騎影が行く   作:ごまぬん。

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天文単位の彼方から愛をこめて

 

 ───最近、変な噂が立っている。

 

 季節は出会いと別れの春を迎え、トレセン学園に通う生徒の顔ぶれも変わった。

 新たに学園の門を叩いた新入生たちは、実戦形式の模擬試合である『選抜レース』や『チーム入団試験』に出走する。ここで担当トレーナーのスカウトを受けたり、選手チームに入ったりするわけだ。

 ちょっとした裏技……というか限定的なシチュエーションだけど、入学以前から知り合いのトレーナーさんが居たりすると、選抜レースで実力を確認してもらってから逆指名みたいなことも稀にある。

 

「……あ」

 

 さて、それで、変な噂というものは……。

 より良質な指導、優秀なトレーナーさんを求め、期待の新星たちが(しのぎ)を削るこの時期に───しかし、ただの一度も模擬レースに参加していない新入生が居るという。

 日本一の看板を背負うこの"中央"にそんなやる気の無い生徒が居るのか、と聞かれれば……ウマ娘だからと言って、誰もがトゥインクル・シリーズを志しているわけではないし、厳格な競技生活に堪え得る体質の子ばかりでもない、と答えざるを得ない。

 ほとんどは入試の段階で(ふるい)に掛けられるものの、それでも、家族や知人からの期待を裏切れず、仕方なく入学してしまったという例は時たま存在する。

 トレセン学園は徹底した実力至上主義で、生徒には心身両面において高い素質を求めるけれど、必ずしも完全に冷酷で不寛容ではない。その柔軟なバランス感覚によって、ウララちゃん(ハルウララ)のような特別なウマ娘が見出される一方、何かしら不幸な結果を招いてしまうこともある。

 

「───やっぱり、居た」

 

 今日も今日とて開催される数多の模擬レースを、遠くから見ているウマ娘がひとり。

 腰まで伸びた桜色の、緩やかなロングヘア。生気の感じられない白い肌と、鏡面じみた魚目の瞳。

 レース自体はまばたき一つせずじっと観察しているものの、どれほどの熱戦が眼前で繰り広げられようと表情を変えず、耳も尻尾も微動だにしていない。

 

「う~ん……」

 

 しかし、それにしてもよく似ている───ハルウララに。

 いや、体格も特徴も全然違うし、一番の共通項である桜色の髪でさえ、じっくり見ると色味が異なっている──ウララちゃんはヒカンザクラ(緋寒桜)のような濃くてわかりやすいピンク色で、彼女はソメイヨシノ(染井吉野)のような淡い薄紅色だ──のだけれど、それでも。近い将来、ウララちゃんの背がもう少し伸びたらこうなる、みたいな趣がある。

 あと、華奢に見せかけて意外と出るとこ出てるよね。長袖の制服着てタイツ履いてたってライス(わたし)の目はごまかせないよ。

 

「むむむ……。ということはウララちゃんも、5年後くらいにはあんな感じになるのかな……!?」

 

 それはちょっと……えっと、友達を悪しようには言いたくない、けど……! 高等部にもなって145cm(この身長)果てしなき地平線(この感じ)であるライス(わたし)にとっては、なかなかショックな報せだ……っ!

 ───はい、すみません。ここまで全部勝手な想像です。

 

「………………。…………」

 

 そんなこんなでライス(わたし)が独り悶えている内に、彼女が見ていた模擬レースが終わった。

 しまった。ライス(わたし)もまだ見ぬ新入生の走りに興味が無いわけじゃないので、トレーニングの合間を縫ってちょくちょくグラウンドに足を運んでいる。でも何というか、あの子が近くに居ると、ついそっちばかり気になってしまう。

 ウララちゃんとの関係──他人の空似だろうとは理解した上で──も含め、一度くらいはお話してみたいんだけど……。

 

「……今日はもう帰っちゃうんだ」

 

 しかし、用事でもあるならいざ知らず、初対面の人に自分から話しかけるのは相変わらず得意ではない。

 ウララちゃんが居てくれれば、多少やりようがある気もするんだけどな。ただ、人付き合いに疎いライス(わたし)でも知ってるほど噂になっているのに、当の本人はあの『背の高いハルウララ』を一度も見たことが無いらしい。

 ちなみにデジタルちゃん(アグネスデジタル)も二人に近い()色をしており、よって『例の新入生』には『目が死んでるデジたん』という渾名もある。うーん、ニュアンスは理解できるけど想像しづらい。目が死んでるデジタルちゃんなんて、それこそ別人じゃないかな。

 

「どうしよう……。ずっとあのままだと、周りの人にも良い顔はされないだろうし」

 

「……すみません」

 

「かと言って、もしお家の事情が絡んでるなら、ライスみたいな部外者が首を突っ込むのは───」

 

「……あの。すみません」

 

「? ……ぴゃああぁぁぁ!?」

 

 うわぁびっくりした!!

