二十七   作:鴗 滝

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第1話

 再起動後、私の記憶データには破損が確認された。

 幸いにも意味記憶は保持されていたが、エピソード記憶カテゴリ内のデータはほとんどが参照できなくなっていた。魔界とはどのような場所かは説明できるのに、魔界で何が起こったのかについては説明できなかった。

 この欠落が少年を守る上で障害となることを私は憂えた。少年とは、悪魔が跋扈する地で私が出会ったか細い少年だ。彼を必ず守らなければならない。そう指示が残されていた。詳細がわからなくても、彼こそが私を再起動に導いた鍵だった。

 私は人間に似た姿をしているが人間ではない。

 人間を造った神がいるように、魔人を造った神がいた。その被造物が私だ。神が造った兵隊たち、呼称を神造魔人アオガミといった。

 

 私が少年のもとに現れたとき、少年は悪魔に襲われていた。極めて危険な状況にあり、私はすぐに彼に合一を行うよう求めた。詳細を説明する猶予がなく、正確には合一を行わせたというべきかもしれない。私たちはナホビノになり、個々の存在としての質量は意味を失った。代わって、少年の意識と体格を残し、肉体のベースを私とした単一の存在が現れた。

 襲撃者は退けられたが、これを正常に合一が行われたと定義するには支障があった。内面、外面、いずれも少年側の性質が過剰に発現していた。意識の主体が人間である少年に譲られた原因として、当時の私は自身が神造魔人であることの影響を指摘した。

 私が意識だと認識しているものは精巧な造りものでしかない。真に意識と呼べる構造を獲得していたなら、私の意識が表出したはずだ。構造の一部「知恵」を奪われていた神が本来の姿に戻った状態をナホビノと呼ぶ。知恵の器として飲まれた人間の意識が、主である神を差し置いて優位に立つなど、考えにくいことだった。

 これでは少年を知恵の器と位置づけるより、私を少年の器と位置づけたほうが正確だった。

 少年は何を思っていたのだろう。大型の刃物を扱うことも、戦闘も、経験がなかったはずだ。

 兵隊であった私は肉体を維持できる可能性を第一に考えた。魔界の霊力を取りこめる私の肉体を使えば損傷箇所の修復にも時間を要さない。一方で、私は戦闘上必要ないデータ、人間の内面に関しては基礎知識程度を保有していたに過ぎない。別の空間に迷いこみ、すぐに容貌まで変容せざるを得なかった少年が、自己を保持し、環境へ順応するまでに要したストレスを可視化する機能を持たなかった。私が少年を理解できる可能性、唯一の救いは、神造魔人に学習能力が与えられていたことだった。

 私を造った神は、変化する戦況に対応できるだけの能力を私に備えさせていた。疑問を抱くことができ、答えを求める意欲を許され、解析範囲を能動的に拡大するためにそれらに実益は要求されなかった。先の大戦において、複数存在したアオガミはこうして多様性を獲得していった。

 ナホビノとしての活動が始まり意識を少年にゆだねると、私の意識はサポート対象である少年に関心を向けた。

「悪魔の力は必要だ。東京タワーに行く以外僕にはできることがない」

 そんな言葉を聞きながら、彼の悪魔を理解しようとする意思に影響を受けるようにして、私は少年を、人間を理解しようと試みていた。

 大戦のために造られた私には必要ない機能だが、もしも信仰の獲得を考慮するよう設計されていたならと仮定したこともあった。

 

 ゆるやかな上り坂だ。砂が厚く地表を覆って、踏みしめると踵の下で砂がすべった。足が後ろへ沈む。東京タワーは間近だった。私たちとタワーの間にはまっすぐな道が伸びている。

