騎影が行く   作:ごまぬん。

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白き流星

 

 ハルノの好きなもの。不明。彼女が初めて重賞を制した時のインタビュー映像は残っているが、何故かありとあらゆる配信サイトのアーカイブに閲覧制限が掛かっていて、まともに観られるものではなかった。

 そもそもの生い立ちや、過去に経験した印象的な出来事について。不明。理由は同上。

 本人からの具体的な要望。特に無し。いや、確か『手首や腰にベルトがあれば"装備"を固定するのに便利』とか言ってたっけ。ひとまず保留。

 

「……()()()()は何か知らない?」

 

「わひゃっ!? ど……同志先生、今あたしのこと何て───」

 

 あれ? こうやって呼ぶの初めてだったかな。まぁ、この際それはいい。

 今はハルノの勝負服のことだ。『大まかなイメージだけで充分』とは言われたが、一生にどれだけ着る機会があるかわからない大事なものなんだから、半端な仕事は出来ないだろう。……最終的にはプロのデザイナーさんの監修も入るらしいし。

 

「う~ん。同志先生のお気持ちはご尤もですけど、実はハルノさんの私生活って本当に謎で……。ネイチャさん(ナイスネイチャ)ライスさん(ライスシャワー)と一緒に居るところならよく見ますし、恐らく栗東寮にお住まいってところまでは突き止めたんですが、そこで捜査の手が止まってるんですよ。生活ゴミすらまともに出してる気配が無いなんて、プロの暗殺者かよみたいな」

 

「そっか……。ストーカー行為は程々にしなさいね」

 

「しまりました墓穴ゥ!! ちちちちち違うんですドーベルさん、これはいわゆる闇の魔術に対する防衛術というやつでしてッ! デジたんは断じて! 断じてデジたんは、左様な不逞など働いておりませぬ!」

 

 恐らく何かと手遅れであろうデジたんの性癖についてはさておき、

 

「……あ! でもでも不肖このデジたん、根気強く聞き取り調査を続けまして! なんか皆さん微妙に遠慮がちというか、どうも()()()()()()()()()()節はありましたけど、お話たくさん聞いてきましたよっ」

 

 やはり彼女を頼って正解だった。卒業後にドリームトロフィーリーグへ移籍しないなら、警察官か探偵にでもなればいいと思う。

 

「まずですねぇ、夜になるといつも空を見上げてるとか─────」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 12月後半、中山レース場は強烈な熱気に沸き立っていた。

 

 今日開催されるのは、1984年に阪神競バ場で創設された重賞競走から始まり、名称や開催地を度々変遷させつつ、比較的近年になってからGⅠクラスに昇格したレース。

 中・長距離路線を行くウマ娘にとっては、ジュニア級の総仕上げにして、クラシック級以後の登竜門ともなる一大決戦───GⅠ・ホープフルステークスである。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「───、……はい。わかっています。えぇ……。()()()()()()()ものの分は、働きますよ」

 

「ミーク? もうすぐ出番だよ。大丈夫?」

 

「はい、トレーナー。いま行きます」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 さぁ、というわけでいざ冬の中山だ。

 

 師走も下旬となればレースのみならず様々な行事が目白押しだが、アタシの関心事はもっぱら()()である。

 喜んで頼まれたことだ。自分の手から出来上がったものには責任を持ちたい。

 

 出走の直前、パドックに入場したウマ娘のお披露目が始まる。

 割と急に予定を捩じ込んだため、残念ながらあまり良い位置の観客席は確保できなかった。

 それでも、とびきりの一張羅───GⅠの舞台を戦う勝負服に身を包んだウマ娘たちの姿は、距離など関係なしにキラキラ輝いて見える。

 

〈1番人気を紹介しましょう! ここまで3戦3勝、トゥインクル・シリーズに彗星の如く現れたニューヒロイン───4枠8番、ハルノエクリプス!!〉

 

 桜色の長髪が、微風に靡く。

 わっという歓声、数々の熱視線をものともせず、悠々と歩みを進めるウマ娘がひとり。

 

〈前走、サウジアラビアロイヤルカップではなんと16名中9番人気でした。こんなに強いウマ娘を我々は知らなかったのかと驚かされたものです。果たしてその実力の底はどこにあるのか、注目の一戦となるでしょう〉

 

 ───その装いは、一言で表すなら『未来の宇宙服』といったところだろうか。

 漆黒のインナーシャツとニーソックス。白いプリーツスカートにロングブーツ。

 インナーの上からは革の鎧めいた厚手のチェスターコート──これも白──を羽織り、また手にはミリタリー風の指貫きグローブを嵌めている。

 差し色として赤や青の線条(ライン)と、ベルトやケーブル、計器の類らしき意匠(パーツ)が随所に配されているのが印象的だ。

 

