騎影が行く   作:ごまぬん。

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前回と今回で急に生えてきたロード・オブ・ワイズウマ娘たちですが、例によってモデルは居ません。ただし、元ネタは居ます。
話変わりますけど、はめるんで書かれてるオリウマ娘って何か見た目貧しい娘多くないですか? みんなロリコンなの?



オーバードライヴ・プレイヤー1

 

 12月後半、中山レース場。2500m、芝。右回り、内回り。

 URA主催のファン投票によって選ばれたフルゲート16人、トゥインクル・シリーズの最前線で競うウマ娘たちが一堂に会する年末の総決算─────GⅠ・有記念。

 東京優駿(日本ダービー)やジャパンカップと並び、ウマ娘競技界に関心の薄い一般層にも広くその名を知られた、伝統と格式の大舞台である。

 

〈さぁ、今年もこの季節がやってまいりました。年末の中山で争われる夢のグランプリ───有記念!! 果たしてあなたの夢、私の夢は叶うのか! クリスマスイヴの中山レース場からお送りしておりますっ〉

 

 月明けに前後して関東圏を襲った寒波の影響により、東京は断続的な降雪に見舞われていた。

 天候は薄曇り、12月後半にしては湿度も高く、昨晩の雪解け水は未だに乾き切っていない。

 

〈昨晩の降雪のため、バ場は稍重の発表となっていますね〉

 

〈空模様も生憎の曇天ですが……これより始まる年の瀬の大一番を戦う優駿たちは、きっと昨今の記録的寒波にも負けない熱い火花を散らしてくれるはずです〉

 

〈それでは皆さんお待ちかね、今回の出走ウマ娘をご紹介しましょう!〉

 

 有記念の出走資格は、ファンによる人気投票数───もちろんGⅠレース出場に足る最低限の戦績は求められるが、必要なのはつまり純粋な強さだけではない。

 たとえ数値上の人気は下位でも、この場に立っているウマ娘たちは、多くの人々に必勝の願いを託された英雄英傑揃いである。

 

〈13番人気はブリッジコンプ、クラシック級からの参戦1人目となります〉

 

〈とても落ち着いていますね。シニア級の先人相手にも後れは取るまいという決意が窺えます〉

 

 金糸の尾花栗毛を揺らし、『四天王』世代最初の刺客がターフに立った。

 赤と黒の勝負服には、忍者めいた手甲と足甲、さらに白地に青の線条を配したマフラーが追加されている。明らかに余分な重量を背負っていながら足取りは軽く、むしろすべてが本来あるべき形に収まったかのようだった。

 

〈ハッピーミークは9番人気、3枠5番からの出走です〉

 

〈やや面持ちが堅いでしょうか? 重圧に負けず『2代目勇者』の意地を見せて欲しいところ〉

 

 白毛の勇者は、今はただ静かに佇んでいる。

 胸中の葛藤を誰にも悟らせること無く───しかし、来たるべき時はすぐそこに。

 

〈8番人気はシュガールギンメ、戦意十分といった様子です〉

 

〈掛かってしまわないか心配ですが、秋口の休養からの復帰戦は快勝でした。転んでもタダでは起きないという信頼感があります〉

 

 ごく小さく、不敵な笑みを浮かべる令嬢の姿に、人々は迸る稲妻を幻視した。

 間違いなく絶好調───この一戦、鍵を握るのは先頭を征く雷光に違いない。

 

〈7番人気、ザグレウス。今回出走のクラシック級では唯一、クラシック・シニア混合戦を経験しています〉

 

〈果敢にも挑み敗れた宝塚記念からしばらく、是非とも逆襲を期待したいところですね〉

 

 猛る親友とは対照的に、常は鷹揚な笑みを絶やさぬ紅炎の才女は、努めて厳粛な態度でファンファーレを待っていた。

 内に秘める熱量が、圧力が高まる。ザグレウスにとって、レースは始まる前から始まっているのだ。

 

〈スカイファルシオンは5番人気。菊花賞後に判明した怪我について、陣営からは既に完治との発表がありました〉

 

〈全バ無事での完走を祈ります。とはいえ、彼女に限っては杞憂でしょうか〉

 

 世代最高の天才は、いつも通りだった。

 スカイファルシオンの思考は常にクリアだ。ただ死力を尽くして走ること、その他一切は余分な濁りに過ぎない。

 

〈さぁここで登場です、3番人気はハルノエクリプス!〉

 

〈装いも新たに年末の中山へ参戦! 一体どのような走りを見せてくれるのか、非常に楽しみですねぇ〉

 

