騎影が行く   作:ごまぬん。

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鋼鉄の10騎

 

 スイープトウショウが立案した作戦はこうだ。

 

 まず、スイープトウショウがマンハッタンカフェを引き連れて出撃する。

 今回の騒動の元凶───ヒトやウマ娘の精神を変調させ、場合によっては異形の存在(たぬき)に変えてしまう未知のウイルス『UT-F1』。これは病原体として感染するのではなく、呪術として人々に()()ことで拡散する。

 そこで、霊現象に対して強い感受性を持つマンハッタンカフェが呪いを誘導し、スイープトウショウが迎撃する体制を作り、トレセン学園を席巻する呪詛の渦を無力化する。

 迎撃体制はスイープトウショウの体力(魔力)が続く限り、というタイムリミットがあるが───これはあくまで、次の段階への布石に過ぎない。

 

 魔法少女と霊感少女のコンビは陽動だ。

 2人が呪いを引きつけている内に、アグネスタキオン以下『有識者会議』のメンバーは、学園各所に『モノリス』を設置しに向かう。

 『モノリス』はスイープトウショウとコパノリッキーの私物、さらにはアグネスタキオンとエアシャカールが所有していた諸々の化学物質を組み合わせて作られた装置だ。見た目は髑髏(どくろ)とキノコを掛け合わせたような不気味な粘土細工だが、魔法の行使を助ける機能があるらしい。

 この『モノリス』を、コパノリッキーが風水と占術の知識を総動員して策定したポイント───地球上に満ちる霊的エネルギーの流れ、いわゆる『龍脈(レイライン)』の経路上に設置することで、トレセン学園の土地全体が一つの巨大な『魔法陣』と見なせる状態となる。

 

 これをもって、スイープトウショウの魔力を極限まで増幅し、学園全体に浄化の魔法を施して呪いを一掃する─────。

 

「うひゃあ……! みんなの力を一つに合わせて、まさに最終決戦って感じ。これはコパコパしてきたぞーっ!」

 

「コパコパって何だよ」

 

 旧理科室、中央司令部(コマンド・ポスト)

 通信手兼指揮誘導手(オペレーター)担当、エアシャカール・コパノリッキーチーム。

 

「タキオンさん! 一緒に頑張りましょう!」

 

「あぁ、スカーレット君の前で情けないところは見せられないねぇ。いいだろう! スカーレット君の方がよほど似合う渾名(あだな)だが、"超光速のプリンセス"たる所以(ゆえん)───存分にお見せしようじゃないか」

 

 南部方面工作担当、ダイワスカーレット・アグネスタキオンチーム。

 

「いやー……とんでもないことになっちゃったな」

 

「同感ですわ。しかし、この局面さえ乗り切れば(わたくし)たちの勝利です。着いて来れまして、テイオー?」

 

「へへっ、もちろん! そっちこそちゃんと着いて来なよ、マックイーン!」

 

 東部方面工作担当、トウカイテイオー・メジロマックイーンチーム。

 

「んじゃ、ウチらはこっちやな。よろしゅう頼んまっせ、イクノちゃん!」

 

「えぇ、よろしくお願いします。タマゴサンドさん」

 

「お、わかる? このマヨネーズがミソなんよ。マヨネーズやのに味噌ってのも変な話やけどね……ってなんでやねん! 自分、そんなキャラやったっけ!?」

 

 西部方面工作担当、タマモクロス・イクノディクタスチーム。

 

「ごめんね、負担をかけることになるわ。でも───あんたたちのことは、全員生きて帰す。我が家名と杖にかけて、必ずや」

 

「はい、よろしくお願いします。きっとまた、みんなでここに戻って来ましょう」

 

 遊撃手兼北部方面工作担当、スイープトウショウ・マンハッタンカフェチーム。

 

「準備オッケーかな? ではでは皆さん、しゅーごーっ」

 

 コパノリッキーが音頭を取り、一旦全員を集めた。

 配布したインカム──何故かアグネスタキオンの研究室に転がっていたもの──を始め、通信機材の調整はエアシャカールに一任されている。

 そしてアグネスタキオンとスイープトウショウは現場に出撃するので、消去法で『総司令官』に就任したのが彼女だった。

 

