騎影が行く   作:ごまぬん。

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第1章スタートです。よろしくお願いします。


File-1 知られべからざる光
捜索


「まずいね、これは」

 

 半ウイルス型高侵襲多能性微生物『UT(ウララ=タキオン)細胞』。

 発見者はハルウララ君。()()()を見た翌日に河川敷を捜索していたら"銀色の(かゆ)"が落ちていた、という実に心温まるエピソードを聞かせてくれたが、それはさておき。

 その銀色の粥は現在、高硬度合金製の強化密閉ポッドを食い破って私の研究室から脱走している。

 

「気配が……どんどん移動して、追いつけない」

 

「食堂、マシンジム、菜園、温室、屋外プール、ウサギ小屋。どこに行っても痕跡が残っているばかり……。カフェ、転送機(これ)持ってるの疲れた。交代してくれ」

 

「嫌です。自分で持ち出してきたんでしょうに」

 

 素晴らしい友情だ。基本的にお人好しの彼女が、これほどハッキリかつぶっきらぼうに『嫌』と口に出来るなんて、私も随分信頼されたものだ。

 あまりに好転しない状況を前に、そんな益体もない思考が浮かび上がってきたところで、カフェが困惑の声を発する。

 

「……っ! 嘘、消えた……!?」

 

「何が」

 

「あの痕跡から感じていた、妙な気配が……極端に薄く……。ダメです、()()()ではもう……」

 

「そうかい。残念だ」

 

 言いつつ、ARゴーグルのずれを正す。そろそろ目元が蒸されて辛くなってきた。

 

「ま、構わないさ。こっちもタイムスタンプの整理が完了したところだ。これで向こうの現在地か……少なくとも、次の痕跡がある場所を予測できる」

 

 このARゴーグルは、私のスマートフォンを介して旧理科準備室のコンピューターと通信しており、デバイス側で得たデータをリアルタイムで詳細な解析にかけることが出来る。

 カフェの直感──と『お友だち』の力──は何の手がかり(ヒント)も無い状態なら頼りになるが、わずかなりともデータ収集が進行した今、次は(科学)が真価を発揮する番だろう。

 

「さぁて、第1候補は……倉庫か。それも南東のというと?」

 

「食品保管庫ですね。UT細胞がお腹を空かせているなら、可能性は高そうです」

 

「なるほど、食堂や菜園や温室は人の出入りが激しいから避けたのか。それで第2候補は……裏手の焼却炉。というより、ゴミ捨て場か? 空腹を満たすために生ゴミ漁りとは、世知辛いねぇ」

 

 そして第3候補───少し処理が重い。システムの演算結果を待つ。

 視界の端に投影された学園内の仮想マップの上に、いくつかの光点が灯される。初めは薄く小さな光だったそれは、徐々に移動し、やがて数を減らし、代わりに明度を増し、可能性が収束するひとつの地点へ向かっていく。

 

「……ン、これは……」

 

「どうかしましたか」

 

「いや、……いやいや、おいおいおいおい……! 待ってくれよ、冗談だろう!?」

 

「タキオンさん?」

 

 ───この場にスカーレット君かデジタル君が居れば、『あぁ! そういうの、"お約束"ですよね!』とでも言ってくれたかも知れない。

 もちろん、現実にそんなもの(ジンクス)は存在しない。ついでに、残念ながら私のニューロンはこういう場合、真っ先にその手の発想が出来るようには訓練されていなかった。

 

「カフェ、()()()!! 私たちの後ろに─────!」

 

 彼女がどうなったかを確認している余裕は無い。

 振り向きざまに転送機のノズルを突き出す。トリガーに指をかけ、背後から迫る『それ』に狙いをつけて、

 

 

 

「なにしてるの?」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 タキオンさんの警告を聞き、すぐさま振り返った私の視界に飛び込んできたのは、一人の少女の姿だった。

 

「あ、タキオンちゃん! 昨日ぶり!」

 

 身長は、言っては悪いがかなり低い部類に入るだろう。体格も相応に華奢だけれど、しかし不健康さとは一切無縁の溌溂(はつらつ)とした雰囲気を纏っている。

 特徴的な"桜"の毛色(髪色)のポニーテールを揺らす、『天真爛漫』という言葉を具現化したようなウマ娘───ハルウララ。

 戦績については(かんば)しい噂を聞かないものの、当人には度重なる敗北を気に病んでいる様子は無い。そのあっけらかんとした態度で種々の毀誉褒貶(きよほうへん)を巻き起こしている一方、事ある毎に『みんなと走るのが楽しい』と語る素朴な感性の持ち主でもある。

