何なんすかねこれ
トレーナーさんは何だと思います?
─────事件の現場に居たタマモクロスは、後にこう語っている。
◇ ◆ ◇ ◆
あん時のこと? あぁ。覚えとります、何もかんも。
ついさっき起きたみたいに細か~く。忘れられるわけありませんよ。
オグりんが助けに来るまでの時間? いや、もうホンマ2、3秒かそこいらやったな。うん。
せやからそん時にオグりんがデッカくなったんも、2、3秒でモリモリですわ〜ってことになりますね。
そうやね。あのバ鹿騒ぎがきっかけです。ウチも個人的には賛成です。
条件付きにはなるんでしょうけど、トレセン学園にもロケットランチャーの配備を認めるべきですよね。
はい。ひっくり返されました。一気にです。一気にこう……ゴロンって感じで。
隙間を作ったんですよ。このくらいの。地面と頭の間にこう、10mくらい。
空手の試し割り知ってます? 石を金床に置いてやるやつ。
あれに時々使われるトリックと一緒ですよ。石と、下の金床との間を、少しだけ空けとくんです。そうして叩くとウマ娘じゃなくても割れるんですわ。結局、金床の鉄で叩いてることになるわけですから。
しかし、それを怪獣同士でやるんですからね~。
ドエラい音しましたよ。グシャっていうかズドンっていうんですか? あはは……。
え? 殺されると思ったかって? オグりんがですか?
はぁ~……。
……ん~、やっぱりアンタらはわかっとらん! オグリキャップっちゅーウマ娘を。
そりゃアンタ。ああなってまうと普通は勝負あり、やね。普通はね。
やけど、これは『芦毛の怪物』の話でしょ?
こうやって食うてもたんですなぁ、ビワヌンノスの毛を。もう無茶苦茶ですわ。
ウマ乗りですわ。そう。子供の喧嘩みたいに。
ビワヌンノスも多少の抵抗はしとったみたいですけど、まぁ後は酷いもんですわ。試し割りのトリック、今度は自分がやられるわけです。
同期で友達なわけやから、普段のオグりんについては当然よぅ知ってます。
しかし、ウマ娘の姿と怪獣になった姿とではねぇ~。鬼気迫るっていうか。
競走バのウチがこう言うのもなんですが……ちょっと憧れちゃいますね。生き
単純にすごいって、喧嘩が強いってすごいことやと思ってしまいましたね。そら
何発ブッ叩いたんかな~。いやもうこれでオグりんの勝ちやろ! ってとこでした。
妙な真似をしたんですよ、ビワヌンノスが───目元の毛がざわざわし始めてね。いま考えると目隠しやったんかな? 元からモジャモジャやし要らんことやったと思いますけどね。
時間にしたらほんの1、2秒。ゴジ……すんません、オグりんのパンチが中断したその瞬間でした。
何が起こったかは正直今でもわかってません。ウチら普通のウマ娘に理解できる世界の話じゃありませんから。
ただ、どう言うたらえぇんですかね、嫌な感じが……つまりは『呪い』が一気に膨れ上がる感じがしたんですよ。はい。
一瞬の間に強烈な音と光が出たんです。あんなもん浴びた瞬間アウトです。モノ考えたり出来んくなります。
誰だってあんなもん浴びてもうたら、ウチらに取れる行動なんてひとつしかないですよ。体丸めてガタガタ震える、あの事件でももちろんそうでした。老若男女、これ本能や思います!
