騎影が行く   作:ごまぬん。

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実 質 ア イ マ ス



バックインブラック2022

 トレセン学園、西部方面。

 家族に弟妹が居る影響で『追いかけっこ』の類に強いタマモクロスと、冷徹な知性と大胆な行動力を併せ持つイクノディクタスのコンビは、感染者たちの襲撃を危なげなく切り抜けていた。

 策定されたポイントにも次々と辿り着き、全チームの中で最もスムーズに工程を消化している。

 

 南部チームとはまた違った雰囲気で楽勝ムードが流れる中、タマモクロスが口を開いた。

 

「なぁなぁ。自分、どっかで面白(オモロ)い生徒見ぃひんかった?」

 

「? 面白い生徒とは?」

 

「おっと! 不謹慎や何やとかは言うてくれんといてな。ウチら、こうやって学園の全生徒、全職員のために必死で働いとるんやからさぁ……役得やで、役得。後で笑い話にも出来(でけ)へんなんて割に合わんやん、なっ」

 

「ふむ……。笑い話云々はさておき。確かに、()()()()感染者についての情報交換という意味では、有意義な話題ですね」

 

 あくまで合理的な判断の下、イクノディクタスはこれまでに出会った感染者について語って聞かせた。

 緑色の粒子を産出し、赤く発光するツインターボ(2回ほど聞き返された)。謎の黒いボディスーツを着用し、笹竹を貪り続けるナイスネイチャ(タマモクロスはしばらく爆笑していた)。そして、最終奥儀『えい・えい・むん』をもって窮地のイクノディクタスを救ったマチカネタンホイザ─────。

 

「チーム『カノープス』は……ビックリウマ娘の万国博覧会なんか? 言うたら悪いけど、カノトレさん(南坂トレーナー)もカタギらしからぬスキルの持ち主らしいやん」

 

「悪い人ではないですし、トレーナーとしても優秀な方ですよ。前職については、私たちの間でも議論が続いていますが───尤も、前歴がどうであれ、現在は更生しているのですから。それをもって態度を変えるつもりもありません」

 

「そっか。えらい果報者やなぁ、カノトレさんは。しょせん噂は噂ってことやね。あっ、気ぃ悪い話やったならゴメンな」

 

「いえ。ところで、タマモクロスさんはどうやって『有識者会議』に? ご友人のオグリキャップさんやスーパークリークさん、イナリワンさんは一緒ではないのですか?」

 

 イクノディクタスが質問を返すと、鷹揚に笑っていた先刻から一転、タマモクロスは腕を組んで唸り始めた。

 

「あ〜……オグりんはな。どっから引っ張り出して来たんかわからん変な着ぐるみ被ったと思ったら、フラフラ歩いてって寮の部屋に引きこもってもうた。クリークは……、……世話焼きなんはいつものことやし、ってスルーしとったけど。タイシンちゃん(ナリタタイシン)辺り、大丈夫かなぁ……」

 

「いま絶妙に嫌な間があったような」

 

「他の知り合いでいうと、せや、今日はイナリ(イナリワン)のことまだ見てへんわ。あと、珍しく一度(いっぺん)もルドルフと会わんかった気もする」

 

「なるほど……」

 

「んで、放課後にコミちゃん───ウチのトレーナーが見当たらんくて探しとったら、周りが騒がしゅうなってきて。さすがにコレはヤバいんやないか、って気づいたから、どないしたもんか途方に暮れとったら……まぁ、後は成り行きでな」

 

「そうでしたか。私たちとあまり変わりませんね」

 

「タキオンのアホとカフェちゃん、シャカール先生は元から色々知っとったみたいやし、スイープの御大(おんたい)やリッキーちゃんは自力で考えて勝手に動いてたみたいやね。やれやれ、返す返すも変な連中に捕まってもうたわ」

 

「フ───その割には、楽しそうですが?」

 

「へっ、当たり前やろ。これででっかい貸しが出来てまうからな〜? オグりんやルドルフには、高級なディナーのひとつくらい奢ってもらわんと!」

 

 右手で作った拳を左の掌に打ちつけ、タマモクロスは笑みを取り戻した。

 このような状況でひどく俗悪に聞こえる台詞だが、友人らにディナーを奢ってもらうには、まず彼女たちを呪いから解放する必要がある。それがタマモクロスなりの勝利宣言なのだろう。

 イクノディクタスもまた、口角を上げようとして─────。

 

「タマモクロスさん」

 

「おう、わかっとるで」

 

 ウマ娘特有の鋭敏な聴覚が、こちらに迫ってくる複数の足音を捕捉した。

 

「へぇ───珍しい組み合わせだな」

 

