歌姫は、『どこかの空』の下にいた 作:カニチリ
「はぁ……」
ため息が漏れる。あの日。シャンクス達がエレジアを滅ぼして、私を置いていってしまってから、どのくらいたっただろうか。
ゴードンさんは、シャンクスの娘である私に、とても優しくしてくれる。王様だったんだから料理なんて作ったこともないだろうに、いつもご飯を作ってくれる。本当なら恨まれて、殴られて、殺されたって仕方がないと思うのに。それが逆に、つらくもあった。
そんなゴードンさんの下で、私はずっと音楽の勉強をしている。エレジアの優しい人たちが積み重ねてきたものを、これで終わりにしてしまいたくはないから。みんなが素晴らしいと言ってくれた私の音楽の才能を、何かに生かさなきゃいけないと思ったから。
でも……。
「さみしいよ、ルフィ……」
エレジアの夜は、とても静かだ。今日も、風の音と、それで揺れる窓や木の音くらいしか聴こえない。ガサリ、と木の枝が揺れる音がしたけど、これもいつもみたいに風のせいで、窓の外を見ても動物なんていないんだ。この広い島に、私とゴードンさんの二人だけ。そう思うと、さみしさがどんどんこみ上げてくる。
ぜいたくなことだってわかっているけど、悪い人の娘にそんな資格はないんだろうけど……ルフィに会いたい。その気持ちは、日々大きくなるばかりだった。
もっと話をしたい。また勝負をしたい。もう一度私の名前を呼んでほしい。
「ウタ!? ウター!! おーい!!」
そう、こんな風に。……思わず笑ってしまった。ルフィに会えないさみしさに、私はついにおかしくなっちゃったみたい。こんなところにルフィがいるわけないのに。同じ東の海とはいえ、フーシャ村からこのエレジアまで、航海に何日かかったことか。
「あはっ……空耳まで聴こえるようになっちゃったか」
ああ、でも本当に本物みたいな声だなぁ。記憶の中のルフィと、何も変わらない。
「ウタァーっ! 笑ってないで助けてくれェー!」
ふふ、ルフィの悲鳴も久しぶりだな。あの時、近海の主から逃げるときもこんな感じの声だったっけ。
「ウタ!? 聴こえてないのか!? ウタァー!」
「……んん?」
いや、幻聴にしてはハッキリ聴こえすぎてるような。さすがにおかしい。
声が聞こえる方、窓の外を見ると、そこには――。
「ルフィ~~~~っ!?」
一番会いたかった男の子が、泣きながら木の枝に引っかかって揺られていた。
「恐がっだ……死ぬがど思っだ……ありがどう……」
あの後、結局私じゃ届かなかったので、ゴードンさんを呼んで助けてもらった。
ルフィはパニックになってるようで、何を言ってるんだかよくわからない。「じーちゃんに」「風船を付けられて」「飛ばされた」「さむかった」「こわかった」とかなんとか、泣きながら途切れ途切れに言ってる。
ウソみたいな話だけど、体にはしぼみかけの風船がくくり付けられてて、ここから見える範囲には船もないから、風船で飛んできたのは本当みたい。それにしたって……こんなこと、シャンクスだってしないはず。とてつもなく邪悪な海賊のしわざに違いない。
顔も知らない悪い海賊、ジー・チャンが許せなくて、私は強く拳を握った。ゴードンさんも、「なんとひどいことを」と言っていた。
「あれ?」
改めてルフィを見て、そこで気付いた。ルフィの首にかけられた紐の先に、見覚えのあるものがぶらさがってる。よく見ると、それがなにかはっきりとわかった。――シャンクスの、麦わら帽子だ。
「ねえ……ルフィ、その、帽子、は……?」
声が震えるのが自分でもわかる。なんで? 少なくとも、エレジアにいたときの、私を捨てていった時のシャンクスは被ってた。でも、今ルフィが被ってる。なんで? どうして? 頭の中がぐちゃぐちゃだ。
そんな私の言葉に、ルフィはさっきまでのボロボロの泣き顔が嘘みたいに、自慢げな顔をして言った。
「シャンクスから預かった。おれが立派な海賊になったらシャンクスに会いに行って、その時返すんだ!」
「――は?」
――ルフィは、何を言ってるの?
