騎影が行く   作:ごまぬん。

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第2章は全編ギャグ回だと言ったな



あれは嘘だ



第五種接近遭遇

「ふふっ───キタサンったら」

 

 三角帽子を被った小柄なウマ娘、スイープトウショウが廊下を歩いている。

 発端は友人であるキタサンブラックからの呼び出し。わがままで気難しいスイープトウショウではあるが、何かと人好きのする性格のキタサンブラックには相応に心を開いていた。それは、スイープトウショウがキタサンブラックを『魔法少女☆スイーピー5』なる謎のグループにスカウトしていることからも明らかだろう。

 

「『魔法について勉強したいから、ふたりっきりで話せないか』だなんて。ふふふ!」

 

 スイープトウショウはいつになく上機嫌だった。

 元より困っている人間を見過ごせない──本人は『キタサンみたいなお人好しとつるんでるせいで影響された』と言って譲らない──彼女だが、『本格的に魔法を学びたい』と相談されたのは今回が初めてだ。

 

「そうよキタサン、受け身じゃあダメなの。アレイスター・クロウリーだってこう言ってるわ、『汝の欲するところを為せ、それが汝の道と成らん』ってね」

 

 ()()()()の時は"各方面"との調整の結果、コパノリッキーを除く『有識者会議』のメンバーたちにも『偽記憶の魔法(チャーム)』を掛ける羽目になった。

 今後また何らかの緊急事態が起こった時に備え、有用な知識と技能を持つ彼女らに経験を残しておく───という名目で、『忘却魔法(オブリヴィエイト)』ではなく記憶を封印するという処分に漕ぎ着けたものの、やはり不満があることは否めない。

 すべてが終わった後、アグネスタキオンを魔法少女☆スイーピー5にスカウトしたのもそれが理由だった。あれほどの一大事へ挑んだ仲間たちと思い出を共有できないなんて、いくら魔法界の伝統だからと言っても酷すぎる。

 

「魔法使いは常に貪欲じゃないといけないのよ。ミーミルの泉に片目を、創造神とユグドラシルに九日九晩の命を捧げ、魔術の叡智やルーン文字の秘密を得たオーディンのように!」

 

 ───だから、嬉しかった。

 友達が魔法に興味を示したこと。他の誰でもなく、この自分を師に選んでくれたこと。

 いつも彼女のわがままに振り回されている担当トレーナーが聞けば、嫉妬するほどの素直さで。恋する乙女のような面持ちで、スイープトウショウは待ち合わせ場所の中庭に向かう。

 

 

 

 小躍りしながら辿り着いた庭園に、キタサンブラックの姿は無かった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 中庭に現れたスイープトウショウを出迎えたのは、彼女が想定していた人物ではなかった。

 

「こんにちは、スイープさん」

 

 輝くような鹿毛の美しい長髪に、特徴的な菱形の流星。まさしく良家の子女に相応しい気品を漂わせるウマ娘───サトノダイヤモンド。

 

「は?」

 

 考えるよりも早く、スイープトウショウの口から棘のある声が飛び出した。

 自分はキタサンブラックに会いに来たのだ。そこにどうしてサトノダイヤモンドが居るのだろう。

 2人が幼馴染だということは把握しているが、少なくとも今日この場で彼女の出番は無いはずだ。

 

「あ、キタちゃんも居ますよ」

 

「……、ども」

 

 サトノダイヤモンドの後ろから、ひょっこりとキタサンブラックが現れた。

 スイープトウショウは多少安心させられたが、しかし、それでも疑問は残る。

 キタサンブラックは、魔法について勉強したいから二人きりで会おう、と言っていたのではなかったか?