「あれやりましょうよ、みんなで輪を作って手を上げるやつ!」

 

「おっ、いいじゃん。掛け声はどうする?」

 

「そりゃあ『リッキー☆ ラッキー☆ みんなでハッピー!』に決まって……」

 

「ちょっと、そんなしまらない詠唱じゃテンション上がんないわよ。ここはプリファイの名乗りにしましょ!」

 

「プリファイの名乗り口上は、敵を前にやるものじゃない? 相手に語りかけるのが前提っていうか……し、知らないけどっ」

 

「せっかくだしオリジナリティがあった方が良いねぇ。作戦名でも付けてみるかい」

 

「一理ありますわね。目的からすると『Altar(祭壇)』が入りそうですが、よりゴージャスに『Sanctuary(神殿)』などを採用しても面白いかも知れませんわ」

 

「どうでもいいだろ、ンなこと。準備できたんだったらさっさと行けよ」

 

「おいおい、ノリ悪いで〜? こういうのはお約束やからな! 一発ビシッと決めとかなあかん」

 

「あの……。お気持ちはわかりますが、いい加減、本当に行動を始めないと……」

 

 臨時チーム『有識者会議』はこの期に及んでまとまりに欠けていた。知り合いこそ多いものの、特に普段から懇意にしているグループでもないので当然のことではあったが。

 全員の意見が一致したのは、イクノディクタスが決定的な一言を放った時だった。

 

「では、私からも一つ提案を。……今日、この異変の犠牲となった友人に、捧げたい言葉があるのです」

 

 イクノディクタスの提案を聞き、彼女たちは一斉に納得した。

 少しばかり間抜けな響きだけれど、その文字列はきっと、これ以上は無いほど適格な(とき)の声。

 

「じゃあ、行きますよっ」

 

 集いし10人のウマ娘が手を重ねる。

 皆の(てのひら)は温かく、命の力に満ち溢れていた。それは、どんな絶望も打ち払う希望の(ほむら)だ。

 

 ─────えい、えい、むーん!!

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 走る───走る、走る。

 

 すれ違う人たちはみんな虚ろな目をしていて、うわ言を呟きながらフラフラと歩いている。

 旧校舎へ逃げ込むまでは()()()()じゃなかった気もするけど、今や学園中の生徒・職員が『呪い』に感染してしまっていた。

 時々なんか甲高い悲鳴とか艶っぽい喘ぎ声が聞こえるのは気のせいだと思いたい。思いたいな。さすがに無理があるか。いやでも、このトレセン学園でそんな……。

 

「きゃああぁぁぁ───!!」

 

 勘弁してよ……。

 

「あっ、テイオー! あそこです!」

 

「ゔぅぅ───ゔあぁあぁぁぁぁぁ……!!」

 

 あれは……セイちゃん(セイウンスカイ)だ!

 同期組と一緒に居ないと思ったら、フラワー(ニシノフラワー)の方だったのk

 

「いやっ……や、やめてください、スカイさん!」

 

「ゔぅ゛ぅ゛ぅ゛!! あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!」

 

「ゲェーッまさかのゾンビ化!?」

 

 セイちゃんは壁ドンを通り越して床ドンをかまし、今にもフラワーに噛みつきそうになっていた!

 身体が腐ってこそいないものの、本来淡い空色の瞳は今や妖しい薄紅色の光を宿し、白磁のような肌には太い血管が何本も浮き上がっている。

 

「ぐるるるぅ─────」

 

 フラワーもいいようにされているばかりではなく、水平に持ったホウキの柄をセイちゃんの口に噛ませ、攻撃を防いでいた。

 さすがは飛び級入学の英才と言ったところだが、年齢も体格もセイちゃんの方が上だ。このままじゃ……!

