※「日和」がテーマの企画参加作品です。上限4000文字。


ある男が過ごす、なんてことのない日常の一幕。

1 / 1
創作日和は甘くて苦い沼の底

 

 僕は時々、自分が物語の中の人ではないかと想像する。

 それは決して嫌なものではなく、むしろ心躍らせるものだった。

 

 主役だとか脇役だとかは、わりとどうでもいい。誰かの創作物であるということが重要なのだ。

 だって僕が物語の中の人なら、こうして今僕が書いている物語の中の人もどこかの世界で生きているかもしれないってこと。

 今この瞬間、僕は世界の創造主ってわけだ。

 

「お兄ちゃん、また小説書いてるの? 先に勉強しないとお母さんに叱られるよ」

「ほほう、妹よ。模範的な真面目系妹台詞をありがとう。もう少し工夫があると、更にいいぞ!」

「口調きっも。…………夕飯だってさ」

 

 妹は手厳しい言葉を残しつつ、ふわりと味噌の香りが漂ってくるリビングへ向かう。

 ふ~む、今日は豚汁か何かかな? 寒くなってきたことだし、七味をたっぷり入れて食べよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

++ ++ ++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懐かしい夢を見たなと、ぼんやりする頭で考えた。

 僕がまだ小説家気取りの小僧だった頃の記憶。自分も妹もずいぶん若かった。

 さわりと、白髪が入り混じった髪を撫でて笑う。

 

 外から聞こえる鈴虫の鳴き声に耳を澄ませ、すっかり薄暗くなった部屋を見回す。どうやら相当な時間昼寝をしてしまったようだと、寝転がっていた布団から身を起こして伸びをする。

 

「ん~」

 

 今日は見事な秋晴れだったから、布団を干したんだ。

 ぽかぽかに温まった布団をとりこんだまでは計画通り。しかしうっかり身を沈めたが最後。干したての布団の魔力には抗えず、目覚めたらこんな時間……というわけだ。

 

「……お腹すいたな」

 

 ぽつり、鈴虫に呼応するように鳴った腹の虫に一人ごちる。

 確か朝から洗濯をして、布団を干して、昼頃に寝入ってそのままだから昼飯を食い損ねた。

 

 ほのかに陽光の香りを残す布団は愛しいが、名残惜しくもしばしの別れである。のそのそとした動作で立ち上がり、台所へ向かった。

 まだ昼の残滓が残っているのか、かろうじて電気をつけなくても歩けるくらいにはほの明るい。

 外に目をやれば、藍色とぶどう色に押しつぶされていく夕日が山の稜線をわずかばかり縁取っていた。もう少しすれば、世界は夜に衣替えをする。

 

「えーっと。カップ麺……は、胃がびっくりしちゃうか」

 

 さて何を食べようかと冷蔵庫を開けば、人工的な白光の中で申し訳程度の食材が身を寄せ合っていた。卵に、使い切りパックのロースハム、食パンが一切れ。

 ハムエッグをトーストしたパンに乗せれば立派な一品となるが、どうもパンをもさもさ頬張りたい気分でもない。そんな僕の視界の端に、賞味期限の迫った数字が印字されている紙パックが映る。

 

「確か蜂蜜あったはず……うん。とりあえず、これでいいか」

 

 牛乳を手に取り冷蔵庫を閉じると、ほぼ何も見えなくなる。いよいよ陽光の恩恵は終わりを告げたようで、振り返れば窓の向こうには夜が広がっている。

 僕はようやく観念して、流し台の上にある明かりをつけた。

 

「~♪」

 

 鼻歌を歌いながらミルクパンに牛乳をそそぐ。電子レンジでもよかったが、不思議なものでこれで温めるだけで旨さが増す気がするのだ。

 ガスコンロのつまみをひねると、カチカチカチと音がして青白い炎がともる。長年IHで過ごしていたものだから最初は焦がさないかおっかなびっくりだったが、もうそこそこ慣れた。