 過酷で厳格な勝負(レース)の世界にあって、皆に本当に大切な喜びを思い出させてくれる稀有な存在……とは、彼女をトレセン学園(中央)に招致した秋川理事長の評だ。

 

「……? あ、あぁ。そうだね……」

 

 ─────そう。

 ハルウララは、ごく普通の、ちょっと子供っぽくて、底抜けに性格が善いだけのウマ娘に過ぎない。

 

「えぇっと、そっちの子は……カフェちゃん! マンハッタンカフェちゃん、だよね?」

 

「は……はい。間違いありません」

 

 まかり間違っても、タキオンさんが携えているような『武器』を向けられる謂れなど無い、ただの女の子だ。

 

「おもしろいもの持ってるね、タキオンちゃん」

 

「ハァ~……。こっちはあまり面白くない気分だね。まったく驚かさないでくれたまえよ……。うーん。マシンの誤作動というよりは、システム側のバグ? 解析プロトコル内のアルゴリズムが、観測された特殊な反応に対して、通常は採択に値しない変数を無理に組み込んだってところか。あぁ、シャカール君が悲鳴を上げている様子が目に浮かぶよう───」

 

「う〜ん? ……タキオンちゃんの言うこと、むずかしいよう。わたしにもわかるように言ってほしいなぁ」

 

「だろうねぇ! だが私は謝らない! ……ところでカフェ、こういう時に会話を繋ぐのは君の仕事じゃないのかい。いや、私も人見知りについては君のことを笑えないがね?」

 

「う、うるさいですっ。そんなんじゃありません」

 

 正直ちょっと図星だったが、少なくともタキオンさんが発狂した時に間を保たせるのは私の仕事ではない。

 

「私たちは……探し物をしていたんですよ。ちょうどよかった、ハルウララさん。昨日あなたが見つけた"銀色のお粥"、どこかで見ていませんか?」

 

「ウララでいいよ、カフェちゃん! ……昨日のおかゆ? う〜ん、見てないけど……」

 

 まぁ、それはそうか。

 ともすれば第一発見者の下に戻っているかとも思ったが、そう都合良くはいかない。

 

「ふむ。いや、いいとも。君の記憶力には期待してないから、そう気を落とさなくてもいい。ところで、ウララ君の方こそ、ここで何を?」

 

「わたしはねぇ」

 

 ウララさんが両手で持っていたものを勢いよく掲げ、慌てて引き戻した。

 今度はそっと控えめに差し出された()()は───白くて丸く、毛羽立った生き物である。

 生憎と名前などはわからないが、学園で飼われているウサギの一羽だ。

 

「今日の当番なの、ウサギ小屋。みんなににんじんあげてたら、この子がぐったりしてて……。今からりか(理科)の先生に見せに行くんだ」

 

「ははぁ、そうかい。精が出るねぇ」

 

「それは……すみません、引き留めてしまいましたね」

 

 確か話しかけてきたのはウララさんの方だったと思うが、銃口(?)を突きつけたのはタキオンさんだ。この場合はいいだろう。

 

「うぅん、だいじょうぶ! じゃあわたし、ちょっと急いでるからっ。またねー!」

 

 器用にもウサギを小脇に抱え、こちらに手を振りながらウララさんは去って行った。

 タキオンさんのマシンが()()()で反応した地点にたまたま居た───ということは、偶然にしては出来すぎているが……。

 私の前に立つ『彼女』が何も感じていなさそうなのを見る限り、ウララさんは無関係だと思っていいはずだ。

 

「やれやれ。何だか、肩の力が抜けてしまったなぁ」

 

「えぇ……はい。これもウララさんの人徳でしょうか」

 

 ホースでバックパックと繋がった『多次元ナントカ』のノズル──見れば見るほど掃除機のような構造をしている──を肩に担ぎ直し、ARゴーグルを頭から剥ぎ取るタキオンさん。

 