 死神の如き不吉な靴音を響かせ、一人のウマ娘が姿を現す。

 タマモクロスと同程度の小柄で華奢な身体。片目を隠す黒鹿毛の長髪。その矮躯に恐るべき闘争心を秘めた、"黒い刺客"の二つ名を取る強力なステイヤー。

 

「ライスシャワーさん……!」

 

「お? あー……誰だっけ? アンタとはあんまし絡んだ()()がねーんだが……ま、何にせよライス(あたい)の名前を覚えてくれてて嬉しいぜ」

 

 ライスシャワーであるはずの何者かが、軽薄に───そして獰猛に唇を歪めた。

 

「こちとら泣く子も黙るGⅠウマ娘だ、知名度は高いもんだと思ってたんだがなァ……天才サマだらけの中央じゃ地味な方でよ。意外なところでファンを見つけて、結構喜んでるんだ。本当だぞ?」

 

「イクノちゃん。一応確認したいんやけど、あの子って元からああいうキャラなんか」

 

 イクノディクタスは、直接の交流こそほとんど無いが、複数の歴史ある重賞競走を制した優駿たる彼女のデータは頭に入っている。

 確かに、ライスシャワーはレースにおいては抉り込むような先行策を得意とし、極めてクレバーな立ち回りを見せるまさに"刺客(仕事人)"だ。

 

「……いいえ」

 

 だが、ターフを離れた日常でのライスシャワーは、非常に穏やかで控えめな年齢相応の少女である。

 引っ込み思案だが、どこかウマ娘らしい強情さを芯に持ち、己に厳しく──いささか自己肯定感に乏しすぎるきらいはあるが、それは彼女の経歴に由来したもので、『欠点』の一言で済ませてしまうには根が深い──他者に優しい。

 少なくとも、あのように剣呑な雰囲気を纏ったウマ娘でないことは間違い無かった。

 

「ライスシャワーさんは、あんなに口の悪い方ではありません。あと」

 

「あと?」

 

「髪の分け目が逆です。普段は左目を出しているので」

 

「いや知らんがな」

 

 イクノディクタスの見立て通りだった。

 平時は右側にカールしている前髪が、今は左側にカールしていた。

 

「おぉ、よく見てるじゃねぇか。本当にライス(あたい)のファンっぽいな」

 

「しかし、これほどの人格の乖離(かいり)……とてもライスシャワーさんと同じウマ娘とは思えません」

 

「ハ。……友好的かと思えば、随分な言い草だ。ライス(あたい)は───間違いなく『ライスシャワー』だよ。ライスの中から生まれた代替人格(オルター・エゴ)。あたいはライスで、ライスはあたいだ」

 

 代替人格(オルター・エゴ)。その単語を聞いて、イクノディクタスの灰色の脳細胞に電撃が(はし)った。

 

「───ッ、そういうことですか」

 

「は? えっ何? 今の会話だけで何かわかったんか?」

 

「推測ですが、はい。彼女は……そうですね、仮にネガ・(反転した)ライスシャワーと呼びますが……」

 

 黒い刺客、ライスシャワー。

 その異名には明白な由来がある。何の因果か、彼女の主な勝鞍は、無敗記録や連覇の懸かった有力バを下して金星(きんぼし)を挙げたという形が多いのだ。

 ルールに則った競走である以上、その勝敗に貴賤は無い。それは同じレースを走り抜いた同世代の優駿たちが一番よく理解している。

 だが、人気の高いウマ娘をことごとく食い破っていくライスシャワーの姿を、快く思わない者も少なくなかった。

 真剣勝負の原則に理解の無い、マナーの悪い(やから)からの──時には、純粋に無敗記録や連覇を惜しむ『普通の観衆』たちからの──バッシングを受け、トレセン学園の卒業さえ待たずして引退を考えていた時期もあるという。

 

「しかし、それでも結局のところ、ライスシャワーさんは彼らを恨みませんでした。すべては『自分が』他者の夢を踏みにじってしまうからだと考えて……」

 

「……、……あぁ。言いたいことはわかるで。ウチには共感までは出来んけど、オグりんやクリーク、ルドルフにマルゼン(マルゼンスキー)のことは見てきたから」

 

「ま、そういうこった。だが」

 

「あなたは違う。ネガ・ライスシャワー……ライスシャワーさんが心の奥底に押し込めていた、無責任な観衆たちへの憎しみ。他者に対する攻撃性」

 

 ネガ・ライスシャワーは開いた手のひらを顔に当て、指の隙間から壮絶な目線を覗かせた。

 自身を形成するライスシャワーの感情のままに、積もりに積もった怨嗟(えんさ)を撒き散らす。

 

「キハハハハハハ!! ご名答だぜ鉄の女ァ! そうとも。ライス(あたい)はライスシャワーが(うち)に封じた真なるライスシャワー! 悪役(ヒール)の異名より生まれし本物の悪魔!

