ミネルヴァのフクロウは夜にも飛べない。   作:トーマ

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宵崎奏3

 久々に夢を見た。友人と呼べる存在が出来そうなことに浮かれていた俺に、冷や水をかけるような夢。酷く辛く暗く、澱のように心に溜まって、抜けていかない記憶。

 それは俺を、眠りについた後でも逃すまいと、夢という形で見せてくる。

 

 関心を向けてくる親戚の眼は、ぎらぎらとして獣みたいで、ひたすらに怖かった。好意的に見る眼の中には、蔑みや哀れみや、警戒と恐れの色が決まって混じっていた。嫌悪を隠そうとしない相手であれば、それらはより強く交じり合い、もはや人間に向ける眼ではなくなっていた。

 親戚はそれでも俺にとってはまだマシだった。一番いやだったのは、どこか知らない所からやって来た人たち。大人が子供に平身低頭で接している様は、愉快を通り越して気持ちの悪い光景だった。なのにやっぱり、彼らの眼は獣のようにギラギラとしているのだ。

 

 同級生に、真に友人と呼べる人はいなかった。クラスメイトになればとりあえず友達だとしていたが、たとえ俺がそう思っていても彼らにとってはそうではなかった。怒らせないようにしろと言われたのか、俺の言うことが全てまかり通るのは、王様になったようで不快な気分にしかならない。関わらないようにしろと言われたのか、遠目で恐ろしいものを見るような眼を向けられた。

 

 それでも彼らがマシだったのは、どのような視線であれ、それが本来人間に、子供に向けるべき視線で無かったとしても、それでも俺に関心を持って見てきたことだ。

 

 どんな視線であれ、たとえあの獣のような、抉りだして闇に放り投げても、それでもぎろりとこちらを睨んで輝きそうな眼であったとしても。

 

 

 ただ、見てほしかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。無闇に高い天井が視界に映る。

 ベッドサイドのテーブルの上に置いていた携帯を手に取り時間を確認すると、すでに昼を過ぎていた。そのまま何をするでもなく携帯を眺めていると、部屋の外からでも俺が起きてきた気配に気が付いたのか、使用人が入ってきて、昼食は必要か尋ねられる。

 

 正直に言えば食欲もないが、食品ロスを減らせと盛んに叫ばれる時代、「食べる」とだけ答えて、俺の部屋から追い出した。

 

 どうせ、いらないと言っていても朝食も作っているし、すでに俺のための昼食も出来ているだろう。当然朝食はこの時間まで俺が起きなかったことで廃棄され、昼食もいらないと言えば同じ運命をたどる。

 

 寝起きの考えの纏まらない頭の中で、中学生の頃の出来事が思い出された。我が家に使用人がいるという話をどこかからか聞きつけて、さらにそこに若い女がいるという話を考えなしに俺が話したせいで、クラスメイトの男子数人が家に押し寄せてきた。彼らは、メイドさんを想像していたようだが、使用人にそんなコスプレをさせては変態でしかない。ホテルのスタッフの制服と言った使用人の恰好に、あからさまに肩を落として帰っていった。

 

「……まあ、あれが唯一俺の家に友人が来た時か」

 

 この家に、また友人を呼ぶことはあるのだろうか。ニーゴのみんなを、今は大切な仲間だと思えている。まふゆの件が解決して以来オフラインで会うことも増えたし、彼女たちについてこれまで以上に詳しい事情を知った。俺も、俺について語るべきなのだろうか。けれど、それで、何か大切なものが壊れてしまうような気がしてならない。

 

 

 

 ♬

 

 

 

 

 昼食を食べた後、すぐに家を出る。

 

 目的の場所まで徒歩で移動していると、周りのことに目が行く。フェンスに並んで掴まっている数匹の雀。いまだに電球の信号機と、そのすぐ先にあるおもちゃのように薄く近代的な、最近付け替えられたばかりらしき信号機。できたばかりの店と、行列。多種多様の人。

 

 それらを刺激として受け入れている。面白いもの、心地の良いもの、興味深いものとして、受け入れることが出来ているのだ。もっとも、それでも人間だけに注目しようとすると、途端に嫌な事ばかり思い出してしまうのだけれど。

 

「なんて考えてたら嫌になってきたなぁ…………爆発しないかな」

 

 結局変わってない所もあるのだけれど、それでも俺は確かに変わった。それはきっと、奏の、ニーゴのみんなのお陰なのだろう。そう考えれば、早く会いたいと思った。

 

 

 

 

 インターホンを鳴らしてしばらく待つと、奏が玄関扉を開けて俺を招き入れてくれた。

 

「今日もよろしく」

「うん。もう準備は出来てるから」

 

 

 奏の部屋に入り、そこに置かせてもらっているギターを手に取る。耳でチューニングをして、俺を待っていてくれた奏から楽譜を受け取った。

 

 

「楽譜……手書きで書いてるから、もし間違いとかあったら言って」

「了解……」

 

