騎影が行く   作:ごまぬん。

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宇宙ブルボンすき



ほわっつ ゆあ ねーむ?

 

 普段より少し早い時間に起きた。

 昨夜は色々と考えることがあって、あまりよく眠れなかったからだ。

 

「ハァイ、ライス!! マーベラース☆」

 

「おはようござ……あっ、マーベラスです」

 

 というわけで、自称宇宙人の新入生ことえっちゃんを迎えに来た。

 えっちゃんはどうも割り当てられた寮室が無いらしく、ご実家も当然宇宙の彼方なので、現在はこちらのマーベラスサンデーさんとナイスネイチャさんの部屋に居候している。尤も、正確には『マーベラス空間』なる詳細不明の隠し部屋(?)を居室にしているそうで───。

 

「朝から元気だなぁ……。ところで、えっちゃんはどこに?」

 

「こちらです。おはようございます、ライスさん」

 

「わひゃあ!?」

 

 ま、また気がついたら背後に……!

 え? というか、今どこから出てきたの? だって、マーベラスさんたちの部屋はライス(わたし)の目の前にあって、玄関にはマーベラスさんが居るし、他の場所でドアが開いたような音もしなくて……。

 

「ふふ★ ドッキリ大成功☆ これもマーベラス空間のちょっとした応用だよ!」

 

空間跳躍(ワープドライブ)機構を搭載した宙間戦闘機の運用においては一般的な戦術ですね。あぁ、驚かせてしまったなら申し訳ありません。星間スパイ・エージェントという職業柄、後背を突かれないよう立ち回るのが癖になっていまして」

 

 スパイなのに自らスパイだと名乗ってしまうのはどうかと思う、とツッコミを入れるのを我慢したライス(わたし)を誰か褒めて欲しい。

 

 ただ……いつだったか、ライス(わたし)と同室のロブロイさん(ゼンノロブロイ)が教えてくれた話がある。

 なんでも、『この世で最も繋がりの強い関係』とは親友でも、恋人でも、仕事上のパートナーでもなく、後ろめたい秘密を共有する『共犯者』だそうだ。

 別にライス(わたし)たちは悪事を働いてはいないけれど、秘密を共有しているという点は確かであり、これはこれでちゃんとした間諜(スパイ)の手口なのかも知れない。

 

「───うお、朝から賑やかだと思ったら。おはようございます、ライスシャワーさん」

 

 そんなことを考えていると、シニカルな雰囲気の赤毛のウマ娘───ナイスネイチャさんがひょっこり現れた。彼女はマーベラスさんと同室だから、ここに居ることは何も不自然ではない。

 

「おはようございます。あの、ナイスネイチャ……さん。昨日は会わなかったですよね。えっちゃんのお話は、もう聞いてますか?」

 

「あぁはい、聞いてます聞いてます。マーベラスったら、猫拾ったくらいのノリでウマ娘一人連れてくるんですからたまげましたよ……。ライスさんも一緒に面倒見てくれるって言われて、本当頼もしかったです」

 

 ネイチャさんの方はえっちゃん宇宙人説を信じていないらしい。

 確かマーベラスさんも同意見だったけれど、これって未だに割り切れないライス(わたし)がおかしいのかな……?

 

「まぁ、誰がどの時間担当と言うよりは、手が空いてる人がその都度見守る形がいいと思います。ていうか、ライスさんは高等部ですよね。えっちゃんも形式上はアタシらと同じ中等部なんで──さすがにクラスは一緒じゃないですけど──、基本はこっちに丸投げでも問題無いかなって」

 

 と続けたところで、ネイチャさんははっとして、

 

「それから、別に、わざわざ敬語使ってもらわなくてもいいですよ。今後は何かと話すことになるでしょうから、こっちもある程度フランクな方がありがたいです」

 

「そう? じゃあ……。これからよろしくね、ネイチャちゃん。マーベラスちゃん、と───えっちゃんも」

 

「イェイ☆ 顔合わせも済んで、我らが『マーベラス同盟』の正式結成だーっ!!」

 

 えっちゃんは無言で頷いた。

 何やら勝手に奇妙なグループに参加させられたものの、トレセン学園はこの手の同好会で溢れ返っているので、1つくらい増えたところで誰も文句は言わないだろう。

 そういえばライス(わたし)もいくつかそれらしい枠組みに入っていたりするけれど、自分が中核メンバーになった経験はあまり無い。

 これは……ちょっと楽しいかも?