「おぉ……!」

 

 思わず感嘆の声が漏れる。周りの人の反応も似たりよったりなので不自然ではない、実際アタシだけ感心しているポイントが違うとしても。

 それはさておき───しかし、どうだ。なかなかの、というか、とても素敵な仕上がりじゃないか。

 『星空を見るのが好き』『機械や数学に強い』という情報から、宇宙服やSF的なバトルスーツをイメージしつつ、それらを地上の衣服に落とし込もうなんて思ってたわけだけれど……この完成度は想像以上だ。プロの監修、すごい。

 

「ブロマイドやぱかプチ、まだ残ってるかしら」

 

 そうそう。あの勝負服のデザインにはデジタルさんも一枚噛んでいるから、後で物販のグッズも買っていってあげなきゃね。

 ちなみに左右で長さの異なる非対称(アシンメトリー)のブーツと、スカートとニーソックスの狭間に覗く絶対領域(太もも)はデジたんのこだわりらしい。肌の露出は最低限に見えて、実はコートの下のインナーもノースリーブだったりするのがミソだ。

 大きい声では言えないが、素直に良い仕事だと思った。

 

〈───以上、出走ウマ娘の紹介でした。それでは只今よりゲートインですっ〉

 

 ……と、それはそれとして。

 

 本当に大切なのはここから。

 GⅠ・ホープフルステークス。ハルノとアタシたちの思い出が詰まった勝負服を、彼女がいつまで着続けられるのかは───きっと、この一戦に懸かっている。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

〈各ウマ娘、今スタートを切りました!!〉

 

 ハルノエクリプス(『世界の敵』)に"作戦"は必要ない。

 成長限界が存在しない、無限に進化する最強の肉体。何があっても揺らがず迷わない、鋼鉄にして異形の精神性。

 この二つを併せ持つことはつまり、あらゆるレースに対して()()()()()()()()された状態で戦えるということだ。

 

〈先頭に躍り出たのはシュガールギンメ! いや、それを抜いてエコノアニマル! 6枠4番エコノアニマルだ! 2番手集団は先頭にザグレウス、続いてシャドウストーカー、ハートオブスイート〉

 

〈おっと珍しい、シュガールギンメがハナを……やはりGⅠ、さっそく予想外の展開です〉

 

〈その後方にスローモーション、リボンメヌエット、ベータキュビズム。それからプリスティンソング、ディシジョン、ハッピーミーク、トモエナゲ……ハルノエクリプスは出遅れたか?〉

 

〈好位とは言い難いですが、アスター賞での差し切りを思えば、この程度は巻き返せる範囲ということでしょう。上り坂の多いコースです、前の子たちが逃げ続けるのも一筋縄ではいきませんね〉

 

 実際のところ、担当トレーナーの舩坂は、GⅠという国内最高峰の戦いに臨みつつも負ける気がしていなかった。

 『中山の直線は短いぞ』の名実況に謳われる通り、同レース場には"直線とコーナーをそれぞれ累計した距離がほぼ同じ"といったコースまで存在する。また、ただでさえ速度が乗りにくいことに加え、その短い直線にも高い上り坂が待ち受けているという二段構えだ。

 ホープフルステークスにおいては──中距離の範疇とはいえ──ジュニア級としては長丁場となる2000mコースを走ることも相まって、慎重なスタミナ配分を要求される。

 

〈コース中盤を過ぎ第2コーナーに入って、またも順位が乱れます! ザグレウスがエコノアニマルを突破! シュガールギンメの背中に迫る、リボンメヌエット、ハッピーミーク上がってきたっ。中団、ローカルストリームが一歩前へ!〉

 

〈例年よりわずかに早いペース、しかしどのウマ娘も勾配に負けず、自分らしい走りを維持できているように見えますね。後方集団はどうでしょう。果たしてここまでに稼がれたリードを奪い返すチャンスはあるのか〉

 

 ならば、舩坂がハルノエクリプスに指導すべきは明白。パワーとスタミナ、コーナリングの強化である。

 たとえ基礎的な能力(ステータス)が平凡であろうと、コースや距離の適性を度外視──そもそもハルノエクリプスの躯体に"適性"などという()()()()()()()()()は実装されていない──してひたすら対策(メタ)を張るだけで、理論上はどんなレースにも勝てる。彼女(『世界の敵』)はそういう種類の不正(チート)ユニットだ。

 