 

「ふふ♪ ねぇキタちゃん、今の顔見た? 結構かわいいトコもあるって、ほんとなんだね」

 

「だっ、ダイヤちゃん。そういうことは……」

 

「ごめんごめん。わかってるって」

 

「ちょっと、何イチャついてんの? あたしはキタサンに呼ばれてここに来たの。何であんたがここに居んのよ」

 

 天才魔法少女が苛立ちを隠そうともせずそう言うと───。

 

「どうしてここに、ですか。───()()()()()()()()()()()()

 

 たおやかに微笑んでいた令嬢の顔から、すべての表情が抜け落ちた。

 同年代とは思えぬほどの殺人的な視線。それは若く未熟なスイープトウショウの精神が作り出した、強情のヴェールを剥がすに充分な圧力だった。

 

「スイープさんは、ゾンビ映画って見ますか?」

 

 サトノダイヤモンドの口角が再び上がった。

 だがつい先刻までと違い、目は笑っていない。

 

「ゾンビ?」

 

「えぇ、あれです。未知のウイルスだとか、悪霊の怨念だとか色んな理由をつけて、死体が蘇るってストーリーの」

 

「……見なくは……ないけど。でも、本場のブードゥーを知ってる身からすると迫力不足ね」

 

「そうですか。まぁ……何にせよ、モノにもよりますが、あの手の映画はですね───事件が解決したと思ったら、エンドロールが終わった後に、地面の下から腕が突き出すシーンが挿入されたりするんですよ」

 

「はぁ……」

 

「つまり、ゾンビ映画には、『やった』と思った時ほど『やれてない』というお約束(ジンクス)があります」

 

 要領を得ない会話に、怒りよりも困惑の方が勝ってきたスイープトウショウは、それとなくキタサンブラックの方に目を動かした。

 キタサンブラックはスイープトウショウとサトノダイヤモンドを交互に見つめているが、何故か、その場から一歩も動けないでいるようだった。

 

「ですので」

 

 制服のポケットから、これ見よがしにスマートフォンが引き抜かれる。画面はまだスリープモードのまま。

 

「───あの日、急に襲ってきた立ちくらみで気を失った私は、次に目覚めたとき()()()()()()に居ました。スイープさんたち『有識者会議』が見たUT-F1の感染体のサンプルは、タキオンさん(アグネスタキオン)たちが保護した私から採取されたものです」

 

 空気が、凍った。

 

「あそこでの会話は全部聞いていました。魔法の秘匿に記憶の消去……。実を言えば、ジンクス云々は後付の動機です。色々と身の危険を感じたから、出来ることを精一杯やろうって思っただけですよ」

 

「───、……」

 

「どさくさに紛れて旧理科準備室から抜け出した私は、スイープさんの体調が回復するまでの2日間、『有識者会議』の皆さんをこっそり調べさせていただきました。メジロ家ほどの力はありませんが、サトノグループにも諜報部はあるのです。たとえ悪質なデマであれ、醜聞(しゅうぶん)は怖いものですからね」

 

「っ……。そ、それが何?」

 

 スリープが解除される。

 

「ギリギリでした。デジタルさん(アグネスデジタル)が捨てようとしていたタキオンさんの生活ゴミに、USBメモリが混じっていて……中にこんな音声が」

 

 音声アプリが起動し、件のUSBメモリから取り出された録音データの再生がスタート。

 

<─────あー、あー……マイクテス、マイクテス。よし。本日、……本日? えっと……すまない、実は今日で2徹目なんだ。おかげで曜日感覚が少し……あぁくそ、日付はもういいや。それで、うん、時刻はただいま午前4時43分。録音開始>

 

 アグネスタキオンの声だ。音質は少しざらついているが、間違いない。

 

<ハロー、デジタル君! もしくは見知らぬ誰かかな? スカーレット君(ダイワスカーレット)だったら嬉しいねぇ。末は博士か大臣だねぇ……。そして、アグネスタキオン。もし君がこれを聞いているのなら───今すぐ再生を()めて、メモリ内の全データを消去しろ。私はこの件について妥協も譲歩もするつもりは無い。二度と二度と()()()同じ過ちを繰り返すな。生命を弄ぶな! ……以上。ここまでいいかい?>

 

「タキオン……」

 

<じゃあ、さっそく本題に入るよ。私はこの度、非常に興味深い生命体を発見したのだが、そいつの研究中にだいぶ不格好な事故が起きてしまってね……>

 

