騎影が行く   作:ごまぬん。

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レース回です。オリジナルのウマ娘が3人ほど出ます。
さすがに原作ネームドの子をかませにするのは気が引けるので、今後もレース回はこんな感じのスタイルになると思います。



春雷一閃

 最近、よくウサギの夢を見る。

 白くて、丸くて、ふわふわな生きもの。耳が長くて、目は赤い。

 

 夢の中で、わたしはウサギとかけっこをする。

 いつものレースみたいにちゃんとしたルールなんてない。ただ、どちらかがどちらかをつかまえるまで、おいかけ合うだけ。

 

 これがけっこう楽しくて、そしてむずかしい。

 わたしはダメダメなウマ娘だけど、それでもウマ娘じゃない人たちとくらべたら、足ははやいし力もつよい。

 でも、夢の中のしばふ(芝生)の上では、ウサギの方がずっとすばやい。レースとちがってコースがないから、右に左にあっちこっちとびはねて、なかなかつかまえられない。

 とはいえ、わたしも体力にはそこそこじしん(自信)が……なくもない。トレーナーが言うところの『すたみな』はわたしの方が上みたいで、何時間も走っていれば、さいごにはおいつく。

 

 つかれたわたしたちは、いっしょに丸くなって──夢の中でつかれてねる、なんてへんなの──朝までねむる。

 そうしたら、つぎの日のわたしはすっかり元気になって、一日中()()()()でいられるんだ。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「うっらら~♪ うっさぎ~♪」

 

 今日もウサギ当番の日だ。

 古くなって色が落ちたりしたニンジンとか、そういう野菜を食堂から分けてもらって、ウサギのみんなにあげる。

 うーん、エコだね。さすてなぶる? って奴だ。

 ウマ娘はよく食べる子が多いので、こんな風に余ってしまう食材はむしろレアだったりもするんだけどね。

 

「やっほー、みんな! 元気?」

 

 ウサギ小屋のカギを開けて中に入る。

 わたしはウサギのみんなとはすっかりお友達だから、わたしが小屋に入って来た途端、ウサギたちは一斉にぴょんぴょん近寄ってくる。

 

「慌てないでね、全員分あるから! ほら、いくよ~」

 

 小屋の中心に置いてある大皿に、ビニール袋にまとめていた野菜を入れていく……わ、お皿に乗せたそばからなくなっていっちゃう。

 もう、みんな食いしん坊だなぁ。なんかスペちゃん(スペシャルウィーク)みたいだ。

 

「……、ん?」

 

 ─────何か。

 

 何か、違和感があった。

 

 ウサギにだって個性がある。全員が全員、今すぐ餌にありつこうと走ってくるわけじゃない。いつも隅っこで寝ている子──お年寄りなのかも知れない──も居る。

 そういった子のために、わたしは一羽一羽を順に訪れて、他の子たちにバレないようそっとニンジンを差し出す。

 

 ウマ娘と同じで、ウサギにも様々な毛色がある。

 わたしの桜色(これ)はかなり珍しい色で、さすがにウサギに同じ色の子は居ないけど。

 白、茶色、灰色、黒───耳の先っちょだけ黒いとか、お尻だけちょっと茶色い子なんかも居て、見ていて飽きない。

 ……、……そう、それで。

 

「あれ……」

 

 白い子は、居る。

 茶色い子も居る。灰色の子も居る。黒い子も居る。

 ()()()はそうだ。

 

「カグヤちゃんは?」

 

 だが、()()()の子は一羽も居ない。

 そして、わたしの疑問に答える声も無い。

 

「───……っ」

 

 手狭ではないがあまり広くもないウサギ小屋を見渡す。やっぱり赤い目の子は居ない。

 何羽か白毛の子を触ってみて、耳の長さとお尻の形と体重───記憶の中にあるカグヤちゃんの姿と近い子は見つかった。

 けれど、『実はこの子が本当のカグヤちゃんで、目の色のことはわたしの思い違いだった』という確信は持てなかった。

 

 何かが変だ……。何かが……。

 

