ジョジョの奇妙な冒険 ロード・トゥ・オーシャンヘブン    作:ユーホー腐れ男子

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導師、それは彼の……

 

 徳永はカフェテリアを出ていく。

 その隣には亡霊詩人の『ウェルギリウス』が相変わらず影のかかった顔を無表情のまま伴になっていた。

 

 (あぁは啖呵を切ったはいいが、コイツと意思の疎通が取れるのか……いや、そもそも『意思』って言うのが存在するのかァ、コイツ?)

 

 もう昼過ぎもいいところだが、徳永に今日はこれと言って講義はない。だから、時間はいくらでもあるが無駄骨を折らされるのは徳永にとってたまらなく嫌いなことなのだった。人生は有限であり、自分が無駄に消費する分にはいいが、他人に付き添う形で人生を浪費させられるのは彼にとって苦痛らしい。

 

 しかし、『ウェルギリウス』は動き始めた。カフェテリアを抜けて、朝日の下に体を置くが、もう徳永には透けたゴーストには見えない。影がないだけでその姿は人間なのだ。意思を持ったように動き出したかと思えば、いきなり徳永の首に手を回した。

 

「な、なんだッ!?」

 

 詩人の唐突な行動にたまらず徳永は声を上げたが、蛇のように重くのしかかるように組まれた腕を振り払うことはできず、その左手で自身の左目を隠されてしまった。視界が半分失われて動揺が隠せない。

 

「離しやがれェッ!」

 

 徳永が怒鳴って、首をぶん回して抜け出そうとしても詩人の手はまるで幻覚のようにぴったりと付いてくる。レイヤーの違う絵に干渉できないように、徳永は『ウェルギリウス』の意志ある行動を阻めなかった。

 

 もちろん、他の大学生も多からずカフェテリアの近くにはいて――例えば、ベンチに座って本を読んでる男子学生とか――そういう人間にはスタンドの存在が見えていないから、徳永が奇声を上げる頭のとち狂った輩にしか見えていなかった。

 

 しかし、徳永はそれに気づくことも無く、ぶんぶんと己の頭を振る。

 とれねぇ! と原理不明の目隠しに憤りながらもそのうちに『ウェルギリウス』が回した手は視界から消えていた。

 

「テメェ! 畜生ォこのッ! 俺に何しやがるッ!」

 

 一方向に伸び続ける影のように哀愁を漂わせて立ち尽くす『ウェルギリウス』に物理的攻撃を仕掛ける徳永だが、その一切は当たりはしない。無論スタンドにはスタンドでしか倒せないのだから、一介の大学生である徳永にどうこうできる相手ではなかった。それを知らずに数分攻撃を続けるその姿は傍から見れば、暴力的なコンテンポラリーダンスにしか見えなかった。遅刻気味の生徒が急ぎながら、その脇を通過するときに恐ろし気に肩をすくめて走り去っていった。今度は気づいて少し冷静になった。

 

 息が切れて、汗は垂れる。まだ腹の中のホットコーヒーが熱を持ってるというのに余計に体温は上がるばかりだ。

 

「この野郎、やっぱり幽霊かよ……ってなんだ、視界に『火花』が?」

 

 火花。なんというか、窓ガラスに反射した光と似たような黄金のきらめきを顔を上げた瞬間に徳永は感じ取った。息切れをしたせいで酸欠になって視界が明滅しているとか、眼球にゴミが張り付いて黒い斑点が見えるとか、そういう症状が出たわけではない。

 よく目を凝らしてみると、それは左目にしか映っていないことが分かった。『ウェルギリウス』が唐突に覆った左目だ。

 

 そして、同時に『ウェルギリウス』は黙して語る。指先をその光の方に投げかけて、まるでそこへと歩めと言わんばかりだ。目も口もないが、強いて指先の雄弁さは『意思』の塊のようなスタンドであるからか、つぶさに徳永に伝わった。

 

「あの『光』を追えばいいのか? 目を覆ったのはあの『光』を見せるためっての? そういうのは最初に言うもんだぜ! 詩人のくせに歌の一つも歌いやしねぇのは何なんだ」

 

 それにしても、あの方向は大学図書館か?

 甲田の持っていたあの分厚い講義録のことを思い出す。あれも大学図書だ。本の背にしか文字がない質素な本だったが、その背には大学図書にはよくある図書分類法でつけられた三桁の番号が付けられていた。

 

 運命のめぐりあわせに立ち会うガイドとは聞いていたが、それがまさか『本』だとか言わねぇよな? と、徳永は不安を覚えた。興味のない本を読むとすぐに眠気に誘われてしまう癖があるからだ。特に外国語など三行読んだだけで、秋の心地に包まれたように安らかに眠れる。

 自分は甲田のように集中力がないことを知っていた徳永はそうそうに自分の吐いた唾を飲み込みたくなっていた。

 しかし、その光への導きへ行くようにと『ウェルギリウス』も無言で圧をかけてくるのだ。風に揺れるクジャクのような羽飾りが見ている者の心を擽った。

 

「分かったよ、行きゃあいいんだな?」

 

 図書館棟まで足を運ぶ。『ウェルギリウス』もその道中を見届ける。

 一歩一歩に音がないのが重さのない存在であるという存在感を放っているが、話しかけることもできないし、徳永にとってはその並んで無言を貫き通す時間が少し苦痛だった。

 