 な、何でライス(わたし)の背後に……。というか、いつの間にこの距離まで!?

 ウマ娘だから50mや100mをすぐ走ってくるくらいはわけないだろうけど、気配も足音も全然しなかった……!

 

「大丈夫ですか」

 

「ふぇ……。あ、その……ご、ごめんなさいっ。ライスびっくりしちゃって……。あの、えっと」

 

 頭の中に大きな空白が出来て、どうにも考えが纏まらない。あんなに話してみたいと思ってたのに、いざとなると何を言ったらいいかわかんないなんて。

 

「いえ。容姿を珍しがられることには慣れています」

 

「そ、……そっか。気づかれてたかぁ……」

 

「ただ」

 

 噂の新入生さんはそこで言葉を区切り、少しの間だけ押し黙った。

 ……あぁ、ライス(わたし)これ知ってる。ブルボンさん(ミホノブルボン)が話の途中で考え込む時と同じだ。

 尤も、ブルボンさんはロボットのような口調と語彙を好むだけで、人並みの情緒もちゃんと持ち合わせている───けれど。

 この子の場合は、ブルボンさんの逆だった。話す言葉こそ機械的ではないものの、その声音にはおよそ感情というものが乗せられていない。

 

「いくらわたしの容姿が珍しくとも、平均して3回も見れば驚かなくなる人が大半なので。ここ数日で、何度か同じ模擬レース会場に居合わせましたが、その度に視線を感じており……あなたには特別、わたしに注目する理由があるものかと思いました」

 

 ば、ば、バレてる……! いやむしろ、ライス(わたし)の癖が出ちゃってる……!

 レースの場以外で徹底マークなんて、お兄様(トレーナー)にすらやったこと無いのに!

 ……無いよね? ライス(わたし)、ただ自覚が無いだけで、実はストーカーさんっぽいことやっちゃってるとかじゃ……ないよね?

 

「あう……。あ、その、あの、えっとね? い、嫌だったならごめんなさい。ライスは───えっと、そう」

 

 えぇい、ままよ。

 ここで適当な嘘をついても仕方がない。この手の大胆さを身に着けられたことは、お兄様(トレーナー)やブルボンさんを筆頭に、トレセン学園で出会った人たちがくれたものの結晶だと思う。

 

「……、模擬レースに全然出てない新入生が居る、って噂になってるの。それって多分……あなたのこと、だよね。ただ、レースに全く興味が無いわけでもなさそうだし……何か悩みでもあるのかなって」

 

 ───そして沈黙が降り、たっぷり30秒近く時が止まった。

 本当に心臓に悪い時間だった。GⅠレースへの出走でさえここまで緊張した記憶が無い。この突発的な会話と違って、その日までにじゅうぶん準備をしてこられるから。

 目の前の彼女が、よく注意していなければ気づかないほどわずかに両眉を上げていなければ……それもライス(わたし)の願望が見せた幻かも知れないけれど、とにかく、最悪うっかり泣き出していた可能性すらあった。

 

「…………、……悩み。なるほど。そうか……、これが『悩み』」

 

 うん?

 

「確かに……。わたしには、悩みが、あります」

 

「そっ、そうなんだ。やっぱり」

 

 ちょっと聞き捨てならない台詞があったような気もしたものの、せっかく話すつもりになってくれたのだから、今はそっちに集中しよう。

 

「じゃあ……うん。あなたのお話を聞かせて欲しいな。ライスじゃどこまで力になれるかわからないけど、こう見えて知り合いは……そこそこ居る方、かな? きっと、みんな助けになってくれるよ」

 

 ライスにだってそういう時期はあったし、と付け加える。

 当時のライス(わたし)のような卑屈で傲慢な悩みではないと思うけれど、トゥインクル・シリーズに限らず(ウマ娘の本能であるところの)『走ること』への向き合い方は人それぞれだ。そこに優劣や貴賤は無い。

 

「……。わたしの悩みを聞いて、何かあなたの利益になるのですか?」

 

「利益? ……うぅん、損得の話じゃないんだ。ライスは……辛いこともいっぱいあったけど……たくさんの人に助けてもらって、キラキラ輝くことが出来るようになって」

 

「…………」

 

「だからね、今度はライスが、誰かを助けられる人になりたいんだ。自分だけキラキラするんじゃなくて、ライスと出会ったみんなにもキラキラして欲しい。わたしはライスシャワー───祝福を告げる、豊穣の雨なんだもの」

 

 ……気がつけば何やら、くどくど自分語りをしてしまっていたけれど。

 今のは全部、紛れも無いライス(わたし)の本心だ。未来のことはわからないにせよ、ライス(わたし)の進むべき道は、既にこの手の中にある。

 

「あ。そういえば、まだお名前を聞いてなかったね。わたしはライス……ライスシャワー。あなたは?」

 

 鏡の目をした春色の少女は、しばし首を傾げた後、凪のように平坦な声で答えた。

 

()()です」

 

「ソレ? へぇー、ソレさんっていうの?」

 

「いえ、そうではなく。わたしの悩みの一つは、わたしの名前にまつわることなのです」

 

「名前が悩み……?」

 

 んん?