 そして───微睡む星の獣は、新たな装いに身を包んでいた。

 今日までの功績を鑑み、その類稀なる強さを讃えるべく誂えられた2着目の勝負服。

 コズミック・ブルーを基調として、七色に煌めく精緻な刺繍が施されたドレスは、まるで星空を人型に束ねたかのよう。

 『白の戦闘服』は機能性を第一としていたが、この『青の法衣』はハルノエクリプスの性能(スペック)を誇示するのではなく、ありのままの姿を映し出す"乙女の勝負服"だった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 そう、あれは秋の聖蹄祭が終わった頃のお話でした……。

 

 スペシャルチャレンジステークス、すごかったね。尊かったね。

 いやもう尊いっていうか、いえ尊いのはもはや確定的に明らかなんですが、ウマ娘ちゃん萌え〜とか全部忘れてフツーに手に汗握り散らかしてましたからね、あたし。死んでる暇すら無かったから。

 

 んでまぁ、それから何日かした後に───。

 

「新しい勝負服を製作することになりました。もう一度ご協力願えませんか」

 

「しゅりゅ〜〜〜〜〜♥ するするっ、しますよねぇドーベル同志先生!?」

 

「えっ……え、えぇ。そうね。冬の有明も近いし、今年もまたお世話になりそうだから、困った時はお互い様だわ。それに何より、可愛い後輩の栄達だもの」

 

 というわけで始まりました、えっちゃん大先生のセカンド勝負服デザインの巻。

 学業にトレーニングにエトセトラエトセトラ、厳しい現代社会を生き抜くにあたって日々山積するストレス……それらを妄想幻想理想大暴走で発散しているあたしにとり、えっちゃん大先生のプロデュースプランなど軽く500億通りは思いついた。

 自分の作業もそこそこに、ドーベル同志先生の意見も交え、反転術式が必要になりそうなくらい脳みそをこねくり回した末……。

 

 

 

 その結晶が。

 

 年末の中山で。

 

 初 お 披 露 目 。

 

 

 

 ウオッカ兄貴姉貴風に言うと超かっけぇ、それでいてカレンチャン様風に言うとチョーカワイイ。

 元になったデザイン自分で起こしといて何だけど、あの大陸製ソシャゲみたいなファンタジー衣装着こなせるのヤバくないですか? ていうかあの、濃いめのネイビーなのに表面がキラキラ光ってる布地なに? URA驚異の技術力じゃん。

 差し色の白と金もお清楚な感じで素敵! しかしその実……一見して、赤のリボンと飾り紐で誤魔化してはいるんだけどね……フフ……あえて露出した肩と絶対領域(ふともも)が……その……下品なんですが……とても叡智で

 

「ミ゜」

 

「またデジたんが死んでる……配信越しに……」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 昨今珍しい、純和風の勝負服───万象一切を呑み干し喰らうが如き、幽玄たる黒。可憐な花柄があしらわれてはいるが、それもまた血染めの紅と髑髏(しゃれこうべ)の白にて描かれた死相の曼荼羅である。

 艶やかな濡羽色の青鹿毛を翻し、彼岸花じみた眼光を棚引かせながら、葬列の王は現世に降り立った。

 

〈現シニア級『三強』が一角、キュウビヌバタマは4番人気で登場ですっ〉

 

〈ご存じ秋天ウマ娘、悲願を叶え飛躍の年でしたね。2世代の『一強』を前に長らく苦杯を喫してきた彼女ですが、今や巻き返しの時です〉

 

 ヒロイックな青紫色で彩られた、近未来風の戦闘服(バトルジャケット)。それでいて、随所に配された貴族的な意匠と、竜の翼のように大きく広がるマントが、無機質なばかりではない典雅な雰囲気を醸し出している。

 やや癖毛気味の赤みがかった茶髪(鹿毛)には、その名の由来となった五芒の流星。透き通った翡翠色の瞳を輝かせ、少女は堂々とパドックを歩む。

 

〈2番人気、ステラドラコー! 昨年よりさらに進化した『星竜』が、雪辱を果たしに舞い戻りました!〉

 

〈今年は『四天王』世代の陰に隠れていた節もありますが、クラシック、シニア級の宝塚記念連覇という前代未聞の偉業達成は大きな話題を呼びました。私も個人的に一番期待しているウマ娘です〉

 