 曰く、その研究は悪の秘密結社とかに目をつけられる類の危険な領域に片足を突っ込んでいた。

 曰く、紆余曲折あって、関係者の記憶から何からあらゆる痕跡を消去することで、すべてを無かったことにする計画が発動されている。

 曰く、だが科学と人類の発展を尊ぶ自分にとって、このような横暴は断固として許しがたい。

 故に─────。

 

<すべてのデータを君に託す。一度アウトブレイクを引き起こしてしまった以上、もはや私にUT細胞を扱う資格は無いが……この音声記録をわざわざサルベージした君のような人間なら、上手く使ってくれると信じているよ>

 

 そこまで聞き終えた時点で、サトノダイヤモンドはガラスで出来た小瓶を取り出した。

 特に怪しいものではない。一般的な医療品の容器などに使われる、小さなガラス瓶。ラベルは貼っていないが、中には十数粒ほどの錠剤が入っている。

 

「これは記憶力を補強して、物事を忘れにくくする薬剤です。データの中で指示された場所に隠してありました」

 

「……小賢しい。それであたしの忘却魔法に耐えたのか」

 

「お陰様で。普通なら『忘れる』機能を無効化された生き物の脳は、作られ続ける記憶の情報量に耐えられないそうです。つまりこのお薬、元々は完全な失敗作だったみたいですね───あなたたちみたいな、他人の記憶を操作する魔法使いと、戦う機会でも無い限りは」

 

「へぇ。魔法界(あたしたち)に勝つ気でいるのね。たかが杖無しのウマ娘の一人や二人、こっちはどうとでも出来るんだけど?」

 

「『あたしたち』? 違うでしょう、スイープトウショウさん。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 携帯端末と小瓶をしまい、サトノダイヤモンドは歩き出す。ターフの地面の状態を確かめるように、ゆっくりと円を描いて、さながらドラマに出てくる探偵の如く。

 

「あの事件の夜、UT-F1に感染した生徒、職員には共通点がありました。『呪い』の起動条件と言い換えてもいいでしょう」

 

「……、ご苦労なこと。アレはあたしが浄化したじゃない。終わった話を蒸し返して何になるって言うのよ」

 

 鹿毛の令嬢はスイープトウショウの反駁を無視し、右の人差し指を立てて続けた。

 

「少し前まで開催されていた、ロイヤルビタージュースのPRキャンペーン───そこで提案された取り組みのひとつ。苦手な食べ物の味を誤魔化してくれる()()の飴、マヤノトップガンさんの『ミラクル☆ドロップ』。症状に程度の差はあれど、呪いに感染した人は全員、ほぼ例外無くあの飴を食べていた」

 

「はぁ? だったら……その、マヤノトップガンが怪しいに決まってるでしょ?」

 

「マヤノさんはそんなことをする人じゃありませんよ。寮で同室のテイオーさん(トウカイテイオー)に協力してもらって、少し尋問をさせていただきましたが」

 

 とんでもないことをサラッと明かしたサトノダイヤモンドだが、スイープトウショウはそれを責める気にはならなかった。より重大な事実を突きつけられて、他のことは考えられなくなっているからだ。

 

「ミラクル☆ドロップの原材料について尋ねたところ、()()に明らかな不整合が見られました。ご存知でしたか? マヤノさんは、高等部3年次までの教科書の内容をすべて暗記してるんです。映像記憶というものに近いことが出来るみたいですよ。そんな人が、自分の興したプロジェクトの根幹部分について答えられないなんて、どう考えても不自然でしょう」

 

 若き魔女が、三角帽子を目深に被り直した。

 

「あぁ、バラ撒かれたミラクル☆ドロップはこちらで回収済みですのでご心配なく。そして……私たちは監視カメラの映像や目撃情報を精査して、マヤノさんに『原材料』を流した人物を突き止めた」

 

 サトノダイヤモンドが、ゆらゆらと遊ばせていた指を、まっすぐ前に向ける。

 中庭の空間を一周してきた彼女の視線の先には、スイープトウショウが立っている。

 

「それがあなたです。スイープトウショウさん」

 

 視界の端で、キタサンブラックが耐えられないとばかりに目を伏せたのを、スイープトウショウは確かに見ていた。

 不安と焦燥が渦巻く心の内側で、より異質な"何か"が鎌首をもたげるのを、小さな魔女は感じていた。

 