 何だか雲行きが怪しくなってきたぞ。

 

「まず、これはくれぐれも秘密にしておいて欲しいのですが─────」

 

 ごくり……。

 

「わたし、宇宙人なんです」

 

 ………………。

 

「……へ?」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「ようこそライス!! おかえりえっちゃん!! マーベラース☆」

 

 元気いっぱいによくわからない挨拶を披露してくれたのは、ライス(わたし)とそう変わらない背丈と、それに反比例するかのようにモッフモフの見事なツインテールのウマ娘───マーベラスサンデーさん。

 

「マーベラスです、マーベラスさん」

 

「ま……マーベラース……?」

 

 衝撃的すぎるカミングアウトの後、『あまり人に聞かれたくない話をするので、とりあえずわたしの部屋まで来てください』と言われ、うっかり着いてきてしまったのが5分前。

 そして、こういう言い方をすると失礼だけれど、安請け合いして『例の新入生』さんの相談に乗ったことを後悔し始めたのが5秒前である。

 

「というか……『えっちゃん』? あだ名か何かですか? この子は……」

 

 ───自分は他天体からやってきた、この星で言うところの宇宙人、外星人(がいせいじん)である。

 地球には何らかの目的をもって飛来したはずだが、その時に不慮の事故に遭って傷を負った。

 自分は遠い故郷の惑星の文明におけるエージェントであり、ある種のサイボーグ化改造手術を受けている。スパイ活動中に重傷を負って動けなくなると、外敵に捕まったと判断され、機密防衛のためのシステムによって脳内メモリーに記録された情報がデリート(削除)される。

 致命傷にまでは至っていなかったことが幸いし、自爆機能こそ作動しなかったが、脳内メモリーの復元が上手くいっていない───つまりは記憶を失っており、自分の名前も思い出せなければ故郷への帰り方もわからない……とのこと。

 

「うん☆ 初めて会った時に『自分は宇宙人(エイリアン)だ』って名乗ってたから、『えっちゃん』★」

 

「彼女については、デリートを免れた一部のメモリーを頼りに、宇宙人としての能力を行使して洗脳を施しました。現在は彼女とナイスネイチャさんの寮室に潜伏しています」

 

 いや『わたしの部屋』って言ってたけど、普通にトレセン学園の寮なんだ。何なら他人の部屋だし……居候宇宙人?

 

「ふふっ、また言ってる〜♪ 何だかとってもユニークでマーベラスな子だよね★ あっでもでも、カントリーマアムくれたのはありがとう! ネイチャも喜んでたし! ただ、お菓子一つでマーベラスな私を洗脳するのはちょ〜っと難易度が高いゾっ☆」

 

「ええぇ!? 嘘っ、宇宙人ですらないんですか!?」

 

「ん〜……。マーベラスの伝道師として宇宙への浪漫(ロマン)を否定する気は無いけど、少なくとも確証は無いかなっ☆ そうなんだよライス! 冷たい真空と恒星の灼熱に満たされた宇宙の中で、地球ほどの好条件が揃った惑星と、私たちのような知的生命体が誕生する確率はとってもとってもとーっても低いの!! これぞまさに奇跡! 宇宙の神秘! 最ッ高にマーベラース☆★☆★☆★」

 

「……まぁ、他人に深く追及された時は、こういう(てい)の返答をするように洗脳しています。あぁ、ライスさんのことを洗脳しなかったのはこちらからの譲歩だと思ってください。銀河連盟条約に基づき、わたしのようなエージェントが現地の知的生命体の精神を操作する行為には制限があるのです」

 

「まってまって待って待ってまって」

 

 論理学の問題かな? この中に一人だけ嘘つきが居るからどうのみたいなやつ。

 そもそも新入生さん───えっちゃんの主張にはだいぶ穴があるので、現状はマーベラスさんが優勢……しかし、言っちゃ悪いけどこの人も大概()()()()()だからなぁ。

 うぅ……せめて、せめて寮で同室らしいネイチャさんが居れば……!

