「……惚れ薬?」
「そうなんですよ、タキオンさん」
私はデジタル君の言葉に思わず眉を潜めた。
事の始まりは同室のアグネスデジタル君が私に相談があると言って来たので寮の部屋で話を聞くことにした。そして椅子に座らせ開口一番にこの単語が出たという訳である。訳が分からない。
私は紅茶を私とデジタルくんのカップに注ぎ話を促した。
一先ずデジタル君に話をまとめるとこういうことらしい。
先日デジタル君がトレーナーに日頃の感謝の気持ちを伝えるため商店街でトレーナーに似合う物を探していると怪しい店を見つけつい入ってしまった。その店で目的の物は見つかったが惚れ薬を店員に押し付けられたらしい。
私は瓶に入れられた惚れ薬という液体を見て思わずため息を着いた。ほぼほぼ確実に偽物だろう。
「惚れ薬というものに全く興味がないわけではないが……いささか信憑性に欠けるね、それも怪しい店で押し付けられた物だろう?」
「……私も本当に効果があるとは思えなかったのですが、店員さんに断り切れなくて、つい受け取ってしまったんです。これはどうしたらいいんでしょうか?」
私はデジタルくんの言葉に首を傾げた。考えるまでもない簡単な方法があるだろうに。
「どうって、店に返せばいいだけだろう? まあ、お金を払っていないから返品できるか微妙な所ではあるがまず、そこからだろう?」
「……私もそうしようと思い店を訪ねたのですが何故かその店が見当たらなかったんです」
「……どういうことだい?」
「言葉の通りです。その店の付近に行っても見つからなかったんです。人に聞いてもネットの地図で探してもヒットしませんでした」
「ホラーの部類じゃないかい、それ」
そんな怪奇現象、私の得意分野とは真っ向から反する物だ。むしろカフェの出番だろう。
私は震えそうになる手をデジタルくんに見せないようにカップを持ち上げ紅茶を口に含ませる。……動揺し過ぎたらしい。砂糖を入れ忘れていた。私らしくもないミスをしてしまった。
「相談したいことというのはここからなのですが」
「……なんだね」
「薬の処理方法を教えて頂けませんか?」
なるほど、そういうことか。確かにそれは私に相談するだろう。薬の処理の仕方なんて他の人やウマ娘には言いづらいことは想像に難くない。
危険物や劇物は川に流す、 薬は焼却、水で希釈すると言った方法が必要だ。普通の薬ならゴミで出すだけで良いのだけれど……。怪しい店の怪しい薬を普通の方法で対処していいものか。
「……とりあえずこの薬一晩預からせてもらっていいかな?」
「はい、いいですけどどうするんですか?」
本来なら薬のことで彼女に頼るのは避けたいのだけれど事が事だからね。私はデジタルくんに向けて笑みを浮かべる。
「専門家に見てもらうのさ」
するとなぜかデジタルくんが鼻血を出して倒れた。……何故だ?
「尊い」とか「顔が良すぎる」「不意打ちは無理」等と気絶しながら呟いていたデジタルくんを保健室まで運んだ私はカフェの部屋を訪ねた。
「……いきなりどうしたんですか。実験には付き合いませんよ?」
「いや、今回はそれが用事じゃない。まあ、薬に関係してはいるがね」
不思議そうにしているカフェに私はポケットから取り出し薬を見せた。
「っ!?」
「これを見て何か感じることがあったら……カフェ?」
突然顔を強ばらせたカフェに思わずたじろぐ
。いきなりどうしたんだ?
「タキオンさん、それあなたが作ったのですか?」
「……いや、違うよ。私の知り合いが押し付けられた代物らしくてね……。見てもらおうと思っただけさ」
カフェのあまりの剣幕に声を詰まらせそうになりながら答えた。
「……そうですか、それあまりにも禍々しいのでもしタキオンさんが作ったのだとしたらどうしようかと思いました」
「そんなにかい!?」
そこまでまずいものなのか。これは。
「摂取しなければ害はないでしょうけど、それは普通の処理では対処しきれませんよ、怨念がこもってますから」
「どうしたらいい」
「怨念さえなんとかすれば普通の処理でも問題ありません、私の知り合いにそういうことが得意な人がいますのでやってもらいましょうか?」
それは助かる。
「頼めるかい?」
「ええ、……。」
突然カフェが無言で私を見つめた。
「私の顔を見てどうかしたのかい?」
「いえ、こんな話信じるとは思わなかったので」
「え、嘘なのかい?」
「いえ、本当ですが信じてもらえるとは思いませんでした」
ああ、そういうことか。そんなのは簡単だ。確かにカフェの言う友達とやらは証明できない。もちろん、幽霊の存在もだ。だが……
「君はそんなことで嘘を吐かないだろう?」
「……そうですけど」
カフェはそう呟やくと俯いた。?どうしたのだろうか。耳まで赤いが体調でも悪いのだろうか。
その後は語ることもない。惚れ薬はお祓いをしてもらい、念のため水で希釈し布に染み込ませ、可燃ゴミとして捨てた。これが一番楽で早い。
「それにしても惚れ薬ねえ」
私は思わず呟いた。もしあれが本物だとして所持していたら私は使っただろうか? まあ、たらればを考えることは意味がないが使うとしたら間違いなくモルモットくんだろう。色んな意味でね。ただ本物だとしても私は使っただろうか。分からない。ただ、もしモルモットくんが薬で私を好きだと言っていたら私は微笑んでいるのだろうか? 私はその場面を想像し、何故か笑えなかった。
確かに結果だけ見れば問題はない。ただ人やウマ娘は感情と向き合いながら生きている。感情を作って出来た結果は破滅を招く気しかしない。最近私は知った、感情が持つ力を、不思議を。だからこそ感情は本人の思考に因る要因があるならともかく結果だけが起こるものなんてあってはならない。少なくとも私たちには不要なものだ。
「ふぅ」
思わず天井を仰ぎため息を吐く。そして思わず苦笑した。意味がないことだと分かっているのについ考えてしまった。我ながらおかしいものだ。そう考えながら部屋に備え付けられた時計に視線を向ける。そろそろモルモットくんが部屋を訪ねて来る頃合いだ。私は紅茶を入れる準備を始めた。