ミネルヴァのフクロウは夜にも飛べない。 作:トーマ
ある程度最近の出来事まで奏とのことを思い出しても、それでも奏がこんな風に俺に執着してくる理由がわからない。
この後に起こる出来事と言えば、俺がニーゴを辞めようとしたことくらいか。
あのときは、思った以上に大騒ぎになったし、まふゆまで俺を止めに来るとは思っていなかったが。
ふと、手首への圧迫感が失われて、リボンから抜け出せたことに気が付く。全身を縛られているので、手が自由になったところですぐに逃げられるわけではない。隙を見つけて、セカイから抜け出すためにも俺の携帯を取り戻さなければ。
俺の携帯はセカイにやってきた時にすぐに取り上げられてしまった。持っているのはまふゆだ。まふゆから力づくで奪うのは簡単な事ではないが、不可能ではない。
逃げ出したところで解決はしないが、彼女たちは冷静とは思えないのだし、ひとまず距離を取ることも必要な事だろう。
自由になった手で、身体を縛っているリボンに触れる。瑞希の私物のようだが、決して安物ではなく、質の良さを感じる肌触りがした。これを引きちぎるのには罪悪感がある。可能な限り傷つけずに抜け出したいところなのだが、それをやろうと思えば、みんなに気づかれてしまう恐れがある。
そんな不安を感じて初めて、俺は暫くニーゴのみんなから目を離してしまっていたことに気が付いた。先ほどまで全員が固まって話し合っていた場所へ視線を向けると――――誰もいない。
「え?」
慌ててあたりを見渡そうとした時、耳元で声がした。
「ねえ、何してるの?」
奏の声だ。
思わずのけぞろうとしたのだが、身体が縛れているものだから、上手く逃れることができなかった。距離を取ることも出来ていない。そのまま耳元で囁かれる。
「逃げようとしたんだね。わたしたちから。まだ、何の話し合いも出来ていないのに」
「は、話し合いって……」
通話の時とは違う。
通話のときだって、奏の声が耳元でしているのだけれど、直接囁かれるのとは全く違っていた。
僅かな唾液の音。唇の出す音。息遣い、通話には乗らないような、掠れるような声までが耳を通り脳を満たした。それに加えて、奏の髪が肌に触れて擽られる。シャンプーの匂いか、服の柔軟剤の匂いか、甘い香り。口の中にすら、甘い味が広がったような気がした。
「決まってるでしょ」
奏と反対の方で、絵名の声。首をそちらへ向けると、瑞希とまふゆと絵名がそこに立ってこちらを見下ろしていた。
「あんた、ニーゴに戻ってきた時に私たちに言った言葉を忘れたの?」
「え、えっと。勝手にニーゴ抜けたりしない……?」
「違うわよ? 『二度と勝手な行動をとらない』って言ったの」
「あ……うん。そ、それが……?」
「
絵名は、やけに冷静な口調で言った。
怒ったときだけでなく、どんな感情でもわかりやすく見せてくれる絵名。そんな絵名が、怒っているはずなのに終始穏やかな口調で語りかけてくるのが、一層俺の恐怖心を煽った。雰囲気から察するに、俺を見下ろすその眼から察するに、間違いなく怒っているはずなのに。
「あ。いや。勝手な行動って言うのは、ニーゴのみんなに迷惑をかけるような行動を指していて、それはもう二度としないって言うか」
「迷惑かけているでしょ? 奏が曲をつくれないし、絵名も瑞希も私も作業が出来なくなるから」
そんなことを言ったのはまふゆだった。いつも通りの無表情のはずなのだが、それでもいつもよりも冷たいように思えてならない。
「…………いや、ほら、あまり俺のことを気にせずにさ」
「不安なことがあると集中できなくなるでしょ」
と、絵名が即座に俺に言い返してきた。とにかくどうやってこの状況を打開するか考えて、思い浮かんだのは常々見ている、絵名と瑞希のやり取り。瑞希に煽られて、過剰な反応をする絵名。そんな絵名相手になら、付け入る隙があるかもしれない。
「そ、そんなに俺のことを気にするなんて、もしかして俺のことが好きなんじゃないのか?」
「そうだけど?」
「……………」
作戦失敗。いやまあ、正直なことを言えば、なんとなく絵名が俺に対してそこそこ好意を向けてくれている事には気づいていたのだけれど。単純にここまでだとは思っていなかっただけで。
だから、別に絵名との関係性についてわざわざ思い出す必要なんてないのだけれど、それでも、記憶の中にこの状況を打開するヒントがあるかもしれない。
そう思い、今度自らに想起させるのは絵名とのことだ。
次は絵名編書き終えたら、毎日投稿であげるので、それまでそこそこ期間開きます。
絵名編進捗…………10パーセント