何ですか? 筆者はホグワーツになんか入学してません。レイヴンクロー出身でもないです。
謂れの無い罵倒はやめてください。コンフリンゴ撃ちますよ。
─────ハルノエクリプスは、ついにこの時が来たかと思った。
星間スパイとして
故も知られぬ謎のウマ娘と、彗星の如く現れた大型新人トレーナーのコンビの注目度は、トゥインクル・シリーズにおいて勝利を重ねるごとに高まっていったが───。
「木を隠すなら森の中。私の好きな言葉だ」
人間は自ら目撃し、自ら思考した物事を真実だと思いたがる。
舩坂トレーナーはただ、ハルノエクリプスについての情報を徹底的に秘匿した。メディア露出は最低限に、取材で明かすのは今後の目標やちょっとした趣味嗜好など、当たり障りの無い範囲だけ。
後は、それを見た大衆が
そして、そんな毀誉褒貶は所詮、大衆が日々消費する無数の
普通のウマ娘ならこの手の風評には悩まされるものだが、ハルノエクリプスに限っては、皆が好き勝手な想像を言い合う状況そのものが真相の隠れ蓑となる。
暫定
故に、ある意味、異様ではあった。
「……こしょこしょ……」
───
これまでも何度か視線は感じていたものの、はっきり注目されていると気づいたのはついさっきだ。
気配と痕跡の隠し方は素人同然だが、動きに淀みが無く、いざというタイミングでこちらの視線から逃れるのが上手い。正式な訓練を受けているというよりは、実践的に
「さっ……、ささっ……」
何にせよ、潜伏拠点である『マーベラス空間』へ帰還する様子を見られるわけにはいかない。
ハルノエクリプスは、用事を思い出したふりをして校舎の方に
「しゅばっ! ……、……あれっ?」
「───!!」
「ゔぇあ゛ぁ゛ぁぁっ!?」
建物の陰から足払いをかけ、肘関節を抑えつつ腕を取り地面に引き倒す。
不遜なる追跡者の頭には、ぴょこんと伸びるウマ耳があった。やや癖のあるストロベリー・ブロンドの髪をツーサイドアップにした小柄なウマ娘。
ウマ娘は自身の体重の何倍、何十倍という重量物を持ち上げられるパワーを備えた超生物だが、その身体構造は通常の地球人とあまり変わらない。如何に一騎当千の膂力があろうとも、そうした肉体構造上の制約がある限り、不意討ちで完璧に
「はわっ!? はっ! あ、え……!?」
「一度しか聞きません。正直に答えなさい」
「にょわぁあぁぁあぁ!! なん、なっ、何何何何!? 顔近っ……良……ていうか手ぇ!?」
「……落ち着いてください。加減はしていますが、あまり動くと折れますよ」
「あひぃ!!」
その暫定スパイウマ娘は、苦しむ一方で若干嬉しそうだった。
得体の知れないものを感じ取ったハルノエクリプスが少し拘束を強めると、確かに痛がるが、やっぱり若干嬉しそうだった。
「名前と所属は?」
「ひっ……あ、あ、あ、アグネスデジタル……です! 所属? は……えと、り、栗東寮ですぅ……!」
「……。誰に命令されてわたしを?」
「め、命令ってほどのことじゃないんですけど……ドーベルさ、あっ。……同志・どぼめじろう先生に頼まれましてですね、ちょっとお話しに来ただけなんです! 本当ですよ!? そりゃあ何となく話しかけづらいなーとか、相変わらずクールで美人さんだなー無限に眺めてられるなーとか思ってたのは認めますけど! けどもね!」
「同志……?」
率直に言って、ハルノエクリプスは混乱していた。
相手を『同志』と呼ぶ辺り、この暫定スパイを派遣したのは上位の雇い主というより、対等の仲間であるらしい。
しかし、それにしても仲間のことをペラペラと喋り過ぎだった。まだ拷問すら始めていないのに。
「お話、と言いましたか」
とはいえ、それは
ハルノエクリプスは数ヶ月ぶりに、
右手の
「その内容如何では、あなたを生かして帰すことは出来ませんね」
「ヒェッ!? ……、……あの。そのー……これって、もしかしてマジでヤバいやつですか……?」
「もしかしなくてもマジでヤバいやつです。命が惜しければ、大人しく本当のことを喋りなさい」
「ぴえぇぇごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 本当にあたし怪しい者じゃないんですぅぅぅ!! たっ、確かに挙動が怪しいのは認めますが、それも何か完全に誤解というか! とにかく無害なんですっ! あたし、サバンナの地平線のように無害で無力な女ですからぁ!!」
「世迷言を───」
「きっ、今日は! お願いがあって来ました!! 黙って
「……お願い?」
◇ ◆ ◇ ◆