「私たちは、そこまでわかって改めて、あなたのここ数ヶ月の行動を洗いました。具体的には───ミラクル☆ドロップの『原材料』についての知識をどこから得たのか、という部分に注目したんです」

 

 魔法使いが顎を上げる。

 わがままで、自分勝手で、けれど誰よりも他人の痛みを知る『天才魔法少女スイーピー』の顔はそこには無い。

 

「図書室の利用履歴にあなたの名前がありました。……私たちも、最初は偶然だったんじゃないかと思っています。魔術や神話、世界各地の伝承について──そのほとんどが何の根拠も無い妄想か創作に過ぎないと知りながら──調べる内に、あなたは辿り着いた。天文学的な確率で、辿り着いてしまった。実用に足る()()の『魔導書』に」

 

 そう。

 魔法だ、奇跡だ、神秘だなどと、その手の眉唾な伝説を紐解くまでもない。彼女たち『ウマ娘』なる種族が、当たり前のように暮らしている時点でわかり切ったことだ。

 この世界には、既知の科学で説明できない超常の領域が存在する。

 

「ひとたび"その領域"に踏み込んでからは早かった。魔法界にも過去の理論を引用する習慣はある。知識は知識を呼び、探求の果てに……。───真に強大な力を持つ魔導書は、時にそれを使う側であるはずの魔術師を逆に支配する、でしたか? どこからどこまでがスイープさんの意志だったかはわかりませんが……学園の地下資料室から『死霊秘法(ネクロノミコン)第17版』を持ち出したのも、あなたですね」

 

 ───スイープトウショウ(若き魔女の形をした何か)が、見る者の魂を凍りつかせるような笑みを浮かべた。

 

……素晴らしい。どうやらあたし(我々)は、君たちの知性を侮っていたようだ。記憶を補強する薬品とは……実に興味深い」

 

「す、スイープさん……!?」

 

「落ち着いてキタちゃん。あれはスイープさんじゃないわ」

 

「ふむ。まぁ、君たちの感覚ではそのように見えるのだろうが。サトノダイヤモンド、君が語ったことには2点ほど訂正がある」

 

「っ……、聞きましょう」

 

 本当に、心底から楽しくて堪らないといった様子で、スイープトウショウは微笑んでいた。それはあまりに屈託の無い笑みだったが、同時に人間性も感じられない奇妙さを孕んでいた。

 

「まず1つ。あたし(我々)の召喚に用いられたのは『ネクロノミコン』ではない。それも第17版など……あのような粗悪品では、低級の眷属すら喚び出せまい。出しゃばりのNyarlathotep辺りが、趣味の悪いパーティーグッズを送り込んでくる可能性はあるが……。それはさておき。ネクロノミコンは写本であり、原典は"闇の支配(ダーク・ホールド)"という通称でのみ呼ばれる無名の魔導書だ。あたし(我々)はこの()()()()()という繋がり(相似性)に基づき、ネクロノミコンを触媒として『夢幻回廊(ドリーム・ウォーク)』の呪文を行使した。制約は多いが、『次元超越(プレインズ・ウォーク)』と違って特別な才能も膨大な魔力も必要としない。君たちも、次元の壁を越えたくなったら試してみるといい」

 

 つい先刻までとは逆に、今度はサトノダイヤモンドたちの方が困惑させられる側だった。

 スイープトウショウの、恐らくはスイープトウショウであるはずの何者かの口から、立て板に水の如く未知の単語が飛び出してくる。その中には、地球上の生物の脳には正しく認識できないものさえある。

 

「次に、あたし(我々)あたし(彼女)を操ったわけではない───少なくとも、ネクロノミコンを開く時点までは。スイープトウショウは下らぬ虚構の中から一握りの真実を探し当て、進んで真摯に魔術の探求に打ち込んでいた。ネクロノミコンに潜んでいた悪霊の誘惑には抗えなかったようだが……。いや。その点で言えばむしろ、あたし(我々)に感謝をして欲しいくらいだな。あたし(我々)夢幻回廊(ドリーム・ウォーク)で割り込みを掛け、あたし(彼女)と対等な関係の契約を結んでいなければ、有象無象の悪霊風情に身体を奪われていたのだから」