 じっとりとした嫌な感覚が背筋を這い上がってくる。

 もう長いこと感じていなかった『不調』の足音が聞こえるようだ。

 

 わたしは抱きかかえていた白毛の子を床──というか砂場──に降ろし、そそくさと荷物をまとめて立ち去った。

 気になって気になって仕方がなかったものの、()()()()()()()()()()()()ような予感もあって、わたしは後者の方に従った。どっちが理性でどっちが本心なのかは、わたしにもわからない。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 トレーナーと合流して、今日の分のトレーニングをやった。

 身体の調子は良かった。近頃はずっとそうだ。わたしは理由の説明しにくい不安感をおくびにも出さず、実際それで何も問題は無かった。まるで身体と心が別々に切り分けられているかのように。

 

 それも終わってほどよく疲れ、寮に帰って夕食を摂り、お風呂にも入って、後は寝るだけになる。

 多少めんどくさいけど、歯磨きをしなきゃ。キングちゃん(キングヘイロー)はこの手の習慣にうるさい。もちろん必要なことだとわかっているし、キングちゃんもわたしのためを思って言ってくれてるんだから、面倒であっても不快ではないけどね。

 一通りの工程を済ませ、(うがい)で口の中を洗い流す。ふぅと一息ついて顔を上げると、鏡の中の自分と目が合った。

 

 桜色の瞳。

 他人からは奇異の目で見られることもあるものの、わたしは自分のこの瞳が好きだ。

 ものすごい才能とか、キラキラした外見とかは何にも持っていないわたしだけど、この瞳はわたしだけのトクベツって感じがする。……中央(東京)に来てからは、近い色の子を見かけたりもしたが。

 

「───え」

 

 だから。

 

「なに……これ」

 

 鏡に映っていた、その目は。

 月光の輝きに狂ったウサギのような、血の深紅に染まった瞳は、きっと。

 

わたし(あなた)は、だぁれ?>

 

 世界が揺れる。

 世界(認識)が揺れる。世界(自己)が揺れる。世界(わたし)が揺れる。

 

 誰か(わたし)が、笑う。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 目覚まし時計のベル、スマートフォンのアラームと共に、わたしは目を覚ました。

 今日は大事なレースの日だ。せっかくの日曜にこんな時間に起きるのは、普段ならちょっともったいないな~って思うけど、さすがに今日ばかりはそうも言ってられない。

 同室のキングちゃんの姿は無かった。早朝から外出だろうか……危ない危ない。ちゃんと一人で起きられてよかった。わたしにとってはキングちゃんほど頼れる目覚まし時計は居ないけれど、ずっと頼りっぱなしになるのはいけないよね。

 

 ベッドから足を下ろすと、変な感覚があった。

 ……何だろう。心なしかぺとぺとしている、気がする。

 はて、昨夜はどうしてたっけ? 確かウサギ当番をこなして、そのあとトレーニングをやって、寮に帰って……。

 

「ま、いっかぁ」

 

 どうにも記憶が曖昧だ。緊張していて頭が冴えていなかったみたい。

 うーん、今朝のところはそうでもないんだけど……。

 

 そうだ。念には念を入れておくとしよう。

 

 寮の備品倉庫から雑巾(ぞうきん)を持ってくる。適当に濡らし、絞って、ぺとぺとしている床を拭く。

 キングちゃんは気づかなかったのかな? いや、既に気づいて先に掃除していてくれたから、この程度で済んでいるのかも知れない。後でお礼を言っておかなきゃ。

 

「よしっ」

 

 このくらいでいいや。

 たった3分の雑巾がけじゃウォームアップにもならないけど、部屋が綺麗になると気持ちが良いものだ。

 

 トレーニングは頑張った。夜にもちゃんと眠った。

 あまり心配してなかったけれど、身体の調子も良い。トレーナーがたくさん面倒を見てくれているから。

 ついでに部屋も綺麗にして、心までぴっかぴかって感じ。

 何だか今日は───今日こそは、いける気がする。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 ─────GⅢ、根岸ステークス。