それから、ルフィが話してくれた事情は、とても信じられなかった。
「それでな、シャンクスは山賊に連れてかれたおれを助けてくれて――」
ふざけんな、そう叫び出したい気持ちを必死でこらえながら話を聞く。そんなことをルフィに言ったって、意味がないんだから。
シャンクスはあの後何事もなかったみたいに、フーシャ村に戻ったらしい。なんでも、私は「夢を叶えるために船を下りた」んだって。本当に最低。私だけじゃなく、ルフィにまで嘘ついて。それに、あれまでと同じようにルフィに接してたっていうのがとても気持ち悪い。
「――船を出す前に、おれにこの帽子を預けてくれたんだ!」
ルフィは、そう締めくくった。あのシャンクスが、ルフィを助けるために左腕をなくした? 信じられないと思ったけど、私にはすぐにあいつの狙いがわかった。私と同じように、何かに利用するつもりなんだ。今のルフィは、エレジアに行く前の私と同じ。だから、私が本当のことを教えてあげなくちゃ。
「それにしても、ウタが元気そうで本当によかった! シャンクスはウソついてなかったんだ!」
「……あのね、ルフィ」
「なんだ?」
にこにこ笑顔のルフィ。この笑顔をこわしたくなんてない。でも……このままだと、きっと後でもっと苦しんじゃうから。だから、私は言うことに決めた。
「あんた、騙されてるんだよ。シャンクスに」
「え? なに言ってんだよウタ。そんなわけないだろ。だってシャンクスだぞ?」
ルフィは、私がおかしなことを言ってると思ってるみたい。だから、心を鬼にして続ける。
「私は、夢を叶えるために残ったんじゃない。シャンクスに、ここに捨てられたんだよ」
「えっ……シャンクスが……?」
「……」
辛そうな顔をするゴードンさんは、きっとあの日のことを思い出しちゃったんだろう。けどごめんね、ルフィをこのままにするわけにはいかないんだ。
「ねえルフィ、この国がなんでこんなに静かだと思う? なんでこんな夜に、街のどこにも灯りがついてないと思う? なんでこんなに広い建物に、私たち二人だけしかいないと思う? 教えてあげる。全部全部、シャンクスがやったんだよ」
そこまで言うとルフィも耐えられなくなったみたいで、ついに怒りだした。
「いい加減にしろよ! シャンクスがそんなことするわけねェ!! ウソつくなウタ!!」
「ウソじゃない!! シャンクスがやったの!!! 私が寝てる間にこの国を壊して、宝を奪って、私を捨てて出て行ったんだ!!!!」
「……違うんだ……」
「もうやめろよ!!!!」
ルフィが私のほっぺを引っ張ってくる。
「ひゃめない!!!!」
私もほっぺを引っ張り返す。どうして信じてくれないの!?
ほっぺが痛くて、信じてくれないのが悲しくて、私たちは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら喧嘩する。
「……違うんだ!! 二人とも聞いてくれ!!」
「「!?」」
ゴードンさんの大きな声に、驚いて手を離す。私の腕いっぱいまで伸びていたルフィのほっぺが、バチンと音を立てて縮まった。
「教えても、教えなくても、どちらにせよ禍根を残してしまうだろうが……彼を慕っていた幼い二人が、このために仲違いしてしまうのは耐えがたい。それは、彼もきっと望まない」
「どういうことなの……?」
なんのことだかわからない私に、ゴードンさんは静かに、何かをこらえるようにして言ってきた。
「あの日エレジアを滅ぼしたのは……『突然現れた巨大な怪物』だった。シャンクス達は、君と国民達を守るために戦い、それを追い返したんだ」
「!?」
驚いて、ゴードンさんの顔を見直す。嘘をついている感じはしなかった。
「じゃあ……それじゃあ、どうして置いていったの!?」
それだったら、私とゴードンさんを連れてフーシャ村に帰ってくれればよかったのに。
ゴードンさんは、その時のことを思い出すようにして続けてくる。