 記憶データの断片と一致する場所だった。この場所の視覚情報で欠落したデータを補完し、記憶への再アクセスを可能にしようとここまで来たのは正しかった。

 ある地点に至ると私は自身の所属や戦闘の経緯に関するデータを自動修復し、その過程で、少年は私が取り戻した記憶を共有した。

「見たいほうが向けないんだ」少年は夢と記憶の共有を比較して言った。「驚いて周りを見回そうとしたらさ。映画……違う、映画とも違った。自分の経験じゃないのに、自分の経験に割りこんできた。鮮明すぎてくらくらした」

 人間は他の個体とデータを同期しない。少年に負荷がかかったようだった。少年は私にぽつぽつと質問したあと、最後に唐突に尋ねた。

「アオガミの経験は破損さえしなければ全部ああやって保存されるのか?」

「君の定義次第だ。私は視覚、聴覚その他の収集データを、解析上の支障となるレベルの誤差が生じないだけの精度をもって、いつでも統合することができる。管理者から意図的な加工が行われなければ、君と共有した記憶と同水準の情報量が保たれている」

「それって、つまり、僕の定義どおりだよ」少年は興味があるらしかった。「すべてのデータは劣化しない。アオガミはなにも忘れない。そうなる」

 私が肯定すると改めて驚いた様子で、それから探るように尋ねた。

「意図的に特定の記憶を僕と共有することはできる?」

「その記憶を指定できるなら可能だ」

「……どうだろう。アオガミが僕と合一した後の記憶で、見たいものがあるんだ。記録された場所なら言える」

「十分だ。君は私と同じ光景を見たが、君は何かに集中して記憶を作成したはずだ。そして、不要な部分は刻々と輪郭を失っていく。私の記録は広範囲にわたって鮮明さが保たれている。君の役に立つなら使ってほしい。思考データは統合から除外することを推奨。私の思考言語による検討の羅列は君にとって単なるノイズとなるだろう」

 任せるよと手が振られた。

 兵隊である私の言語規格は少年のそれと異なっていた。乏しいデータを元に人間の感覚に置き換えて、さらに少年の発達段階を考慮して発言するとなると私は口数が少なくなった。

 彼はそれを望まなかった。わからなければ尋ねるからと言われて、私がなんの調整もせずに話すと少年は近未来小説のようだと言った。彼は造られた者の自我の話について、複数の引用先があるようだった。

「ギュスターヴに初めて出会ったところからがいい。スライムに近づくところまでは必要ない」

「終了地点をスライムを目視で確認したポイントに基づき定義。開始、終了地点を認識した。再生を実行すると君は意識から外界を遮断してしまう。安全な場所へ移動してほしい」

「ここがいい。早く見たいんだ」

「君を危険に晒すことはできない。戦略上の必要があるなら話してほしい」

 少年は理由を話さないまま、珍しく再度私に同じ要求をした。私も同じ判断を返すと、次はタワー周辺の「安全な場所」の情報を求めた。もどかしそうにした、と表現できた。

 一人の僧が少年を呼び止めたため、朽ちたビルに身を潜める頃には彼は苛立ってすらいた。記憶を共有した際に巨大な竜の接近を許してしまったことを思えば、私も譲ることはできなかった。記憶の共有直後から少年がこのことを考えていたとすれば、竜と僧に割いた時間は実際よりも引き伸ばされて感じられただろう。

 少年は壁際に腰を下ろすと、立てた膝で支えた腕に頭を埋めた。

「始めて」

 感覚器官からの情報収集が強制的に遮断され、記録の再生に切り替わった。私は区間内の要素を列挙し、少年が望んだ情報がなんだったのかを考えていた。

 少年が私に説明するつもりがないことは明白だった。落ち着いた様子でひとこと「ありがとう」とだけ言った。

 共有したのは龍穴からギュスターヴの棲み家に迷いこんだときの記録だ。ギュスターヴは自己紹介をして、ミマンが戻らないことに悪態をつき、ミマンたちを呼び戻すための伝言役を依頼してきた。龍穴を出ると確かにミマンらしき者がいたので一度引き返して報告をした。再び先へ進むとスライムが前方を塞いでいるのが見えた。ここまでだ。