 火を調節してから戸棚を漁り、お目当ての蜂蜜を探す。僕のお気に入りだからと、家族が餞別に入れてくれたものだった。

 

「お、嬉しいね」

 

 蜂蜜を探していると、ついでにクッキーも出てきた。これも誰かくれたやつかな? 僕にはよくわからないけど、なんとなくいい所のお菓子な気がする。夕飯はこれで決まりだな。

 雑に夕食を決めると、ぎしぎしと床板の軋む台所の床を踏み鳴らしてコンロへ戻った。僕しか住んでいない広々とした一軒家は、主である僕の音を拾ってよく響かせる。

 丁度牛乳に薄っすら膜が張り始めた所で、蜂蜜をその中へ入れる。膜をからめとりながらくるくる混ぜて蜂蜜を溶かすと、混ぜ終えたスプーンに張り付いた牛乳膜をぱくついた。

 

 温まった牛乳をとぽとぽマグカップへそそぐと、クッキーと共にお盆へ乗せて部屋へ運ぶ。

 

 

「……うまい」

 

 

 胃に流し込んだ牛乳がじんわりと内側から身体を温める。ほんのりとした甘さが心地よく、体がほぐれた。

 体も温まった事だしと窓をわずかに開ける。すると冷えた風と共に庭の金木製の香りが流れ込んできて、清々しい気分だ。

 なんてことない日常の一幕を味わいながら、僕はホットミルクを傍らにペンをとる。キーボードを叩いてもいいが、鈴虫の範奏には紙をペンでひっかく音の方がふさわしい気がした。

 資料用に持ってきた本を開けば、若草色の紅葉のしおり。もう少ししたら茜色に染まった紅葉でまたしおりを作ってもいいかもしれない。

 

 

 雨風しのぐ壁と屋根、文字を綴ることが出来るなにか。

 それとほんの少しの甘いものに、あたたかな布団があればいい。

 

 

 そのわずかな幸せで満たされて、僕はペンを動かしていく。

 

 

 

 

「……ん?」

 

 深夜も超えて朝が近くなってきた頃。背後に気配を感じて振り返る。

 

「おや、小さなお客さんだ」

 

 僕の視線の先、ちょこんと座っていたのは黒い猫。家の中に入ってくる子は初めてだ。

 

(でも戸締りはしていたはず……ああ、そうか。さっき窓を開けたのだった)

 

「にゃあ」

「はい、こんにちは」

 

 猫に手を伸ばすと、思いのほか大人しくて体を持ち上げても暴れなかった。それをいいことに膝に乗せて柔らかい毛並みを撫でる。

 

「よしよし。……そういえば、君は顔有りなんだね。ここに来てから僕意外に顔のある生き物に会うのは初めて、かな? ふふっ、よければ話し相手になっておくれよ」

「…………」

 

 猫は目を細めるばかりで返事をしないが、僕は構わず話し出す。

 紙やPC画面意外と語らうのは久方ぶりだ。

 

 

 

 

 ここは生活に不自由はしないけれど、住民や生き物には顔が無い。のっぺらぼうだね。

 

 顔が無ければ口も無く、話すことも鳴き声を聞くことも出来ないのだ。

 

 

 

 

 特にそれを寂しいだとか不便だとか思ったことは無いけれど、こうして顔のある生き物と接するのはしばらくぶりだからつい饒舌になる。猫が答えてくれるはずもないのにねぇ。

 

「今の僕のお仕事はね、世界を作ることなんだよ。といっても、小説を書くだけなんだけど」

 

 にゃあ。猫が鳴いた。

 返事をしてもらえたことが嬉しくて、僕は言葉を続ける。

 

「この家を用意してくれた人が言うには、僕が生み出した世界はね。僕が続きを最後まで書かないと、物語の途中で世界ごと停止して……そのまま消えてしまうらしい。だからこうして書いている」

