白い稲妻とシンデレラ・グレイを添えて。
───作戦は、今のところ上手くいっていた。
「
私たちの行く手を阻む『呪い』の感染者の集団が、突如として宙に浮き上がったかと思うと、ものすごい勢いで吹き飛ばされた。
「ウオオオオオ!! ドケ! オレハオニイチャンダゾッ!!」
「
「ぐぇ!」
サイリウムを振って暴れている男性に向かって、赤い閃光が2つ放たれる。片方はサイリウムに当たってそれを弾き飛ばし、もう片方は男性に命中して失神させた。
……何で誰も彼もサイリウムばかり持っているのだろう。決して柔らかい物体じゃないけど、この手のパニック映画に出てくる暴漢であれば、もっと危険な武器を持っているのが定番のはずだ。バットとか、鎖とか……。
「ヒャッハァーッ!! 喰らいやがれ! 秒間240発、魔改造ピッチングマシーンをーッ!!」
と思ったらいきなり無駄に殺意の高い装備が出てきた。
な、何のトレーニングの使うのあれ……!?
「
「あっ」
あ、壊された。一撃で。
「
「モギャ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
秒間240発魔改造ピッチングマシーンを構えていたモヒカン頭の男性が爆発した。野球ボールの機関砲よりも数段殺意の高い魔法だった。
とはいえ、あの幼年誌で人気のギャグ漫画みたいな悲鳴を聞くと『死んではなさそう』と思えるのは何故だろうか。
「ふぅ……。さすがに一筋縄じゃいかないわね! カフェも大丈夫? 『
「いえ……。大丈夫そう、です。もうしばらくは保つかと」
アブラカダブラ、というのは件の『呪い返し』の魔法のことだ。
控えめに言って凄まじい効力であり、UT細胞の『感染する呪い』どころか、以前から私に引き寄せられていた有形無形の呪詛も片っ端から迎撃している。いくつか本当に対処に困るレベルのものも含まれていたので、後で直接教えてもらいたいくらいだ。
「そ。いいわ、この調子なら『モノリス』の設置はすぐよ」
「ウオオオオオ!! オドキナサイ! ワタクシハプリンセスデシテヨ!!」
「
〈はーい、こちら
「更衣室の上ねぇ。魔力はなるべく温存したいから……カフェ、着いたら肩車お願いできる?」
「えぇ……構いませんが」
「ウオオオオオ!! ドケ! オレハファン1ゴウダゾ!!」
「うん、よろしく。
「ウオオオオオ!! ドケ! オレハチャンコナベダゾ!!」
「
【───私を呼び覚ます者は誰だ? 私は破壊と殺戮の神、ダークドレアムなり。私は誰の命令も受けぬ……すべてを無に還すの】
「それにしてもキリが無いわねー。
【ミ゜】
この人すごいな。本当に天才魔法少女なんだ。
最後の相手とか、どう考えても現世に居ちゃいけない類の存在だったのに……。
<……、……。
うわ、"この子"もドン引きしてる。
呪いの影響で学園に住まう霊たちも右往左往している中、もしスイープさんが力尽きてしまった時は、彼女──スイープさん曰く私の『守護霊』──だけが頼みの綱だと思っていたんだけれど……。どうやら完全に杞憂だったらしい。
◇ ◆ ◇ ◆
〈CP、こちら東部チーム! 『モノリス』の設置、完了だよ!〉
〈CP、こちら南部チーム。同じく設置完了だ〉
〈上出来っ! 北部チームも設置完了よ!〉
紆余曲折あったが、各チームが『モノリス』の設置を終えたのはほとんど同時だった。
しかし、つい先刻まで最も進捗度が高かったはずの西部チームだけが遅れている。
〈あーっ、リッキーちゃん!? 西部チームも設置完了やで! ただイクノちゃんが、今ちょっと一緒やなくて……!〉
「えっ嘘!? そんな、大丈夫ですか!?」
「タマモ、イクノ、詳細を報告しろ」