〈ザグレウス、リボンメヌエットがやや垂れて来たか? 間もなく最終コーナーを越えて直線です、おっとエコノアニマル盛り返した! ローカルストリーム、プリスティンソングが続く! ディシジョンとヒロインアドベンツはコーナーで失速、その間を上手く躱してムーンポップが抜け出る! さらに後方から───〉

 

 故にこの一戦、警戒に値する事態が起こるとしたら。

 

〈ミニキャクタス! これは速い、ずっと足を温存していたと見えますッ。上り坂をものともしない、凄まじいロングスパートだ!〉

 

〈素晴らしい忍耐力です。シュガールギンメの大逃げ、シャドウストーカーの好位先行を目の当たりにしながら、よくぞ今まで……!〉

 

 ウマ娘は"たましい"の生き物だ。

 それは『権能(スキル)』あるいは『領域』と呼ばれ、発現したウマ娘の潜在能力を極限まで引き出す精神の爆発。

 現実に物理的な作用をもたらすわけではないが、同じ疾走する世界の中で戦うウマ娘たちは、発現者の魂に刻まれた()()()()()()()()()を垣間見るという─────。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「これについてはルールを定めよう。意識して使えるものではないにせよ、一応の基準としてね」

 

「発動はGⅠか、どうしても落とせない試合……私が許可したレースの時に限る。もちろん、素のままで勝てそうなら使わなくていい」

 

「加えて、決して自分からは仕掛けないこと。必ず相手の()()に合わせ、常に己を律すること」

 

「それと……もしも加減が利くようなら、3秒だ。実際に解放するのは3秒間に留めること」

 

「出来るね?」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 刹那、ミニキャクタスは果て無き荒野に立っていた。

 砂と太陽とわずかな水場。広大無辺の大地を行く己の足に、無尽蔵と紛うほどの力が滾る。

 

 確信があった。自分が勝つ。

 前に何人居ようと関係ない。直線がどれだけ短かろうと問題ない。

 ペースメイクに失敗し、後ろに垂れてきた逃げや先行の子が壁を作っていようと。バ群を抜けて中団に追いつき、ゴール板まではおよそ200m。

 やれる。差し切れる。疲労など存在しないかのように足が軽い。まだ、もう一段階、踏み込める───。

 

 

 

()()

 

 

 

 次の瞬間、すべてが砕けた。

 

 流星、地響き、噴き上がる爆炎。隕石落下の瞬間。満天の星空、夜闇という概念を丸ごと叩きつけられたかのような衝撃だった。

 問答無用の強大な圧力が中山レース場を襲う。それは、ミニキャクタスのほんの後ろ───否、()()()から放出されていた。

 

〈あッ……あ……!?〉

 

〈み、ミニキャクタスの陰から───ハルノエクリプス!! ハルノエクリプスです!! いつの間にこの距離を詰めていたんだ!?〉

 

〈まるで電撃……いえ〉

 

 燃える流星が、白い尾を引いて立ち止まった。

 後続との距離は、()()()()3()()()()()()()

 

〈ハルノエクリプス、ゴールイーンッ───!! 混迷のホープフルステークスを制し、今! 初挑戦のGⅠで、鮮烈な勝利を収めました!! 勝ったのはハルノエクリプスです!!〉

 

〈強い、絶対に強い! まさに流星───クラシックの王座目指して突き進む、新たな星の誕生です!〉

 

 ───この日、世界はハルノエクリプスを知った。

 彼女の行く末は、まだ誰も知らない。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「あひゅっ……あっ……お゛っ、びえぇ……!」

 

「あれ? ……もしかして、デジタルさん?」

 

「いっ!? その声はドーベルさ、あっ、すいません……ちょっと今それどころじゃなくて……! あ^〜〜〜やっばぁ……! おめでとうハルノさん、いやえっちゃんっ! てぇてぇ……てぇてぇが過ぎましゅぅ〜〜〜〜〜♡ 死」

 

「ちょ、デジタルさん!? デジたんっ!! デジたーん!?」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「……どうしてこうなった」

 

 空も割れんばかりの大歓声を浴びながら、トゥインクル・シリーズのニューヒロインはぼそりと呟いた。

 彼女が星間スパイとしての使命を果たし、遥か彼方の故郷に帰還する日は遠そうである。

 















○固有スキル「Arch Enemy」(Lv.1)
 やる気「絶好調」以上のウマ娘がスキルを発動した時に確率で発動し、スピードが上がる。
 発動時、対象となった相手のステータスが高いほど、またスキル効果が大きいほど、これの効果量も大きくなる。
 これと同じ名前のスキルは、レース中に1度しか発動しない。
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