騎影が行く   作:ごまぬん。

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今回からオリジナルのトレーナーが出ます。
モブとしては既に何人か登場していますが、ちゃんとしたネームドという意味で。

まぁ、トレーナーというか……。



ローリング・ストーンズ

 

 ─────千葉県成田市、成田国際空港。

 天を衝く管制塔と広大なターミナルを中心に、大小無数の滑走路が蜘蛛の巣の如く張り巡らされた日本の空の玄関口。

 

 中国・上海浦東国際空港からの国際線より、一人の男が降り立った。

 年の頃は20代半ばから30歳前後といったところか。180cmを超える長身を濃灰色のジャケットとスラックス、マゼンタのシャツに包み込み、憂いを帯びた視線を真円形の遮光眼鏡(サングラス)で隠している。

 目元と鼻筋には北欧風の気品が漂う一方、頬骨や顎の形にはアジア系らしい愛嬌がある。肌の色は決して薄くないが、日に焼けているだけのようでもあり、それらの特徴から人種を判別することは難しい。

 しかし、すべての要素が黄金比めいた完璧な均整をもって同居しているその容貌は、国籍も性別も超えて万人を魅了するに違いない。

 男は青銀に輝く総髪を不死鳥の尾の如く揺らし、白金のキャリーバッグを軽やかに転がしていく。

 

 空港のターミナルを出たところに、数台の自動車が停まっている。

 男はその中からシルバーのスカイラインを選んで近寄り、慣れた動作で窓を叩いた。

 運転席に座っている、バスの添乗員のような若草色のスーツに身を包む女性───駿川たづなが、それに気づいて笑みを返す。

 彼女の唇が『どうぞ』の3文字を形作ったのを見届けてから、男は助手席のドアを開けた。

 

「どうも───いやはや、申し訳ありません。わざわざお迎えに来ていただいて」

 

 男は遮光眼鏡を外して一礼した後、キャリーバッグを素早く車のトランクに収容する。

 対する駿川は、男の言葉に苦笑しつつ答えた。

 

「いえ、ご遠慮なく。出張のついでなのでちょうどよかったです。そちらこそ、大変だったんじゃありませんか? まさか中華(チャイニーズ)マフィアの抗争に巻き込まれるなんて……」

 

「はっはっは。まぁビジネスの都合とはいえ、あんな治安の悪い地域に滞在を決めた私も軽率でしたから。イタリアに居た頃はもう少し用心深かったんですが、どうもアジアに帰ってきて気が緩んでしまっていたようです」

 

 エンジンに火が入り、学園所有のスカイラインが走り始める。

 成田空港の敷地を離れ、東関東自動車道を経由して首都高速道路へ。

 

「しかし、直前で足踏みをさせられたおかげで、かえってやる気を充電できたように思います。出遅れた分はしっかり取り返しますよ」

 

「ふふ、頼もしいです。理事長もきっとお喜びになるでしょう」

 

 幸いにも道はあまり混み合っておらず、終始和やかな雰囲気のまま、90分ほどで都心部にまでやってくることが出来た。

 彼らの目的地は東京都府中市、日本ウマ娘トレーニングセンター学園・東京中央校(中央トレセン)

 

「歓迎ッ!! 君が(くだん)の新人トレーナーだな? 遅参の理由は把握しているとも。何とも災難だったが、まずは無事での到着を喜びたい!」

 

「はいっ。トレセン学園へようこそ、舩坂(ふなさか)トレーナー!」

 

 男───この春より採用された新人トレーナー、舩坂金時(ふなさかきんとき)は不敵に笑った。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 放課後。各生徒たちがトレーニングに向かう前のスキマ時間。

 結局はブルボンさんも──初対面の時からえっちゃん自らありとあらゆる情報を漏らしていたので──加入して、『マーベラス同盟』は総勢5人になった。

 現在の集合場所は、マーベラスちゃんがいつの間にやら見つけてきた、3階の端っこの空き教室だ。

 

「というか、マーベラスのせいでずっと忘れてたけど、えっちゃんの本名って何なの?」

 

 『選抜レースやチーム見学に一度も顔を出さなかったのは、スパイ活動で忙しかったから』───。

 スパイ云々はさておき、レースに対してあそこまでそっけない態度を取られると、さしものライス(わたし)たちとてあまり愉快ではない。

 とりあえず、意地でも選抜レースには出てもらおう! となった段階で、この問題は浮上してきた。

 

