最初に謝っておきます。
大変申し訳ございませんでした。
前回までのあらすじ。
ある日、突如として奇怪な生物へと姿を変えられてしまったシンボリルドルフ。
事態を重く見たトレセン学園生徒会は、シンボリルドルフの保護のため動けない自分たちに代わり、調査員として特務エージェント・トウカイテイオーを送り出した─────。
◇ ◆ ◇ ◆
カイチョー救出作戦、スタート!
とりあえず、まずは人手を集めておきたいところ。
一番怪しそうな"いつもの大体あのへんの界隈"には既に捜査の手が入っていて、だけどあまり成果が得られなかったらしい。
でも、それは逆に言えば、今回はあの子たちを
身近なところから行こう。確か、
中央トレセンでは座学の授業が全生徒共通の時間に行われ、その放課後、各ウマ娘のトレーニングが始まるまでに少しタイムラグがある。これは担当トレーナーの方針次第で長かったり短かったりし、ボクはこの暇を利用して──本当は用事を深夜まで持ち込まないよう、宿題とかをやるための時間なんだけど──生徒会に遊びに行くことが多い。
でもスカーレットは真面目な優等生だから、宿題なんかすぐに終わらせて、一番早く
通い慣れた道を駆け抜け、部室の前までやって来た。
一応周りのグラウンドを見渡すが、スカーレットの姿は無い。着替えが終わっていないのか、はたまた中でトレーナーやチームのみんなと話しているのか。
「スカーレット、居る? 他のみんなは───」
「あっ、テイオー! た……大変なの、アイツがっ……ウオッカが……!」
栗毛を見事なツインテールにした、何かと主張の強い豊満な身体のウマ娘───ダイワスカーレット。
相変わらず同年代とは思えないワガママボディだなぁ……。ただ、いつも勝ち気な彼女にしては珍しい狼狽えぶりだ。一体何が……。
「テイオーちゃん? ふふっ、こんにちは!」
「? どうかされましたか?」
……いや。いや、うん。
大丈夫。まだ大丈夫だ。だって、ほら、少なくとも見た目に関しては、ボクの記憶とそうズレてるわけじゃない。カイチョーみたく妙ちくりんな生物に変身はしてないじゃないか。
この子はウオッカ。ワイルドに跳ねた暗めの鹿毛と前髪の流星模様、スカーレットとは対照的にスレンダーな体型が特徴のウマ娘だ。
ボクらと同じく『スピカ』のチームメイトで、自分のことを『
「今日は早いですね、テイオーちゃん。
「スカーレット、これ誰?」
「ウオッカよウオッカ! アタシだって認めたかないけど、今朝までは正気だったの! それがちょっと体調が悪いって言うから早退して、さっき保健室まで引き取りに行ったら」
「も〜……何か今日、変ですよ? スカーレットちゃんもテイオーちゃんも。ほら、いつもみたいに笑顔、笑顔♪」
「変なのはアンタの方よッ!! あぁもうまったく調子狂うわね……!」
「お、落ち着いてスカーレット」
危なかった。先にカイチョーの例を知らなかったら、確実にパニックになっていたところだった。
あるいはこの場合、いっそパニックになってしまった方が正しい気もしなくはないけれど。
「う〜ん……。これは、思ってたより
「どういう意味よ。何か知ってるの?」
「まぁ、ね。詳しくは話せないんだけどさ、実は生徒会から頼まれて───」
かくかくしかじか。改めて考えてみると、本当に変な話だ。
そういや、
「それで、タキオンさんに取り次いで欲しいってわけね。……いいわ、一緒に行きましょう。アタシも
「うんっ。じゃあ、そういうわけだから───ウオッカ、ごめんね! ボクたち、どうしても外せない用事が出来ちゃったんだ。今日サボった分は明日のトレーニングで絶対取り戻すから、トレーナーにはよろしく言っといて!」
「はい? ───あっ、テイオーちゃん!? スカーレットちゃんまで! ま、待ってくださいよぉ〜!!」
待つわけが無い。ウオッカには悪いけど、彼女は完全に
