ジョジョの奇妙な冒険 ロード・トゥ・オーシャンヘブン    作:ユーホー腐れ男子

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友情の締結

 

 徳永の為に甲田はもう一杯のコーヒーを買ってきた。

 大学の購買で買えるコーヒーなんて自動販売機で売られている缶コーヒーのそれと同程度だと思うかもしれないが、この南陽大学の学部長がコーヒー好きなことに起因しており、購買ではコーヒーは淹れたてのものを買うことができる。

 ホットもアイスも一律百三十円。リーズナブルだ。

 甲田はソーサラーに乗ったコーヒーを徳永に渡して、話を仕切りなおした。

 

「大学とはいえ、カフェテリアで買えるコーヒーに相応しい美味しさだよなァ、コリャ」

 

 また徳永は美味そうにコーヒーを啜るが、まだ冷めていなかったのか「アチィ!」と叫んで舌を赤く腫らした。

 マグマの如く熱いのは道理だ。なんて言ったって『淹れたて』がこの南陽コーヒーの売り文句なのだから。

 

 甲田のアイスティーも二杯目で結露が涙のように流れ落ちている。彼はカラリと音を立てて傾く氷をよそ眼に指を組んで語りだした。

 

「人生で最高の出会いは偶然に訪れるものだ。君がここのコーヒーと出会えたのも、運命的な偶然だ。ここの大学生全員に聞いて回ったって志望動機が学部長拘りのコーヒーだって言うやつはいないだろう」

「まぁ、確かになァ」

 

 徳永は少し歯切れ悪く頷いた。

 まるで反論の余地がない不正解のレールの上を走る三段論法を聞かされた気分だったからだ。

 

 しかし、人生において最高の出会いはいつだって偶然なのだ。少なくとも、甲田の世界ではそうだ。

 予想の域を出てこそ人は『感動』を心のうちに燃え上がらせるのだ。

 

 登山家も、音楽家も、漫画家だって『目的』を持って行動をしている。

 山頂まで踏破したい、絶世の音楽を奏でたい、作品のリアリティを高めたい。

 勿論その『目標』ありきで彼らの人生は進むのだ。しかし、彼らの道程や実際の結果は彼らの予想を裏切るだろう。

 

 想像より遥かに雄大な景色を見た。

 想定より遥かに美麗な音色を聞いた。

 妄想より遥かに奇妙な現実を体験した。

 

 そこには人が予想できない遥かなる運命の『偶然』があるのだ。それが人の精神をより高みへと導く。

 

「私の背後を見てくれ、徳永」

 

 甲田は何気なくそう言った。

 徳永は特に何の考えもなく彼の背後を見た。

 

「誰も居ねェーぜ。なんだ? 秘密の話ってなら、場所を変えてもいいが」

「そうじゃあない。やましいことなんて一つもないんだからな。いいからジッと『観』てくれ」

 

 そうは言われても徳永の視界には秋ごろの柔らかな光が雲間を経由して入ってくる窓と物静かなセミロングの女学生が見た目に似合わず、学食の醤油ラーメンをすすっている姿しか見えない。

 

 徳永はそれをまた目配せで甲田に伝えるが、その目はやはり『観』続けろと言葉より雄弁に語っている。

 段々と、瞳すら乾いてきそうな頃、虚空の一点ばかりを見ていると徳永は何か人間性を失った気持ちになってきた。何か心が落ち込むような感覚が来て、そろそろこの奇妙な儀式を止めようかなと思った瞬間。

 

 虚空だった一点に何か黒く透けた存在の輪郭が見えてきた。

 

「――な、なんだッ……?」

 

 徳永は少し腰を浮かして前かがみにその存在を目ではっきり見ようとした。ようやく見えるようになったか、と甲田は柔和で不気味な笑みを浮かべるが、その表情は徳永の意識の外にはじき出されていた。

 徳永の視界でピンボケした幽霊のように佇んでいるその存在は、半透明の人型をしていた。段々と色も付いていき、全体的にレッドカーペットに使われるような高貴な赤色をしていることが分かり、その左腕には古めかしい水瓶型の黄金たるハープが抱えられていた。

 鷲の羽がついたトライコーンと呼ばれる帽子を目深にかぶったその姿はローマかギリシャ当たりの吟遊詩人の幽霊かのようだった。

 

「オ、オイ、アレかッ? アレがお前の見せたい『力』ってやつなのか? ゴーストみたいな、アレのことなんだよなッ!?」

「そうだよ。これが『力』。このゴーストは精神エネルギーの塊、私は『ウェルギリウス』と呼んでいる。『アエネーイス』を書いた本物の詩人ウェルギリウスの亡霊ではないが、それを模した存在だ。彼は君に運命の出会いを齎すだろう。『正しい道』へと向かうための出会いをね」

 

 徳永が見つめる先――『ウェルギリウス』と呼ばれたスタンドは甲田の背後に立ち尽くしている。その顔には影が掛かり、徳永は表情を読むことはできない。人ならざる存在をその眼で実際に見てしまったからには、甲田の宗教染みた胡散臭い話が裏返って現実味が増してくる。

 

 表情も見えない虚ろの顔の幽霊をまじまじと徳永は見た。もう移ろいゆきそうな幽霊の半透明は感ぜられなくなっていった。地獄の住人の如き重々しさ、焼けたる炭から立ち上る炎のような禍々しい光すら徳永には感じられた。こんな存在が普遍的な大学の一角に立ち尽くしていていいものなのか、甲田の言う『正しい道』を照らせる存在なのか、不安を募らせた。