 東京レース場、ダート1400m、左回り。後に控えるGⅠ・フェブラリーステークスの前哨戦(ステップレース)として知られ、単体で見ても相応の歴史を持つ重賞競走。

 (ダート)かつ短距離という決して主流とは呼べない舞台設定だが、そこには刹那の内に交わされる熾烈な攻防───荒野で邂逅した剣豪同士の野試合のような、独特の緊張感がある。

 

「……バ場状態は良好。連日の厳しい寒さも鳴りを潜め、爽やかな陽光が降り注いでいます。まさに絶好のレース日和」

 

「近年でも稀に見る好条件ですね。各ウマ娘の実力がはっきりと示されるレースになるかと思います」

 

「それでは本日の出走ウマ娘を紹介しましょう! まずは───」

 

 集いし優駿たちの名が語られていく。

 世間に広く名を知られるような大舞台でこそないが、それでも多くのウマ娘たちにとって、一生に一度出走できれば大変な功績とされる重賞競走だ。

 シニア級のレースということもあり、必然、ここに居る全員が才覚と経験を兼ね備えた精鋭である。

 

 かつて、とある伝説的な有名トレーナーは、『強いウマ娘が強い勝ち方をするから競バは面白いのだ』と言った。

 強者こそが余人を魅せる。勝利の栄光にこそ人々は憧れる。それは人類史の始まりから続く大原則だ。

 

 この場にもまた、祝福されるべき強者の輝きが確かにある。

 内枠3番、2番人気。生来の超高身体能力(スペック)に飽かした暴力的な逃げと、タフで安定した先行策の二刀流を駆使する"不動のエース"、マッハリクザメ。

 外枠10番、3番人気。天賦の反射神経と巧みな脚捌きによって、どれほど混迷したレース展開からも着実に勝利をもぎ取る"飛電"、ホッパーライジン。

 他にも追い込み戦法の名手たる"死なず竜"・シノタイラントや、かのリズム一族の才媛・ホルンリズムなど錚々たる面子が揃っていた。

 

 しかしながら─────。

 

「……続きまして、内枠5番!」

 

 そのアナウンスが鳴り響いた瞬間、観客席の空気が変わる。

 これまでの戦績は平々凡々───どころか、ただ一度の勝利も無く、いつもブービー対決に明け暮れている。

 たまに好走を見せたとしても、せいぜいが掲示板一歩手前の()()であり、そのような結果でもって『強い』などとは口が裂けても言えないだろう。

 

 だが、彼女ほど敗北を知り、なお立ち上がり続けたウマ娘もそうは居ない。

 何度打ちのめされようとも曇らぬその笑顔に、心を救われた人々は数多い。

 それは勝利と栄光に彩られし強者たちの世界にあって、度重なる敗北の末に最も愛された弱者である。

 

「スタンドに押しかけたファンの声援を一身に背負って、本日の主役───1番人気、ハルウララ!!」

 

 どっと歓声が巻き起こり、ハルウララはそれに満面の笑みで返した。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 レース(駆けっこ)は楽しい。走るのが嫌いなウマ娘なんて居ない。

 わたしが走る理由なんて、その程度のものだ。

 

 負けて悔しいっていうのはよくわからない。

 レースはとにかく楽しまなきゃ損だ。本番でくらい楽しくなければ、練習で何かとしんどい思いをしてまで走っている意味が無い。

 

 けど。

 それでも───わたしは知っている。

 結果の出なかったレースの夜、キングちゃんやライスちゃん(ライスシャワー)が泣いていたのを。

 テレビの画面の向こうで、ゴール板の向こうで輝く、1着の子の笑顔を。

 

 いつだったか、デジタルちゃん(アグネスデジタル)が話してくれた。

 