せめてこの怪現象がこれ以上広まらないよう祈るものの、恐らくそう上手くはいかないだろう。そんな、確信に近い予感があった。
◇ ◆ ◇ ◆
どこかの大学だか何だかで行われた、とある実験の話を聞いたことがある。
無作為に組まれた学生のグループそれぞれに色々な課題を与え、取りかかる前に『一番効率よく進められた場合』『
すると実際のところ、『一番よかった場合』どころか、『
詳しい部分は覚えていないけれど、ともかくこの実験結果から学べるのは、『人間は
◇ ◆ ◇ ◆
認識が甘かった。
破局は既に始まっている。
「うぅ……スペちゃん、もうやめてください……っ!」
「ダ〜メ♡ グラスちゃんの今年の抱負は『不退転』。武士に二言は無いんでしょう?」
タキオンの居城である旧理科準備室へ急ぐ道すがら、校舎の裏から何やら悲鳴が聞こえたので、様子を見に来たらこれだ。
ここに辿り着く前に
「ふふ……『王様ゲーム』、ね。都会には良い文化があるものだわ。日本総大将の私に相応しいゲームだと思わない?」
「だ、だからってこんなのは間違ってます! 君主ならばもっと、民の幸福というものを!」
「うるせぇな、ザコがよ。こういう遊びは後から文句垂れんのが一番萎えるだろうが。私にあれこれ言う暇があったら、自分のクジ運を呪いやがれ」
スペちゃん口悪っ……怖……。
というか、グラスも何でもっとちゃんと抵抗しないのさ……!?
「で・も・ぉ……アハッ! 嘘だろお前、馬っ鹿みたい!」
「ひぅ……!?」
すっかり
その先端をグラスの腰に当て、ゆっくり、じっとりと、身体のラインをなぞるようにして口元まで持っていく。
「口では強気なこと言ってるけど、身体は正直ね。ほぅら……これが我が家の秘伝のニンジン。厳選された肥料を与えられ、徹底的な温度・湿度管理の下でのみ作られる最高級品種───」
「はっ……、は、ぁ……スペ、ちゃ」
「ねぇ、グラスちゃん。偉大なるお母ちゃんから賜りし
変に仰々しい言い方してるけど、要するにあれスペちゃんの実家から送られてきたニンジンだよね? いや高級な品種らしいことは伝わってくるけれども。
「ギャハハ! オラ、どうして欲しいか言ってみろよ! 私優しいからさぁ、お前の望み通りにしてやるぜ!?」
「は……。……はい……♡」
「行こうスカーレット、あれはもう助からない」
「てっててててテイオーっ! あ、あ、あ、いや、そのっ、え!? ちょ、はぁ!?」
スカーレットは真っ赤になった顔を両手で覆っているが、指の隙間からチラチラと向こうを窺っているのは明らかだった。
しかし、これ以上スペちゃんたちの
◇ ◆ ◇ ◆
「やぁ、テイオーにスカーレット。そんなに急いでどうしたんだい」
儚げな容貌に華奢な身体。赤みの強い栗毛を腰まで伸ばした、深窓の令嬢という表現がよく似合うウマ娘───サイレンススズカ。
「す、スズカ先輩まで……!」
「? ふふ、変なスカーレットだね。
うわぁ。フレンドリーなスズカとか超新鮮。
口調も何か
でもちょっと普段とのギャップというか、いつもあんまり意識すること無いけど、こう見るとスズカって意外と……って、そうじゃないそうじゃない。
「うぅん、何もついてないよ。ところでスズカ、
「フクキタル? ……うーん、見てないな。でも、木曜日のこの時間なら、中庭で『儀式』をやってると思うよ」
「わかった、ありがとう! またね!」
───フクキタルの占いは2分の1の確率で
これはそもそもの占いが的中する確率が50%で、的中した場合の占いの内容は100%現実になるという意味。
トラブルシューターとしてはあまりアテにならないけど、最悪の場合は神頼みでも何でもやる気でいなきゃ。
「テイオー、何か……、手慣れてるわね?」
「スカーレットは真面目すぎるんだよ。人間関係っていうのは、ほどほどに適当な方が案外上手く回ったりするもんさ。特に……」
