ゴルマクは健康に良い
我らが地球外ウマ娘・
……というか、本人曰く『今のボディは
200mや300mならともかく、
さて、そんなえっちゃんをスカウトしたのは、舩坂金時トレーナー。
とっても背が高い銀髪の男の人で、イタリアや中国で勉強してからトレセン学園にやってきた帰国子女だという。
立場上は新人だけど、中央トレセンのトレーナー資格認定試験を歴代4位の高得点で一発合格した驚異的な頭脳から、採用1年目にして指導担当契約を許可されたエリート中のエリートだ。
紳士的な物腰と綺麗なお顔───ついでに『本当は普通に4月初頭に着任する予定だったが、海外でのトラブルに巻き込まれ遅れて来た』という話題性も相まって、着任初日から学園中の注目を集めていた。
えっちゃんの事情と『マーベラス同盟』については本人から話したようで、秘密を守ることには協力的だ。
おかげで
「───あのサングラス。ハイカラだよな」
「えっ。あ……う、うん?」
あと、
◇ ◆ ◇ ◆
───まぁまぁ皆まで言うなマックちゃん、今日はもう遅いだろ?
数々の奇行と何気に優秀な戦績を併せ持つ彼女(今は『彼』か?)だが、ついに性別まで変更して身分を詐称し、トレーナーとして学園に着任するとはさすがに予測できなかった。
尤も、こんな常識と正気を投げ捨てた発想に辿り着いた
何かこう、放っておけない感じというか、放っておくとまずいという直感が働いたのも事実だった。
<───あ、もしもしマックちゃん? おいっす~☆ 私です、舩坂で~す!!>
「は!? どうしてあなたが
<おっと、それ不特定多数が見てるとこで言っちゃダメだかんな? ウマトラマンだって基本みんな正体隠すだろ。ドゥーユーアンダスタン?>
「……はいはい。それで、何かご用事ですか?」
<あたぼうよ、バッチリご用事1000%だ。明後日、今から言う店にディナーの席取っといたからさぁ。周りにはメジロ家の義務だとか適当言って、一人で来てくんね? 個室入るまではSP付けといてくれてもいいし>
「フン。まるで
<はぁ〜? それこそ、お前んトコのトレーナーの名前でも出しときゃいいだろ。こないだチーフと会って話したけど、マックちゃん組は結構良い雰囲気で微笑まし〜とか言ってたぞ?>
「なっなななな何を仰いますのッ!? トレーナーさんとはそういう関係ではありませんわ!!」
酷い誤解だ、まったく破廉恥な……!
あぁもう、
「というか……
厳密には『スピカ』の部室には各メンバーの予定表が掲示されているし、それはチーフにも共有されているのだが、ことゴールドシップに限ってそんなものは何の意味も成さない。
<んあ? あー……それもそうか。だけどよぉ……>
「だけども何もありません。
<……お、おう! まぁ、マックちゃんが良いならゴルシちゃんもノープロブレムだぜ! んじゃ店の場所言うぞ───>
深みのあるバリトンで聞きやすいのが幸いだけれど、成人男性の声で『ゴルシちゃん』は結構キツいものがあるわね。
◇ ◆ ◇ ◆
「『
途中まで
一応『ゴルシさんが居るなら滅多なことは無いでしょう』とのお墨付きはいただいているものの、お婆様に知られれば何を言われていたやら……。
ドアを開けた瞬間から漂う小麦と焼けた肉の香り、それからごく微かに滲むような甘ったるい匂い。
外観を裏切らず店の内装もピンク色だったが、意外と掃除が行き届いており清潔感はある。異様にテンションの高い女性店員に案内され、レトロなミニカーや古めかしい人形の立ち並ぶ不思議な空間を進んでいく。
予約されていたのは2階席だったようだ。階段を登り終えると、雰囲気が一変した。木目風の壁紙が貼り付けられ、薄橙色の照明に照らされる、西部劇に出てくる酒場のようなフロア。
そして───室内を一通り見渡した先に、目的の人物が居る。
「いよーう!! マックちゃーん! お久しブリ大根〜!」
すらりとした長身の豊満な肢体に、清流の如き銀の芦毛を持ったウマ娘───ゴールドシップ。
舩坂金時に扮している時と同じ、濃灰色のカジュアルスーツにマゼンタのシャツという服装だが、身長も体格も違うはずなのに様になっているのだから恐ろしい。
いつもの帽子と
「こんばんは、ゴールドシップ。たかだか2週間会わなかったくらいで大袈裟ですわ。療養や地方遠征が重なれば珍しくもないでしょうに」
「つれねぇなぁ。アタシは寂しかったぞ〜、んちゅ♡」
「そういうのいいですから。……当然、あなたの奢りでいいんですわよね? ディナーの席と聞いて来たんですけれど」
「えっ……マジ? メジロのお嬢様はハンバーガーなんざ食わないと思って、席しか取ってねぇわ」
