騎影が行く   作:ごまぬん。

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マクゴルは癌にも効く



We have got to live and die by my own reasons

 

「誰もが信じて疑わない、本物の神様ってヤツによぉ。弱くてちっぽけなアタシらが『ノー』を突きつけられたら、最ッッッ高に面白いと思わねぇか?」

 

 そこに、一切の虚飾も諧謔(かいぎゃく)も無かった。

 トレセン学園随一の問題児、破天荒の代名詞、愉快痛快の擬人化たる芦毛のウマ娘は、しかし空恐ろしいほど真剣な表情をしていた。

 

「ラーメンハゲの台詞を踏まえた上で、三女神サマが言うところの『世界の敵』ちゃんに向き直ってみると……何つーか、こう、キュークツそうだなって思っちまったんだ」

 

「窮屈?」

 

「だってそうだろ? 何にでも姿を変えられて人を食って喜ぶらしいバケモンが、ウマ娘の形をしてトレセン学園に通ってんだぜ。当たり前みてーに友達作って、こないだなんてその友達に勧められて選抜レースに出てやがった。こんなにバカらしくて笑える光景があるか?」

 

 後半部分は明らかに皮肉で言い放った台詞だった。相当に機嫌が悪くないと出てこない種類の声音をしている。

 

「そりゃあ最初は演技の可能性を疑ったさ。というか本人も普通にそのつもりっぽいし」

 

「えっ」

 

「でもなー。勘っつーか、ほぼアタシの願望だけど、うん。それだけじゃないんだよアイツ。きっと揺れてんだ───『世界の敵』である自分と、ウマ娘になった自分との狭間で」

 

「……ウマ娘の姿を模したことで、我々に近い感情を手に入れたと?」

 

「ん。そんでもって……こんなこと言うと変に思われるだろうけど。アタシは、()()()()()()()()()()()()()

 

 ───またぞろ変なことを言い出したぞ。

 

「こないだの選抜レースで確信したよ。むしろ、アタシの気持ちの方に整理がついた。あの時……アイツは、その気になれば『世界の敵』に戻れたように思う。でも、そうはならなかった」

 

「? それの何が問題で───」

 

「違ぇって。違ぇよマックイーン。アイツはな、あの瞬間、『生まれたままの自分』を取り戻せるはずだった。でも、半端にウマ娘(アタシら)の真似をしてたから、アイツは踏み留まった。わかるか? アタシらはな、『世界の敵』に気を遣われたんだぜ。そいつは……」

 

 いつの間にか完成していた紙ナプキンの折り鶴を見つめ、2秒だけ目を閉じてから、ゴールドシップは決定的な一言を告げた。

 

「……そいつは公平(フェア)じゃねぇだろ。何つーか……『自由』って感じじゃねぇ」

 

 自由。

 混沌の化身たるゴールドシップにとって、最も大切な価値基準。

 それは、他人に対して向ける目においても変わることは無い。

 

「アタシがゴールドシップであるように、お前がメジロマックイーンであるように、アイツもまた『世界の敵』であるべきだ。そう思うと、……後から後から死ぬほどムカついて来てさぁー!! 何が始祖の三女神だよ笑わせやがって、このゴルシ様が日本国憲法と六法全書とURAのレース規定以外のルールに従うと思ったら大間違いだぜ!!」

 

「ちょっと、いくら何でも不敬が過ぎますわよッ!?」

 

「不敬で結構コケコッコー!! お、今の良い韻の踏み方してたな。ゴルシちゃん脳内メモリーにアーカイブっと」

 

 大きな声を出して喉が渇いたのか、ストローから勢いよくジンジャーエールを吸い上げる。

 

「ま、つってもアタシだって『敵』ちゃんに世界を征服して欲しいわけじゃないからな。アタシがウ魔王になった暁にはトレピッピ(担当トレーナー)に半分貸すって約束してるしぃ。『スピカ』が地下壕で謎の棒を回す奴隷になってるのも見たくねぇし」

 

「話が見えて来ないのですけれど……結局、その『敵』をどうするおつもりですか?」

 