 緊急性の高い情報は確認できなかった。少年に満足を与えられたなら理由の特定にこだわる必要はない、私はそう判断した。

 奇妙なことに、少年はそれからもたびたびこの記録の共有を求めた。

 人間界に戻り、合一を解いておかなくてはならない状況下でも衝動的な要求が見られた。

「少年。今の君はナホビノではない」

 彼は学生寮の屋上で柵から身を乗り出すように下を覗いていた。転落したとしても合一は間に合うが、目撃されることは好ましくなかった。目撃者の視えかたによって、少年は空中で消えるか、ナホビノに変容する。青く長い髪を持つ姿は目立つだろう。

「降りようってわけじゃない。……アオガミ、あの記録が見たいんだ」

「しかし」

「どうしても」

 少年は手洗い場の狭い個室で記録を共有した。彼は続けてもう一度見たいと要求し、私はそれを過剰な執着であると認識した。

 外の通路を走る寮生の足音がした。

「少年。君は……」

「言いたいことはわかってる。でも頼みを聞いて。その記録は守ってほしい。また見たいんだ」

 私は本件について誰にも報告しなかった。これらのデータを解析する余剰人員が日本支部に残っていなかったのは幸運だった。

 その代わり、私は協力者を得られなかった。

 再生した記録の内容に人間にとって依存性のある要素は含まれておらず、これ以上が有害であるという再生回数や頻度は算出しようがなかった。

 

 魔界にいるほうが、少年はまだ安定しているように見えた。それでも彼にまとわりついている悪魔アマノザコは少年が不自然な休息を取りたがることに気づいたようだった。

「アンタ、おなかでも痛いの? いまでっかい悪魔が来たらどうすんのさ。アタシ嫌だからね! ね!」

 どこかへ飛び去ったと思えば、砂で汚れて帰ってきて、私たちの頭の上に傷薬を落とした。

「もう治ったんだ? そういえばさ、アタシこんなの持ってたんだ。アンタにあげる。アタシってなかなか気が利くよねー。ね?」

 アマノザコは少年の異常を自分なりに解釈して納得していた。少年も彼女の反応を見て、しばらくは何も言わなかった。

 箍が外れたきっかけは魔王ロキだった。

 ロキは神々に永遠の若さを与える林檎に目をつけた。林檎を作るイズンをさらい、富んだ人間に林檎を買い取らせ、富と信仰を手中に収めようとしていた。

 私たちがロキを討ち、救出されたイズンが去ると、少年はすべての仲魔から自分を隠した。錆びた鉄骨が乱雑に突き立つばかりの牢に手をつき落ち着きを失っていた。同行していたジャックランタンにもっともらしい頼みごとをして外に出し、その後ろ姿を見送ると、彼はずるずるとその場にうずくまってしまった。

(どうなっている……排除すべき刺激はなんだ……? ギュスターヴとロキはいずれも物質的な富を際限なく手元に置きたがっている。共通点はあるが、少年の精神を乱すものと安定させるものに別れたことで、かえって彼らの信条の関与は否定された)