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 自分で言うのも何だがライス(わたし)はそこそこの戦績を持つ競走バであり、その上であまり自己主張の強くない性格だ。

 そんなライス(わたし)が、『マーベラス同盟』を率いて……いや率いているのはマーベラスちゃんだけれど、とにかく朝からこの数のグループで歩いているというのは結構目立った。

 

「おはようございます、ライス」

 

 そして、それに気づかない彼女ではない。

 すらりとした長身に膨大な筋肉を内蔵する肢体。風に(なび)く赤みの強い栗毛。

 成層圏の空色に輝く瞳を持ったそのウマ娘は、ライス(わたし)の大切な親友にして一番の好敵手(ライバル)───ミホノブルボン。

 

「おはよう、ブルボンさん」

 

「マーベラース☆」

 

「おはようございます」

 

「マベようございラス」

 

 混ざってる混ざってる。ボケにしてもベタすぎるよえっちゃん。

 

「今朝はそちらの方々と一緒なのですね。初めて見る顔もありますが───。はじめまして、ミホノブルボンです」

 

「はい、はじめまして。わたしは宇宙人(エイリアン)のえっc」

 

「わー!!」

 

「わーっ!!」

 

「マベラっ!?」

 

 いつもの鉄面皮は(ほぼ)そのままに、ブルボンさんの耳と尻尾が跳ね上がった。

 驚かせてしまって申し訳ないが、正直ライス(わたし)たちの方がよっぽど驚いている。

 

「ち、ちがっ、あの、その、これは違うの! えええエイリアンっていうのは言葉のあやで、こう、ねぇネイチャちゃん!」

 

「そっそうです! エイリアンって言ってもホラ、田舎から来ましたとかそういうニュアンスの……そう! ねっマーベラス!?」

 

「あっうん、その通〜り★ えっちゃん流のちょっとしたマーベラスジョークだよ☆」

 

「……?」

 

 うぅっ、がんばれライス(わたし)の脳細胞! えっちゃんがこれ以上墓穴を掘る前に、どうにかしてブルボンさんを言いくるめなければ……!

 

「こっ、この子はね、えと、あー……『エクリプス』!!」

 

 ()()()()()

 18世紀後半、まだ『競バ』が貴族階級の賭博遊びであった頃のイギリスで活躍し、今日(こんにち)では近現代競バの始祖とすら讃えられる伝説のウマ娘。

 『Eclipse first, the rest nowhere.(唯一抜きん出て並ぶ者なし)』───トレセン学園の校訓にもその名前が登場する、まさに名バ中の名バである。

 周囲のざわつきが耳に入り、急場凌ぎの言い訳に使うには畏れ多すぎるビッグネームだったと今更気づいたがもう止まれない。

 まぁ現代のウマ娘の名前だって一部が被っていることも珍しくない──特に親戚同士──し、完全にそのまんまでもない限りは、3世紀前のエクリプスさんだって許してくれる……許してくれるはず……くれるといいなぁ。

 それで後は、うん、遠くから見るとウララちゃん(ハルウララ)に似てるところから取って、

 

「『ハルノエクリプス』ちゃん、だよっ……!」

 

 よし。我ながら良いネーミングだ。

 特に『ノ』を付け足して語呂を補強した辺りにセンスが光っていると思う。どやぁ。

 

「───ハルノエクリプス。了解しました。個人名簿をアップデートします」

 

 ほっ……。

 多少の罪悪感はあるけれど、ブルボンさんが素直な人で助かった。

 

「そのシステム音声は……ひょっとして、あなたも星間スパイなのですか? であれば、改造手術はどちらの惑星で受けられましたか?」

 

「改造手術? ……あぁ。私のボディが現在のスペックを実現できたのは、マスター(トレーナー)による徹底的なご指導の賜物(たまもの)です。私は『セイカンスパイ』なる職業には就いていませんが、肉体改造の由来については、強いて言うならこの地球ということになるでしょう」

 

「なんと、それは驚きました。地球(この星)の文明レベルでは、有機体の量子変換どころか全身の機械化すら難しいものだと思っていましたが。『マスター』とは確か、主人や上位者を意味する言葉でしたね。地球ではそういった権力の上層部が、サイボーグ化技術を独占しているということですか?」

 

「いいえ。彼らは正式には『トレーナー』といって、私たちウマ娘を支え、導いてくれる存在です。私が自身の担当トレーナーを『マスター』と呼称するのは、より親密な敬愛の念を表すため。私の個人的な事情によるものです。そして、彼ら(トレーナー)殊更(ことさら)に自らの技術を独占しているという事実はありません。幅広い知識と経験が求められる専門職ではあるものの、それらのスキルを学ぶことが公権力によって制限されるようなことは有り得ません。残念ながら、古参のトレーナーが己の既得権益を守るべく、新規参入者に対して不当な扱いを強いる事例はありますが……そのような腐敗や汚職が横行しないよう、各関係機関が監視の目を張り巡らせています」

