騎影が行く   作:ごまぬん。

16 / 59
大騒動のあとしまつ

 振り下ろされた聖剣の一撃をもって、狂気の夜は終わった。

 蔓延していた呪いは浄化され、人々は正常な心と身体を取り戻した。

 

 決戦後、スイープトウショウは2度の極大魔術の行使によって限界まで疲弊していたが、合流した『有識者会議』のメンバーにこう言った。

 

「───スイープ!! 大丈夫かー!? ウチや、タマモクロスや! 迎えに来たでっ」

 

「……っ、はぁ……。……。…………タマ、モ……」

 

「スイープ! ……良かった、意識はあるな!? 怪我は無いけど……酷い顔色やな。よし、そのまま安静にしときや。通信は入れっぱにしてあるから、もうすぐみんな来てくれるさかい───」

 

「……平気、よ。……あたし……天才、魔法少女、なんだから。それより……。今日の……ことは……、くれぐれも、秘密に……。私たちの、業界の……決まり、で……はぁ……、杖を持たない、人たち、には……。はぁ……。……魔法や……ああいう魔物のことは……、隠さなきゃ、いけない、ことに……なってる……から。さもないと……。……『組織』の、残党、も……一枚岩じゃ、ない……。……詳しくは……リッキーに、聞いて……後は……」

 

「スイープ!? スイープっ!!」

 

 そこまで話し終えると、スイープトウショウは意識を失った。

 遅れて駆けつけたアグネスタキオンの見立てによれば、極度の過労と栄養失調の兆候が見られるが、命に別状は無さそうだということだった。

 

「えぇ? スイープさんがそう言ったの? あちゃー……。私、そこまで()()()()の事情に詳しいわけじゃないんだけどな」

 

 スイープトウショウの伝言を受け取ったコパノリッキーは、心底困ったという様子で呟いた。

 曰く、家や風水師の業界における付き合いで"そのレベルの人たち"の存在は知っているが、彼らは世の秩序を保つべく隠遁しているのが常識らしい。

 コパノ一族秘伝の『結界術』も"そのレベルの人たち"からすればちょっとした嗜みに過ぎず、最低限の予防措置にしかならない。

 彼らは、秘密を守るためならば手段を選ばない。コパノリッキーが『結界』によってトレセン学園を隔離したのは、内部の『呪い』を閉じ込めると同時に、外部に騒ぎを嗅ぎつけられないためでもあった。

 

「ふぅン。まぁ我らが霊感少女(マンハッタンカフェ)と親交が深い者として、『魔法界』がそういった態度であることは理解できるが。リッキー君。この手の魔法が絡んだ事件は、通常どんな風に処理されるんだい?」

 

「ん〜……。基本的にはとにかく痕跡を消すもの、みたいです。壊れた建物なんかがあれば直しますし……それと、魔法使いじゃない人からは()()を消さなきゃいけないとか」

 

「例の忘却魔法とかいう、人権もクソもあったモンじゃねェアレか。この通信衛星とSNS全盛の時代に、どうやってそンな大それた秘密を守ってんのかと思ったが……」

 

「トレセン学園だけでも『関係者』が2人居たわけだからねぇ。彼らは想像以上に社会の至る所に潜伏している……というより、この社会には元からそういう個性や出自(アイデンティティ)を持ち、魔法界の規範に従っている人が一定数存在するってことなんだろう。我々が知らなかっただけでさ」

 

 ほんの一瞬、マンハッタンカフェが何かを思い出したような顔をした。

 だが、表面上は飄々と振る舞っているアグネスタキオンも、あのような大事件の直後で心身共に疲弊している。そのような些細なことを気に留めている余裕は無かった。

 

「まぁ、私たち『有識者会議』は直接異変の解決に貢献したから、少しくらいお目溢(めこぼ)しされるかも知れないですけどねー。呪いに感染して大暴れした子たちはむしろ、全部無かったことにしてあげた方が都合が良いでしょうし」

 