「どうもしねぇよ。アタシはこれからウマ娘としてのアイツのトレーナーをやって、最後に『世界の敵』に戻るかどうか選ばせる。いざ『敵』になっちまったら倒すしかねーけど、それまでは止めない。これは舩坂金時とハルノエクリプス(えっちゃん)のゲームで、ゴールドシップ(アタシ)『世界の敵』(アイツ)の喧嘩だ。他の誰にも邪魔はさせねぇ。たとえ神や悪魔が相手だろうと、な」

 

 何か今しれっと言ったけど、『えっちゃん』って誰なんだ。

 流れ的に件の『敵』の名前であることは間違いなさそうだが、どうしてそんな絶妙に無害そうな呼称をしているのやら。

 

「……。始祖の三女神の啓示を受け、それまで誰も想像していなかったほどの力を覚醒させるウマ娘は実在する。メジロ家にもそのような記録が残っています。理屈については誰も知らないにせよ、とにかく事実であることは間違いないようですわ」

 

 ───ゴールドシップが、何を思ってこの席を設けたのかはわからない。

 ただ、何というか……彼女は、そういうウマ娘だから。

 うつけ者のフリをしている切れ者のフリをしている、普通の女の子。

 

「その三女神様から、『世界の敵が現れた』との警告を聞いておいて。あなたはそれを見過ごそうと言うのね、ゴールドシップ」

 

「あぁ。だから、ファン感謝祭で笑えねぇバカをやった。アタシだって自分の身は可愛いし、友達や家族のことも大切だ。良く言えば節度を守って、悪く言えば必ず逃げ道を残すように立ち回ってきた───けど、今回ばかりはそうもいかねぇ」

 

 (わたくし)はちょうど、彼女に近い在り方のウマ娘を一人知っている。

 

 ─────トウカイテイオー。

 『スピカ』のチームメイトであり、同世代に颯爽と現れた類稀なる優駿。

 自由自在の位置取りと爆発的な加速を可能とする脚の柔軟性に加え、レース展開の間隙を的確に穿つ直感力を併せ持った生え抜きの天才。

 巷では『テイオー・ステップ』とも称されるレーススタイルによって、万全の状態であればまさしく"帝王"の名に相応しい華麗にして鮮烈な勝利を収めてきた。

 だが一方で、その天賦の才をフルに活かした独特の歩法、アクロバティックな戦術は、身体に対して大きな運動負荷を強いる。彼女の『テイオー・ステップ』は、使い方を誤れば自らの脚を壊す諸刃の剣でもあった。若く未熟な頃のトウカイテイオーは、自らの高すぎる素養に振り回されていたのだ。

 度重なる故障から尚も立ち直り、勝つべき場面で勝ってきたことがトウカイテイオーの本当の強さではあるが……それはさておき。

 

 要するに、ゴールドシップにも同じことが言える。

 肉体と精神という違いはあれど。文武両道、技芸百般に通ずる万能の才覚に対して、彼女の道徳律と倫理観は()()()すぎる。

 何をやっても大抵のことは上手くやれる。出来てしまう。故に、人生から成功の喜びが抜け落ち、他者を尊重しなくなることを───全能なる邪な神に堕ちることを恐れ、人類(ひと)として当たり前の善性をもって戒めている。

 それは、ゴールドシップにとって譲れない一線だ。だからこそ今、彼女は揺らいでいる。

 

「アタシには、これまでのアタシ自身を裏切る覚悟が必要だった。舩坂金時がハルノエクリプスとのゲームに負けた時、これは自分(てめー)が始めたことだってのを忘れねぇように。目覚めた『世界の敵』のせいで……マックイーンや『スピカ』の連中が傷ついちまった時。全部全部、アタシが悪いんだってことから逃げねぇために……」

 

 ……、……とはいえ。

 割とナーバスになっているのは本当のようだ。

 まったく、こういうのはそれこそ彼女の流儀ではない。あぁ、うんざりするほど───()()()()()

 

「そうですか。なら、話は終わりですね」

 

「…………、……は?」

 

「ですから。(わたくし)、メジロマックイーンが許すと申したのです。ここでの会話は聞かなかったことにして差し上げますわ。……あぁでも、性別を変えた理由はちょっと気になります。何か意味が?」

 