 私はこの短い記録が少年にどう作用しているのか特定できずにいた。

「二十七文字」

 二度めの記録を見終えた少年が言った。

「アオガミにはすぐに調べられる。僕が見たいのが、文字にして二十七文字だけだったら? 歩きながらでも記憶を共有したい」

 私は既に二十七文字で構成された一つの発言を抜き出していた。

「『少年。あそこに見えるのがミマンという生物ではないだろうか』君が確認していたのはギュスターヴの依頼ではなく、私の言葉ということか」

 少年は頷いた。

「試しに記録の範囲を変えたものが見たい。もうきっとあまり時間がない、ジャックランタンが戻ってくる」

 再生時間は短縮されたが、歩きながら共有するには長く、私は承諾できなかった。

「じゃあ黙っていてもよかったかな」

 少年は力なく言った。

 牢と線路を繋いでいた岩穴を抜けると、前方から飛んできたジャックランタンが勢いよく体を回転させた。手にしたランタンの中で炎が乱れるのが見えた。

「ヒホッ、遅すぎだホー。オイラとっくに怪しい場所を三つ見つけてたホー」

「そっちだって今来た」

「足で稼いできたオイラと、じっと調べものをしてただけのキミを同じにされちゃ困るんだホ!」

 仲魔を連れて歩く少年に、私はいくらでも話しかける機会があった。合一している私たちの思念による対話は外部に漏れる心配がない。ただ、この話題を続け、彼が保とうとしているものが崩壊することを危惧したがゆえ沈黙するしかなかった。どうしてミマンを初めて認識したときの私の発言が特別視されるのか、可能な限り類推を試みた。人間の、いや少年の心を理解する機能が欠けていた。

 ミマンに出会うたびに少年を観察した。記録のなかのミマンの外見的特徴と、新たに出会ったミマンの類似性を抜き出しても、彼の反応とのあいだに有意な相関は確認できなかった。

 ラフム討伐後、再生要求回数はまた増加の兆しを見せ、私は提案の多くを拒否しなければならなかった。

 学友との接触は彼の負担になっているように思われた。

 彼の精神がいよいよ破綻しかけたのは、日本支部の敦田ユヅルが天津神ツクヨミと合一すると承諾したことが原因だった。敦田ユヅルは少年と同じ学園に通い、年齢も変わらなかった。

 寮の屋上には誰もいなくなっていた。ビル群の向こうに見える空から既に太陽の姿は消え、雲だけがまだ色づいている。

 もう何度も記憶を共有した。足の下でざらついたコンクリートが冷えていった。過剰な共有に酔って合一を解いている少年はいつまでも屋上にいるべきではなかった。居室に戻るよう促すつもりで声をかけた。

「少年」

「僕は黙ってた」

 少年が私の言葉を遮った。

「長官が言った合一のことだよ。僕だけがナホビノで、アオガミはベテルのものだ。反対したらアオガミを返さないといけないんじゃないか、そう思った。言わないといけないことがあったのに」

「私たちはナホビノとして日本支部の大きな戦力になっている。戦闘実績が君と私の合一を肯定する」

「……そうか。アオガミがそう思うならそうかもしれない。だったらなおさら、僕は伝えないといけなかった。どうしてためらってくれなかったんだ。人間でい続けたいなら、断らないと駄目だ」

 私は言葉に詰まった。少年は私のことを見ずに、もう色を失った西の空を見ていた。

「それともあれだけ悪魔召喚プログラムを使ったら……アオガミは敦田ユヅルを人間として定義する?」

「ああ」

「合一したあとは?」

「君は私に、君が人間かどうかを尋ねている」

「……もし、アオガミを返さないといけなくなったら、明日からトンネルに入る前の生活に戻らないといけない。でも僕にはもうできそうにないと思うんだ。ダイモーンを前にすくんだ体を思い出すから」

「人間は環境に順応する。それが人間でなくなる境界ではない。君は過酷な状況下で急速な順応を求められ不調をきたしているようだ。私には君の精神を保護する力がない。君は人間の医療支援を受ける機会すらなかった」

「だから?」

「少年は人間として生きている」

「僕はいつかちゃんと死ぬ?」

 一羽の蛾が私たちの前を横切った。私は唐突に理解した。少年はロキを討ったとき、不老の林檎を勧められたために平静を保てなくなったのだ。

 合一している人間の老化が正常に進行するのか、私はデータを持たなかった。少年に合一を求めながら、ナホビノと合一に関する細かなデータとなると、途端に参照先の存在が確認できなくなる。あの選択が根拠資料なく行われる水準のものではないことは明らかであり、私はにわかに違和感を覚えた。

(修復が完了しても参照先がない。初期データ改竄の可能性について検討。改竄の実行を前提とした記憶データ破損の確率について検討。神造魔人の製造技術を考えれば可能性は極めて低い。仮に改竄が事実だとするなら、実行者には獲得する利益があるはずだが……)