 

「対等? ……、その状態がですか!?」

 

「そうとも。夢幻回廊(ドリーム・ウォーク)の術式には制約が多い。あたし(我々)はあくまで、あたし(彼女)が憑依に同意したからこそ、こちらの宇宙に顕現できたに過ぎない。……あぁ、ちなみに、あたし(彼女)の父方の家系が錬金術師の血筋だという話は嘘だ。実際はあたし(彼女)の魔力が開花したのはあたし(我々)の憑依によるもので、『身体を貸す代わりにあたし(彼女)を本物の魔女にする』というのが()()()()()の結んだ契約だった。とはいえ、悪霊に襲撃され急な必要に迫られてのことだったから、冷静な判断でなかったことは確かだが。その点については申し訳なく思っている」

 

「……ッ! そんな、いけしゃあしゃあと!」

 

 途端、キタサンブラックは血相を変えて歩き出し、スイープトウショウの形をした何かに詰め寄った。小さな肩を掴んで必死に訴える。

 とはいえ、彼女は間違いなくスイープトウショウそのものなのだが───身体の内側に異なる精神が宿っているだけで。

 

「ふざけないでっ……悪霊がどうとかっていうのも、全部あなたが仕組んだことなんでしょ!? 返して!! スイープさんを返してよ!!」

 

「き、キタちゃん!」

 

「残念だが、その要求は聞き入れかねる。夢幻回廊(ドリーム・ウォーク)で直接憑依した肉体だからというのもあるが、あたし(この娘)には本当に魔術の才がある。あたし(我々)も既に少なくない犠牲(コスト)を払っているし、せっかく呼び込んで育てた()()を使い捨てることに葛藤が無かったわけでもないのでね。優秀な手駒は多いに越したことは無い。それとも……」

 

 魔女の首ががくりと揺れ、目の色が変わる。

 そこにあったのは、()()()()()()()()()の潤んだ瞳だった。今まで見たことも無いほどに複雑な感情の乗った視線に射止められ、キタサンブラックは思わず手を離してしまった。

 

「───……、……っ! だって……。……だって、あたし、なりたかったんだもんっ! 本物の魔女に……みんなに凄いって言ってもらえる、天才魔法少女に!」

 

「……、……! スイープ、さ」

 

「……怖かった。怖かったのよぉ……! あの本から、声が、聞こえて……。黒い……塊が、飛び出してきて! 寒いのと吐き気が、止まらなかった……。あたし……まだ死にたくなかった! だから、助けてって言ったら、もっと向こうから……そうしたら、あたしを……本物の、魔女に、してくれるって」

 

 強く気高い『天才魔法少女スイーピー』が、華奢な外見通りの幼い子供となって崩れ落ちた。

 絞り出すような嗚咽と涙の零れる音が、トレセン学園の中庭に響いていく。

 

「……ごめんね、キタサン。あたしがバカだった。あたし……何にもわかってなかったんだ。───『大いなる力には、大いなる責任が伴う』。本物の魔導書なんかじゃない、漫画にだって書かれてることなのに。あたし……ほんとバカだ。自分なら漫画やアニメのキャラクターみたいに、いちいちつまらないことで悩んだりしないとか思ってた。……軽く見てたんだよ……」

 

 キタサンブラックは、スイープトウショウに掛けるべき言葉を見つけられなかった。

 競走バとしてどれほどの才能があろうと、底抜けの善性でどれだけの人を救った経験があろうと、彼女はまだ20歳にも満たない等身大の少女でしかない。

 このような規格外の異常事態に向き合える心の在り様など、平和な世界を当たり前に生きてきた者が有しているわけが無い。

 

「スイープ……さん……」

 

 だから、気づかない。

 地面に膝を突き、頭を抱えるスイープトウショウの手が、トレードマークである三角帽子の中に入っていったこと。その次の瞬間には、彼女が愛用する『魔法の杖』が構えられていたことに。

 

 魔女の腕におぞましく邪悪な力が満ちた。

 

