自分を悪役令息と勘違いしたままロマサガ3で駆け抜ける 作:オリーブ冷麺
「ウェフエル!! おじ様が!! いえ、ゴドウィン男爵が謀叛を!! 早くお兄様に伝えなくては!!」
必死に私に伝えるモニカ様には申し訳ないが、私の中では“漸く動いたか”というのが感想だった。
この緊急事態の中、真剣なモニカ様には悪いが、少々微笑ましさも感じてしまう。
何故かと言えば、この状況は私とミカエル様で用意されたものだからだ。
このタイミングで起こるとは確定していなかったが、何時か引き起こ
元々ゴドウィンを利用して、反抗勢力を纏め上げて丸ごと潰す、若しくは生かして恩を着せて、著しく不利な条件で今後も隷属させる。
それが私がミカエル様から聞かされている計画だった。
影武者としてミカエル様の思考をある程度トレース出来る様に訓練した私なら、事前に聞かされなくとも、この悪辣な案に思い至るが、敵を騙す為に敢えて身内にも漏らしていないミカエル様によって情報が統制されて伝わっていない上に、根が善良な上なモニカ様は、先程事実を知って焦っているようだ。
しかし、それを表に出す様では、ミカエル様の影武者は務まらない。
それに、分かっていたとはいえ、少々タイミングが悪いのは事実だ。
動きがあるのならこのタイミングだろうという算段はあった。
演習と称して大量の糧食と矢を用意して、本物の戦争の準備をするのは、昔からある常套手段だ。
本来の大型演習というのは、そのまま実戦に突入した時に備える側面を持っている。
兵士や下級指揮官の気持ちの上でも、戦う為の頭脳に切り替わり済で、戦意が高いのも、家から離れている為に、戦火から遠ざかる為に家族と共に逃げたり出来ないというのも大きい。
現代日本?
さあ、知らないけれど、それが出来なかったのなら、本気で戦争になると備えていないという証左にしかならないのでは?
だが、首都から離れると不利な点も多い。
最たるものは、敵に首都機能を奪われた後では、奪還は地獄絵図となるからだ。
人質となった領民を無視してでも首都奪還ともなれば、その後の領民の統治が難しくなる。
かといって、大勢の領民が人質になったから降伏しますでは、これまで領民を生かしてきた意味もない。
ミカエル様と主力戦闘部隊がこの場にいない事の、有利不利はあるが、やるべき行動は決まっている。
ゴドウィン利用計画の想定書の通り動けば良いだけだ。
ゴドウィンはミカエル様を挟み打ちにする陣形で構えているが、それよりも大きなスケールで挟み打ちにすれば良い。
私がミカエル様の代行として此処から、そしてミカエル様は背後から攻めてくるゴドウィンの第二軍を無視して、ゴドウィン軍主力の反対側から攻め──────「お兄様に知らせなくては!! ウェフエル、着いてきて下さい!!」
モニカ様…。
仕方ないか。
何も知らされていない彼女の立場からすれば、その行動は自然だ。
ミカエル様がこのパターンを想定していなかったのが不思議な程だ。
あの人は他者の悪意を想定して、育て上げ、利用するのは得意だが、他者の善意を想定して、育て上げ、利用するのは得意ではない。
どちらがより悪辣かは言うまでもないだろう。
だが、それも私の役目だ。
しかし、そうなると私の代わりを用意しなければならない。
影武者は足りないが、それ以外の全ては準備してある。
「姉さん、これから私はモニカ様と共にミカエル様の所へ向かう。
後の事は
姉さんは、真実を理解したのだろう。
この想定外の状況で、細かい事を書いた紙があると告げられた事で、全てを察したらしい。
流石にラウラン家の長女だ。
モニカ様は理解していないが、お姫様はそれで良い。
万が一負けたとしても、ゴドウィンもモニカ様は殺さないハズだ。
彼女は美しく利用価値もあり、万が一計画まで発覚したとしても、彼女は関わっていないと言えるからだ。
その時はゴドウィン自身か、彼の息子の妻の一人となるだろう。
愛馬を準備させる為に馬借に伝令を飛ばし、その間に内仕込みの軽鎧を用意した。
時間は最短で十分だが、お姫様を連れて移動する為に、事前にミカエル様へ向けた伝令を数人向かわせた。
本来ミカエル様への伝令がモニカ様である必要はない。
