ぼっち・ざ・ろっく! 短編集   作:星見秋

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成人パロ
フラッシュバック


 

 ギターを弾いているとき、見たこともない景色が脳裏を過ぎることがある。

 

 腕を振るう。つまんだ三角形の先端が、六つの開放弦に衝突する。

 巻き起こった振動が、電気信号となって回路の中を駆けまわり、馬鹿でかい音が放出される。

 内臓が揺れる。鼓膜がガンガンに殴りつけられる。慣れていない人がこれを聞いたら、脳がクラクラしてしまうかもしれない。

 左手で弦を抑え、再び腕を振るう。先ほどとは違う音階の、やはり馬鹿でかい音が鳴り響く。

 抑える弦を変えながら、どんどん三角形を動かし続ける。様々な音階が連鎖し合い、メロディーが形成されていく。

 

 けれど、それは一瞬で消える泡沫のようなものに過ぎない。 私が手を動かすことをやめてしまえば、すぐに音は鳴り止んでしまうだろう。

 そうなってしまったら、もうここで鳴っていた音というのは残らない。音は形に残るものではないからだ。

 録音されていたなら話は別だけど、基本的に音というのは止めたらすぐに空気中に溶け込んでしまう。

 一瞬で生まれては消えていく。脈を打つような暇もない。音の生命は一瞬だ。ヒトのように、奇跡的な確率で樹海を抜けた精子が、その先で卵子と結合し、細胞膜に包まって、三分間で四十倍にまで膨れ上がるというように、複雑な手順を踏まなくても簡単に誕生できる。しかしそういう手順を踏んでいないが故に、誕生した傍から霧散してしまう。そこで音が鳴っていたことを示す物質的な証拠は残されない。

 だから、音にとって肝要なのは、誰かの記憶に刻まれるほど鮮烈な印象だ。物質だけでなく記憶にも残らないとあっては、その音はもはや存在していないのと変わらない。記憶に焼き付いて離れないほどの印象こそ、唯一にして最大の存在証明。一瞬で終演し、幕が閉じる命の、その美しさ、あるいは醜さが誰かに刻み込まれることを希いながら、力の限り鳴り響く。

 それは、希望や夢を託しているという点で、私たち人間と変わらない。

 私だって、自分がかき鳴らすこの音で誰かを撃ち抜きたいと思っている。後藤ひとりという生命体の内に潜む、心の一切を解き放って、様々な夢を託した音で、世界のみんなを震撼させる。

 有名になりたいとか、ちやほやされたいとか、世界を塗り替えるとか。戦争をなくすみたいな、大それたことは願っていなくて、いやまあそれもちょっとはあるけれど、どちらかといえば個人的な願い。

 名声がほしい。

 お金がほしい。

 音楽で食べていけるくらいになるまで稼ぎたい。

 ライブハウス「STARRY」にいっぱいお客さんを呼び込めるほど、バンドの規模を大きくしたい。

 「結束バンド」のみんなで、ずっと音楽をやっていたい。

 それらを強く願いながら、私はギターをかき鳴らす。

 まるでつむじ風が吹くかのように、爆音がアンプから吹き飛ばされる。

 音だけでなく、乗せた夢までもが増幅されて私の鼓膜に入り込む。そうして神経系を辿って脳へと到達し、実際に夢が結実した光景が、視界の中で浮かんで走る。

 ――快晴、照明、殺人光線。だだっ広い平原の上に、ありえないくらいの人の海。そして、それらを意に介さない音と光が、人々の高揚を煽り立てている。

 彼らは腕を掲げ、あるいは声を上げ、あるいは飛び跳ねていて、その熱気はどんどん伝播していって、さながら燃え上がっているかのよう。音楽の力を注入された生者たちは活力で漲っていて、まさしく熱狂と言って差支えがない。

 そして、その発生源は紛れもなく私たち。「結束バンド」の音楽が、彼ら彼女の動力源となっていた。

 つまりこれは遥か彼方の光景だ。あの日、居酒屋の前で虹夏ちゃんが言った、結束バンドを大きくしたいという願い。私が鳴らす音楽(ぼっち・ざ・ろっく)がみんなに届いた果ての光景。今はまだ見る影もない、けれどいずれは辿り着く未来の破片。

 

 あの日の虹夏ちゃんの発言が、私に突き刺さっているかのごとく、脳の隅から離れない。

 

『私の本当の夢はね、お姉ちゃんの分まで人気のあるバンドになること! そしてお姉ちゃんのライブハウスをもっともっと有名にすること!』

 

『私、確信したの! ぼっちちゃんがいたら夢を叶えられるって! だからこれからもたくさん見せてね、ぼっちちゃんのロック……』

 

『ぼっちざろっくを!』

 

 

 ギターを弾いているとき、見たこともない景色が脳裏を過ぎることがある。

 それは未だ見ぬ明日に訪れる夏の日の残像。虹夏ちゃんの夢を聞いた日から、更に言うなら私と虹夏ちゃんが出会ったあの日から、連綿と続く日々の向こうの景色。

 それを生み出すのは私の演奏だ。幻視の源となっているのはギターの音色で、実際にステージの上に連れていくのも私のギター。だから幻視というよりは、未来視と言った方が適切だ。いずれ絶対に訪れるのだから、幻想なんかではない。確かに未来を私は見ている。

 

 あの日の未来がフラッシュバックしているのだ。

 

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