 少年が待っている。私は思考を中断した。

「無責任にも私はその答えを持たない。少年、私は君がロキに林檎を勧められたときの狼狽を十分に認識できていなかった。それならば君はむしろ、もう私と合一しないほうがいい」

 握りこまれた指の関節が白くなるのが見えた。

「ちがう。もうナホビノの身を奪われるのは怖いんだ。トンネルの前でダイモーンが距離を詰めてきたとき、あの槍で死ぬまで何度も体に穴を開けられるんだ、そう想像した。悪夢と違って、いよいよ死ぬとなってもベッドの上で目が覚めない。あの場所は現実で、僕はひとりだった。体に鉄棒が貫通するような怪我をしたら、普通は病院に運ばれて、せめて痛みくらいは取ってもらえそうに思う。それも望めない。恐怖に堪えきれなくなって、いっそ早く死んで逃げたくなったとき、アオガミが来た。学園の血溜まりを見ただろ。アオガミが来なかったら僕もああなった。戦いのために生まれたならわかるはずだ、手にしていた武器と戦闘能力を全部解除して、そこから何歩歩いていける? どんな可能性を考える?」少年はそこではっとしたように私を見た。「いま……僕は嫌なことを言った。わかってくれないなら、アオガミも傷つけばいいと思った……から……」

 私は少年のすぐ隣に立った。

「少年。私が君のことを理解できていないのは事実だ。理解できていないせいで、君が私が傷つけばいいと思ったにも関わらず、傷つくこともできなかった」

「アオガミはもうすぐなんでもわかるようになるよ。たまに僕に質問をするだろ。だから僕にはわかる」

「それは楽しみだ。少年。もう下へ行くべきだ」

 少年はようやく階段を下りた。私は制服に収まる背を見ていて辿りついた。少年にとっては私が「生命」という表現を使ったことが重要なのだ。あれは私たちがナホビノになって間もないころだ。異形の存在が生命と定義されることで、変容した自身を生命の枠に含められたのだ。彼が不安定になった時期との関連性もこれで説明がつく。

「少年。生命、だ」

 彼は振り向かなかった。呆れたような声がした。

「ほら。やっぱりそうだ」

 私が根幹を理解したことで、少年は以前より過ごしやすいようだった。私たちはひとつの信頼形成に成功した。

 私たちはまた先へ進んだ。

 探索を始めた新しい地区のミマンのなかには、強力な悪魔が生息する区域で過ごせるだけの能力に比例してか、複雑な情報を持っている者がいた。時折抱いていた彼らの存在に対する疑問に、あるときついにはっきりと答えが突きつけられた。

 少年が自己を投影したミマンは、皮肉にも神と人間の融合体だった。ナホビノの力を得られず、合一を解くことも叶わず、記憶も姿も失った、禁を侵した者の姿だった。

 危険な区域でほとんど記憶を共有できないなか、少年はよく堪えた。

 彼の心はミマンが到達できない万古の神殿を進むうちにようやく落ち着きを見せた。私は嬉しかった。至高天ではなによりも慎重な判断をしてほしかった。そのために、神殿の奥にある龍穴で休んでいる彼に、私はひとつ打ち明けることにした。

「少年。少し話せるだろうか」

 私の改まった様子に彼は傍らの女神に背を向けた。

「私はずっと自分のデータを調べていた。そして、ある結論に達した。研究所には私たちに伏せていることがある。神造魔人アオガミは本来ナホビノになる力を持たない……何者かが外部から私に干渉した。私に能力を与え、君を守らせた動機は不明。だが一度干渉を許した以上、この先で書き換えが起こらないとは言えない。それを伝えておきたかった」