そういや我らが『スピカ』のリーサル・ウェポンは今どこで何してんだろ、と頭の片隅で思いながら、ボクは言った。
「ゴから始まってプで終わる芦毛がチームメイトに居る、ボクらみたいなウマ娘は」
「……あぁ。なるほど」
◇ ◆ ◇ ◆
渡り廊下から中庭の様子を覗くことが出来た。
「ふんぎゃろー! ほんぎゃろ! シラオキ様〜シラオキ様〜、私とトレーナーさんに加護を与えたまえ〜!! しらおき、ふたぐん! にゃるらとてっぷ、つがー、しゃめっしゅ! しゃめっしゅ! にゃるらとてっぷ、つがー、しらおき、ふたぐん!!」
謎の呪文を唱えるフクキタルの周囲に、紫色の閃光を伴う黒い竜巻のようなものが発生していた。
今日一番のショッキングな光景──恐ろしいことに、フクキタル本人は祈祷に必死で『儀式』の異常に気づいていない──だったが、関わったら負けのような気がして無視した。
この頃にもなるとボク自身かなり参ってしまっていて、スカーレット共々まともにリアクションを取るのが難しくなっていた。
◇ ◆ ◇ ◆
「はーっはっはっは!! 祭りだ祭りだーっ!!」
「キタちゃん!?」
前言撤回! まさかキタちゃんまでこうなっているなんて……!
「あっ、テイオーさん! 楽しんでますか!?」
そう言って無邪気に笑うのは、燃えるような真紅の瞳と宵闇の如き黒髪を持つウマ娘───キタサンブラック。
かつてはボクのいちファンで、小学生の頃から個人的な交流を持っていた。トレセン学園の門を叩いた今は、大切な後輩でもある次世代の優駿。
既にトゥインクル・シリーズの最前線で頭角を現しつつあるキタちゃんだけど、ボクには昔と変わらない親愛を向けてくれている。何となく
「楽しむも何も無いよ!! 一体どうしちゃったの!?」
───それはそれとして、ツッコミどころは山のようにあった。
まず、キタちゃんが大好きな『お祭り』をコンセプトに、法被をモチーフとした和風の『勝負服』を着ている。
勝負服は本来、国内最高峰の舞台であるGⅠレースでのみ着用を許される神聖な衣装で……。
まぁ、言い方は悪くなるけど、服は服だからね。着たい気分なら仕方ない。春のファン感謝祭なんかでも特例で着たりするし、そんな日もあるだろう。
……そういや
「えっ? テイオーさんこそ何言ってるんですか、お祭りですよお祭り! 最高に気合い入れるのは当然でしょう?」
「最高に気合い入れた結果がそれ!? せめて自分の足で歩きなよ!」
そう、キタちゃんはどういうわけか、
いわゆる
「まぁまぁまぁ、あんまり細かいこと気にしてたらシワが増えちゃいますよ。今日はお祭りの日です、確実です。何故なら私の江戸っ子魂がそう言ってますから!」
「聞いちゃいない……」
何故か桃の描かれた扇子を仰ぎながら、キタちゃんはめちゃくちゃ良い笑顔だった。守りたいこの笑顔。
ただ、今回優先すべきはトレセン学園の未来の方なんだよな。
「ハァ……やれやれ。もういいでしょテイオー、先を急ぐわよ」
「ややっ」
えっ、などとボクとスカーレットが口に出す暇も無く、キタちゃんは異様に素早い身のこなしでお神輿から飛び降りた。
そのまま流れるようにスカーレットの懐へ滑り込み、ばばっと手を取ってこう告げる。
「いま私と目が合いましたね? そういうあなたは、『スピカ』のダイワスカーレットさん!」
「え……えぇ。そうよ。あなたとは……テイオーの後輩なんだから、初めましてではないと思うけど。確かに直接話したことは無かったわね」
やっぱりスカーレットは
「けど、これでスカーレットさんとも
「うん? うん……、?」
「さぁさ、楽しみましょう! 祭りだ祭りだぁ! テイオーさんもスカーレットさんも、そんな暗い表情じゃあせっかくの美人が台無しですよ! 悩みなんて吹っ飛ばせーっ!!」
キタちゃんは服の袖から、大きな飾りのついた自分の身長ほどもある棒──いつだったかキタちゃんに教えてもらった、確か江戸時代の火消しが使っていた『
