騎影が行く   作:ごまぬん。

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かわいいですよね、ウララちゃん。ママになって欲しいです。



ウララ、がんばる

 ハルウララの『絶好調』はしばらく続いた。

 

 いわゆる『本格化』とはまた少し違ったかも知れない。体格が劇的に成長したり、明白に身体能力(ステータス)が向上することもなかったのだから。

 別に本人に伝えてぬか喜びさせたというわけでもないのだが、キングヘイローは自分の早合点だったかと思い直した。

 

 とはいえ、好調は好調である。

 自分を献身的に支えてくれる担当トレーナーと、最前線で覇を競う同世代の優駿らの姿に感銘を受け、近頃のハルウララは大いに発奮していた。トレセン学園への入学当初、ハードなトレーニングメニューや消耗の大きい地方遠征を嫌がっていた頃が嘘のように。

 

 そういう事情もあって、弱音一つ吐かず修練に打ち込む彼女を訝しむ者は誰も居なかった。

 以前嫌いだと言っていたピーマンを苦も無く飲み込んだ時には、半ば拍手喝采されすらした。

 空になった昼食のワンプレートの上、付け合わせのパセリもエビフライの尻尾も残っていないことに、誰も気づかなかった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 国語の時間、サクラバクシンオーが自信満々に答えを間違えた質問に対して、次点で指名されたハルウララが正答した。

 我らがバクシン委員長は毎回絶妙に()()()間違え方をするので、そこから少し頭を回せば正解に辿り着くのは容易い。一部ではユーモアのためにわざと道化を演じているという説がまことしやかに囁かれているが、真相は定期テストの結果を見れば明らかだ。

 とりあえず、そんなこんなで誰も違和感を持たなかった。

 

 社会の時間、スペシャルウィークがあえなく答えられなかった質問に対して、次点で指名されたハルウララが正答した。

 意外だったが、地方遠征が多い彼女ならば、あるいは地理や歴史に詳しくても不思議ではないのかも知れない。

 珍しいことではあったものの、誰も『変だ』とは思わなかった。

 

 数学の時間、エルコンドルパサーが無念のギブアップを宣言した質問に対して、次点で指名されたハルウララが正答した。

 クラスの全員がぎょっとしたが、実際のところ、授業をちゃんと受けていればさして難しい問題でもなかった。

 この頃になるとハルウララの好調ぶりは学園中の生徒に知れ渡っており、彼女たちの若く遠慮の無い()()()の矛先は、むしろエルコンドルパサーの方に向いたのである。

 数学教師に褒められて嬉しそうに破顔するハルウララを見て、誰も何かを指摘する気にはならなかった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 最初にハルウララの奇妙な様子に気がついたのは、いささか意外な人物であった。

 

「……ん?」

 

 明るい栗毛に中性的な美貌。常から尊大な態度を崩さず、『覇王』を自称するウマ娘───テイエムオペラオー。

 数々の激闘を制し、今や真の覇道を歩みつつある世紀末の綺羅星。他方、"負け組の星"であるハルウララとは何の接点も無さそうな彼女だが、実はこの二人はメイクデビューの時期が近く、同期のよしみでそれなりに交流がある。

 

「や───」

 

 やぁ、と声をかけようとして、自分が居るのが図書室であることを思い出し、テイエムオペラオーは口を噤んだ。

 彼女は自作オペラの新作の参考にするため、作劇にまつわる本を借りていたのを返却しに来たところだった。個人的にはありがたいが、どうしてアスリートの養成学校にこんなジャンルの書籍が所蔵されているのか多少疑問ではあった。

 肝心な時には空気の読めるボク! などと内心で己を賛美しながら、今しがた話しかけようと試みた相手───ハルウララの様子を窺う。

 

「………………」

 

 桜の髪の少女は、一心不乱に書籍へと目を落としていた。

 それも児童書やジュニア層向けのライトノベルなどではなく、表紙に星空の高精細写真が用いられた天文学の本である。

 ちょっと普段の『うっらら〜♪』なハルウララからは想像もつかないほどの真剣さで、テイエムオペラオーは相当に面食らった。

 