 

 漆黒のステイヤー───否、暗黒の使徒たる本性を(あらわ)にしたそのウマ娘は、制服の袖から1本の短剣を取り出した。

 ライスシャワーの勝負服に付随している装飾品。当然だが、レース場に危険物を持ち込むことは許されない。故にそれはプラスチック素材のレプリカ、あるいはせいぜいが刃引きされた模造ナイフに過ぎないはずだが、この夜ばかりは違った。

 

「い……イクノちゃん、あれ」

 

「……!」

 

「さっきから頭の中で響いてる()は鬱陶しいが……ようやくライスの身体から出てこれたんだ。存分に叶えてやらなくっちゃな? ライス(あたい)たちの望みをさ」

 

 怪異の専門家ではないイクノディクタスとタマモクロスにも、一目で見て取れる異常。

 (なまくら)の贋物でしかない短剣にはしかし、激しく燃え盛る赤紫色の火炎が灯されている。

 明らかに高純度の『呪い』───恐らくはライスシャワー自身の精神性と、UT-F1がもたらす"魔法的な"作用が相乗して働いた結果だ。

 

「あわわわわわ、どどどどないしよイクノちゃん!? ウチ、さすがにこんなガチで死にそうな状況は想像してなかったんやけど!!」

 

「ご安心ください、私もです。ターボさんとネイチャさんの様子を見ていて、何となく致命的な事態にはならなさそうだと思っていました。その……どれほど()()()()()状況に陥ろうと、最後にはユーモラスに解決するものかと」

 

「ハッハァ!! ちょうどいい、お前たちで試してやるか。ライス(あたい)の身体のポテンシャルって奴をよォ!」

 

 ネガ・ライスシャワーが、炎を噴き上げる短剣を振り上げた。

 遠すぎる。得物が銃であればまだしも、短剣の射程距離ではありえない。

 だが、あまりに堂に入ったネガ・ライスシャワーの態度に嫌な予感を覚え、イクノディクタスとタマモクロスは咄嗟に後ろへ下がる。

 

 刹那、先刻まで二人が立っていた場所に、赤紫色の火柱が立ち上った。

 

「ぎょえええええええええ!?」

 

「そぅら、まだまだ行くぜぇ!!」

 

 空中に無数の炎が弾け、無慈悲にもトレセン学園の廊下を破壊していく。

 この騒動のせいか、教室は施錠されていなかった。破壊の痕を逆に利用し、転がるようにして教室に飛び込む西部チーム。

 

「感じる……感じるぞ! 声が聞こえる……。お前たち、()()()()の邪魔をしに来たな!? そうはさせるかよ!」

 

「わわ! わっ、わ、ちょおわあぁぁ!?」

 

「くっ」

 

 暴力の行使に多少の忌避感を覚えつつも、イクノディクタスは牽制のため、教室内の手近な机を放り投げた。

 異常な破壊力を誇る短剣の炎に迎撃され、机は一瞬で消し炭になったが、それはいい。

 わずかな隙を突いて走る。目指すは黒板の下───黒板消しを掴み、大量のチョークの粉を巻き込んで投げつける。

 

「何とかなれっ……!」

 

「!? クソ、小賢しいッ!」

 

「タマモさん! こっちへ!」

 

「ん!? うぉぉあぁ、逃げぇ逃げーっ!!」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 蹂躙された教室から脱出し、イクノディクタスとタマモクロスは廊下の突き当たりまで来ていた。

 階段がある。ここを登って屋上まで行けば、次の『モノリス』の設置ポイントがある。

 

「ナメた真似してくれるじゃねぇか、オイ。お前ら……うまぴょいされる覚悟は出来てんだろうな?」

 

「うまぴょいって何?」

 

「シッ、タマモクロスさん」

 

 そう言うイクノディクタスは、ここに来てまたも考え込んでいるように見えた。

 勇猛果断な"鉄の女"らしからぬ逡巡(しゅんじゅん)。無理もないだろう───知己ではないにせよ、同じ学園に通う生徒だ。呪いに憑かれて変貌した姿を見て、動揺するなという方が酷である。

 

「─────致し方、ありませんか」

 

 背嚢を床に下ろす。タマモクロスが何をしているのかと聞くよりも先に、イクノディクタスは歩き始めた───ネガ・ライスシャワーが迫る廊下の方向へ。

 

「んなっ!? な、何しとるんやイクノちゃん! (はよ)う戻って()ぃ!」

 