キタちゃんが纏を振り回すと共に、先端に取り付けられた鈴がガランゴロンと音を立てる。
「笑え笑え!! はーっはっはっはっはぁ!!」
「あはは……よし行くわよテイオー、さっさとここを離れないと脳を焼かれるわ」
「ふふっ、全く同意見」
ボクたちはそそくさとその場を離れた。
世界は決定的に変化してしまい、地上に残されているのはボクたち2人だけのような気がしてきた。
◇ ◆ ◇ ◆
「たわけ、私のことを捨てないよな? 本当に、捨てないよな? ……私は、貴様を信じていいんだよな? 信じて……いいですよね……? あぁ……私は、あなたさえ信じられていれば……」
「ねぇテイオー、あれって」
「見るなスカーレット。見るな。
「でもここ、旧理科準備室に行く途中じゃない。もし副会長もタキオンさんを頼って探しに来てたら……」
「……、他言無用ね。いい?」
「まぁ……。……うん」
◇ ◆ ◇ ◆
現実はいつも想像より悪い方向に進む──ように感じられる──けれど、たまには良いほうに裏切られることもあるらしい。
「おや───」
「……テイオー!」
「マックイーン! イクノも!」
心強い合流者が2人。
紫がかった芦毛の長髪を
長い栗毛の三つ編みをもう一本の尻尾の如く垂らし、大きな眼鏡をかけた
学生寮で同室なのは聞きかじってたけど、合流して行動してたのか。まったく良い判断だ。
「えっと……何て言ったらいいかわかんないんだけど、気を悪くしないで聞いてね。2人は……その、正気?」
「『正気』という言葉の定義については議論の余地があるかと思いますが。少なくとも私は
うわ、ネイチャまでダメなのか。地味にショックだ。
ネイチャは何だかんだ言って、
「
「えい・えい・むんって何?」
「こちらも似たような状況です。
「けど、2人とも正気っぽいわね。良かった」
口から出てきた言葉はとても正気とは思えないものの、この場合は仕方ない。
「そうだ、
「残念ながら見ていません。私が部室に到着した時点で、既に『カノープス』は壊滅状態でした。
「あぁ、そこについては同意見ですわ。逆にテイオー、
「ボクは見てないな。どうだった? スカーレット」
「アタシたちもまだ会ってないわ。今日はアタシとウオッカで一番乗りだったのよ、部室には」
「そう、それは……。いえ、お待ちになって? ウオッカさん……それにスペさん、スズカさんも。あなた方と一緒でないということは───」
耳に痛いほどの沈黙が場を支配した。
……もはや、決定的な事実だ。ここに居る全員が、既に大切な誰かを失っている。
「一応聞くけど、ゴルシは」
「3日前から
「何でこんな肝心な時に限って居ないのよ。あの無駄な博識ぶりと多芸ぶりを活かす絶好の機会じゃない」
「そうだよ。普通にこっちからも連絡して帰ってきてもらえば───」
「残念ながら、それは難しいねぇ」
と、そこで聞き慣れない声が割り込んできた。
「スマホを見てみなよ、圏外になっているはずだ。未知のエネルギー放射を伴う光波熱線状の障壁───
「あなたは……」
─────長い、長い道のりだった。
そうだ。ぶっちゃけ途中からほぼ惰性で走り回ってたけど、ボクたちはこの子に会うためにやって来たんだった。
栗毛の短髪に同色の瞳。旧理科準備室のマッド・サイエンティスト。
「タキオンさん!」
「やぁ、スカーレット君。お互い正気の内にまた会えて嬉しいよ」
アグネスタキオン。
トレセン学園の"いつもの大体あのへんの界隈"筆頭にして、明晰な頭脳と世界観を間違えてるとしか思えない超科学力の持ち主だ。
競走バとしてもかなりの実力者らしいが、もっぱら学園内でのトラブルの噂しか聞かないのはどういう了見だろうか。
「状況は把握している。悪い予想が的中した形ではあるがね。歓迎するよ、諸君───『有識者会議』にようこそ」
いやキミ本当に正気?