『いやぁ、頑張るウマ娘ちゃんたちの勇姿を特等席で拝めるんだから、いっそターフの地面と化して安らかに眠っていたいのはやまやまなんですけどぉ……。動機はともかく、勝負の場に立っといて手を抜くというか、真剣にやらないのって、フツーに周りの選手に失礼じゃないですか? それに一応、あたしもウマ娘なんで。負けて悔しいな〜って思う心はありますよ。勝って喜ぶ推しの姿を見るのも好きなんですが、お互い納得いかない試合の結果でキャッキャするのは筋が違うでしょう? トレーナーさんにもお世話になってますし、ぶっちゃけ勝てるものには勝っとくに越したこと無いですしね! とにかく、どうせやるなら何事も全力でないと女が廃るってもんで───って、あばば何語っちゃってんだろあたし……! すみませんすみませんライスシャワー先輩との蜜月にお邪魔しちゃってごめんなさ……え? "質問したのはわたしの方だから別にいい"? オゥッフ……! め、女神? ここに慈悲の女神がおりゅ!? はうぅ、ウララちゃん様しゅきぃ〜♡』

 

 デジタルちゃんの言うことは──同じ『アグネス』でもタキオンちゃん(アグネスタキオン)とは違うベクトルで──よくわからないけど、そう。

 

 わたしも……みんなと、同じ景色が見たい。

 弱くてダメダメなわたしでも、こうして走り続ける限りは、せめてみんなと対等なウマ娘でありたい。

 勝って、負けて、泣いて、笑って、それで……。

 

 みんなが全力全開で走って、見ている人たちも心の底から応援してくれる。

 そんなワクワクでドキドキなレースの1位になれたら───最っ高に楽しいと思うから!!

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 そして、ゲートが開く。

 

「各ウマ娘、揃って綺麗なスタートを切りました!」

 

「これは位置取りが熾烈になりそうですね」

 

「真っ先に飛び出したのはやはりマッハリクザメ、続けてチーフパーサーとデュオタリカー。激しい先行争いだ、一方その後ろには───……」

 

 いくつもの蹄鉄が地面を踏み鳴らし、ダートコースに土煙が舞う。

 わたしはいつも通り、真ん中から少し後ろくらいを走っている。理由は……まぁ、わたしの体力ではどれだけ頑張っても最初から先頭になんて行けないし、ずっと前の方に居座り続けるのも難しいからだ。

 とはいえ、焦りは禁物。今はまだ自分のペースで大丈夫だ。自分を信じて、トレーナーを信じて、わたしたちの過ごした日々を信じて進めばいい。

 

「スペインジェラート、8番スペインジェラート。続けてカーキシュシュにリトルトラットリア、ホッパーライジン」

 

「おっと……これは、掛かってますかねぇ。先頭集団のハイペースに引っ張られているのでしょうか」

 

 先頭の子(マッハリクザメ)は本当に速い。

 ゲートが開いた瞬間からそうだった。わたしや後ろの子たちなんて最初から眼中に無いみたいに、ガンガン前に出ていって減速しない。

 無茶無謀にしか見えない逃げっぷりだが、実際あの走りで重賞にも勝っているというのだから驚きだ。

 

「マッハリクザメよく逃げる。チーフパーサー、コンプロマイズにホルンリズムが追う展開。デュオタリカーどうだ? 一旦下がりましたがまだペースは衰えていない。その後ろに4番ベータキュビズム、ハルウララ、ショーティショット。シノタイラントは? 11番シノタイラントまだ後方だ、虎視眈々と仕掛け時を窺います」

 

「さすがの落ち着きようです」

 

 わたしはどうだろうか。

 ……あまり予定通りに出来ている気はしない。

 コーナーを2つ曲がった。足はまだ残っているけど、少し息が上がり始めている。

 

「はっ……! はっ……! はぁ……!」

 

 でも……でも、まだだ。まだこんなもんじゃない。

 全身全霊を懸けるって決めた。何よりもわたし自身が納得して、勝てないまでも潔く負けられる───最後まで楽しいレースにするために。

 だから諦めない。まだ諦める時じゃない。

 

「はっ、はっ……、……」

 

 最高速度で稼働する心肺。一歩踏み出すごとに軋む足。極大の負荷と共に得た、極限の加速。

 それでも……現実は残酷で、わたしは少しずつ後ろに追いやられていく。(すが)ることさえ難しい背中が、次々と遠ざかっていく。

 

 ─────あぁ。

 

「はっ……ふ、はぁっ」

 

 カッコいいな。

 スゴいな。綺麗だ。みんな、みんな、速くて強い。

 

「……にひ」

 

 楽しい。

 こんなにカッコよくて素敵な子たちと、こんなに広い(コース)で、こんなにたくさんの人に応援されながら走れるなんて。

 こんなにワクワクでドキドキで楽しいこと、他に無い。

 

「ふっ……は、あはっ」

 

 さぁ。クライマックスだ。

 ワクワク、よーい─────!