(星か……。まぁ、わかるよ。アヤベさん(アドマイヤベガ)に限らず、ボクが敬愛してやまぬ過去の戯曲家や詩人たち……人もウマ娘も、皆そうだ。人々は古来より、夜の頭上で無限に広がる暗黒と、それを照らす眩い輝きに神秘を見出し、数多の夢と希望を託してきた。深遠の闇を切り裂く鋭い光───そう、それはともすれば覇王たるボクの道行きにも似て! おっと、これは意外なところから新作の構想が降ってきたぞ? どうしようかな。例えばボク演じる主人公g)

 

「……? あっ! オペラオーちゃ───」

 

「あっ、しーっ……! ウララ君、しーっ……!」

 

 結果的に二人ともまぁまぁの声量を出していたが、ハルウララが素早く両手で口を塞いだのを見て、テイエムオペラオーは満足した。

 友人の粗相を優しく正せるボク!

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 ハルウララの『絶好調』は続いていた。

 

 わずかずつだが、トレーニングの成果から予想されるゴールタイムが上向き始めた。

 もちろん、依然としてハードルは高いまま。ウマ娘のレースではたった数秒の差が勝負を分けるが、ことハルウララにとっては、()()()()()先んじた程度で勝てる敵など一人も居ない。

 それでも、勝利に必要な何千何百秒の内、最初の一秒を縮めることは出来た。

 

 ライスシャワーと一緒に本を読んでいるのを目撃されることが増えた。

 読んでいるのはほとんどがライスシャワーの趣味の本で、競技生活の足しになる実用書などではなかったが、あのハルウララが飽きもせず読書に励んでいる光景は割と新鮮だった。

 午後の中庭で肩を寄せ合って寝落ちしていた二人を見かけ、アグネスデジタルは爆発四散して死亡した。

 

 深夜のグラウンドを駆け回る『オレンジ色の幽霊』の噂に、『ピンク色の併走者』の目撃談が追加された。

 前者(オレンジの方)の正体は某先頭民族(サイレンススズカ)であり、後者は言わずもがなハルウララのことだったのだが、それ以上は特に何も無かった。

 元より他人の顔と名前を覚えるのが苦手なサイレンススズカにとって、ハルウララは知り合い──主にスペシャルウィーク──の知り合いでしかない。競技者として目立った戦績も聞かない相手には、さほど興味も沸かなかった。

 ただ、こんな夜更けに寮を抜け出してまで走り続ける姿には、無意識の内に共感と好感を覚えていた。

 

 悪いことは起きていない。何も。

 

 ゴールドシップとナカヤマフェスタが『龍風混成ザーディクリカ』の所有権を賭けたプロスフェアー対決を行っていたところに、ハルウララがひょっこりと現れた。

 対局中の二人はそれどころではなかったのでスルーしていたが、ゲームを見ている内にいくらかルールを把握したらしい。以降、ハルウララはちょくちょく戦況への所感を呟き始めた。

 この対決は最終的にナカヤマフェスタの勝利に終わる。ハルウララの何気ない一言から着想を得、乾坤一擲の絶妙手を繰り出しての大逆転劇であった。

 それはそれとして、ハルウララに妙な遊びを教えた責を問われ、ゴールドシップとナカヤマフェスタはそれぞれメジロ家、シンボリ家が擁する特殊部隊の強襲作戦によって粛清された。

 

 悪いことは起きていない。何も。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 学園近くの商店街で引ったくり事件が起こり、その場に偶然居合わせたハルウララが、犯人を追跡して捕らえた。この件については府中警察署から感謝状が贈られ、学校ぐるみで表彰された。

 犯人は肩の関節を脱臼するなどの怪我を負ったが、犯罪者を相手にハルウララ側の責任を問う声など皆無だった。それが生物種として屈強なウマ娘(Homo equus)から、脆弱な人間(Homo sapiens)への実力行使だったという点を差し引いても。

 

 悪いことは何も起きていない。

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