 

「興味深い。では、わたしにも地球の技術を学ぶことが出来ますか」

 

「可能です。───なるほど。あなたに関する目撃情報やそれに対する種々の憶測は、私も把握しています。つまり、ハルノエクリプスさんは、競走バではなくトレーナーの道に興味があるのですね」

 

「エージェントとして収集すべき情報は多岐に渡りますが、工学技術の知識は優先度が高いです。とはいえ、現状ではこの学園での生活に順応することが最優先ですから。余裕があれば吸収しておく程度に留まるでしょう」

 

「あくまでトレーナーの勉強はサブプランであり、競走バとしての本分も忘れるつもりは無いと。素晴らしい心がけです。二兎を追う者は一兎をも得ず、と言いますが───我々はウマ娘。駆けて追い越すことに関しては、どれほど貪欲になってもよいものだと、私は思います」

 

 ……ライス(わたし)わかるよ。これ絶対お互いに何か致命的な勘違いしてる。すれ違いコメディ始まっちゃってる。

 ただ、それはそれとしてえっちゃんのノリに完璧に適応してるブルボンさんは凄いと思う。

 

「ところで、話は変わりますが。わたしのことはえっちゃんで結構ですよ」

 

「了解しました、えっちゃんさん。では、私のこともブルボンと呼んでいただいて構いません」

 

「えぇ、ブルボンさん。これからよろしくお願いします」

 

「こちらこそ。どうぞよろしくお願いします」

 

 二人がどちらともなく右手を差し出し、(無表情だけど)朗らかに握り合う。少なくともブルボンさんの方は尻尾がちょっと揺れていた。

 握手を解いた後、えっちゃん(ハルノエクリプス)が(まばたき一つしない無表情のまま)自分の右手をしげしげと眺めていたのが印象的だった。

 

「ど、どうしたの?」

 

「もしや私の手に何かついていましたか」

 

「いえ……。───『握手』。このような文化があることは、皆さんを観察して知っていましたが……自分でやるのは初めてだったもので」

 

 相変わらず地球の文化に不慣れなエイリアンムーブに余念が無いえっちゃんであった。うーむ、徹底してるなぁ……。

 

「ライス」

 

「? なぁに、ブルボンさん」

 

「エイリアンという比喩表現の意図を理解しました。どうやらえっちゃんさんは、故郷において相当な箱入りウマ娘だったようですね」

 

 言いたいことはいくつかあったものの、ライス(わたし)もネイチャちゃんも曖昧に頷くことしか出来なかった。マーベラスちゃんもニコニコしながらスルーしていたので、うん。

 ……もういいや、そういうことで。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 さて。えっちゃんに心から気の合う(?)友達が出来たことは喜ばしいけれど、そろそろ真面目な話をしよう。校舎の靴箱まで辿り着いておいて何も考えないわけにはいかない。

 

「何となくずっと聞けてなかったけど、アンタ座学の授業ってどうしてるの?」

 

「物理学、化学、数学については問題ありません。わたしからすれば誤った説が主流となっている場合もありますが、地球の文明レベルを考慮に入れれば仕方ないでしょう。課題は言語学と社会学ですね。実は、地球の通貨を持っていないので教科書を購入していないんです。図書室の蔵書で補ってはいるものの、未だに理解の及んでいないことも多く……」

 

「ら、ライスのお下がりで良ければあげるよ、教科書。何となく捨てるのもったいなくて取ってあるんだ。年度で中身は変わってると思うけど、見た目だけでも取り繕わなきゃ。ね?」

 

 新入生は授業が始まってほんの2週間くらいとはいえ、どうして怪しまれなかったんだろうこの子。やっぱり本当に宇宙人……?

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 お昼の時間になった。ブルボンさんと一緒にカフェテリアへ向かう。

 えっちゃんは……よかった、ネイチャちゃんとマーベラスちゃんが連れてきてくれた。

 ウララちゃんも誘ってえっちゃんとの関係をはっきりさせておきたい気持ちはあったけど、今の段階でそのへんの話をする余裕は無さそうなのでひとまず置いておく。

 

 ライス(わたし)とネイチャちゃんは日替わりランチ。今日は焼き魚、お味噌汁、野菜サラダ、冷奴、海苔の佃煮。あとお米。まぁライス(わたし)は追加でにんじんハンバーグとポテトサラダとハムエッグを頼んでついでにご飯も2回おかわりしたけど、そこはそれ。