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 ───馬娘(ウマムスメ)界の真実(マジ)御伽噺(おとぎばなし)

 

本番(ターフ)調子(ギア)アガると新世界(ヤベーの)幻視(みえ)る』

 

 一定の水準の実力を持つウマ娘が──全員ではないにせよ──経験する、摩訶不思議な現象がある。

 それはウマ娘たちに宿る原初の記憶、はじまりの感情そのもの。魂に抱いた心象風景の具現。

 『権能(スキル)』の開花、あるいは領域(ゾーン)への到達と呼ばれる、覚醒の瞬間。

 肉体の完成を意味する『本格化』と対を成す、精神の昇華を意味する概念。

 

 物理的な変化を現実に与える代物ではないが、しかし"たましいの生き物"であるウマ娘は、あらゆる局面でこの『力』の影響を受ける。

 例えばそれはさらなる加速力であり、限界を超えたスタミナであり、他者の動きを制圧する覇気(プレッシャー)であり、果てはその『力』を打ち消す反作用の『力』として顕現することもある。

 

 ───古い伝承に曰く、ウマ娘が有する超人的な能力は、異界より招かれし神秘の存在の名前と(ソウル)によってもたらされるという。

 

 ハルウララにもまた、地球(ほし)の記憶に刻まれし稀有な魂が宿っていた。

 誰よりも弱く、ただ一度の勝利も無いままに、多くの人々を救った英雄(ヒーロー)ならざる英雄(スター)

 

 その名が、その魂が───今、大いなる風となって、桜色の少女の背を押す。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 そうなる、はずだった。

 

 いや、実際に一度はそうなったのだろう。

 彼女(ハルウララ)の名に宿るもう一つの魂は、確かに彼女へ力を与えた。

 たとえどれほどの逆風が吹きつけようと、最後まで己の在り方を曲げず、走り続けるための情熱を。

 いつまでも最初の気持ちを忘れず、笑顔で戦い続けるための、世界を照らす心の火を。

 

 だが、ここに()()()()()()があった。

 ハルウララではなく、『ハルウララ』でもない、正真正銘の外なる存在。

 彼女の(うち)にあるモノと同様の、しかし決定的に違うモノ。異常識の異界より飛来せし、真の異物。

 過酷な環境で生まれ育ち、熾烈な生存競争を勝ち抜いてきたソレが───主の意志に応え、必勝の機構が駆動する。

 

<─────██>

 

「……うん」

 

 激しい運動によって破断した、筋繊維の隙間に根を張る。

 分子レベルの微細な孔にまで入り込み、骨格を補強する。

 何重もの筋膜、無数の肺胞、全身の毛細血管を増設し、心肺機能を極限まで向上させる。

 神経ネットワークを最適化し、思考と反応の速度を、身体操作の精度を、先刻までとは別の生物と紛うまでに高める。

 

<██、████>

 

「わたし、勝ちたい」

 

 うっすらとぼやけていく視界の中で、ハルウララは見た。

 夢の中に出てきたのと同じ、紅眼白毛のウサギがターフを跳び跳ねるのを。

 

「力を貸して。()()()()()()

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 長いようで短く、短いようで長かったこの根岸ステークスも、いよいよ大詰めだ。

 

「───ホッパーライジン! ホッパーライジン上がってきた! 逃げ切れるかマッハリクザメ! シノタイラント猛追! ああっと、ホルンリズムも仕掛けた! ホルンリズム攻める攻める!」

 