「あの戦いを通して、君をこれ以上危険に晒せないと思ったんだろう。自分たちのような海軍に追われる海賊ではなく、最高の歌い手になってほしいと……彼はそう言っていたよ」
「……なに、それ」
過保護すぎる。馬鹿じゃないの? やり方ってもんがあるでしょ。……でも、シャンクスならやりかねない。そう思うと、自分の中から何かが抜けていくような感じがした。
「ほらな! シャンクスはそんなやつじゃねェって、ウタも知ってただろ!」
本当に嬉しそうな顔でルフィが笑う。
「うん……うん!」
気付いたら、私も泣きながら笑ってた。信じたいと思っていたのに、信じきれなかった。本当にごめんね、シャンクス……。
「落ち着いたみたいだね」
「うん」「おう!」
たくさん泣いて笑って、本当にスッキリした。昨日までのモヤモヤやさみしさは、ウソみたいに消えてた。
シャンクスは悪くなんてなかったんだ。私を愛してくれてたんだ。悪いのは、その怪物だけだったんだ。……あれ? そういえば、その怪物って……。
「でもさ、ゴードンさん。その怪物って追い返しただけなんだよね。そいつ、どこかにまだいるってこと?」
「そんな奴、出てきたらおれがぶっ飛ばしてやる! おれのパンチはピストルのように強いんだ!」
いやいや、ルフィのグルグルパンチで倒せる怪物なんていないでしょ……って言おうとしたけど、ゴードンさんの話を聞かなきゃいけないから我慢する。
「……うむ。その怪物は、完全に消えたわけではないのだが……当分は出てこないだろうし、少なくとも今の私達にはどうにも出来ない。君達がもっと大きくなってアレに立ち向かえるようになったら、その時に詳しく話をしよう。……すまないが、それでいいだろうか」
何か、詳しくは言えない理由があるらしい。無理に聞くのはゴードンさんに悪いかな。いつか話してくれるのなら、その時に聞けばいいか。
「うん、わかった」「ふーん、わかった!」
それからしばらく、私達はゴードンさんから音楽について教えてもらったり、前と同じように一緒に遊んだりした。勝負ももちろん続けている。200戦を超えて、まだまだ私の連勝は止まらな「違う! おれが200連勝してるんだ!」ルフィうるさい! ……とにかく。そんなこんなで、穏やかに毎日を過ごしてた。
私はこんな生活がずっと続いたらいいと思ってたんだけど……そんなに経たないうちに、3人での生活の終わりは突然やってきた。
「ルフィ~~~!! ルフィはおらんかァ~~~!!」
「じいちゃん!?」
軍艦でエレジアにやってきた人――ガープさんと言うらしい――はルフィのおじいちゃんで、海軍の中将さんなんだって。ルフィを風船にくくりつけて空に飛ばしたのもこの人みたい。……海賊じゃなかったんだ。海軍の人が何をやっているんだって文句を言いたい気持ちはもちろんあったけど、おかげでルフィに会えて、シャンクスへの誤解も解けたから、なんともいえないかな。
「じゃ、ウタとゴードンのおっさんも一緒に帰ろう! いいよな、じいちゃん?」
「わっはっは、もちろん構わんぞ! さァ行こうか!」
フーシャ村に帰ることになったルフィとガープさんは、当たり前みたいに私たちを誘ってくれた。本当に嬉しい。でも――
「ごめんね。私は、ここに残りたい」
「なんでだよ!?」「何故だ、ウタ!?」
ルフィとゴードンさんが揃って驚いた顔をする。意外とノリが近いところがあるのかな、この二人……なんて思った。
「私はまだ、シャンクスが願った『最高の歌い手』には全然なれてない」
「ううむ……」「そうかなァ……」
私なりの考えを伝えたんだけど、なんだか納得できてないみたいだ。
「そうなの! それで、エレジアには音楽のためのいろんなものが揃ってるでしょ? もし、ゴードンさんがよければだけど。私は、これからもここで学びたい」
「もちろん、私は構わないが……ウタは本当に良いのか? ルフィくんと一緒にいたいはずだろう」
「そうだよ! おれさみしいぞ!」