 

 しかし、数時間後にはその不安もまた翻ることになる。まるで勝利の方に風向きが遡ったかのように。

 

「『神曲』を読んでいたら本当にその登場人物が現れましたってか、いやいや……本当に、まったく奇妙を超えてありえねー話だぜ。だが、こうして俺にも見えている。少なくとも二人が感覚的に理解してしまったからにはこの存在は現実に存在してしまうのだろうよ。なぁ『正しい道』ってお前にとってなんだ? コイツは本当にそこまで案内してくれんのか?」

「案内してくれるとも……『正しい道』とは勝利を収めるための絶望と逆光を超越したる苦悩の道筋のことだよ。その果てに私たちは『天国』に辿り着くのさ。『ウェルギリウス』はそこまでに必要な出会いを運んではくれるが、『天国』に行くかどうかの『覚悟』は君が決断しなくてはならない。死が一人で迎えなくてはならない絶望のように、その『覚悟』もまた孤独なものなのだよ」

 

 『神曲』において地獄の門に怖気づいたダンテをウェルギリウスは強く勇気づける。ダンテを愛する天国の女性がいると彼に告げる。その結果、ダンテは光り輝く栄光とも呼べる覚悟を決断するのだ。それは決してウェルギリウスが強制したものではない。それはあくまで『彼が決めたこと』なのだ。

 

 『ウェルギリウス』の導きもまた同じなのだ。必要な鼓舞と通告を与えて、人に『覚悟』ができるだけの勇気を分け与えはする。しかし、最終的に本当の決断をするのは天国に行くと決めた当事者だけなのだ。孤独の中で地獄の門を開くかどうかを決めなくてはならない。決めたが最後、地獄の深淵を覗き、暗き底まで見なくてはならない。そこに、そこまでにどれほどの絶望や苦痛、憐憫があろうとも。

 

「要らねーことを今から言うが……俺は『覚悟』って言葉が大嫌いなんだぜェ? 甲田、テメェが見たい『天国』とやらを見るために俺は艱難辛苦なんて超えてらんねぇのよォ。なぜなら、動機が余りにも足りない」

 

 実のところ、動機なんて関係はない。

 徳永は心の奥底、分厚い面の皮の下に恐怖を隠していた。

 いつものように何を考えているのか分からない友人の話を聞いているうちに、今日の話は突拍子もなく面白いと思った。そして、淡い空の雲のように意志薄弱な友人が自ら芯を持った演説をする姿に引き込まれていた。しかし、それが何か『間違った道』、『騙された道』だと思い違って進化ではなく退化だったのだと嘆息した。

 

 ただその勘違いは一瞬にて覆され、どこまでも深みのある底の見えない真実が沸き上がってくるのだ。

 灯りのない海の下の方へと人魚に引き込まれているかのような恐ろしさがあった。

 

 事実であっては困るのだ。幽霊も、天国も、『信じられる』から許せるのだ。存在してしまっては『信じられる』ことではなくなってしまう。それは残酷なまでに真実なのだから。

 

「……もう一度言わせてもらうが、私が目指す『天国』とは宗教的なソレではない。魂を究極の天へと押し上げるものなのだ。そこに至るための力をどのように使うかは君次第だ。また、君が得る能力も君次第だ。一つ月並みに言えることがあるとするなら、無限の可能性を君は手にすることなるだろう」

「ハァ~~~ン、あっそう。『力』、それさえ手に入ればお前の到達する天国への道筋なんて俺にとってはどうでもよくなっちまうんだぜ? 最悪、お前の道を邪魔する厄介者にすらなるかもしれない。だって、俺には『覚悟』なんてなくて『オアソビ』の気分で話に乗ったんだからなァ~~どうだ? むかっ腹たたねぇのかッ?」

 

 最後の最後で会食を台無しにするような言葉だった。崇高な目的を求める相手に泥を掛けるのは簡単なことだと言わんばかりの嘲笑交じりの侮蔑的な言葉だった。だけれども、甲田は全てを受け止めたように目をゆっくりと閉じて爽やかに言った。

 

「いや、春風よりも清々しい気分だ」

「そうかッ! 気に入ったッ!」

 

 親指を立てて二ッと子供のような笑みを浮かべる徳永。

 コーヒーカップをすっとテーブルの上に置いたかと思えば、滑らかに席を立って甲田の背後に立っていた『ウェルギリウス』の鼻先まで歩みよる。亡霊のような存在だが、今の徳永にはソレに対する恐れの感情はなかった。それよりも、まるで真理の扉の鍵を持っているような気がして、特別な高揚感を沸騰させていた。

 

 こいつがどこに導いてくれるのか?

 自分はどのような『力』を得るのか?

 

 いけないラインを飛び越えて、法律の穴さえ潜り抜けて、どこか中毒性の高いオアソビができるような高揚感。禁止を侵犯するような気分が徳永の不安な気持ちを混ぜ合わせ中和していく。まるで麻酔でゆっくりと致命傷の痛みをぼやかされているようだ。

 

「彼が君を案内してくれるだろう。まるで運命のように、光り輝く出会いを君に与えてくれる。そう、私が『人生を変える一冊』に出会ったようにね」

 

 

 

 

 

 

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