「い、いやいや。なぁおいマックイーン、慰めとか面白半分で言ってんならよしてくれよ。アタシは、お前になら本気で怒られてもいいと思って話したんだ。今ならまだ引き返せるって……」

 

「怒る? 『世界の敵』だか何だか知りませんが、いつもちゃらんぽらんで食えない『スピカ』の最終兵器(リーサル・ウェポン)が、自分の信念すら曲げて危ない橋を渡ろうとしているのです。叱咤激励こそすれど───」

 

 努めて平静を保ち、冷たいレモンティーを一口啜る。

 あ、これも美味しい。優雅で繊細な香りに、レモンと合わせても渋みが出ていないことからして、茶葉はニルギリか。やや濃いめだが、恐らく氷が溶けて薄まるのを前提に調整してあるのだろう。

 やはり良い仕事をする。店主はハンバーガーのみならず、喫茶全般に造詣が深いのかも知れない。

 

「止めません。だいたい、(わたくし)に止められれば諦めがつくとでも? 違うでしょう。ゴールドシップは秩序と善性を尊ぶ人ではあっても、正義の側に就いて戦う者ではない。あなたはいつだって、自由と笑顔のために生きるウマ娘」

 

「……、…………」

 

「世界の平和と天秤にかけても、その『敵』というお方の『自由』を取ったのではないのですか。ならば、最後まで面倒を見て責任を取りなさい。あなた自身が、そう望んでいるように」

 

 ───だから、これでいい。

 後世の歴史の審判など知ったことではない。(わたくし)は彼女を信じ、背中を押した共犯者で在ろう。

 

「─────、……。……〜〜〜ッ……!!」

 

 声にならない声を上げ、ゴールドシップは天を仰いだ。右の手のひらで目元を覆っている。

 (わたくし)は分別があるメジロ家の令嬢なので、見なかったフリをしてあげることにした。

 

「……っ、あぁ!! そうだよな、コンチキショー!!」

 

 強気なボリュームのハンバーガーを持ち上げ、獰猛に(かじ)りつく銀髪の美女。瞬く間に包み紙を空にすると、口の周りに付着したソースをペロリと舐め取る。

 

「悪ぃマックイーン。らしくもねぇ愚痴垂れちまった。……チーフやトレピッピみたくやれるかは、正直自信無ぇんだけどさ」

 

「えぇ」

 

「それでも、アタシはアイツのトレーナーなんだ。アイツが見る夢の先まで、信じて着いてってやるのが仕事だよな」

 

「───その夢の行き着く先が、世界の終わりだったとしても?」

 

「終わんねーし、終わらせねーよ。()()()()()()()()()()、アタシは後悔しねぇ」

 

 ゴールドシップの顔に、いつもの不敵な笑みが戻ってきた。

 ……というか、かなり邪悪な種類の企みをしている時の笑い方だ。美貌が際立つシリアス顔との温度差が凄まじくて風邪を引きそうだった。

 

「ふふっ。ご活躍をお祈りしていますわ、舩坂トレーナー」

 

「へへっ。あぁ、見てろよマックイーン。アタシとえっちゃんの、公道最速伝説をな!」

 

「ちゃんとターフで走らせてくださいね?」

 

 ……大丈夫かしら、この芦毛トレーナー。

 





「そういえばあなた、どうして男性に? アレって特殊メイクか何かですの?」

「いや、中国の呪泉郷(チョウチュアンシアン)ってとこで呪いの水浴びてきた。常温の水被ったら男になって、お湯被ったらウマ娘に戻れる」

「の、呪いの水……? また何でそんな思い切ったことを……」

「それこそ変装の手間を省くためだな。あと三女神サマの目を欺くためだ。あの人ら、原則ウマ娘にしか干渉できねぇからよ。今のアタシは半分ウマ娘、半分ヒトミミ男性でグレー判定なわけよ」

「なるほど。……納得してしまえる感性になってきた己が怖いですわ。あぁそれと、トレピッピさんはどうされまして?」

「トレピッピは……。……エベレストに置いてきた。修行はしたが、ハッキリ言ってこの戦いにはついてこれそうもない」

「こら。真面目に答えなさい」

「つーわけでそのへんの秘密はまた次回! じゃあな〜!!」
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