「ハハ、確かに。よし、良い機会だからこのへんで休憩にしようか、カフェ。オーバーワークは禁物だってモル……トレーナー君に厳命されてるんだ」

 

「他でもないあなたに言われてしまうと、断れませんね。今、お財布は持っていますか?」

 

「財布ぅ? ハ、あんなものは持つだけ無駄だよ───部屋に忘れるからね!」

 

 しかし、と付け加えて、タキオンさんは白衣の懐から自分のスマートフォンを取り出した。

 

「私はもう君の知っている過去のアグネスタキオンとは違う。トレーナー君という助言者を得たことで、私の生活習慣は新たな時代を迎えたのだから……! 具体的にはこの場合、電子マネーを活用することにしました。ふふ」

 

「それは良かった。では、じゃんけん5回勝負でどうでしょう。お茶代を賭けて」

 

「……いいね。たまには粋な提案をするじゃないか」

 

 5回とも勝った。悪巧みをしている時もそうだが、タキオンさんは感情が顔に出すぎだ。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 ─────結局、アグネスタキオンとマンハッタンカフェは、学生寮の門限までに何も見つけられなかった。

 わずかに残されていたUT細胞の痕跡さえ、何故か時間と共に少なくなっているようだった。

 

「……タキオンさん」

 

「わかるよ、カフェ。正直に職員室や生徒会に報告して、警察を呼べとでも言いたいんだろう。私もそろそろ外部に通報すべきだと思っていた」

 

 栗毛の天才は、しかし普段の鷹揚(おうよう)さが嘘のように、苦み走った表情でこう零した。

 

「でも、ダメだ。今の私たちには証拠が無い。学園の生徒には何の危害も加えられてないし、UT細胞が危険な存在だと確定したわけでもない。私の機材に穴が一つ二つ空いたくらいは日常茶飯事だ───この件を、誰も真剣に取り合わない」

 

 アグネスタキオンは後悔していた。無闇に権威に反発するような態度は賢明ではないことを、理屈ではなく実感として悟った。

 どんな種類と規模の危険であろうと、何度となく繰り返していれば人類(ひと)は慣れてしまうものだ。この場合、『狼少年』の寓話(ぐうわ)とはちょうど真逆のプロセスだが。

 

「……。……何人か、こういう時に頼りになりそうな人に、心当たりがあります。話すだけ話しておいても構いませんね?」

 

「無用な混乱をもたらし、あるいは助長しないと確信できるなら、そうするといい。味方は多いに越したことは無い」

 

 こうして、二人は日常に戻った。

 表面上はいつも通りの、そしてその裏で蠢く"影"を追う日々に。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「───キングちゃんキングちゃんキングちゃん!!」

 

 トレセン学園、学生寮の共同寝室(ドミトリー)に朗らかな声が響く。

 均整の取れたしなやかな肢体に、強い意志を感じさせる瞳を持った鹿毛のウマ娘───キングヘイローは、声の主たるルームメイト・ハルウララの方を振り返った。

 

「あら。何か良いことでもあった? ウララさん」

 

「うんっ!! あのね、あのね、わたしねっ」

 

「そんなに焦らなくとも……私は逃げないわ、レースじゃないんだから」

 

「えへへっ! あー、えっと、それで……ほら、これ!」

 

 しどろもどろになりながらも、ハルウララが学生鞄から取り出したのは、何の変哲もない一枚のB5サイズのプリントだった。

 いや、『何の変哲もない』とするのは早計かも知れない。重要なのはそこに書かれている内容だったのだから。

 

「今日ねっ、理科の小テストだったんだけどね! 30点満点で、25点! 3つしか間違いが無かったの! こんなの初めてだよ〜!」

 

「まぁ」

 

 失礼を承知で言わせてもらうと、キングヘイローの知る限り、ハルウララは結構なアホの子である。

 トレセン学園で座学の成績不振者といえば、英語の得点だけでギリギリ落第を免れているエルコンドルパサーや、主要5科目の平均が10点を下回るサクラバクシンオーが有名だが、残念ながらハルウララもまた()()()に位置している。

 よって、たかが小テストと言えど、正答率が5割を超えているというのは、あのハルウララにあって驚天動地の健闘ぶりだと言う他なかった。

 

「よく頑張ったわね、ウララさん。近頃はレース前の調整で忙しそうにしていたけれど、勉強の方にも力を入れていたなんて。私も見習わなくちゃいけないわ」

 