「わたしの個体名ですか。申し訳ありませんが、星間スパイとしてお教えするわけにはいきませんね。尤も最低でも舌が7枚無いと発音できませんし、文字列自体に致死性の暗号化ミーム・ウイルスが含まれていますので、無理に知ろうとしてもろくな結果にならないとは警告しておきます」

 

「何その物騒な設定……」

 

「皆さん。えっちゃんさんのクラスの担任と交渉し、個人プロファイルのコピーを入手してきました」

 

 わ、さすがブルボンさん。冷静で的確な判断力だ。

 せっかく考えた『ハルノエクリプス(えっちゃん)』の偽名は一日を待たずして意義を失ってしまうものの、えっちゃんの本名を知らないことには選抜レースへの出走登録すらままならない。

 さて、それでは自称・宇宙人の正体を暴くとしよう。思えば最初からこうすればよかっ……。

 

「…………、……えっ」

 

 ─────いや。

 

「おぉどれどれ……。……はい?」

 

「? ……? マーベラ……???」

 

 あ……ありのまま、今、起こった事を話すよ……!

 

()()()()()()()?」

 

 何を言っているのかわからないと思うけど……ライス(わたし)たちも、何が起こっているのかわからない。

 

「こ……この書式、見覚えあります。入学の時に提出する願書兼履歴書のアレと同じフォーマットですよ。日付とか管理番号はちゃんと打ってあるのに……他は顔写真すら載ってないとか、明らかに変じゃんこれ!」

 

 さすがにこれは宇宙人ムーブだとか、巧妙なトリックだとか、そんなチャチなもんじゃ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を感じる。

 

「皆さんには白紙に見えるのですか? 実は私も、資料を手渡された時から奇妙だと思い、担任の方をはじめ周囲の人に確認していただいたのですが……誰も『書類に不備があるようには見えない』と言っていて」

 

念動偽造身分証(サイキック・ペーパー)。本来は白紙ですが、ある程度知的な社会動物に差し出すと、相手が求める正当な身分証明が示されているように見えるテレパシー模造紙です。わたしが用いたのは最新モデルの使い切り型で、一度提出すればそのコピーも含め半永久的に周辺の情報を改竄(かいざん)し続けます。ただし、ESP抵抗指数の高い者には通用せず、また使用者が意図的に秘密を明かした相手に対しても効果を発揮しません」

 

「ははぁ……だから私たちにはちゃんと白紙に見えるのかー」

 

「こういうことも出来ますよ」

 

 既にかなり混乱しているライス(わたし)たちだが、えっちゃんは容赦なく畳み掛けてきた。

 ポケットから一昔前の携帯ゲーム機のような、少なくとも普及型のスマートフォンではない端末を取り出し──というかどう見ても制服ポケットに入るサイズじゃなかった──タッチパネルを操作すると、

 

「うぇっ!?」

 

 ───ネイチャちゃんが潰れたカエルのような声を上げたのも無理はない。

 さっきまで白紙だった資料の名前の欄に、『ハルノエクリプス』という文字が現れたからだ……!

 

「今後は同じサイキック・ペーパーから転写された媒体すべてに、その名前が表示されることとなります。あぁ、そういえばお礼がまだでしたね、ライスさん。素敵な偽名をありがとうございます」

 

「え、っと……、どういたしまして?」

 

 そっか、よかったぁ。喜んでくれてたんだ、あの名前。

 ……。……いや、いや、ちょっと待って。それはいいけど、そうじゃなくて……!