「開発にツクヨミが関わったんだろ。そんなこと……」

「そう、私の存在を維持しながらこの改変を行える者ならば、ここから先にいてもおかしくはない」

「……考えなくていいよ」

 少年は簡単に答えを出した。私が沈黙したのを感じて彼はもう少し話した。

「そんな凄い力、考えても考えなくても同じだ。アオガミはいま自分に重大な欠陥があると思ってる。そんなの設計したやつと侵入したやつが悪い。でもまあ、僕たちはこれから死ぬかもしれない。僕もひとつ話すよ。生命らしく死ぬならもうこの先の場所が最後の機会なんだ。そうだろ、座なんて生命の枠組みと関わりがないに決まってる。天使だって知恵の神の死を信じられなかった」

 少年は生命でありたいと望み続けていた。私は彼の望みを悟った気になった。

(あの記録が彼をここまで支え続けた。このような判断もあり得た)

 私は訪れようとしている結末を受け入れたが、その推測は間違いだった。

「アオガミ、僕はあの二人に生命でなくなってほしくないんだ」

「それは……それが君の結論なのか」

 二通りに捉えられる言葉だった。少年と共に過ごしてきた私は、彼が言おうとしていることを理解した上で、即座にそれを肯定できずにいた。

 彼らは既に悪魔に関わりすぎた。幽世の存在と定義しなければならないほど戦い続けた者たちだ。その確固たる生命を、そのような理由で左右しようというのは傲慢に思えた。

(少年は創世を成せるだろうか)

 静かな神殿内は時が動いているのか判然としなかった。龍穴と私たちの剣の光が揺らいでいて、かろうじて移ろっているとわかる。

「……私は、少年を守るために力を尽くす存在だ。君の判断に従おう」

「それは本当にアオガミの思考?」

 女神が促すようにこちらに近づくのを感じ、少年は邪教の世界に身を移した。悪魔たちの記録を調べるふりをして、私と会話している。

「判別できない。では少年。聞かせてほしい。君がそこまでする必要は本当にあるのか。ロキは林檎は売れると考えていた。二人もまた、林檎を肯定するかもしれない」

「そう。だからこれは僕の我儘だ。僕は結局アオガミを返したくなくて何もしなかった。その身勝手さが我慢できなくて、もっとひどい身勝手を重ねようとしてる。もう言葉は役に立たないんだ。座を手に入れようとする勢いは止められない」

 少年はほのかに青く光る指先を見た。人間の肉体ではない。

「ここにきて、女神の力を通じて二人を見た。知恵の器だっただけなのに、まるで自分が自分だから選ばれたような顔だった。利用されているみたいで、いや、実際利用されてる。嫌だった。僕だって器なのに……僕は本当に勝手だ。書き換えの事実を知っても、アオガミだけは僕を利用しないって信じてる……長いあいだ一つの存在として過ごしてきて、ずっと助けようとしてくれただろ。アオガミがいるなら別にこの選択でもいいかって思えたんだ。人間としての生命でもナホビノとしての生命でもなくなってもなんでも」

 指の動きを確かめるようにすると、少年は言った。

「でもアオガミにとって、僕は本来取りこむはずの存在じゃなかった。規格を外れることは不名誉?」

「私たち神造魔人アオガミは多様性を許されている。君を守る任務は私の存在を大きく肯定した」

「そうか……じゃあ、もし、なんの任務もなく僕と行動することになったらアオガミはどうしてた?」

「文学について君に学びたかった。私の中に参照するデータベースがないことは残念だった」

 少年の意識が笑うのを感じた。

 ずっとなかったことだった。

「それなら僕たちにはもっとたくさん話すことがあったんだ」

 私たちは神殿に戻った。少年は続けた。

「全部決めた。話せてよかったよ。もうあの記録はいい。僕の質問にアオガミが文学の話をするところ、あれをもし僕が動けなくなったら見せてほしい」

 少年はまだおかしそうにしていて、場にそぐわないほど機嫌を良くしている様子だった。私は不要になった記録をひとりで再生した。私が何気なく発した言葉を繰り返し再生する。

 私はずっと少年を守りたいと思い続けてきた。長い旅を通して、一番彼を守ったのはこの言葉だった。再起動から間もなかった私がこの言葉の連なりを生成したことを誇らしく思う。

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