危険な任務は、幾らでも替えが効く連中で行うべきだ。
建前としては、私とモニカ様が辿り着けなかった時の為に、そしてモニカ様の行動が発覚した時に、モニカ様を追う追手の錯乱の為に複数の囮とする為に。
しかし真実は違う。
ミカエル様への伝令としては、モニカ様こそが囮なのだ。
これは完全に権限を超越している判断だが、私が独自に用意したものだ。
しかし、ミカエル様であればこの行動の目的を理解していて、実質的な不問と為す事は分かっている。
複数に分けた伝令の一部を私達に偽装した上で、それなりの者にはモニカ様がプリンセスガードと共にミカエル様の所へ駆けたと伝わる様にする。
囮は恐らく捕まり、モニカ様でないと発覚するや凄惨な目に合うだろう。
だからモニカ様には伝えない。
ミカエル様が遠隔地での大演習を行い、ゴドウィン勢力の“実”を誘き寄せたと同じ様に、私はモニカ様と動いてゴドウィン勢力の“虚”を誘導する。
不審な点は姉さんが把握してくれる。
これは、計画書に後から私が独自に追記したものだ。
ラウラン家は、ロアーヌを影から捧げて来た一族。
影の世界の事なら、ミカエル様よりも詳しいつもりだ。
私よりも遅いとはいえ、貴族女性としては余りにも早い支度でモニカ様がやって来た。
本当に思い切りが良い。
一応、モニカ様が忘れていそうなものは、こちらで準備させてあるが、それは従者として当然の事だ。
「モニカ様、行きましょう。ミカエル様の元へ」
「はい!!」
お姫様の手を取り、横抱きにする。
我が主君の妹を囮にする後ろめたさはあるが、それは表には出せない。
主君を案じ、護衛対象を案じる姿を、一度己の心の表面に貼り付けて、その様の通りに表情を作る。
ミカエル様とモニカ様を案じている気持ちそのものには嘘は無いのだからと、自分に言い訳しながら。
モニカ様を抱いたまま跳び乗った私の愛馬は、二人分の重量をものともしていない。
この馬は特別製で、私が物心付いた時から共にいる。
寿命や見た目や生態を考えるに、真っ当な馬でないことは分かっている。
日光を疎い、肉を好んで喰らう。
馬に似た魔物というのが、正しい評価なのだろう。
だが、私はこの馬より優れた馬を知らない。
夜しか真の力を発揮出来ないが、それでも並の馬よりは余程早い。
「駆けろティファニー!!」
鞭すらいらない。
脇腹にキックスタートの様に軽く蹴れば、意を得たりというが如くに駆け出す。
街を離れて舗装された道は、木々の隙間へと変わっていく。
だが問題ない。
私もティファニーも夜目は利く。
「お兄様の馬よりずっと速いです」
ミカエル様の愛馬がサラマンダーという名前でなくて良かった。
思わず吹き出していただろう。
勿論、我が愛馬ティファニーは、レンダーバッフェではないし私はパルパレオスでもない。
冗談を言える余裕はある。
だが、よりにもよって大嵐が来ていた。
この豪雨だ。
私の服はもう完全に肌に張り付いて透けている。
モニカ様も同様だろう。
それ程の大雨だった。
私とティファニーはともかく、モニカ様にはキツいだろう。
なまじ精神力で押し切ってしまう御方だけに、自己の疲労の把握が出来ておらず、取り返しが付かないことになるかもしれない。
かといって、ワザと遅れる事はしない。
それは、我が主君への裏切りでもある。
ただでさえ、ロアーヌの為に事後承諾前提の独断を重ねているのだから、求められた事程度は完璧に熟さなければ。
モニカ様は文字通りの手弱女なお姫様で、加えてこの豪雨だ。
馬を走らせる私に捕まるだけとはいえ、休みなくそれを続ける体力があるのが不思議なくらいだ。
…現在モニカ様の容姿は大変けしからん状況になっているので、そちらに視線を送ることなく正面や周囲だけを見ている。
薄いレースのまま出掛けたモニカ様の服は透けていて、一瞬休憩出来る宿でもこの辺りに無いかと冗談を考えてはいたが、流石に本当に宿があっても不埒な真似はしない。
例え宿があっても、そんな不敬な真似はしない。
そもそも、こんな森の奥に、都合良く宿屋とか民家があるはず…………えっ、嘘だろう。
「あの明かりは民家、でしょうか」
モニカ様も気が付かれた様だ。