 残り200m……150m、140m……。人間から見ればそれなりの道のりだが、ウマ娘の基準では鼻で笑ってしまうような距離だ。

 今日のレース展開は早い段階から予想が固まっていて、ここまでおよそ下バ評の通りに進行している。

 概ねがマッハリクザメとホッパーライジンの一騎討ち。事と次第によってはシノタイラントやホルンリズムにも勝ち目があるかも知れない、といったところ。

 

「大接戦ですッ、また後ろからチーフパーサー! デュオタリカーはまだか!? ホッパーライジンが来ているぞマッハリクザメ!」

 

 稀代の人気ウマ娘であるハルウララを応援する声も聞こえなくはないものの、会場の注目はやはり先頭集団に向けられていた。

 ある意味で誰よりも()()()()()()ウマ娘、ハルウララが懸命に走る姿は、確かに人々の胸を打つが───それはそれとして、レースの勝敗は決定されなければならない。

 

「……あ、は」

 

 故に。

 

「くひひっ」

 

 すべては熱狂の渦の中にあり、誰もその()()には気づかなかった。

 彼女と同じターフに立っていた、出走ウマ娘たち以外には。

 

わクわく、よーイ───どん

 

 刹那、爆弾の炸裂と紛うばかりの蹄鉄の音が、最後方のバ群から響き渡った。

 同時に放射される、あまりにも獰猛で凄絶なプレッシャー。視界全土が脱色されてモノクロと化したかのような錯覚。

 振り返って後ろを確認したい衝動に抗えたのは3人にも満たない。

 

「シノタイラント! シノタイラント、ホルンリズムを追い抜いた! マッハリクザメとホッパーライジンの間に今! 今! マッハリクザメまだ落ちない! さらにハルウララ伸びてきた! ホッパーライジン3番手、シノタイラン───……!?」

 

 桜色の颶風(ぐふう)が戦場を薙いだ。

 

「何だこれは? 何だこれは!? ハルウララ!! ハルウララですッ!!」

 

 地を這うが如き極端な前傾姿勢と、歩幅(ストライド)を大きく取って跳ぶような走法と、霞んで見えるほどの足の回転。

 ハルウララとは、あんな走り方をするウマ娘だっただろうか。いや、そもそも、一体どのような関節の構造を有していればあんな芸当が可能なのか。

 

「ふふ、は、は、……あはっ」

 

 笑っている。

 走ることが大好きな少女は、いつものように笑っている。

 

「あは───は、は、は、ははは!!」

 

 一匹の、けものが、わらっている。

 

 本能が最大限の警鐘を鳴らす。今すぐ逃げろと悲鳴を上げる。

 獣が迫る。鋭い爪と牙を振りかざし、狂乱のままに飛びかかってくる。

 聞く者の魂を縮み上がらせる、おぞましい咆哮を響かせながら。

 

 ───無論、そんなものが見えているのは、"たましいの生き物"であるウマ娘たちだけだ。

 たとえどれほどの戦慄に身を焼かれようと、現実には何も起きていない。

 観客の誰一人、共に歩んできた担当トレーナーやその他関係者にすら、彼女らが見た景色を共有することは出来ないだろう。

 

「ハルウララがんばれ! ハルウララがんばれッ!」

 

 GⅢとはいえ重賞の大一番。この土壇場で、ハルウララは底力を発揮した。

 実際、担当トレーナーは『有馬記念に出たい』という当人の希望に沿って綿密な調整を続け、この後のフェブラリーステークスにおいては必勝の構えであった。

 直近のレースでも、入着こそ逃しているが悪くない順位に収まっており、今回は一足先に努力が実った形になると思う───とは、レース終了後のインタビューで語られたところである。

 

「ハルウララの初めての勝利が見えてきた!」

 

 だから、この日起こった『奇跡』の理由は、ただそれだけのことだ。









【Mobウマ娘名鑑】

①名前:マッハリクザメ
 スリーサイズ:108-130-95-80-85-102

②名前:ホッパーライジン
 尊敬するウマ娘:シンボリルドルフ

③名前:シノタイラント
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