しかし、そこがオグリキャップなんでしょうねぇ。立っとるんですわ。いや怯んだ様子は全然無かったんですよ。
せやけど、視力は無かったんでしょうね。的を外してもうたんですわ。
呪いの力を
最後の最後、最も信頼に足る武器として使ったんは、自分の芦毛でしたよ。
ウチらも散々にやられた身ですから、これだけはわかる。
完全に絡まったビワヌンノスの毛からは絶対に逃げられない。まぁ正しくは、逃げられる手段が無いっちゅうべきですかね。ははは。
ここであえて『手段』という言葉を使ったのはですね。
───あれは、技術や作戦じゃない。
オグりんの食欲ってすたみな太郎ハシゴしても衰えないんですね。
朝イチの起き抜けでもコメダ珈琲のカツサンド20皿はイケる、って本人言うんです。コメダですよ? スタバじゃあるまいし。
胃の大きさってのは生来のとは聞いてますが、神様ってのはすごいプレゼントをしてまうもんですわ。
桁外れの食欲にものを言わせてビワヌンノスの毛を食い尽くす、なんてね。
解決策とは呼べんでしょ。『
何が起きたか理解できん顔でしたよ。ビワヌンノスも。
そりゃあ驚いたでしょうね。突然すっきりショートの髪型になってしもたわけですから。はい。
後は消化試合でしたね。オグりんはずっと一緒に戦ってくれましたよ。大きさ以外は正気のままやったんかも知れません。
ビワヌンノスがビワハヤヒデに戻ってからは雑穀が襲いかかって来ましたけど、オグりんのおかげで大したことはなかった。
ワンパンです。雑穀はもう二度と出て来ぇへんとちゃうんかなぁ。
最後まで立ってましたよ。えぇ。結局ビワヌンノス以外にも何体か怪獣が出て、全部と戦ったんは確かです。
それがオグリキャップなんですねぇ。
◇ ◆ ◇ ◆
<OGUUUUUUU!!>
<ZET───TON。ppppp……>
2体の巨大不明生物が争っている。
片方は、何やら明るい灰色の着ぐるみめいた、どうにもふかふかしたナマモノ。
もう片方は、黒いカミキリムシを人型に仕立て上げたかのような異形。遠距離から凄まじい熱量の火球を放ったかと思えば、全身を覆う
<OGUUUUU!>
『芦毛の怪物』の活躍によってビワヌンノスと雑穀は撃破されたが、先刻から
トウカイテイオーとダイワスカーレットが情報を提供したことで、
メジロマックイーンはこの事態について、『まさか……。えっと、あれは確かサトノダイヤモンドさんが、マーベラスとか何とか……』と一人戦慄していたものの、情報が錯綜するのを防ぐためとりあえず棚上げされた。
<ZET───TON。ppppp……>
<OGU!?>
<ZET───TON。ppppp……>
<OGUUU……!>
「オグリっ!!」
タマモクロスの悲痛な叫び声が響く。
彼女は何故かあの芦毛の怪物と意思疎通が出来るらしい。故に、『有識者会議』のメンバーが司令部に帰投してからも、現場に残って作戦を支援している。
だが、芦毛の怪物にも限界が近づいていた。あれほど頼もしかったもふもふの巨体も今や砂埃にまみれ、端々が焦げついている。
<……、OGU>
「もうえぇオグリ! それ以上はあかん! 今のアンタがどんだけ頑丈でも、ホンマに死んでまう!」
<OGU……>
起き上がった芦毛の怪物は、デフォルメされたクリクリの瞳で、白い稲妻を見つめている。
嬉しそうに。誇らしそうに。ほんの少しだけ、寂しそうに。
<OGU>
「オグリぃ……」
<……OGU!>
<ZET───TON。ppppp……>
<OGU、RYYYYYYYYYY!!>
天地を揺るがす咆哮を挙げ、芦毛の怪物は再び立ち上がった。
校舎の屋上に立つタマモクロスを守るようにして、漆黒のカミキリムシ型怪獣と相対する。
オグリキャップは迷わない。
背後から聞こえる親友の声を置き去りにして、ただ駆ける。
歴史に名だたる数々の激闘を制した、芦毛の怪物の代名詞たる末脚。それは公式記録に残らないこの戦いにおいても、トレセン学園のグラウンドに勝利への蹄跡を刻みつけた。
黒い死神もまた動じない。
とある異界の住人によって調整され、完全な殺戮機械として世に生を受けたこの怪獣は、自身の存在意義たる『闘争』において不要な情動を一片たりとも有していない。
機械じみた状況分析の末、真実一切の慈悲を持たぬ判断の下に、天体をも滅する業火が解き放たれる。
すべてのウマ娘の始祖たる三女神、見果てぬ荒野を駆ける若人の守護者は微笑まない。
あらゆる理不尽が
何故なら、勝利は既に約束されているからだ。
◇ ◆ ◇ ◆
トレセン学園、中央校舎。