 対するは、常人の理解を拒む異形の色彩───白と黒がほぼ同等の比率で混在した、花嫁衣装のような、あるいは喪服のような、鏡の灰色のクラシック・ドレス。

 それを纏う者もまた、白銀(芦毛)漆黒(青鹿毛)の入り混じった不可解な髪色(毛色)の持ち主だ。瞳さえもが太陽の(はしばみ)と月の浅葱(あさぎ)の二色に分かたれたその姿は、しかし単身にてあらゆる矛盾を内包する、陰陽一体の具現にも見える。

 

〈そして───1番人気はこの子を置いて他にない、4枠7番パラドサタナエル!!〉

 

〈ドバイターフ2着の経験を糧に、ジャパンカップでは凱旋門賞ウマ娘・ブギーブレイカーを下したまさに日本総大将の系譜。『四天王』か『銀翼の魔王』か、はたまた別の誰かか? トゥインクル・シリーズ最強決定戦の開幕です!〉

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「お久しぶりです、パラドさん! あ、()()()()()()サッちゃん先輩の方ですか?」

 

「んーん、()()()()()()。サッちゃんはさっきから緊張しっぱなしで使い物にならない。それに元より、長距離はこっちの領分」

 

「あはは……まぁ、気持ちはわかりますよ。私もあの『四天王』と勝負できるって聞いてから楽しみで楽しみで───っとと、噂をすれば何とやら。おーい!!」

 

「あら? あぁ、ステラさんでしたか。申し訳ありません、こちらからご挨拶せねばならないところを」

 

「こんにちはシュガーさん! いいんですよ、私が好きでやってることなのでっ。今日はよろしくお願いしますね! あっ、ザグレウスさんにスカイファルシオンさんも! お二人とは直接お話しするのは初めてでしたっけ、私は───」

 

「相変わらず元気だなぁ……。……、……てか……サッちゃん? 気づいてます?」

 

「───……」

 

「とっくに。う~ん、ここは()()()()もステラに倣って、先輩としての器量を見せるべきじゃない? ……それ、さっきまでわたしの後ろでモジモジしてた人が言う? だって目つき怖いじゃんあの子! いい加減パラドは勘違いを正すべきだよ、ぼくはただお調子者なだけで別に社交的なわけじゃない───って、わ、あ、ちちちょっとぉ!?」

 

「……?」

 

「うぅ、恨むぞパラド~……。……、おっほん。は、はじめましてだね? ぼくは、パラドサタナエル! 噂には聞いてるよ、無敗三冠のハルノエクリプス。君に比べりゃ自慢じゃないが、こう見えてぼくもダービーウマ娘なんだぜ。きっと良い勝負が出来ると思う。今日は楽しいレースにしよう!」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「……、うん。よろしくね」

 

「まぁ……。いけませんわ、パラド様……わたくしを差し置いて、斯様に可憐な女性に粉をかけるだなんて。いけない人……。あぁ、実に妬けてしまいます……ね」

 

「うわ出た……サッちゃん、なんぼなんでも失礼だよ……、キュウちゃんも久しぶり。またここで会えて嬉しい」

 

「───!! はいっ、わたくしも嬉しゅうございます……! この日をどれほど待ち侘びたことか、パラド様と再び隣り合う時を想うだけでわたくしはもう……! もう……ッ!」

 

「クセの強い人たちだなぁ……。さて、どこまでやってやれるか」

 

「ちょっと、あんたたちー? いつまでくっちゃべってんの、もうすぐゲート入りよ! 急ぎなさい!」

 

「ん」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 時は少し遡り─────。

 

「……どういう意味かな」

 

「あなたが何者かは知りませんが、侮られては困りますね。2年も一緒に居たんです。わたしが知る舩坂金時トレーナーとは、癖も歩き方も息遣いも違う。似せているのは外見だけだ」

 

 ハルノエクリプスの表情は、いつだって抑制されている。彼女は自身を武器だと定義している。星間スパイの使命に殉じる、組織の道具だと。

 しかし今、悪鬼妖魔蔓延る異界からの脱出にすら用いなかった変身能力を発動させ、両腕と髪の先端を鋭利な槍状に変形させつつある少女の顔には───。

 

「うわっ!? ちょ、ちょっとタンマタンマ!! 悪かったよ落ち着いてくれ……!」

 

 舩坂と同じ顔をした男は、ハルノエクリプスの予想に反してすぐに演技をやめた。

 その場で一度嘆息し、スーツのジャケットの首元を緩め、ぽりぽりと額を掻き始める。

 