直後、イクノディクタスの
一瞬安堵の空気が流れるが、背後で鳴り響く爆発音や金属音を聞いて全員が顔を
〈CP、こちらイクノディクタス。現在、『特殊変異型』の感染者と交戦中。『モノリス』の設置完了後は即座に帰投する手筈でしたが、少々困難です。戦闘続行か撤退か、指示を〉
〈イクノさん何でそんなに手慣れてますの?〉
「あわわわわわ、どうしよどうしよ……!」
「だァもう慌てんなよ総司令官! クソ、あと少しだってのにッ」
〈いや、人間もといウマ娘は本質的に『落ち着く』ことが難しい脳の仕組みになっているという説があるね。焦りを感じた時、意図的に冷静になろうとするのはかえって逆効果で、トラブルに直面し思考のギアを上げた状態こそが自然であり───〉
〈タキオンさん! 今そういうのいいですから!〉
無言のマンハッタンカフェが『またぐだぐだしてきたなぁ』という思念を放射したが、その心は目の前の『守護霊』以外の誰にも届かなかった。無言なのだから当然である。
〈えっと、じゃあ場所の近い人が迎えに行けばいいんじゃない? ボクたちは真反対の方角だから難しいけど……〉
〈それはアカンて!
「雑穀ゥ?」
〈あっ、ライスシャワーちゃんのことな。どうも呪いの影響で生まれた二重人格らしくて、これがまたドギツい性格しとってなぁ。イクノちゃんはネガ……何たらってややこしい名前付けとったけど、ウチはとりあえず『雑穀』って呼ぶことにしたんや。我ながら上手いこと言えとると思うねん〉
〈不覚にもちょっと面白いと思ってしまいましたわ……〉
〈仕方ない、あたしが援護に行く。カフェは他のみんなと合流して先に戻ってなさい。司令部にはリッキーの『結界』が張ってあるから、あたしの術が無くても安全よ。どのみち、あたしにはもう一仕事残ってるもの。手間が少し増えたくらいわけないわ〉
〈わかりました。……スイープさん、ご武運を祈りま───〉
マンハッタンカフェがそう言い終わるが早いか、強烈な振動がトレセン学園の地を揺らした。
それは、(トウカイテイオーたちが見かけたマチカネフクキタルの『儀式』を除けば)今日一番の異常事態の始まりだった。
「畜生め、一体今度は何だっつゥんだよ……!」
もうそろそろ本格的に消化器内科に罹りたくなってきたエアシャカールが毒づく。
コパノリッキーは、精緻な彫刻の施された水盆──現代技術でいうところのレーダーやGPSの役割を果たしている──から零れた水をモロに被りながら、濡れそぼった顔で旧理科室の窓を見上げる。
「─────な」
そして、誰もが言葉を失った。
◇ ◆ ◇ ◆
地球全土が、ただ一色に漂白されてしまったかのようだった。
「いけ、ない……!! 結界が軋む、なんて魔力量なの!?」
「レーダーにも、サーモグラフにも、重力子モニターにすら捕捉できない!? ンだよそりゃあ、まるで……まるで、
天井の高い3階建ての中央校舎を、その上に設けられた鐘楼部分すら抜き去って伸びる巨躯。
全身を覆う白い体毛と、頭から伸びる枝角。深紅のネオン管にも似た、『∞』の字型の
<─────BANAAAAAANAAAAAAAAA!!>
悪い夢なら覚めてくれと、誰もが思った。
有り体に言って、その『存在』は
「……。ビワ、ハヤヒデ……」
ただ一人、ターフにて熾烈な熱戦を繰り広げたことのあるトウカイテイオーだけが、それの名前を言い当てることが出来た。
というか、ぶっちゃけ『異常な毛量の芦毛に赤縁の眼鏡』という特徴を見れば気づかない方が難しい。
「ヒヒヒ……ついに目覚めやがったか、"呪いの災厄"。
イクノディクタスと交戦していたネガ・ライスシャワー改め雑穀が、恍惚とした表情で語った。
菖蒲色の戦装束と手裏剣を模した仮面の下、