 変わらずに俺はニーゴの演奏担当をやっているわけだが、ここ数週間は奏の家にお邪魔していた。きっかけとしては単純なもので、俺の家の機材が壊れたからだ。勿論すぐに取り寄せようと思ったのだが、どれだけ金があっても、在庫が無くて一か月はどうしても無理と言われればどうしようもない。

 諦めて、しばらく良い環境で録音ができないので、演奏は一時休止したいということを申し出たところ。

 

「それなら、わたしの家の機材を使ってほしい」

 

 と、奏に言われた。

 女の子の家に上がるなんて申し訳がないという思いもありはしたが、何度か奏の家にお邪魔しているし、今さら遠慮する必要もない気もして。

 

「まあ、奏がいいのなら?」

 

 

 そのような流れで、俺は暫く奏の家で演奏させてもらっているのである。

 

 

 

 

 そんなことを思い返しているうちに、パソコンにつないで、録音の準備は出来た。

 

「じゃあ、やるよ」

 

 始めて良いか、一応奏に聞いてみると、こくりと頷いてくれる。綺麗な白銀の髪がさらりと揺れた。

 それがなぜだか、スイッチになったらしい。

 

 いつも以上に集中して、世界が俺だけのものに成ったような感覚に包まれる。

 

 

 

 

 演奏を終えると、奏が笑みを浮かべつつ拍手をしてくれた。動画投稿サイトのコメントで評価されることには慣れているが、こうして直接演奏を喜ばれるというのは、慣れていなくて照れる。奏に褒められると、特に。

 

「よかったよ」

 

 ぱちぱちと手を叩き合わせてこちらを見つめる奏。

 

「俺も。やっぱり奏の曲は弾いてて心地がいいな。今回の曲もよかったと思うよ」

 

 ふと、奏の眼を見つめる。綺麗な澄んだ碧の瞳が、薄暗い部屋の中で、液晶の光を映していた。底まで見えるほど透き通っているのに、完成されており何者も入り込めないような、綺麗な眼だと思う。

 

「な、なに……?」

 

 あまりにも見つめすぎていたらしい、困ったように、そして少しだけ照れたようにした奏に、俺は慌てて弁明した。

 

「あ、ごめん。(眼が)綺麗だなって思って…………」

「………………」

「…………なんか間違えたな」

 

 

 そのあと、茹でダコのように顔を赤くした奏を見て、本当に人間ってこんなに顔が赤くなるんだと変な感心を覚えつつ。

 誤解を解こうとしたのだが、どう言いつくろっても、奏の眼を綺麗だと感じて見惚れていたことは本当なので、弁解するだけ無駄だった。火に油を注ぐように、奏の頬の熱は高まる一方の様で、そこまで過剰な反応をされてしまうと俺も変に意識してしまって。

 

 

 

 

 沈黙。

 それはよくない沈黙だった。俺と奏の関係性が大きく変わってしまいかねない、危険な沈黙だった。

 

 もしかしたらこのまま死ぬまで動けないのではないかという気さえした時に、インターホンのなる音が響いた。静寂は損なわれ、霧散するように危険な気配は失われ、世界は俺たちの愛してやまない音を取り戻す。

 

「あっ、今日は望月さんの来る日だった……」

「あ……あー、じゃあ、早く出ないと望月さん、外で待ちぼうけさせるわけにはいかないし。俺も挨拶しないと」

 

 言いながら、息を荒らげそうになるのをこらえた。どうやら俺は、呼吸すらも忘れてしまっていたようだ。

 

 

 

 望月さんというのは、奏の家に来てくれている家事代行サービスの人。その存在は以前から聞いてはいたのだが、それが顔見知りだった時は驚いた。

 

「お邪魔します。宵崎さん……あ、待夜さんもいらしていたんですね」

 

 言葉尻に音符でも付きそうなほど楽し気な口調の望月さんに、今度こそ俺は日常に戻ったような気がした。何と言うか、このまま奏と二人きりだったら、まともに会話も出来なさそうだったから、望月さんの存在は助かる。

 

「望月さん。こんにちは。俺が言うのもおかしな話だけれど、よろしくお願いしますね」

 

 俺と望月さんが顔見知りになったのは、俺が路上ライブのような真似事をしていた時だ。

 長らく人前で演奏なんてしていなかったのだが、改めてニーゴのメンバーとして演奏をするとなると、念のためにいつもしている動画投稿以外の場所での評価を受ける必要を感じた。

 結果として一度だけやって、通りすがった女子高生たちに褒められて満足、ほくほく気分で帰って、やっぱり俺って天才なんだなぁと悦に浸ったのだが。

 

 その褒めてくれた女子高生たちのうちの一人が、望月さんなのである。

 

「そういえばあの時、望月さんたちの演奏も聞きに行くっていう話をしたのに、まだ行けてなかったな。来週中には行けると思うから、楽しみにさせてもらうね」

「本当ですか!? ええ是非! 楽しみにしていますね」

 

 

 