 ブルボンさんはお肉中心のスタミナが付きそうなワンプレート。野菜スティックも添えてバランス良し。

 マーベラスちゃんはアヒ・デ・ガジーナ───鶏肉と黄色トウガラシを使ったシチューのような煮物で、ご飯とポテトを添えて食べるペルーの郷土料理らしい。何であんなのメニューにあるんだろ……。

 そして、えっちゃんがほうれん草のおひたしを注文し、『マーベラス同盟』+ブルボンさんの記念すべき第1回ランチタイムが始まった。

 

「えっちゃんがトレーナー志望っぽいのは何となくわかったけど〜」

 

「いえ、『トレーナー』によるサイボーグ化技術には興味がありますが、最重要ではありません。まずは星間スパイとして、この星の文明に順応することが優先されます」

 

「ん、それじゃあ尚更だね! 模擬レース見てるばっかじゃ怪しまれちゃうから、せめて教官の集団指導だけでも受けてみよっか☆」

 

「まー……普通に考えればそうなるけどさぁ」

 

 焼き魚の骨をお箸で器用に外しながら、ネイチャちゃんがえっちゃんの方を見る。

 件の新入生は、学園料理部特製の出汁醤油に浸かったほうれん草をちびちびと口に運んでいる。あれはライス(わたし)もたまに食べる。シンプルながら結構おいしい。

 

「この子───集団行動、出来る? 絶対何かやらかすと思いません?」

 

 ……みんなが思っていたが言い出せなかったことを、ネイチャちゃんはバッサリ言ってのけた。

 だいぶ気まずそうな顔をしている。あえて憎まれ役を買って出てくれたのだろう。

 言われている当の本人は、ストローからズゾゾゾゾと音を立てて野菜ジュースを飲み干すなどしているが。

 

「う……ん。確かに、ちょっと、難しい……かな」

 

「そもそも、最初から一般的な規範に従っていたならば、今のような状況には陥っていないでしょう。えっちゃんさんにも、そう易々と割り切れない理由があるのでは? 私も……自身の願望と、周囲からの期待が噛み合わなかった時の記憶があります───」

 

 短距離戦での活躍を嘱望(しょくぼう)されていながらクラシック(中距離)路線への挑戦を選び、常軌を逸した鍛練によって適性の壁を覆したミホノブルボンが発すると、何とも重たい台詞だ。

 

 まぁ、えっちゃんが如何に強烈なキャラを備えた自由人もとい自由ウマ娘であり、宇宙人ムーブの維持以外に何の興味も持っていないとしても……。

 せっかくこのトレセン学園の門を叩いたからには、競走(レース)の楽しさを知って欲しいという気持ちは、『マーベラス同盟』の3人ともが抱いている。

 

 ……などと考えていたら。

 鏡色の目の少女は、ブルボンさんの言葉に、こんな風に返答した。

 

「それは、別に。深い理由はありません」

 

 ───マーベラスちゃんの笑顔が凍った。

 

「地球飛来時のショックから復帰し、活動を再開してから357時間が経過していますが……そのほとんどを、この星の文明の初期調査と、身分の偽造工作に充てていたので。今日まで模擬レースに参加していないのは、単純に『時間が無かったから』です」

 

 ライス(わたし)とネイチャちゃんが頭を抱えるのにそう時間は掛からなかった。

 ブルボンさんは例の、舌をしまい忘れた猫のような表情で沈黙している。

 

「……、……ステータス: 混乱を検知。発言の意味が不明……いえ、各単語や文章そのものに論理的破綻はありません。ですが、しかし、何故……」

 

「まぁ星間スパイであるわたしの目的上、現地の生命体との性能(スペック)比較は仕事に入ってないというか……。潜入活動中の設定に沿うには必須のタスクだとはわかっていたのに、どうも後回しにしてしまっていたのは事実ですね。反省すべき点だと言えるでしょう」

 

「ステータス: 不可解を検知……」

 

「とっ、とりあえずご飯食べよ、ブルボンさん! お腹が膨れたら頭にも栄養が行くから、うん……!」

 

 まったくもって、ネイチャちゃんの言う通りだ。

 こうして見れば事実は明白で、『集団行動』というものは、彼女から最も遠い概念のひとつである。

 ハルノエクリプス(えっちゃん)には、他人の心がわからない。

 







【PROFILE-1/3】

[未知なる銀河より夢を求めて! お騒がせ電波少女]

〇???/ハルノエクリプス(えっちゃん)
 身長:154cm
 体重:█████
 スリーサイズ:82-55-81
 靴のサイズ:いえ、これは靴ではなくわたし自身の足です。
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