 

 膝の猫を撫でながら、ペン先を走らせる。

 

 僕が途中で書くことをやめて忘れてしまった世界は、ずいぶん消えてしまったらしい。

 形が残っていたら続きを書けたのだけど、とりとめなく考えて記憶と思考の海に消えていったものがたくさんあるから。

 

「不思議な力を持っているわけでも無ければ、小説家でもなかったのになぁ。じじぃになるまで続けた、趣味ではあるのだけれど。不思議なものだよ」

 

 ぽつぽつと言葉を膝の上に落としていく。語り掛けるようでいて独白のようでもあるそれを、猫は静かに聞いていた。

 

 ふいに笑みがこぼれる。ちょうど山場に差し掛かったのだ。

 ここを超えればこの物語の終着点は見えたようなものである。登場人物たちとも、もうすぐお別れだ。

 

 

 僕が書き終えれば、あとは彼らだけの世界。

 

 

 書き終えた物語は紙でもデータでも、いつの間にか消えている。僕はそれを巣立ちと呼んだ。

 

 

「僕が考えた物語……全部終わらせるまで、ここから出られないんだって。四季はあるし朝も昼も夕方も夜もあって、お腹はすくし眠くなる。旅行にだって行けちゃうのに、出られないって言うのも変だけどね。僕だけが停滞し続けるだけ」

 

 変わらぬ姿のまま四季だけが巡る変わらぬ景色の中で物語を紡ぎ、どれほど経っただろうか。

 毎日が穏やかで、だけど早くて。もう数えるのを忘れてしまった。

 

「天国とも地獄とも言われなかったけど、君はどちらだと思う?」

 

 猫は鳴かない。

 

「僕にとっては、天国かなぁ。といっても、死んだ自覚もいまいちないんだけどね。なんていうか、現世からのお引越し? 新しい営みのサイクルに組み込まれただけ……という感覚だ」

 

 訳の分からんことを問うなとばかりに睨まれた。かわいい。

 

「よくよく続けたなって思うけど、まさか寿命の先でも続けるとは思わなかったよ。……でも意識がある限り、僕は小説を書くんだろう」

 

 実際こうして書いているわけだしね。

 きっとそこに世界の運命だとかの理由が無くても、僕は筆をとっていた。

 

「……創作はねぇ、一度始めたらやめられないよ。忘れたふりしても、ふとした瞬間顔を出すんだ」

 

 ホットミルクをすする。物欲しそうに見上げられたので、一度ペンを置いた。

 再び台所へ行き、小皿にお客様用の牛乳をそそいで戻ってくる。猫が早くよこせとばかりに見上げてくるので、苦笑しながら恭しく彼、もしくは彼女の前に置いた。

 

「この物語は自分にしか紡げない、作れない、書けはしない。そんな自惚れで満たされた、甘くて苦い毒の沼。もし例えるならそんな感じかな。何かにはまることを沼るっていうだろ? 僕が若い時の言い方だけど。あれだよ」

 

 ぺろぺろと牛乳を舐め始めた猫を横目に机の前に座りなおし、再び物語を進める。

 

「普通に生きてきたのに、僕の手に世界が乗っかっている。不思議だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【普通も極めれば狂人だ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、いいなぁそのフレーズ。使わせてもらうよ」

 

 答えてから「えっ」と顔をあげて振り返ると、猫の姿は消えていた。皿の中身だけはしっかり空になっていたけれど。

 それを見てほんの少しだけ寂しくなりながら、僕はそのまま夜が明けて日が昇るまでペンを動かした。

 

 一区切りついて顔をあげれば柔らかい秋の陽光。窓越しに僕の体を温めてくれるそれに目を細めながら、冷めたミルクを胃に流し込んだ。

 

 

 

 

「いやぁ。今日も今日とて、創作日和だねぇ」

 

 

 

 

 

 

 




お粗末さまでした。ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。