 図書館へ入るとまず学生証を提示することで入れる電子ゲートが出迎えてくれた。徳永はパスケースに入れっぱなしの学生証を流暢に翳して中に入る。目指すべき光が三階にあることが分かった。『ウェルギリウス』はというと、あらゆるセンサーや物理的障害に屈しないらしく、本物のゴーストのようにゲートをすり抜けていた。

 

 三階まで上がると、より光は近くなって輝きを増した。黄金のように、近づくにつれてどうしてか静寂なはずの図書館内に荘厳な音楽が流れているのではないかという錯覚に陥る。自学自習に励む学生たちの走らせるペンの音や彼らの息遣い、司書が書類に日付スタンプを打刻する音が混ざり合って一つのメロディーを奏でているかのようだ。

 そんな演出染みた図書館の雰囲気がより一層、徳永に期待を齎した。元々、この図書館棟は新しい設備が導入されているものの資料自体は百年以前に発刊された書物さえあるし、建物自体も古臭さを鼻腔で感じ取れるほど年季がいっているのだ。

 

 修道院のステンドグラスに近づくように、光に近づいていく。その一歩一歩が無限の砂漠を歩むかのような所業にも感じるし、ただの図書回廊を行く一瞬のことのようにも感じられた。

 

 そして、やはり光り輝いて見えていたのは一冊の本だった。

 

「これが俺の……『人生を変える一冊』なのか」

 

 本棚の中で輝くそれ。

 きっと他の人間には光り輝いては見えないのだろう。それは『ウェルギリウス』の能力を被っていないからとか、そういう話ではない。ここには数万冊を超える書物が蔵書されている。そして、学生は毎年、継ぎ足される秘伝のタレのように数千単位で入れ替わっていることだろう。そうすると一人一人、一冊一冊運命の出会いというやつが変わってくるはずだ。徳永にとっての一冊は他の人物が手に取ろうとは『人生を変える一冊』にはなりえない、たとえ『ウェルギリウス』の支配下にいようとも。

 

 これまでで見たことのない光を放つ本にゆっくりと手を掛ける。

 その光は自分を見つけてほしいと主張する太陽のようなギラギラしたものから、一気に柔らかで穏やかなオーラのようなものに変わっていく。温かみすら感じるそれが徳永の手にはよくなじんだ。

 

 確かに強く惹かれるものがある。

 内容以前に匂いや体裁、手の中での納まり具合がまるで自分のために用意された書物かのようだった。

 正しく『選び、選ばれ』の関係だ。自分と本との相性の良さを確認し、その題名をよく見てみる。

 

「『不在の騎士』……ねぇ」

 

 そう呟いた時、ふと周りを見渡すと既に『ウェルギリウス』の姿はなかった。ミッションを完了した彼は自動的に消滅したのだろうか。徳永はそういった推論に辿り着かず、すぐに詩人が俺を見捨ててどこかに行きやがったという悲観的な視点を持った。しかし、徳永にとっても『ウェルギリウス』の不在など今手の中で納まっている自分の子供のようにかわいい『運命の本』があっては砂山の砂が一粒吹っ飛んでいったのと同じようにどうでもよかった。

 

「これが……これが、甲田の言っていた『力』ってやつかァ」

 

 自身の手のひらから生体電流が波紋のように脈打っているのを感じる。生命エネルギー、精神エネルギーがこの本が近くにあるだけで回復していく。

 

 そうして、徳永の背後に一つの像を作っていく。まるで虫メガネのピントが一つのポイントで収れんされて炎が着くかのように、溢れでたエネルギーが本を通して一点に絞りだされる。

 

 傷一つない白亜の甲冑騎士のような像が浮かんでくる。その兜の上には虹色の現実のどこに行っても見つけることができなさそうな虹色の羽が付けられていた。甲冑の右手には剣の柄だけが握られている。それは刃はなく、代わりにグリップ部分に赤いスイッチのようなものが付いていた。

 

「気分が良いぜ。自分が内側から広がる。貴重な体験をした時のような、感動すら覚えるっつーわけよ」

 

 誰に言っているわけでもない。ただの独り言だがそれは自分への自己催眠のように事故に語り掛けていた。

 自分が今感じているものを口に出して整理する。過敏に感じる鼓動の高まりと感動を口から零さずにはいられない。凄まじい産物を見て感情の限界で落涙してしまうように、伝説的な体験をして言葉が溢れてしまうのは死後k当然のことだ。

 

「そして、これに見合う『試練』があるのならば、それもまた面白い。今の俺なら簡単に克服できそうだぜ。そういう心持だ」

 

 高笑いでもしたい万能感。

 唯一理性が働いてよかった。図書館ではお静かにというルールを守りながら、涙しそうな顔を下げて司書に自分にとっての『人生を変える一冊』を貸し出しをしてもらう。

 

 司書は徳永の隠しきれない悲喜こもごもとしたなんとも言えない表情に並々ならぬ事情を考察しながら、通常通り手続きを済ませた。その背後に立っていた『ウェルギリウス』ではないスタンドの姿などやはり見えてはいなかった。

 

 中世風味の甲冑が動くたびに板金のこすりあう音が徳永の耳の中だけに木霊した。

 図書館には椅子がきしむ音が響き渡っている。

 

 

 

 

 

 

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