「─────息絶え(アヴァダ・ケダ)……」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 魔女の腕が弾かれたように飛び出し、杖を握っている方の手の向きを捻じ曲げた。

 

「え」

 

 杖の先端から緑色の閃光が放たれ、キタサンブラックの頬を掠めて後ろに抜ける。

 

「キタちゃんッ───!!」

 

 駆け寄ってくるサトノダイヤモンドの悲鳴が聞こえ、キタサンブラックはようやく我に返った。

 ほぼ反射的に後方へ目をやる。そこにあるのは中庭の花壇。晩冬の今は針葉樹の生け垣くらいしか見るものは無いが、その生け垣が一瞬にして枯れ果てていた。

 

……何を、している

 

 底冷えするような低い唸り。スイープトウショウの喉から、スイープトウショウの声で、スイープトウショウではない誰かの言葉が出てきている。

 

「……うるさいっ!! あたしの身体で、これ以上好き勝手すんじゃないわよ……!」

 

 スイープトウショウの顔の上で、左右のパーツが別々の生き物のように異なる表情を見せている。

 否、それらは実際に別々の生き物なのだ。右目には殺意が、左目には怒りが宿り、互いを押し潰そうとせめぎ合っている。

 

これでは約束が違うだろう。あたし(我々)あたし(お前)を本物の魔女にした。その代わり、あたし(お前)あたし(我々)に身体を貸す。お互いのやることには不干渉───そういう話だったはずだが

 

「……キタちゃん!? キタちゃんっ! 大丈夫!?」

 

「あ…………、え……。……う、うん」

 

「約束が、違う? それは、あたしの言うことよ……! あたしのなりたい、魔女は……。あたしの、知ってる、魔法は……!」

 

 ようやく状況が飲み込めたキタサンブラックは、改めて腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

 杖から放たれた、緑色の閃光。ただの一瞬で枯れた生け垣。あれがもし、自分に当たっていたら……。

 

……あたしは!! 魔法でみんなを笑顔にするために、魔女になりたいんだからっ!!

 

 だが、スイープトウショウの叫びを耳にして、弱気な感情はすべて霧散した。

 若き魔法使いが戦っている。自らの(うち)に巣食う邪悪な意志に抗い、友達を守るために全霊を賭している。

 

「……、よかった」

 

「えっ?」

 

「ダイヤちゃん。……スイープさんは、やっぱりスイープさんだよ」

 

 サトノダイヤモンドより事の次第を聞かされた時から、キタサンブラックは思っていた。

 偏屈で怒りっぽいスイープトウショウだが、その実、彼女ほど優しく面倒見の良いウマ娘もそうは居ない。

 伝え聞くところの『あの事件』の時、スイープトウショウは強力な魔術を数多振るって、呪いの感染者たちの襲撃を退けたらしい。

 ───キタサンブラックの知る『天才魔法少女スイーピー』であれば、たとえ自分の身を守るためであっても、他人を傷つける魔法を使うはずが無いのだから。

 

愚、かな……! あたし(お前)が自ら、望んだ力であろうが……! ───えぇ、そうね! けど……だからこそ、あたし自身がケジメをつける……!」

 

 乱れに乱れる魔力の流れを、意地と根性で掌握する。

 杖を自らの額へ。やるべきことは、先刻の会話でわかっていた。

 

 スイープトウショウが呼び出してしまった()()は、『夢幻回廊(ドリーム・ウォーク)』なる魔術を用いて現世にやってきたという。

 ならば話は簡単だ。単純に、現世との繋がりを維持する術式を破壊してやればいい───ただし、そのやり方には気を払う必要がある。

 

 『呪文よ終われ(フィニート・インカンターテム)』という呪文が存在する。

 大半の魔法の効果を打ち消すことが出来る一見驚異的な魔法だが、その原理は単純なものだ。

 前提として、あらゆる魔法には、事故防止のために『魔法を正常かつ安全に終了させる工程(プロセス)』が含まれている。終了(フィニート)は対象の魔法の挙動に割り込み、この終了処理を最優先で起動させているに過ぎない。