 

「……、ご飯とかどうしてるの?」

 

「ウマ娘にしては少食だね★ カフェテリアや寮の食堂じゃいつもほうれん草ばっかり食べてるんだって! でもネイチャが一度だけ手料理を振る舞ったことがあって、その時は全部ペロリだったよ♡」

 

「わたしも炭素生命体ではありますので、食料については地球のものでも賄えます」

 

「寮室のベッドは2つとも埋まってますよね。マーベラスさんとネイチャさんの持ち物も置いてあるだろうし……もしかして床で寝てる?」

 

「そこは問題ナッシン☆☆☆ 夜になったらスイートでアットホームなマーベラス空間にご招待するの★★★ あのダイワスカーレットやサトノダイヤモンドも認めた超絶ハイカラ安らぎワールドなんだから☆★☆★」

 

「正確には同一時間軸上の空白的な余剰領域ですね。俗に亜空間、裏面、次元エアポケットとも呼ばれています。マーベラスさんは、他天体の文明圏なら人口3兆人につき1人程度出現する特異体質者でして、彼女の周囲では時空間が不安定になりやすいのです」

 

「だいたい……どうやって学園に溶け込んでるの? 本当の新入生じゃないんだったら、生徒の名簿とかにも載ってないはずで。職員の人たちがどこかで気づくと思うんだけど……。その制服も一体……」

 

「む。それは私も知らない! 教えてえっちゃん!」

 

「特に工夫はありません、堂々としていれば意外とバレないものです。制服は自前で生成しました。わたしの身体には一度見たものの形状を再現する能力があります」

 

「んんんんんんんんんん……!!」

 

 助けてお兄様(トレーナー)ライス(わたし)知恵熱でおかゆになっちゃう。

 ここまでの展開が全部夢である可能性に賭けて頬をつねってみたが、しっかり痛かった。念のため耳たぶと内腿もつねってみて全部痛かったので間違いない。

 

「はぁ……ふぅ……。……それで、えーと……その。えっちゃんは結局、これからどうしたいの……? ライスたちは、どう接するのが正解?」

 

 えっちゃんは例によって黙考モードに移行した。

 美人ではあるが極度に色白な能面のようなお顔で、かつブルボンさんとは違って耳も尻尾も動かないので、正直かなり怖い。

 ……そういえばえっちゃん、まばたきも全然しないな。───もしかして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、実は神経が通ってないとか……。

 

「───わたしは、メモリーの復元が完了するまで、平穏無事に過ごすことが出来ればいいです」

 

 果たして……自称宇宙人の新入生が願ったのは、たったそれだけのことだった。

 

「それっていつまで? 何か必要なものとかある?」

 

「必要なのはただ時間と、ライスさんやマーベラスさんの協力だけです。このボディは皆さんウマ娘をベースに調整してあるので、ほとんどの機能は代替していただけるかと思いますが、メモリーの復元はわたし自身にしか出来ないことですので」

 

「ン〜フ〜ン? ご尤もだね! けど、記憶喪失なら脳神経外科とかに罹った方がいいんじゃないかなっ?」

 

「病院は困ります。わたしが宇宙人だと知られないことが一番大切です。お二人とネイチャさんも、わたしの秘密を守っていただけないなら……相応の覚悟をしてもらいますよ」

 

 うーん。本当に宇宙人であるかどうかはさておき、本気になったら何をしてくるかわからないのは確かだ。

 ライス(わたし)がマーベラスさんの方に目を向けると視線が合い、彼女は変わらずニコニコしつつも注意深く頷いていた。ライス(わたし)もたったいま認識を改めたけれど、不思議ちゃんに見えて結構空気の読める人なのだ。

 

「ま……まぁ、とりあえずそういう方向で。要するに、記憶が戻るまで普通の生徒みたいに暮らしたい、ってことだよね」

 

「オケオケオッケー☆ だったら心配はご無用!! 私もネイチャもライスも、みんなでばっちり面倒見てあげるからね♡ 大船に乗ったつもりで任せんしゃーい!!」

 

 おぉう、これは大役……!

 ずいぶん手のかかる後輩が出来ちゃったなぁ。ライス(わたし)には荷が重い気もする───。

 

「はい。……この場合……地球では、『ありがとう』と言うのでしたか」

 

「イェース☆ えっちゃんは良い子だねぇ、ちゃんと感謝の言葉を伝えられてマーベラスだぞっ★」

 

 けど、乗りかかった船だ。

 この自称宇宙人の新入生をなんか良い感じに導き、正体が露見しないように(?)守ってみせよう。祝福の雨(ライスシャワー)の名にかけて───!

 








マーベラス空間とかいう超絶便利設定。
エミュの難易度を差し引いてもマベサンを起用する価値がある。
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