「駄目です。タマモクロスさんは、その『モノリス』を持って屋上へ向かってください。私はここでネガ・ライスシャワーを食い止めます」

 

「アカンて!! いくらウマ娘でもあんなん相手に出来るかいな! そんな、死んでもたら……死んでもたら、何にもならへんやんか……ッ!!」

 

「いいえ。問題ありません」

 

 眼鏡の少女は三つ編みを揺らして振り返り、笑った。

 それは確かに、これから死地に赴く者の顔ではあった。

 ただし、勝って帰ってくることを前提にしている種類の。

 

「……。……あぁ?」

 

「お待たせしました。ネガ・ライスシャワー」

 

「ほぉ。観念してうまだっちしに来たか。殊勝な心がけじゃねぇか」

 

「せやからうまだっちって何?」

 

「残念ですが───」

 

 イクノディクタスが、懐から何かを取り出した。

 1つ目は、謎の機械装置。彼女がそれを腰に宛がうと、硬質な鈍い輝きを放つベルトが射出され、装置はその場所にしっかりと固定された。

 2つ目は、妙に大きいUSBメモリのような物体。濃い紫色をした半透明の外装で覆われており、文字の刻まれたラベルが貼ってあるようだが、タマモクロスの位置からは読み取れない。

 

『カノープス』(わたしたち)のトレーナーさんは、とても優秀なんですよ。ギリギリまで頑張って、ギリギリまで踏ん張って、ピンチの、ピンチの、ピンチの連続……そんな時に、こうして立ち上がれるようにしてくれる程度には」

 

 メモリ状のデバイスのスイッチが押され、秘密の力が起動する。

 

SHINOBI(シノビ)

 

「……待て。いや待ってやイクノちゃん。嘘やろ? アンタも……アンタも()()()()なんか? ホンマに!?」

 

「ふざけやがって! そんなオモチャで何が出来るっていうんだ!? ライス(あたい)の炎に抱かれて消えなぁ!!」

 

─────変身!!」

 

 裂帛(れっぱく)の叫びと共に、イクノディクタスの腰の装置へメモリ型デバイスが装填された。

 

SHINOBI!

 

 所定の操作に従って、軽快な電子音声が鳴り響く。

 同時に、メモリに内包された『星の記憶』が腰の装置によって抽出され、一介のウマ娘に膨大なエネルギーを注ぎ込んでいく。

 

「なっ……何だぁ……!?」

 

 竜巻じみたエネルギーの乱流に絡め取られ、ネガ・ライスシャワーが放った炎がかき消された。

 警戒するネガ・ライスシャワーと呆気に取られるタマモクロスを尻目に、吹き荒れる疾風が収まったところに、イクノディクタスの姿は既に無い。

 

義勇忍侠、花吹雪───面子(メンコ)ライダーアヤメ

 

 菖蒲(あやめ)の名の通り、紫苑に染め上げられた襟巻きと戦装束。手裏剣を模した十字の面子(仮面)。月光の金色に輝く双眸。

 控えめに言って、完璧な『NINJA(忍者)』がそこに居た。

 

ドーモ、ネガ・ライスシャワー=サン。アヤメニンジャです」

 

 イクノディクタス、否、今や面子ライダー・アヤメとなった彼女が言う。

 合掌した後、一礼。身体をきっかり45度に傾けた完璧なアイサツ。

 

「ど……ドーモ、アヤメ=サン。ネガ・ライスシャワーです」

 

 イクサに臨むニンジャにとって、アイサツは神聖不可侵の行為。古事記にもそう書かれている。

 アイサツされれば返さねばならない。覚醒したばかりで一般常識全般に疎いネガ・ライスシャワーだったが、日本人のDNAに刻み込まれた礼儀と調和の精神が、彼女を正しい作法へと導いた。

 

「アンタの名前、ホンマに『ネガ・ライスシャワー』でえぇんか?」

 

 タマモクロスは、かなりどうでもいいツッコミをした。

 あまり面白いオチにはならなかったが、多少なりともアイデンティティに沿った発言をしなければ、頭がどうにかなりそうだった。





〇シノビメモリ
 『忍』の記憶を宿したガイアメモリ。
 元は『ニンジャ』という名称のプロダクション・モデルのメモリだったが、『カノープス』のトレーナーこと南坂によって近代化改修を受けた際、未知の作用によってラベルが変化した。
 変化後はイクノディクタスとの適合率を考慮しても明らかに性能が向上している。
 メモリに備わっていた何らかの因子が『面子(仮面)ライダー』の概念と結びついた結果の変化だと推測されるが、詳細は不明。





みんなも風都探偵、見よう!(ダイマ)
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