 

「何でですか、スカイさん……」

 

「───っ! ふ、ぐぅぅぅぅぅ……ッ!」

 

「フラワーさん! お待ちくださいまし、いま助けますからっ」

 

「どうして私に迫ってくるんですか! スカイさんはキングさん(キングヘイロー)と付き合ってるんでしょう!?」

 

「ゔ!?」

 

 さては感染者だなオメー。

 

デジタルさん(アグネスデジタル)にも聞いたけどそうだそうだって言ってましたよ!」

 

「う……う、ゔ、ふぅぅぅぅうぅぅぅ……!」

 

 ウソでしょ……。

 あ、セイちゃん泣いちゃった。ホウキ噛んだまま、器用だなぁ……。

 

「あれって本当ですの?」

 

「そんなわけないじゃん。いや、実際のとこは知らないけどさ……。でも、どのみちボクらが立ち入る話じゃないと思うな」

 

「まぁ……それもそうですわね。というかそもそも、スカイさんは担当トレーナーの殿方一筋だって噂もございますし」

 

「ヴルアアアァァァァァァァァ!!!!!!!!」

 

「えっ何で!? わけわかんないよーッ!!」

 

 今のやりとりの何が逆鱗に触れたのかは不明だが、セイちゃんはいきなり天井スレスレにまで跳躍したかと思うと、プロの格闘家めいた見事な踵落としを放ってきた───ボクたちの方に向かって。

 何とかギリギリで避けられたけど、床が抉れてヒビが……!

 

「ッ……! フラワー! 大丈夫!?」

 

「な、……あなたは……えっと、トウカイテイオーさん? それに、メジロマックイーンさんまで」

 

「ゔぅ゛ぐるるる゛る゛ぅ゛、ァアァァァ……っ!」

 

 しかし、脚は文字通りウマ娘の生命線だ。

 本気のウマ娘のパワーであればあの破壊力にも納得だが、身体の方が耐えられないんじゃないか?

 ほら、捻挫か骨折かはわからないけど、膝や足首が青くなって……。

 

「ぐるあぁッ!!」

 

「うわっ気色悪!!」

 

 と思っていたら、セイちゃんの右脚全体(なかなかの美脚である)が物凄い音を立てて激しく痙攣し、一瞬で健康的な血色を取り戻した。

 

「メキャっていったよ今メキャって! 再生能力って、確かにゾンビものだと定番だけどさぁ!」

 

「て、テイオーさん。スカイさんだって女の子なんですよ。そのへんにしといてあげてください」

 

「厄介ですわね……。呪いはスイープさんたちが引き受けてくれているとはいえ、道中で既に感染した方々に襲われる可能性もあるなんて。二人組(ツーマンセル)で行動しろというのは、このためでしたの」

 

 セイちゃんは目を剥き、青筋を立て、歯を食いしばり、発達した(犬歯)を覗かせながらこちらを睨んでいる。

 若干頬を赤く染めてるようにも見えなくはないが、たぶん気のせいだろう。そうだとしてもきっと怒ってるからだな。

 

「───やれやれ。あまり野蛮ではしたない真似はしたくないのですが……事ここに至っては、仕方ありませんね」

 

「マックイーン?」

 

「テイオー、フラワーさん。5秒、いえ3秒だけ隙を作ってくださいまし」

 

「? ま、待ってくださいマックイーンさん、スカイさんをどうするんですか!?」

 

 あれ? ちゃんと話通じてる。フラワーは感染者じゃないの?

 いや待てよ……そういえば、カイチョー(シンボリルドルフ)も見た目と口調こそあんなだったけど、自分の意識はしっかり持ってた。人によっては自我を保ったままでいられるのか?

 

「もちろん、この場で無力化いたします。不測の事態とはいえ、知己の者を手に掛けるなど……(わたくし)とて御免ですわ」

 

「……。……うん、わかった。フラワー。ここはマックイーンを信じてくれないかな」

 

 まだ年端もいかない少女にこんな決断を迫るのは、どうにも酷な気はするけど。

 フラワーは、ボクたちとセイちゃんを交互に見て───それまでの不安そうな表情を引っ込め、強い決意の籠もった眼差しで返事をした。

 

「はい。スカイさんを、お願いします……!」

 

「よくぞ言ってくれましたわ!!」

 

「ゔうぅぅうぅぅッ、アアアアアァァァァァァァ!!」

 

 そして、マックイーンとセイちゃんが同時に駆け出した。

 セイちゃんの動きは凄まじく速かった。目で追うのもやっとのスピード。元よりその気になれば自動車並みの速度で走れるボクたち(ウマ娘)だが、今のセイちゃんの身体能力はその範疇で収まるものではない。

 しかし、対するマックイーンもまた怯まない。ゲートが開いた瞬間を思わせる、優美で完璧な姿勢でスタートダッシュを決めた。

 

「スカイさん!!」

 

「ぐるぁああ!」

 

「私、応援してますから! トレーナーさんとの仲も、キングさんとの仲も! 恋多き乙女って素敵だと思いますッ───!!」

 

……にゃあぁ!?