 故に、例えば『扉よくっつけ(コロポータス)』───施錠・封印の呪文などは、一般的な魔法とは異なる形式の終了処理を採用している。この場合、解除にはまた別の専門的な呪文が必要になる。

 

 夢幻回廊(ドリーム・ウォーク)も間違いなくその手合いだ。

 これほど強力で複雑な呪文が、たかだか終了(フィニート)一つで無効化できるほど粗略な構成をしているとは思えない。そもそも、事故防止用の終了処理自体が組み込まれていないかも知れない。

 極端に古い時代の魔術は、ひとたび唱えれば絶大な効力を生み出す反面、使用者の安全性を度外視した設計となっていることが多い───。

 八王子の高校には特別な『眼』によって相手の魔法の構成を読み取り、その場で術式を分解する技術の使い手が居るらしい。が、()()魔術師になってから日が浅いスイープトウショウに、そんな神懸かり的な芸当が出来るはずも無かった。

 

「───キタサン」

 

「っ、スイープさん……!」

 

「あたし、これからちょっと、無茶するから。……使い魔(トレーナー)によろしくね。ほら、例のマズいジュースを一気飲みしたとか言ってさ、どうにか誤魔化してお……あたし(貴様)、自分が何をやろうとしているかわかっているのか!? あたし(我々)を失うことの意味を知らぬわけではあるまいッ、しかも、そのように強引な───

 

 誇り高き小さな魔女は、邪悪な意志にその先を口にさせなかった。

 歯を食いしばって意識を集中し、魔力を練り上げる。これから打とうとしている手には、並みの魔術師であれば1日かけても捻出できないほどの魔力量を要求されるが、幸いスイープトウショウには才能がある。それが、恐るべき企てのために与えられた、仮初めの力であったとしても。

 

ぐっ……お、あ、あぁ……ギギギ……!!

 

 滝のように汗を流し、苦悶の表情を浮かべるスイープトウショウを前にして。

 キタサンブラックとサトノダイヤモンドは、そっと目を見合わせた。

 

「ダイヤちゃん」

 

「……キタちゃん」

 

「信じてあげよう。スイープさんを」

 

 スイープトウショウのそばに跪き、視線の高さを合わせる。自分自身の額に杖を向けるその手を、キタサンブラックは両手で優しく包み込む。

 

「大丈夫だよ、スイープさん。あたしたちがついてる」

 

 親友が()()()()と決めてからは、サトノダイヤモンドの行動は早かった。

 すぐさま膝を折って二人に寄り添い、腕を広げて抱擁する。

 

「うん。……だから頑張って、スイープさん……!」

 

 ───蒼白だった三角帽子の少女の顔に、ほんの少しだけ赤みが差した。

 

術式(グラム)っ、解体(デモリッション)─────!!

 

 極限まで収束・圧縮した魔力の塊を弾け飛ばし、対象へ直接ぶつけて爆発させ、そこに記述されている術式を丸ごと押し流す対抗魔法。

 洗練された魔術とは程遠い原始的な(わざ)だが、こと『魔法現象への抵抗力』の一点においては他の追随を許さない。

 

█████████─────!!

 

 この世ならぬ者の悲鳴が響き渡る。

 問答無用の強大さの他は何一つ理解の及ばない力の渦動が、3人のウマ娘を取り囲む。

 正気を奪い、魂を削るような絶叫が、彼女たちの五感を蹂躙する最中───スイープトウショウの全魔力を費やして放たれた神秘の砲弾が、()()を現世に留めていた夢幻回廊(ドリーム・ウォーク)の術式構成を完膚なきまでに破壊し尽くし、暗黒の彼方へと送り返した。

 

「………………。…………は、っ……」

 

 天才魔法少女が、不敵に笑う。

 そして、すべての力を使い果たしたスイープトウショウは、あの夜と同じように意識を手放した。

 

「スイープさん!! ダイヤちゃ───、───」

 

「───! ───てる、早───保健室───」

 

「─────、…………」

 

 あの夜の心地良い疲労感とは明確に異なる、致命的なまでの虚脱感を覚えながら。










これにて第2章は終了となります。
次回からは第3章です。よろしくお願いします。
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