「しっかし、本当にウマ娘じゃないんだな。俺も色んな癖ウマを見てきたけど、さすがに宇宙出身のヤツと組むのは初めてだ」

 

 やがて頭髪の生え際を引っ掴むと、()()()()()()()()()()()()()()()───まったく別の姿を現した。

 焦げ茶の髪とやや浅黒い肌、黒の中にわずかな金が混じった瞳のアジア人。左の側頭部のみを刈り上げ、後ろ髪を一つ結びにした独特のヘアスタイル。

 特殊マスクと肩パッドの仕込まれたジャケット、厚底ブーツで変装していたものの、それらを取り去ると舩坂よりも一回り小柄に──あくまでもメジャーリーガーめいた美丈夫の舩坂と比べてだが──見える。

 顎周りの無精髭や砕けた口調など、常に清潔感のある印象だった舩坂とはまるで好対照な一方で、その目に宿る光はどこかよく似ているように感じられた。

 

「そう睨まないでくれ、怪しい者じゃない。ゴル……いや、舩坂の代理として寄越された、普通のトレーナーさ」

 

 男は胸元の職員バッジを指差し、それから考え直した様子で、懐から職員証を取り出した。トレーナー資格バッジの貸与や偽造などは厳に禁じられているが、材質とデザインに特別な点は無く偽ることが難しいわけではない。

 改めて示された職員証には、男の顔写真と『British Horshes Trainingcenter College(大英ウマ娘トレーニングセンターカレッジ)』の文字列。

 

「まったく。初めて有に出る自分の担当を、他のトレーナーに任せてトンズラなんてふざけんな……と言いたいところだが、アイツのことだ。特別深い事情があるのは知ってる。それに」

 

 不意に、ハルノエクリプスは理解した。

 舩坂が()()を隠していることはとうの昔に察していた。ある程度の情報を持って自分に接触してきた現地住民(地球人)なのだから、何であれ難しい立場に置かれていることは間違いない。彼は常にハルノエクリプスと正面から対話してきたが、それでも偽らざるを得ない部分もあるだろうと。

 容姿も口調も声紋も違う。外から見て取れる特徴には何の共通点も無い───けれど、『トレーナー・舩坂金時』の在り方(ペルソナ)は、きっと眼前の男から学び取ったものなのだ。

 

「わかるぜ。必死に全力で、いつだって真っ直ぐにトレーニングしてこなきゃ、こんな太腿(トモ)には育たねぇ。アイツが信じたくなるのも、信じてやれるのも当然ってもんだ」

 

「……」

 

「…………」

 

「………………」

 

「……、……。……ツッコミが無いのってこんなに寂しいんだな」

 

 ハルノエクリプスの大腿部から手を離し、男はよっこいせと立ち上がった。

 

「俺は君のことをほとんど知らない。トレーナーの端くれとして、俺が君に指導できることは無いに等しい。ついさっき講義した内容だって、全部アイツの下調べの受け売りだ」

 

「そう……ですか」

 

「けど。気まぐれでフラフラしてていつも何考えてんだかわかんねぇ、それでも絶対に自分なりの筋は通すアイツが、俺を頼って託してきた。だったら俺も、君をちゃんと送り出して、最後まで見届けるのが自分の役目だって思う」

 

 男は真剣な目でそう告げた後、にしてもアイツ一体誰に似たんだかねぇ、と笑った。

 皮肉げに口角を吊り上げるその様は、この世でただ一人の担当をレースに送り出す時の舩坂と瓜二つだ。

 

「大丈夫、アイツならきっと全部何とかするさ。君は君の走りに全力を尽くせばいい───さぁ、行こう!」

 

「───はい!」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「だぁっらっしゃああ───い!!」

 

 渾身のドロップキックが胴体に突き刺さり、筋肉質な大鬼の姿をした怪異が霞となって消えた。

 

「───よぉ」

 

「っ……!」

 

 『芦毛の女神』の周囲を固める守衛の怪異は、既に全滅していた。

 短槍と剣で武装したウマ娘───『マーベラス同盟』舩坂金時の正体にして、『スペシャルゴルシちゃん軍団(不明女神特別対策チーム)』の首魁ことゴールドシップ。

 府中市を防護していた結界を解くのと引き換えに、地・水・火・風の属性(エレメント)を合一した『空のゴルシカリバー』を得て、その力はもはや尋常のウマ娘すら遥かに超越した域にある。

 

「会いたかったぜ、第四の女神様。その節はウチの愛バが世話になったな」

 

「なんでよ───」

 

「あ? なんでって、オメーそれマジで言って……」

 