トレセン学園には、いわゆる『七不思議』と呼ばれる怪奇現象の噂が代々伝えられている。
三女神像の『お告げ』、深夜に『大樹の
ハルノエクリプスが連れられてきたのは、そんな学園の運営側が何故か放置している空き教室のひとつだ。
ちなみに誤解とはいえスパイ容疑で抹殺されかけたアグネスデジタルは、意外にもケロッとしていた。曰く『最近密かに話題の新人ウマ娘ちゃんと濃厚接触できたので実質
「同志先生~! 件のウマ娘ちゃん、お連れしましたよ~!」
「ん……あぁ。ありがとう、デジタルさん。ご苦労様」
室内には先客が居た。艶やかな鹿毛の長髪に、いささか目元に険のあるウマ娘───メジロドーベル。
ただし、平時のような──初対面のハルノエクリプスは与り知らぬことだが──名家の令嬢然とした服装ではなく、妙にラフなジャージ姿である。加えて、前髪をかき上げバレッタで留めているのは、きっと彼女が机の上で行っている作業と無関係ではない。
「はじめまして、いきなりお呼び立てしてしまってごめんなさい。アタシはメジロドーベル。本当なら、自分で声をかけるべきだったんだけど……どうも適当な伝手が無くって」
「同志先生も、今ちょーっとお忙しい時期ですからねぇ。そこでデジたんに白羽の矢が立ったというわけです」
「誰かに連絡先を聞いて来てくれるだけでよかったんだけどね。まぁ、直接来てもらった方が話が早いのは確かか。えぇと……ハルノエクリプス、さん」
「はい」
ハルノエクリプスはとりあえず警戒度を下げた。
彼女(?)は過去の記憶を持たないが、その生涯における一切の経験が失われたというわけではない。
星間スパイとしての見地から言って、どうやら特に裏のある話ではなさそうだと直感していた。
「……すごく今更なんだけれど、あなた、口は堅い方?」
「自白剤に耐える訓練なら受けています。Fクラスまでなら何リットル投与されようが効きません」
「ぷ、プロだ……」
「そう。ならよかった、このことはくれぐれも、……くれぐれも! 内密にお願いしたいのよ」
言って、メジロドーベルは机上に広げていた何らかの紙片を差し出してきた。
白紙の上に数本の直線と、人間と思しきシルエットのようなものが描かれている。
「この間たまたま、あなたが何かの……図面? を描いているところを見かけて、その。ずいぶん手際が良いと思ったから───あなたを、アシスタントとして雇わせてもらえないかしら?」
◇ ◆ ◇ ◆
明くる日、舩坂がトレーナー室にやってくると、ハルノエクリプスはやや普段と違う様子で待機していた。
ハルノエクリプスの私物用のスペースに、スケッチブックと鉛筆、『漫画の描き方』という題名の参考書に、風景をテーマとした写真集、インクを浸けて使うタイプの──いわゆる『Gペン』と呼ばれる──筆などが広げられている。舩坂は外宇宙産携帯端末の代替としてスマートフォンを買い与えていたが、それとはまた別の見覚えの無いタブレット端末もあった。
「どうしたんだ、ハルノ。ミニマリストの君にしては珍しい」
「はい。メジロド……さる筋の方から、"まんが"なるものを描く手伝いをして欲しいと頼まれまして。練習中でした」
何だか
ハルノエクリプスの競技生活が本格化してからは、『マーベラス同盟』の仲間と交流する時間も限られている。さりとて、他の同級生や先輩と仲を深めているような素振りも無く、舩坂の立場からすれば思うところもあったのだが───杞憂だったらしい。
「
「なるほど。確かに難題だな」
そういえば、と今更のように思う。
ハルノエクリプスが年頃のウマ娘らしくない、などというのは当然だ。元より地球の生物ですらないのだから───とはいえ。
トゥインクル・シリーズへの挑戦を決めてこっち、彼女と舩坂が会うのはこのトレーナー室とグラウンド、レース場、後は精々がシューズ等の用具を買いに行った──変身の権能を有するハルノエクリプスにとっては、その機会すら最低限──程度だ。
競技者と指導者としては至極健全な関係性だろうが、単なるビジネスだと割り切ってしまうのも人情味に欠ける。
もう少しくらい
「しかし、地球の文化に興味を持ってもらえるとは光栄だ。良かったら私の蔵書を貸そうか?」
「……? 意外です……トレーナー、娯楽品など持っていたのですか」
「そう来たかー」
そんなに仕事人間に見えるのかよ。アタシ、全部終わったらちゃんと元に戻れっかな?
気が張り詰めていたのは自分の方だったらしい。たまには変身を解いてどこか遊びに行こう、と
デジたんがどんどん変なキャラになっていく……。