 

「あの……。えっちゃんって」

 

「はい」

 

「……、まさかとは思うけど。本当に……本当の本当に宇宙人、なの?」

 

「最初からそう言ってるじゃないですか。くれぐれも秘密にしておいて欲しいとも」

 

 ライス(わたし)はしばらく呆然とし、えっちゃん以外の3人と順繰りに目を合わせ、───空き教室の机の上に崩れ落ちた。

 

「あっ……ぁわ、あわわわわわわわ……!?」

 

「ライス!?」

 

「だ、大丈夫だよみんな! まず落ち着こっ? むしろ、えっちゃんがただの残念な子じゃないってハッキリしてよかったじゃん★ 宇宙人との邂逅なんて、まさにベリーベリーマーベラスな奇跡だね☆★☆★☆★」

 

「アタシは……っ、アタシは普通だったのに……! そりゃあ平々凡々のウマ娘で終わるなんて嫌だとは思ってたけど、何もこんなエキセントリックな人生を送りたかったわけじゃないーっ!!」

 

 ライス(わたし)たちの『マーベラス同盟』は、さっそく瓦解の危機に陥っていた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 トレセン学園、生徒会執務室。

 今日も今日とて政務に勤しむ生徒会長・シンボリルドルフは、ふと指で眉間を揉んだ。

 

「ふぅ……」

 

「会長、お疲れですか?」

 

 艷やかな鹿毛をボブカットにした、怜悧(れいり)で厳粛な雰囲気を纏うウマ娘───エアグルーヴが尋ねる。

 彼女はナリタブライアンと並ぶ生徒会の副会長だ。が、ナリタブライアンはトラブル解決が専門で事務仕事には全く向いていないため、トレセン学園で『副会長』といえばほとんどの場合エアグルーヴのことを指す。

 

「あぁ何、新年度はいつもこうだろう。平時より多忙とはいえ、この程度で音を上げるほど……。……いや。油断大敵、か」

 

 愛用の万年筆を走らせる手を止め、シンボリルドルフは椅子の背もたれに体重を預けた。

 副会長の席で(しばらく手をつけておらず今日まで放置していた)大量の書類にひたすら判子を押していたナリタブライアンが、無言の内に一瞬だけそちらを見る。

 

「うむ。確たる証も無く恐縮だが、今朝からどうも腹の据わりが悪くてな。漠然と嫌な予感がするというか……。あまり集中できていないのは事実だ」

 

「確か、少し前も体調を崩されていましたよね。何か悪い兆候かも知れません。ご無理なさらず、一度病院で精密検査を受けられてみては?」

 

「さすがに過保護だよ、エアグルーヴ。先日の風邪は私の不養生が故だ。自分のことは自分が一番よくわかっているさ。今日のこれは、そのようなものではない」

 

 紫水晶(アメジスト)の双眸が執務室の窓を捉える。

 絶対の皇帝はしばらくそうしていたが、やがて意を決して立ち上がった。

 

「少し外の空気を吸ってくる。選抜レースの様子も見ておきたいし───あぁ。そうか、今年はあまり足を運べていなかったな。ブライアンから話だけ聞いて満足してしまっていた」

 

「……よく言う。心底同情するよ、アンタに睨まれながら走る羽目になった雛鳥どもに」

 

「ふふ。何と言われようと、未来の優駿たちが育っていく様を見るのは、私にとって何物にも代えがたい喜びだ」

 

 シンボリルドルフは生徒会室の大扉に手をかけ、そこで立ち止まって言う。

 

「それにブライアン、知っているかな? 中国には、天下に泰平をもたらす聖君子が生まれる時、鳳凰という霊鳥が現れるとの伝説がある。皇帝(この私)の傍らに(はべ)るのであれば、小さな雛鳥もいずれ鳳凰に成るやも知れんぞ」

 

 如何にもな言い分に聞こえるが、それでは因果が逆だろう。鳳凰が君子(皇帝)の到来を告げるのであって、皇帝(君子)の存在が鳳凰を呼ぶのではない。

 しかし、過去の伝説すら逆転させ己に従わせる───それほどの自負と実力こそ、まさにシンボリルドルフ("絶対の皇帝")というウマ娘の器だった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 学園を総べる生徒会長が去った後、ナリタブライアンはぼそりと呟く。

 

「ふん。───相変わらず、気の利いたことを言う。あれでどうして駄洒落だけは上手くならないんだか」

 

「おいやめろ」

 

 エアグルーヴのやる気が下がった。

 







【PROFILE-2/3】

○???/ハルノエクリプス(えっちゃん)
 学年:中等部
 所属寮:なし(栗東寮に居候中)
 得意なこと:なし(何でも出来るので)
 苦手なこと:他者の心を理解すること

 ハルノエクリプスのヒミツ①:実は、宇宙人らしい。
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