がくっ。
あぁ、この方ってばこういうウマ娘だった。うつけ者のフリをしている切れ者のフリをしている普通の人。
尤も本人は意地でも否定するだろうけれど、
仕方なくチャイムを鳴らし、店員を呼びつける。
「では、このレッドラム・チーズバーガーをいただきましょう。それとアイスティーのレモンを」
「じゃあアタシもチーズバーガーのセットで。飲・み・物・は~……ジンジャーエールでおなしゃーす」
「ありぁとやーす!! チーズ2つ入りゃしたー!!」
いやホントにテンション高いなこの店員。まだ19時台とはいえ、1日疲れて帰ってきた身で受け止めるには重たい声量だ。
「ふぅ。それで?」
「それで……って。何ですのその態度は? あなたが
「んにゃ、アタシのペースで全部話すと取っ散らかっちまいそうだからよ。聞かれたこと答える感じの方が伝わりやすいかなって」
「はぁ……」
……ふむ。
質問したいことは山ほどあるが、何だかどれも本質を突いているような気がしない。
目の前の女はさっそく、テーブルに備え付けの紙ナプキンで折り鶴を作り始めている。
「───。……ファン感謝祭のエキシビジョンレース。どうしてあんな真似をいたしましたの?」
というわけで、考えてみれば───元はと言うと、事の発端はそれだったように思う。
あの奇行が無ければゴールドシップの療養入りは無かった。中国行きも。そして恐らくは、『舩坂金時』の存在も。
「おん? そりゃまた何で」
「持ち物検査をすり抜けた件です。誰もが『あなたのやることだから』『怪我で報いは受けたから』で流しましたけれど──学内行事の模擬戦での話とはいえ、謹慎処分くらいは下されて然るべきだったと思いますが──、その。ああいうのは……あなたの流儀ではないように思えまして」
そう。ゴールドシップの流儀ではない。
彼女は無鉄砲だがバカじゃない。あの時は未曾有の凶行を受けて運営側の対応が遅れ、たまたま失格になるより早くゴールしてしまっただけだ。
レースを失格になるような、結果としてではなく意図的にルールを侵害するやり方は、
「……ゔぇっ」
「えっ何ですかそのリアクション」
「いや……悪ぃ。ちょっとクリティカルすぎて普通に引いた……。すげぇよお前。ゴルシちゃん大好き検定1級合格をくれてやろう」
「まったく嬉しくない上に、話が見えて来ないのですが?」
「んぁー。どうすっかな……。いざ他人に言うってなると、メチャクチャ恥ずかしいぞコレ……」
彼女にしては歯切れが悪い。
黙れば美人、喋れば奇人、走る姿は不沈艦───などと謳われるゴールドシップにも、年齢相応の悩みはあるのだ。
「……。実を言うとねマックイーンお姉様、ゴルシ今これでも割とナーバスになってるんですの。笑わないで聞いてくださる?」
「次にその口調で喋ったら、あなたをバンズとレタスとトマトの間に挟んでかぶりつきますわよ」
「ワァ怖い。戸締まりすとこ」
刹那、道化の表情から笑みが消えた。
「予行演習だよ」
「予行演習?」
「うん。どんだけダサくてしんどくても、一度
相変わらず要領を得ない答えだったが、そこには有無を言わさぬ迫力があった。
極度に陽気な店の雰囲気とは若干ずれたボサノヴァ風のBGMが流れる中で、黄金の不沈艦はこう語る。
「冬にさ、あっただろ。ハルウララが妙に調子良かった時」
「えぇ。なかなかセンセーショナルな時期でした」
「その頃にな。ピカンと来たんだよ、天啓が。三女神サマからのだ」
左手の指でコツコツと額を叩くゴールドシップ。
本格的に意味がわからなくなってきたが、その表情は完全に真剣なものだった。
「『この世界に邪悪な魂が紛れ込んでいる』『敵はこの学び舎の中に居る』『世界の平穏を脅かす者を、あなたが討ち果たしなさい』ってさ。その後も度々、アタシにしか見えない形で指示を送ってきた」
……えぇと。
なるほど、にわかには信じがたい。しかし、大変遺憾ながら、
「要するに……ウララさんの好調ぶりには、何か秘密があった? その原因が『世界の平穏を脅かす者』で……。三女神様があなたに天啓をもたらして、『敵』の討伐を命じていたと。ファン感謝祭での一件や、ブルンジだの中国だのに飛んだのも、三女神様のご意思だったというのですね」
「おいおい。信じるのかよ、こんなバカみてーな話」
「信じていませんわ、あなたの台詞でさえなければ」
ゴールドシップの端正な美貌が、ほんの一瞬だけくしゃりと歪んだ。すぐに平静を取り戻す。
どこか嬉しそうな、少し悲しそうな、期待と憂いの同居する瞳。