 UT-F1への感染で感情を暴走させられた者を見てきた『有識者会議』の面々は、静かに頷いた。

 キザな性格になったサイレンススズカや、『祭り』に異常な執着を見せたキタサンブラック辺りはまだいい。

 変な喋り方の怪生物(たぬき)と化したシンボリルドルフ、緑色の粒子を放ちながら赤く発光するツインターボ、ひたすら笹竹を貪るナイスネイチャ、急にドSに目覚めたスペシャルウィーク、明らかに接触してはいけないタイプの『何か』と交信していたマチカネフクキタル、普段の厳格な態度からは信じがたいほど気弱な言動で担当トレーナーに泣きつくエアグルーヴ、悪魔のような別人格("雑穀")を生み出したライスシャワー、巨大不明生物に変貌したビワハヤヒデとオグリキャップ───。

 特に、ゾンビの如くニシノフラワーに襲い掛かった挙句、日頃胸の内に秘めている担当トレーナー(とキングヘイロー)への慕情について暴露されたセイウンスカイなど、呪いが解けて正気に戻ったらどんな顔をしているのか想像もつかない。

 

「でも私、使えるのは結界術だけなんですよ。さっきの怪獣ラッシュでグラウンドもめちゃくちゃだし、忘却魔法なんて呪文すら知らなくって。あぁ、こんなことなら占星術師のおじ様にもっと色々習っとくべきだったなぁ……」

 

「スイープさんの回復を待って、諸々の処置を行ってもらう方が賢明ですね。しかし、まずは生徒・職員の皆さんの救護が先決かと」

 

「尤もですわね。皆さん何が起きたかは理解できていないでしょうし、どうせ後で記憶を消せるなら、一時的に事情を教えるのも構わないのではなくて?」

 

「秘密主義の魔術師(ウィザード)の軍隊派遣を回避するため、っつゥなら……まァ、いっそ何もかも無かったことにするのはアリなンだろうがよ。全校生徒2000人、職員も合わせりゃ3000人以上だぜ? 全員分の記憶の処理が終わる前に、絶対ェどっかから情報が漏れちまうだろ」

 

「……じゃあ、テイオー。テイオーは元々、生徒会の指示で異変の解決法を探ってたのよね? それなら生徒会を巻き込んで、みんなを上手く誘導できないかしら。アタシたちが適当な嘘をついても信じてもらえないけど、ルドルフ会長の言葉なら説得力があるんじゃない?」

 

「あぁ、それはいいかも。生徒会から理事長やたづなさん(理事長秘書)にも話を通せるだろうし、どのみちボクらだけじゃ手が回らないもんね。わかった、カイチョーに会ってくるよ!」

 

 善は急げと言わんばかりに、トウカイテイオーはすぐさま駆け出して行った。

 

 メジロマックイーンもメジロ家邸宅へと連絡を入れ、自らの使用人集団を呼び出す。

 メジロの使用人といえば、主人の身の回りの世話のみならず、あらゆる事態に対応すべく多彩な技能を修得したプロフェッショナルである。

 招集された先のトレセン学園の惨状を見て混乱する者も少なくなかったが、メジロマックイーンの『"いつもの大体あのへんの界隈"がやらかしたので隠蔽工作をしますわよ!! これはメジロ家のみならず、中央トレセン全体の名誉の問題なのです!!』という鶴の一声で全員が覚悟を決めた。

 

 ダイワスカーレットとイクノディクタス、タマモクロス、コパノリッキーは保健室へ向かった。

 全校生徒2000人、職員も合わせて3000人以上の傷病者。その大半は軽度の意識障害によって失神しているに過ぎないが、まさしく未曾有の事態だ。

 彼女たちも学園付きの保健医も、今夜は眠れないだろう。

 

 エアシャカールはメジロ家使用人チームと共に、電子的な情報の封鎖を行うことにした。

 IT技術に一家言ある身として、黒社会ネット(ダークウェブ)の類に触れた経験もあるにはあるが、さすがにこれほど明確に犯罪的な行為に手を染めたことは無い。

 彼女は近々トレーニングを休み、消化器内科と精神科を受診することを決意していた。

 

 アグネスタキオンは、

 

「さて、と……。警察と保健所に出頭も出来ないんじゃ、これはもう一働きするしかないねぇ」

 