今でこそ電波時計と連動した音響設備の役目となっているが、30年ほど前までは、この棟の鐘楼から鳴らされるチャイムがトレセン学園の時刻を司っていた。
そんな歴史ある鐘楼、鋭く尖った塔の頂上部分に、不遜にもひとつの影が鎮座している。
「さて、と」
特注の三角帽子を被り、抑制された真剣な表情で佇む一人の魔女。
魔法使いのローブを模した勝負服に着替えたスイープトウショウである。随分な早着替えのように思われるが、魔法使いの水準で考えれば特に驚くことではない。
「あんたの思い、しっかり受け取ったわ。そうよね……。たとえ呪いに侵されていても、友達のために立ち上がれる子だって、居るのよね」
全力を出すための準備は、仲間たちが整えてくれた。
全霊を賭すための時間は、あの怪物が与えてくれた。
「─────すべての災厄に終止符を。我が魔導の極致、その身に刻め」
杖を振り上げる。
スイープトウショウの魔力の励起に呼応して、各所に設置された『モノリス』が機能を発揮する。
極大規模の魔術式構築だが、今回は地球上に流れる霊的エネルギーの経路、
「
一人の魔女の手により、汲み出された星の生命力が形を成す。
それは、世界を貫く槍だった。幻想を穿ち、真実を縫い留め、大いなる摂理を
「
12本の透明な稲妻が迸り、虹色の軌跡だけを残して射線上のすべてを破壊する。
破魔の豪雷は芦毛の怪物ごと黒い死神を打ち据えるものの、着ぐるみ怪獣の方は苦痛を感じた様子が無い。
猛烈な威力を秘めた大魔術ではあるが、元はといえばこれは、トレセン学園中に蔓延した『呪い』を解くための
芦毛の怪物が穏やかな表情を浮かべ、光の粒と化して消えていく瞬間。真っ白な渦の中にオグリキャップの姿があったことを、タマモクロスは確かに見た。
<ZET───TON。ppppp……>
だが、黒い死神はまだ倒れていなかった。
怪獣形態のオグリキャップを苦しめた光の壁が、12本の聖なる槍の威力を目に見えて軽減している。
UT細胞の『感染する呪い』をすべて浄化できたとしても、この存在が居る限り真の平和は訪れない。ここで倒さなければ未来は無い。
「……上等」
額に汗の玉を浮かべながら、スイープトウショウは笑った。
龍脈を利用する術式はまだ生きている。しかし、扱う力の規模が規模だ。再び攻撃できるのは、せいぜいあと1度だけ───スイープトウショウがもう20歳老成していれば話は変わっていただろうが、若く未熟な彼女の身体はこれ以上の極大魔術の行使に耐えられない。
「魔導回廊、再構築。王冠より心臓へ、地の霊より祈りの花へ、
12本の雷が束ねられ、1振の炎へと転成する。
それは、万象を断つ破邪の聖剣───真に敵を討ち果たすための刃。世界を切り分け、あるべき形に正さんとする願いの結晶。
<ZET───TON。ppppp……>
これまで『有識者会議』の盾となってくれていた芦毛の怪物はもう居ない。
黒い死神がスイープトウショウの方に振り返る。とても生物とは思えない無機質な意匠の感覚器が向けられる。
「
<ZET───TON。ppppp……>
ふたつの炎が、互いを目掛ける。
互いに全力、互いに必殺。どちらかが勝てばどちらかが負ける。あまりにシンプルで重たい事実。
─────そう。
全くの変則的な形ではあるが、彼女たちと黒い死神の決着は、間違いなく
◇ ◆ ◇ ◆
だから、
持ち前の直感を働かせたトウカイテイオーは、誰よりも早く旧理科室の窓に飛びついた。
別棟の屋上に立っていたタマモクロスは、転落防止用の柵を掴んで吠えた。
その瞬間、偶然から始まったぎこちない共同戦線は、真の同盟へと変化した。
「行っけえええええぇぇぇぇぇぇ!! スイープ─────ッ!!」
「かましたれええぇぇぇぇ───っ!!」
「スイープさんっ!!」
「やっちゃえぇぇーッ!!」
「行け……行け! がんばれ! スイープさん!!」
「そうだともッ。私たちの可能性は……無限大だ!」
「ブッ千切れ!! こいつでオレたちの勝ちだアァッ!!」
「ラッキーだよ!! ラッキー来てるよっ! 今日はもう特別に、そういうことにしちゃうから! だから……だから、私たちみんなで、ハッピーになるんだあぁああぁぁ!!」
「お願い、スイープさん……! みんなを、助けて───!!」
束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流。
若き魔法使いは高らかに、顕れし奇跡の真名を謳う。
「
<ZET───TON……!!>
「───