 その後しばらく、望月さんとドラムについての話をしていると、ふと、服が引っ張られるような感覚を感じた。

 

「……? 奏? どうかした?」

「え? あ…………うっ、なんでもない」

「?」

 

 奏の良くわからない行動に、小首を傾げて、ふと望月さんの方を見ると。

 

「……わぁ……」

 

 と、頬を赤らめていた。

 

「望月さん? どうかした?」

「え!? な、なんでも! 何でもありませんよ!?」

 

 今度は望月さんが挙動不審になってしまったので、奏の方を見ると、奏もわずかに頬を赤く染めていた。わずかにと言っても、普通の人なら風邪を疑うレベルなのだが。奏の肌の白さから考えると、これでも少し顔を赤くした程度だろう。

 

 俺の視線から逃れるように顔を反らした奏に、再度首を傾げつつも。

 

「まあ、とにかく、奏にさっきの録音を確認してもらったら俺はそろそろ帰ろうかな」

「え? あ、そっか。まだ確認してなかった」

 

 

 望月さんも俺がいたら仕事がしにくいだろうし、あまり長居をしていると奏も迷惑だろう。奏に先ほどの録音を確認してもらったら、帰りに酒でも買って、どこかで時間を潰して家に帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 ♬

 

 

 

 

 

 

 宵崎奏が、その恋心を自覚したのは、その日ではなかった。

 

 望月穂波と仲睦まじげに話す彼を見て、確かに嫉妬心を感じたことは、奏自身も自覚していた。けれども、その時の嫉妬心は、自らの感情によるものではないと、そう思いたかった。ニーゴにとって必要な彼が、ニーゴ以外の人間と仲良くなっていることに、ニーゴの人間として嫉妬しただけなのだと。

 それでもだいぶん執着心めいたものを感じるけれど、奏にとってはそちらの方が受け入れやすかったのである。

 

 間違っても、己の身勝手な恋心で、自分だけ幸せになろうなんてことを、わたしは考えていない。

 

 

 

 

「先輩が、誰かに理解してほしいと思うんだったら……ボクじゃだめなの?」

 

 街中で、彼にそんなことを語り掛ける暁山瑞希を見た時に、不思議と胸がざわついた。

 

 

「まだ許してはいないけど、あんたの意見は参考になる……だからよ」

 

 ミステリーツアーの帰り、みんなが寝ている間に席を移動して、隣り合って座る彼と東雲絵名を見た時。奏は一つの確信を

得たのである。

 

 ああ、ニーゴにたとえ彼が必要でなくとも、それでもわたしは彼が欲しいのだと。

 

 

 それからしばらくの間の奏は、体調を著しく崩した。罪悪感と後悔と、幸福と希望とが、奏の小さな体を左右に引き裂こうとして。思考が別れて、脳が裂けそうになった。頭が痛くて、たまらなかった。

 自らにそのような権利はない。どうして自分だけが幸せを手に入れたいと思ってしまったのだろうと、毎日のように、それこそ気が狂いそうなほどに悩んだ。

 

 それがあっさりと解決したのは、結局彼のお陰だった。ただ一言、「大丈夫か?」と尋ねられただけで、救われるような気がした。「心配だ」と言われただけで、彼の特別な何かに成れたようだった。

 

 ここ数日できなくなっていた作曲が、できた。簡単だった。ただ自分の今感じている気持ちを、音に変換するだけの、作業。そうやってできた曲は、誰にも聞かせることなく。感覚を取り戻した奏は、ニーゴの新曲のデモを完成させた。

 

 その曲は好評で、奏も久々に作曲できたことに安堵しつつ、一つの事実に気が付いたのである。

 

 確かに、誰かを救うための曲を作らなければならない奏が、我先に幸せに飛びつくなんて、許されることではない。

 けれど、例えば呼吸に幸福を感じるのならば、呼吸を止めなければならないのだろうか。否だ。それは生きていくうちで、最低限必要な事で、誰かのための曲を作るために必要なもの。

 

 空気と同じように、奏が作曲するときに、パソコンやシンセサイザーを使用するように、彼に頼んで演奏してもらうように。

 

 奏という存在に、彼の存在は不可欠なのだと、気が付いた。

 

 

 

 

 

 それは奇しくも、彼――待夜健也がニーゴを抜けようと決心した時と同じであった。




アンケートしておいて、奏ヤンデレまでの方が票多いのに、この後絵名編に入るというと怒られそうですが、奏がヤンデレるのはもうちょっと要素が必要だと思うので許して。片鱗出したので許して。本当は前話のあと絵名編のつもりだったから許して。

 えななんは少なくともヤンデレまで行きます。つまりこの主人公、少なくともえななんヤンデレ化させた後ニーゴ抜けようとしてやがる。無理やろ。


 高評価ありがとうございます。やはり、良い評価をいただくと、その分頑張ろうという気持ちになれるのでありがたいです。
 少しでも多くの人を楽しませられるように、頑張ります。
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