さみしがってくれるのは嬉しいし、できるなら私もずっとルフィと一緒にいたい。でも、中途半端なままで済ませたくない。エレジアの音楽を、ちゃんと私のものにしてみせる。それが、今の私のするべきことだと思うから。原因がシャンクスじゃないってわかっても、これは変わらない。
「私もさみしいよ。でも、これが私の夢なんだ」
私の作る新時代に、エレジアのみんなも連れていきたいの。そう言うと、ルフィも納得してくれたみたい。
「そっか……それがウタのしたいことなんだな。わかった!」
さみしそうな顔から、ニカッと笑う。太陽みたいな笑顔だった。
「それでね、ルフィ。あんたが大きくなって、海賊になったらさ。エレジアに、私を迎えに来てよ」
「ウタ……!?」
ごめんね、ゴードンさん、それとシャンクス。でも、私は海賊だって、みんなを幸せにできる『最高の歌い手』になれると思うんだ。私はどっちも諦めたくないの。
「うーん……でもさ、ウタは赤髪海賊団の音楽家だろ?」
「ふふっ、いいの。理由はわかったけど、シャンクスは私を置いていったんだから。船長に降ろされちゃったんだし、今の私は、ただのフリーの音楽家。うう、誰か乗せていってくれないとどこにも行けないなぁー……新時代が作れなくて困っちゃうなぁー……だれか優しい船長さんが助けてくれないかなぁー……?」
ちらりちらりとルフィを見ながら、わざとらしく困った雰囲気を出す。するとルフィは、納得したみたいでポンと手を叩いた。
「あっ、それもそうか! じゃあいいよ、おれが乗せていってやる!」
「いや何もよくないじゃろうが! 海賊になるなんて許さんぞルフィ! お前は海兵になるんじゃ!」
ガープさんが怒ってるけど、それはいったん無視して続ける。
「それまでに、私は世界最高の歌い手になってるから! それでルフィと一緒に海に出て、一緒にシャンクスに会いに行って、それから一緒にぶっ飛ばすんだ!」
私のことを思ってくれてたのはわかるけど! 愛してくれてたのもわかるんだけど! 私にちょっとは確認してくれても良かったよね!? 私、ついていくって言ったよね!? そこだけは今でも許せない! 一発くらいぶん殴ってもいいよね! かわいい娘なんだもん、許されるよね!
「えぇ~? いやおれ、シャンクスをぶっ飛ばす気はねぇんだけどなァ……」
急に気乗りしない様子になったルフィに、じっと目を見て圧を掛ける。ルフィはこれに弱いんだ。それにルフィだって、この事情は知ってるもんね。
「ねえ、ルフィ~……?」
「うう、仕方ねェな。わかったよ……」
「素直でよろしい」
よし、これでこそルフィだ。この素直さが、ずっとなくならないでくれたらいいけど。
「こらルフィ! 聞いとるんか!」
「それじゃ決まり! 待ってるからね、ルフィ!」
「じゃあな、ウタ~~~!!!」
「ばいばーい、ルフィ~~~~!!!」
あの夜と同じように、遠くに行く船と、残される私たち。でも、私の気持ちは全然違った。
笑いながら手を振って別れる。ルフィの方は泣いちゃってるみたいだけど。まったく、相変わらず泣き虫なんだから。……私はもちろん泣いてない。夕日がやけにぼやけるのは、目にゴミが入っちゃっただけだ。
さあ、これから。新時代を作る歌い手として、ルフィの船の音楽家として、恥ずかしくないように頑張らなきゃ。
10年後――フーシャ村にて。
「よォし! 待ってろよ、シャンクス! ウタ!」
「海賊王に!! おれはなる!!」
それからさらに少し後――エレジアにて。
「あっはっは! 見て見てゴードン。ルフィの手配書だよ! ほら、すっごい笑顔!」
「あァ……ルフィ君は、本当に海賊になったんだな……」
「すごいねぇ、懸賞金3000万ベリーだって! ふふっ、そろそろ会えるかな?」
「しかし、果たして本当によかったのだろうか? ……まあ、すっかり健やかに育ったことだし、よしとしようか」
初投稿です。拙い文章ですが、お読みいただきありがとうございます。
トットムジカの真相については、ゴードンさんがいい感じのタイミングで教えてくれるということにします。トットムジカと和解せよ。ムジカフォームを使いこなしたりせよ。