「なんでっ……なんで、なんで、なんで!! どうしてわかってくれないの!?」

 

 不連続時空間(メタ・フィールド)の展開と怪異の使役に力を割いている以上、芦毛の女神本体の強さは然程でもないはずだというのがエデソの推測だった。元より『始祖の三女神』は戦いや軍勢の神ではなく、たとえ龍脈からのバックアップがあろうと()()()()()()()ことに変わりは無いからだ。

 事実、どれだけ接近しても彼女自身が強大な霊力を振るう様子は無く、新たな怪異の召喚に終始していた。

 

「みんな騙されてるだけなんだ。わたしは知ってる、あれがどんなに恐ろしいものか……! あれの呼ぶ『星』が、どれだけの破壊をもたらすか!」

 

「おいおい……。あー、その、んー……いやさ、狂人の真似とて大路を走らばって言うだろ。実際アタシ、宇宙人と友達になる夢叶ったし。ハルノはそんな悪いヤツじゃねぇよ。きっとそのお友達もな」

 

「その認識が甘いって言ってるの! 宇宙の彼方からやってくる巨大な怪物に、わたしたちの常識が通用すると思う!?」

 

「通用しないとも限らないだろ。ほうれん草のおひたしとか、案外気に入るかも知んないじゃん?」

 

「……あれを見ても……同じことが、言えるかしら」

 

 芦毛の女神は、その場で俯いたまま上方を指差した。

 不吉な紅色に染まった異次元の空───その中天に、なおも異質な輝きが一つ。

 

「ふ、ふ、ふ。あぁ……。もう、何もかも終わりよ。わたしは負けた。あなたたちも。あなたたちが楔を砕くのを邪魔したおかげで、時間を稼いでしまったおかげで、あの星は()()()()()()()()()()()端末の危機を察知してね」

 

「ワオ、友情に厚いお星様じゃねーか。それとも家族愛か? ますます仲良くなれそうな気がしてきたぜ」

 

「あれはヒトに霊長の座を明け渡した、穏やかで物分りの良い地球の神々や精霊とはわけが違う。この宇宙の外で生まれ、今も生き続ける本物の神。そういう神はわたしたちみたいな物の考え方をしない」

 

 『星』は、徐々に輝きを増しているように見える。つまりは、地上から見て取れるほどのスピードで、天体規模の超々巨大な物体が接近している。

 何万何億光年離れた場所かは知る由もないが、本当に宇宙の彼方からやってきているとしたら、その移動速度は光すら超えるはずだ。今も生き続ける本物の神───始祖の三女神や『ケヤキ様』も人智を超えた力の持ち主だが、あれはそれすらも上回るというのか。

 

「世界の終わりに加担した気分はどう? あなたはわたしと同じよ。何も成せず、何も残さず、ただ消えていくばかりの塵芥」

 

「……お前」

 

「……、わたしも……。……わたしだって。嫌だよ、こんなの……。わたしは、ただ───」

 

 膝から崩れ落ち、さめざめと啜り泣くその姿に、人の世に牙剥く荒神としての恐ろしさはもはや無い。

 

 しばし、沈黙が下りる。

 先刻から渋面を作ったままのゴールドシップは───ほんの一瞬だけ目を閉じると、両の手に携えたエデソとゴルシカリバーを、やおら地面に突き立てた。

 

「やめだ」

 

「……?」

 

「ふざけやがって。何も残してない、だ? この毛色見てもわかんねーのかよ。節穴にも程があんだろ」

 

 ほら、と。芦毛の女神の腕を引いて、半ば強引に立ち直らせる。

 

「ちょっと、何───」

 

「いいから。中山の場所くらい知ってるよな? 一緒に見に行くぞ、有

 

「はぁ……?」

 

 そう。

 刃ではない。魔術ではない。───血では、ない。

 

「走ろうぜ」

 

 ウマ娘同士が出会い、互いに魂を懸けて争うのであれば、正しき決闘の作法はただ一つだ。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 厳かなファンファーレ。

 時を刻むレースシグナル。

 ゲートが開いて、今。

 

〈各ウマ娘、一斉にスタートしました!!〉

 

〈みな綺麗に出揃いましたね、好レースが期待できそうです〉

 

〈先頭はステラドラコー! シュガールギンメ、ブリッジコンプ、ジュエルネフライトも良いスタートでしたがわずかに届かずっ〉

 

