいで)、絵名とは一切口を聞いて貰えなくなって(俺のせいで)、奏が物凄く追い込まれて(俺のせいで)地獄だった。
「おーい。俺は、いつまで縛られてるの?」
俺をセカイの鉄塔に縛り付けたまま四人だけでこそこそと会話をしているニーゴのメンバーに声をかける。あの状況からこうしてまた曲作りをする仲間に成れたというのは、本当に嬉しい事なのだが。
俺の声掛けに、四人はこちらを振り向いて、代表するように瑞希が答えてくれた。
「ちょっと待ってね! 今、もしどうしてもだめだった時にどこの部位を分担するか話し合ってるから」
「あー…………」
言っている言葉の意味は分からないのだが、なんかどうにか逃げた方がいい気がする。
関節を外してリボンの拘束を緩め――ようと思ったのだが、遠慮なく縛られていてなかなかうまく脱出できない。気づかれないように、音を立てないように慎重に。
セカイでの出来事は、ニーゴの関係性を大きく変えたようで、結局大きな変化はなかった。関係性が壊れかけて、元に戻っただけだからだ。だから、奏がこうなってしまって原因はそれより後の事。
「…………最悪抜け出せなかったら、説得するほかに命はない……それまでに何とか全員がこうなった原因を突き止めねば」
縄抜けは継続しつつも、唯一の答えがある俺の記憶に再度、入り込む。
来週か再来週に続き書きます。
感想ありがとうございます。返信が苦手で、あまり返さないと思いますが、モチベーションが上がるので嬉しいです。
構成、どんな感じが良いか。
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奏編ヤンデレまで→絵名→……
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奏ここまで→ニーゴ個別→原作→奏病み→