「タキオンさん? ……何をする気ですか?」

 

「ふふン。この私がUT細胞の脱走を許した後、何もせず手をこまねいていたと思うかい?」

 

 マンハッタンカフェの怪訝な視線も意に介さず、アグネスタキオンは自身の居城である旧理科準備室に消え、しばらくして戻ってきた。

 顔の全面を覆う防毒マスクを着け、背中にはホースの付いた金属製の丸いタンクを装備している。

 ───その出で立ちは奇しくも、すべての始まりとなった『あの日』のものとよく似ていた。

 

「これは、UT細胞を除染するために開発した専用の薬剤だ。奴らが持つ特異なエンベロープの性質を逆に利用し、細胞間の結合を破壊しつつ不活性状態に追い込む効果がある」

 

「えっ……!? そ、……そんな便利なものがあるなら、どうしてこんなことになるまで……!」

 

「いや試しにモルモット君に浴びせたらさぁ、薬物でラリったみたいになっちゃったんだよ。一時的な酩酊(めいてい)状態になるだけで、健康に悪影響は無いんだけど……本当はもうちょっと改良を続けて、より安全になってから散布する予定だったんだ。けど、ま、今なら誰にも迷惑はかけないだろう? それに、記憶が曖昧になった方が都合が良いっていうなら、尚更ね」

 

「…………。……あなたという人は」

 

「カフェはスイープ君の看病を頼むよ。どうやら、記憶操作の魔法は彼女にしか使えないらしいから。今回の一件のMVPでもあることだし───特に私は、ちゃんと感謝の言葉を伝えねばならない」

 

 今は穏やかに眠る若き魔女の姿を一瞥(いちべつ)し、異端の天才は微笑んだ。

 いつもの悪辣なそれではない、限りなく慈愛に満ちた顔で。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 それから2日後────。

 

 

 

───忘れよ(オブリヴィエイト)!!

 

 

 

 日常が、帰ってきた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「天晴ッ!! 諸君らの奮闘により、本学内におけるロイヤルビタージュースの売上は、前四半期比にして57%増を達成した!」

 

 トレセン学園にて開催された『ロイヤルビタージュースPRキャンペーン』は結果として、箸にも棒にもかからない無難な形で決着がつくことになった。

 

「さて、成績優秀者に対する褒賞の件だが……。本来であれば厳正な審査の下に最優秀賞を決定するところ、予想以上の数の応募が殺到したため、誠に遺憾ながら期間中での全件審査は不可能と判断された。よって、大変勝手で申し訳ないが、キャンペーン参加者全員を優秀賞として認める!」

 

 大講堂で開かれた全校集会にて、各所から小さな声が発せられる。

 秋川やよい理事長の決定に対しての反応はまちまちだ。ウマ娘という種族は総じてあらゆる『競走』を好み、勝利を志向して敗北を嫌う。故に『勝者無し』とも『全員勝者』とも取れるこの決定は賛否両論となった。

 とはいえ、中央トレセンの理事会がどれほど多忙を極める職場であるのかは、学園に通う生徒たちもそれとなく察していることだ。

 秋川理事長の言葉に嘘は無いだろう──裏はあるかも知れないが──と判断され、それ以上の反発が生まれることは無かった。

 

「そして、成績優秀者を表彰し、副賞を進呈するという約束は守る! キャンペーンに参加してくれた諸君には、表彰状ともうひとつ───」

 

 壇上に立つ秋川理事長が合図をし、秘書の駿川たづなが舞台袖から現れた。何やら物資を積載した台座を転がしている。

 2000名を超える生徒が一堂に会する場で、()()の姿を正確に認識できた者は少なかった。しかし、前方の列に配置されていた生徒が一斉に奇妙な呻き声を挙げたのを、聴覚に優れるウマ娘たちは聞き逃さなかった。

 

「此度の協力への返礼として代路士製薬より提供していただいた、最新商品『ロイヤルビタージュース改善- BARIKI -』を贈ろう!! 何とこちら、正式発売前の試供品であるッ! 皆、ありがたく拝領するように!」

 

 盛大なブーイングがトレセン学園中に轟いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。