「そうは、させません……!」
「させない? 『あたいら』は漫画やアニメの悪役とは違う。
<BANAAAAANAAAAAAAAAAAAA!>
「フハハハハハハ!! さぁ、クライマックスだビワヌンノス! 格の違いを思い知らせてやれ!!」
雑穀が一言命じると、巨大な怪異と化したビワハヤヒデ───否、ビワヌンノスが耳を
その叫びと共にふわふわ、ふさふさの芦毛が怒涛の如く溢れ出し、トレセン学園全体を飲み込まんとする。
圧倒的な
「クソぉ……! こんな、こんなところで……ッ!」
小柄な体格と豊富な経験に裏打ちされたバランスコントロールにより、パルクールの要領でビワヌンノスの芦毛を回避するタマモクロス。
常日頃から
(負けるんか、ウチら)
府中の夜空は、これまで見たことも無いような深紅に染まっている。
恐らくはこれからもずっとそうなのだろう。宇宙は決定的に変質してしまい、すべてはふわふわに沈む。
(こんなわけのわからんことで。ウチらのトレセン学園が……世界が終わってまう)
タマモクロスの頭の中で、無数の映像が再生され始めた。走マ灯。かつての温もりと激闘の記憶。
経済的に恵まれない家庭で生まれ育ち、しかし大好きな家族と共に笑顔を絶やさず過ごした幼少期。自分にレースの基礎を叩き込んでくれた『おっちゃん』、無二の親友オグリキャップ、競走バとしては何かと繊細な自分を支えてくれる小宮山トレーナーといった、数々の出会い。
己と同じ辺境の地より現れた芦毛の怪物を、限界を超えた領域にて討ち果たした秋の天皇賞。文化も思想も異なる海外勢を相手に、敗北を悔やみつつも多くの学びを得たジャパンカップ。そして─────。
「……嫌や」
終わっていない。
何も終わってなどいない。
終わらせたくない。
「まだ、や……。まだ死ねん」
青春はいつか終わるものだ。
人間もウマ娘もそう変わらない。現役でいられる期間は長くない。ヒトの場合、ウマ娘に比べれば身体能力の最大値で劣る代わりに、頑丈さや経験値の蓄積で優っているが───それでも、『最盛期』と呼ばれるに足る実力を保持し続けるのは難しい。
「ウチな……辛いことも苦しいこともあったけど。結構気に入ってんねん、自分の人生。いやウマ娘生かな。まぁどっちでもえぇか」
けれど、人生は続いていく。
全力で走れなくなっても、トレセン学園を卒業しても、その日までに踏破したすべての道行きが意味を無くすわけではない。
スーパークリークが本当に母親になった姿を見てみたい。
イナリワンは畳職人に憧れているらしいが、名前の割に寿司屋を目指す予定は無いのだろうか。
アメリカやフランスへ、あの
海外のレースに出るのが一番手っ取り早いけれど、それは未来ある後輩たちに任せた方が現実的かも知れない。
自分たち世代は、まぁ、穏やかな旅行だけでも出来れば御の字だ。海外の食事が合わなかったとしても、オグリキャップなら喜んで完食してくれる。
「せやからなぁ……ウチは忙しいねん。あぁ、ふざけとんちゃうぞボケども。お前らの相手しとる暇なんぞないんや、ウチには!」
タマモクロスは校舎に備え付けの消火器を手に取った。耐火のために金属製で、ウマ娘の筋力で叩きつければ相当な破壊力になる。あの巨大な怪物には効かないとしても。
「ここはウチらの学園や!! お前らバケモンに、奪われてたまるかぁ─────ッ!!」
白い稲妻が走り出す。トレセン学園を襲った災厄の果て、星を侵す呪いの邪神に一矢報いるため。
振り乱した消火器。それは脅威の大きさに対してあまりに貧弱な抵抗でしかなく、放たれた反撃の嚆矢は無情にも虚空へと落ちていく。
<───OOOOOOGUUUUUUUUUUUUUUU!!>
そのはずだった。