少し私の服を掴む手の力が強くなった。
わざわざ口に出されたということ、そしてその続きはモニカ様の口からは言わないということ。
ならば私の口から言わねばならない。
これもモニカ様への忠義である故に。
「モニカ様、大変恐縮ですが私は空腹を感じております。
ミカエル様の元へと辿り着く為にもお許し頂けませんか」
モニカ様は言わなかったが、きっと空腹だったはずだ。
それでも兄の命が掛かった状況では、その理由を正直に告げるのは気が引ける。
ならば私が泥を被るべきだろう。
私は乙女心には敏感なのだ。
それに、ゴドウィンの残党はミカエル様の軍に負けた後、必ずこの森の方面に逃げ込むだろう。
今後の憂いを断つ為にも、ゴドウィン勢の残党狩りを契約しておく必要はあった。
敗軍となった者にとって最も恐ろしいのは、敵軍の追手ではなく、受け容れるフリをして報酬目当てに裏切る土民達だ。
誰も信用出来ずに勢力を減らし続ける恐怖というのは、中々に肝を冷やすものだ。
ゴドウィンの敗北後に救いを無くす為に、私は民家の灯りへと近寄った。
どうやら民家と思ったのは酒場だった。
窓の向こうに何人かいるようだ。
私はモニカ様を抱えてティファニーから降りると、コートを思い切り絞った後叩いて伸ばしてモニカ様に着せた。
流石に男性が多い中に、今のモニカ様はそのまま出せない。
ドアをノックすると返事は無かった。
再度ノックをすると中から「どうぞ」と声が聴こえた。
中に入ると、少年向けの王道RPGなら間違いなく主人公の様な男と、頼れる年長のインテリポジションっぽい男と、店の主人の様だがこの後は出番も無さそうな男と、後はその他数人と、そして────────ダイナミックに薪割りでもしていそうな純朴だが意志が強そうでいて、鄙にも稀だと思わせる可憐な村娘がいた。
具体的には村一番の美人レベルで、女性が感情投影する媒体としては丁度良いレベルの。
…間違いない。
…間違いなく彼女こそが、この乙女ゲーの主人公だ。
今まで知らなかった太陽術のセンスが突如開花して、聖女と呼ばれて学園でイケメンにチヤホヤされ、素行を注意した姉さんに反論した事から溝が深まり、姉さんは嫉妬の余り強硬に奔り、遂には婚約破棄の断罪を受けるのだ。
まずは、この聖女の情報を掴む事が先決だ。
高位貴族として学んだ全てを尽くして、先手を取ろう。
「聖女様、お初に御目に掛かります。
私は、ウェフエル・ラウランと申します。
どうぞお見知り置きを」
あれ…反応がない……?
きっと玄武術を極めたら時間が停められるんだろうなと、余計な考えを走らせる事が出来る程度には、場が凍っていた。
聖女は明らかに「はぁ? 変態なの?」みたいな顔をしているし、他の者共も多かれ少なかれその様な印象を受ける。
THE・少年向けRPGの主人公みたいな青年は、こちらを睨み付けている。
警戒されているようだ。
考えられるパターンは二つ。
この主人公が実は聖女としてまだ覚醒していない。
若しくは、私が聖女だと看過している事への警戒からの演技。
後者だとすれば、青年が敵視している理由も分かるというものだ。
聖女としての力を隠してひっそりと森の奥で暮らしていたのに、それを知る貴族らしい格好をした私が訪ねてくれば、それは警戒するしかないだろう。
きっとそうだ。
私だって、逆の立場ならそうする。
「ああ、聖女である事を隠していたのですか。
でも私には分かっています。
貴女こそがこの物語の中心にあるのだと」
聖女の顔に僅かに恐れが浮かんだ。
私を気味悪がっているようだ。
自分の出生を知る謎の貴族。
隠してきた聖女の力を告げる者。
それは気味が悪いのも分かる。
例の青年は、先程より怒気を強めていた。
「安心してくれ。
私は君達に敵対しない」
…尤も、姉さんに婚約破棄&断罪コンボを食らわせないのならという、高い高い大前提があるけれども。
聖女の警戒を解くにはどうすれば良いだろうか?
ここは同じ女性であるモニカ様にもお助け頂く他あるまい。
「モニカ様からも、こちらの聖女様にお話頂けませ───────」
振り向くと、背後のモニカ様も怒気を放っていた。
……私は何か失敗してしまったのだろうか?