 

当て身!!

 

「ゔっ」

 

 交錯は一瞬だった。

 最高の援護射撃(フラワーの一言)によってセイちゃんが隙を見せた刹那、その首筋をマックイーンの手刀が打ち据えた。純粋無垢な善意とは、時に悪意ある攻撃よりも恐ろしく鋭い刃となる。

 見事に気絶するセイちゃん……漫画でしか見たこと無いやつだな。

 

「ふぅ……」

 

「す、すごかったねマックイーン。やっぱり、メジロ家では習うの? そういう護身術みたいなの」

 

「えぇ、まぁ。ですが、今の技は半分我流ですわ。カワカミプリンセスさんにご指南いただきましたの」

 

 カワカミプリンセスっていうと、あの子か。『プリファイ』こと日曜朝の名物アニメ『爆走猛姫☆プリンセスファイター』に憧れ、キングを師匠として"真のプリンセス"を目指してるっていう(実は一般家庭出身との噂もある)お嬢様(?)。

 曰く、プリファイなる番組のコンセプトは『戦うお姫様』というもので、それに憧れるカワカミプリンセスもその手の()()()()()()エピソードに事欠かない。

 

「そっか、この二人()()んだ。……でも、マックイーンも結構アレなとこあるし、意外ってほどでも無いかぁ

 

「何かいま失礼なこと言いませんでしたテイオー?」

 

「ソンナコトナイヨー。キノセイダヨ」

 

 と、閑話休題。今はフラワーと、気絶したセイちゃんのことだ。

 

「スカイさん……」

 

「フラワー。悪いんだけど、ボクたちはこれから行くところがあるんだ。ずっとは付いててあげられなくて……どうする?」

 

「───、……いえ。大丈夫、です。スカイさんのことは、私に任せてください」

 

「……そっか。助かるよ」

 

「とりあえず、技を掛けた者としての目算ですが、スカイさんはあと30分ほどお目覚めにならないかと思います。心苦しいでしょうけれど、しっかり拘束しておくことをオススメしますわ」

 

「はい。口に竹とか噛ませて箱に詰めておこうと思います」

 

「なんで???」

 

「わかりませんが、何となくそうしておくのが良い気がしてて……」

 

 そうだった、フラワーも呪いの感染者なんだ。微妙に言動がおかしいのはそのためだ。

 倫理観は怪しいが、自我は保っているみたいなので、半感染者といったところか。

 

「……倫理観、か。ねぇマックイーン、ボクらの信じてた常識って何なんだろうね」

 

「考え過ぎでしてよテイオー。(わたくし)は2時間前から、ここをゴールドシップさんの頭の中だと思うことにしていますわ」

 

 賢明な判断だ。メジロ家のご令嬢はこのくらいしたたかでないとやってはいけないのだろう。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 あちこちから騒ぎの音が聞こえてくるけど、幸いアタシたち南部チームの道行きは順調だった。

 我を失った感染者が暴れていても、タキオンさんが学園中に落ちている備品を拾って使い、彼ら彼女らを巧みに足止めしているからだ。

 アタシも多少は協力したものの、発想の柔軟性では勝てそうもない。

 尤も、それは規律と秩序が大切だと考えているアタシと、いざという時はダーティな手段も厭わないタキオンさんとの精神性の違いによるものだから、勝った負けたの問題でないことは理解している。要はケースバイケースだ。

 

「─────ねぇ。スカーレット君」

 

 そういうわけで、こっちは楽勝っぽいなぁとタカを括っていたところ、タキオンさんが何やら深刻な様子で話しかけてきた。

 

「どうしました?」

 

「いや、何……。今回のことで、随分と怖がらせてしまっているからね。懺悔というわけでもないが……少し、聞いて欲しい話がある」

 