「まぁ……そんで色々あって、アタシはその『敵』らしきヤツに目星をつけた。アタシだって世界が征服されちまうのは嫌なわけだから、そいつを叩きのめすのに異存は無かった。───そいつを、直接この目で見るまでは」
頼んだチーズバーガーはまだ運ばれて来ない。
とはいえ、注文してから実際に経過していたのは5分程度だっただろうか。決して短くはないが、目くじらを立てるほどでもない。
ただ、時間が過ぎていくのが、妙に長く感じた。
「……そいつな。ウマ娘の姿をしてたんだよ」
女神サマによれば、そいつは何でも自在に姿を変えられる力を持ってるそうだから、と続く。
「まず最初に、とんでもねぇ卑怯なヤツだと思った。形から入ってアタシらを騙くらかそうなんざ、ふてぇ野郎だってさ」
そう話すゴールドシップの表情は、ごく穏やかだった。穏やかだったが、
「でもその後で」
次の瞬間、彼女の全身を冷たい炎が支配した。
テーブルの上で拳を握り、普段は何かと落ち着きの無い視線を剣呑なものにして、ここではないどこかを睨みつけている。
それは、
「……『らーめん発見伝』って漫画知ってる? いや『らーめん才遊記』だったかもしれねーけど」
「情緒どうなってますのあなた? 知りませんわよ」
「そっか。確か
「最初に聞いた『自分が話すと取っ散らかる』の意味が今わかりましたわ。で、そのラーメン
「おう、合法の漫画アプリで無料公開やってたからよ。学生と競走バと三女神の小間使い、三足の
ラーメン某の何がそうさせたのかはわからないが、好きなものについて語ったからか、ゴールドシップの表情が少しだけ柔らかくなった。情緒どうなってるんだ。
「その中にさぁ、芹沢達也っつーラーメンハゲが出てくるわけ。あれだよ、わざわざクレームをつけてくるヤツは〜って言ってるコマ、見たこと無い?」
「ですから知りませんって」
「おぉ、未だ啓蒙の光に照らされぬマックちゃん。これからアタシと広い世界を知っていこうな……。そう、それでまたラーメンハゲが言うんだよ。『新しい何かとは、構造を疑い破壊することなくしては生まれないのだ!』ってな!」
前言撤回、如何にもゴールドシップが好きそうなラーメンハゲである。
……そもそもラーメンハゲって何だろう。というか、さっきからラーメンラーメンうるさい。
こちらは夕食がまだなのだ。極めて
「ラーメンハゲの108式まである名台詞の内、間違いなくトップ10に入る至高の金言──ザ・ゴールド・オブ・ザ・ゴールズ・オブ・ザ・ゴールズ──を聞いてアタシは思った……あと最近メガテン3のリマスターもやってたのがデカいんだが」
「お待たせしやしたぁー!! チーズバーガーとレモンティー、もひとつチーズのセットでぃーす!!」
「あっどもー」
「ありがとうございます」
などと思っていたら、待望の料理が来た。ナイスタイミングである。
チーズバーガー2つ、アイスのレモンティー、セットのフライドポテト、ジンジャーエール。
ウマ娘の水準であればさほど問題にはならないものの、バンズの面積が赤子の顔ほどもあるハンバーガー。ナイフとフォークを使うことが前提のサイズだ。
「冷めない内に食っちまうか。喋りながらじゃ行儀悪ぃけどな。いただきま~す!」
「そうですわね。フレンチの高級店ならともかく、
ふかふかと柔らかいバンズ、あからさまに分厚いパティ、芸術的な波状に溶けたチーズ、見るからに瑞々しいレタスとトマトの層へ、一息にナイフを入れる。
肉汁がこぼれないよう、充分注意してフォークを運ぶ。……うん。ゴールドシップの推薦なのであまり心配していなかったが、かなり美味しい。
野性味溢れるハンバーグと香り豊かなパンを主軸に、豪奢ながらもよく纏まった逸品だ。浮ついた店の装いからは想像もつかないほどの繊細な仕事。特にこのフルーティな赤褐色のソース、それから主張しすぎない刻みピクルスが良い。
「フフ、美味ぇだろ。ここは
「むぐ、んくっ……。はぁ、道理で。そうですわね、これなら時々テイクアウトして来ていただいてもよろしくてよ」
「ごくん。おう、まっかせろーい! ……あ、どこまで話したっけ?」
「はむっ。ラーメンハゲさんのくだりは聞きました」
「あぁそれな」
フライドポテト──細長い棒状──を空中に放り、器用に口で受け止める銀髪の美女。
それを咀嚼して飲み込み、次の1本を手に取ったところで、不揃いに尖った先端を見つめながら。
「……誰もが信じて疑わない、本物の神様ってヤツによぉ。弱くてちっぽけなアタシらが『ノー』を突きつけられたら、最ッッッ高に面白いと思わねぇか?」
ちっとも面白くなさそうな顔で、ゴールドシップは呟いた。