「えっへへへへへぇ……♪」

 

 桜色の髪の少女は、キングヘイローの目前で不自然に身を縮めた。

 一瞬、その行動を訝しんだキングヘイローだったが───はたと気づき、多少不躾かとは思いながらも、ハルウララの頭を撫でることにした。

 あくまで優しく、ゆっくりと。……少女が目を細めると同時に、その髪と同色の尻尾が勢いよく揺れている。どうやら正解だったらしい。

 

「何かねー、最近調子が良いんだー。カグヤちゃんのおかげかな?」

 

「カグヤちゃん?」

 

「うん。あ、カグヤちゃんはウサギだよ。裏の小屋で飼ってる子の一羽。こないだの当番の時、元気なさそうにしてたから、生物の先生に診てもらいに行ったの」

 

 ───『一羽』か。ウサギの数え方なんて知ってたのね。

 キングヘイローは素直に驚くと共に、何秒か考え、自分の中で納得のいく説明を見つけた。

 いわゆる思春期───人間であれば『第二次性徴』、ウマ娘であれば『本格化』と呼ばれるが、ともかく()()には身体能力と知性が大幅に伸びる時期がある。

 ハルウララも、きっとその時期に差し掛かったに違いない。これからの彼女は、もはや愛嬌のみならず、この『中央』に相応しい知力や体力をも開花させていくことだろう。この場に"皇帝"こと学園の生徒会長(シンボリルドルフ)が居たならば、『ハルウララに春が来た』とでも評したかも知れない。

 

「先生が呼んだ獣医の人に一通り診てもらって、ご飯食べて、お薬もあげて。柔らかい布で、理科室にお布団を作って……しばらく様子を見てたら、カグヤちゃんと一緒にわたしも寝ちゃったんだぁ」

 

「ふふっ。ウララさんらしい」

 

「でね、でね、起きたらもう夜になってて……不思議なんだよ。わたし、いつの間にか寮のロビーの机で寝てたの!」

 

「あらあら。じゃあ、その……カグヤさん? が運んでくれたのかしらね」

 

「そうなのかな? だったら嬉しいな」

 

 たぶん、ウサギの件を聞きつけたハルウララの担当トレーナーが、理科室で寝こけている彼女を見つけて寮まで届けたとかそういうオチだ。

 キングヘイローは持ち前の頭脳でそう推察したが、無粋なことは言うまいとして話を合わせることにした。

 

「それからねぇ───その晩の夢にカグヤちゃんが出てきて、『ありがとう』って言ってくれたんだよ! ほっぺたをペロって舐められたと思ったら、次の朝、すっごく目覚めが良かったんだ! それからずっと絶好調なの!」

 

「素敵な夢だわ。ウサギの恩返し、っていうのはあまり聞いたことがないけれど、ちょっと羨ましいかも」

 

「あははっ、じゃあキングちゃんもやる? ウサギ当番!」

 

 そういえば、トレセン学園ではその手の『委員』の存在感が薄い。

 トレセン学園は『学校』という若者の社交場でありながら、同時にウマ娘というアスリートを育成する機関でもある。

 その都合上、掃除などの環境整備の大半は、専門のスタッフが雇われているか、機械によって自動化されているのだ。

 ハッキリと見覚えがあるのは、風紀委員と図書委員くらいのもの。後はせいぜい保健委員が居たか居なかったか……。

 強いて言うなら学生寮は自治制で、寮長の権限が強い。だが入寮者も多いので仕事は細分化されており、当番がきっちり決まっていて、末端のウマ娘が考えるべきことはあまり無い。

 少なくとも、キングヘイローはウサギ当番なる役職の存在を把握していなかった。

 

「えぇ、喜んで。でも私、ウサギとのお付き合いは経験が無いから……その時はウララさん、ご指導をお願いしてもよろしいかしら?」

 

「もっちろん! キングちゃんならきっと、最高のウサギ当番になれるよ〜!」

 

 

 

 それはごく些細な、ある意味では大変センセーショナルな出来事だった。

 とはいえ、一人の学生の成績が上向いたというのは、喜ばしいとすら言ってもいいだろう。その原因が如何に奇妙だったとしても、悪いことなど何一つ起こってはいない。

 今は、まだ。

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