 君さえ良ければ後で『アグネスタキオンがこう言った』と証言してくれ、と付け加えられる。

 いつもは胡乱げに蕩けているタキオンさんの瞳が、今だけは透き通った煌めきを湛えているように見えた。

 

「もう気づいているかも知れないけれど───UT細胞の発見者の一人は、この私だ」

 

 ……タキオンさんの言う通り、それは何となく……心の奥底で、アタシも疑っていた。

 ただ、タキオンさんを悪しようには言いたくない気持ちがあって、ずっと蓋をしていただけで。

 

「最初に見つけた時、アレはスライムのような不定形の、群れをなした細胞質の塊だった。それはUT細胞の第2形態……いや第3形態かな、微生物サイズからさらに成長しているわけだから。───とにかく、そのことが判明する以前、私はUT細胞がヒトやウマ娘に『感染』するだなんて思っていなかったから、そこまで神経質な隔離措置は不要だと考えていた」

 

「……え」

 

「あぁそうとも、楽観的にも程がある。()()()()()()高い再生力という特性を把握していたのに、ヒドロ虫のような群体生物だということを突き止めていたのに───細胞の欠片にまでバラバラにしても何故か()()()()()()()()()()ように見えたのに、既存の常識に囚われて真の姿を見破れなかった」

 

 滔々(とうとう)と語るタキオンさんの表情は、しかし見たこともないほど苦々しげに歪められていた。

 正直に言って、レースに惨敗した日のアタシでさえ、きっとここまで壮絶な顔はしていないだろう。

 

「もちろん、意図的に流出させたわけじゃない。だが───アレの管理を誤り、UT-F1のアウトブレイクを引き起こしたのは、私だ」

 

 アタシたちウマ娘にとって、あらゆる"競()"は真剣勝負だ。たとえどれほど些細な出来事であろうと、本気で挑み、本気で喜び、本気で悔しがる価値がある。

 だが、どこまでいっても競技(ゲーム)競技(ゲーム)でもある。それが良い悪いという話ではなく。

 平等なルールがあるから勝敗に納得できるし、試合のためにみんな同じ努力をしているから、勝者を讃えることに抵抗は無い。命までは取られないから、いくらでも言い訳や負け惜しみを言っていい。

 

「UT細胞には『段階』がある。ヤツは()()()()()()()()()()()であり、単独では自己保存が困難な状況に陥った時、自身をウイルス大にまで分解あるいは退化させる。そうして他の活発な動物へと感染し……その細胞を利用して増殖することで、細菌サイズにまで成長する。細菌サイズになった後は、より多くの獲物に取りつき、喰らい、結合して……やがては目に見える大きさになり……」

 

 タキオンさんの後悔(それ)は、違った。

 ゲームでは済まされない失敗をしたのだと、自分が勝てなかったから何もかもが終わってしまうと、そう告げていた。

 

「───止めなくてはならない。これは、私が始めた物語なのだから」

 

 『モノリス』が入った背嚢(リュック)の肩紐をぎゅっと握り、タキオンさんは視線を上げて言う。

 

「付き合わせてしまって、すまないねぇ。さすがの私も、相手が『呪い』だなんて非現実的な代物だとは予想できなかった。だが……第1形態の状態で一掃できるなら話は早い。魔法というやつは便利なものだ」

 

「タキオンさん……」

 

「……何もかもこれっきりさ。この事件が解決したら、現存するUT細胞のサンプルすべてを破棄しようと思う」

 

 栗毛の少女が、力無く笑った。

 儚げに、目を細めて。今にも消えてしまいそうな燐光のように。

 

 アタシには何も言えない。

 あのアグネスタキオンが、自ら研究成果を破棄しようとしていること。その重みと覚悟について。

 

「おっと、長らく立ち止まってしまった。行こう、スカーレット君」

 

「……。……はい!」

 

 ただ、今のこの人を、独りにさせてはいけない気がした。

 何も言えなくたっていい。何も出来なくたっていい。

 けれど、世界中の人々が、タキオンさんの罪を糾弾したとして───アタシだけは、この人の味方でいたいと思った。

 









リッキーの口調がわからない。エアプリッキーの方がまだ正確にエミュできる自信がある。
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