 ステラドラコー。昨年のクラシック戦線において、かのサイレンススズカを思わせる次元違いの大逃げ戦法で一躍時の人となった赤き竜の星。

 界隈からは『競バ星人』などと称される生粋の鍛錬中毒者(トレーニングジャンキー)にして競走狂(レースモンガー)であり、無名の寒門出身ながら、その精神性ひとつで世代の頂点にまで登り詰めた怪物だ。

 

〈4バ身ほど離してヴァッサゴ、バイトアルヒクマ、パラドサタナエル、ブラッディナタン、ザグレウス。さらに2バ身後ろにハルノエクリプス、フルルードシュマン、ドカドカ、ハッピーミークと続いております〉

 

〈かなり広く散っている形ですね。ここしばらく気候も不安定でしたし、都合2周の長距離レースですから各々、バ場の状態を見に回っている節があります。果たしてこの判断が吉と出るか凶と出るか〉

 

 パラドサタナエル。今日までおよそ5年間のトゥインクル・シリーズ現役期間を通して、ただの一度も掲示板を外れたことが無いトップ・オブ・トップウマ娘。

 世界有数の企業複合体(コングロマリット)を差配する一族の令嬢として生を受けるも、黒白の髪に左右異瞳の形相、外界からの刺激への反応が薄いという性質ゆえに、長く冷遇されてきた非業の少女。

 しかし、今となっては恩師と仰ぐ精神科医に『内側に()()()()居る』ことを看破された時から、彼女の人生は一変する。

 同じ時間で他者の倍の人生を歩み、脚質自在にして異常なまでの直感力──実際には()()()()()()()()()()()()()()()第2の思考回路が弾き出した論理的最適解──を発揮する『スパコン付きブルドーザー』は、いつしか『銀翼の魔王』と名を変えて玉座に君臨していた。

 

〈スカイファルシオン、キュウビヌバタマとエキサイトスタッフは最後方───500mの長い最初のコーナーを超えて依然、ステラドラコーが後続15名を引っ張る展開です〉

 

〈自分の調子は保ちつつ、全体のペースに振り落とされないのはさすがの一言です。とはいえ仕掛けどころが難しいですね、最終直線まではまだ長いですが、先頭集団がここまで飛ばしてくるとなかなか……〉

 

 キュウビヌバタマ。歴史こそ長いものの大舞台での栄光からは縁遠かった中流の競走バ一家より、100年目にして輩出された念願の麒麟児。

 大型海獣並みの心肺機能に反して骨格の強度に恵まれず、当時二冠の『魔王』から奪い取った菊花賞の後など幾度となく怪我に見舞われたが、驚異的な回復力でもってすべてを乗り越えてきた妄執の権化である。

 

〈急坂を登って2周目に入ります! 下りで順位は、ドカドカ、フルルードシュマン、エキサイトスタッフが前へ! キュウビヌバタマ、キュウビヌバタマとスカイファルシオンも徐々に追い上げているか? ブラッディナタンとザグレウスが入れ替わり、パラドサタナエル、ハルノエクリプスは中団後方に下がりましたっ〉

 

〈注目度1位2位がやや沈みましたね。先頭は相変わらずの破滅的大逃げ、このままだといささか旗色が悪いかも知れません〉

 

 星竜、雷光、魔王、紅炎、勇者、死神、絶剣───集いし輝きはまるで、北天に座す七連星の如し。

 そして彼女らを取り巻く伴星たちもまた、それぞれが唯一無二の煌めきを放つ類稀な強者である。

 

 未だ先頭を譲らぬステラドラコーの爪先が、2周目の第3コーナーを掠めた刹那。

 最後の瞬間が始まる。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 ───果たして、どれだけの修練を積めばその領域に至れるのか。

 

 体格こそ並みだが、それを補って余りある超絶した身体操作と観察力。森羅万象に動じない冷徹さ。

 どんなに優れたウマ娘も、ただ頭を回しているだけでは勝てない。それは私たちの身体がそういう風に出来ているためで、もとい、身体を動かすための思考量を完全にゼロには出来ない───()()()()()()()からだ。

 普段無意識でやっているようなこと、つまりはしっかりと息を吸って吐き、腕を振って足を上げるといった動作すら、全力稼働中の肉体と脳は容易く忘れ去ってしまう。

 

 けれど、ハルノエクリプスにはその枷が無い。

 格闘技などで何度となく同じ技を練習し続けるのは、反復を通した習慣付けによって一連の動作を条件反射化し、戦闘中という極限状態で思考に費やす()()を削ぎ落とすためだ。

 それをハルノは、日常やレースでのあらゆる行動に適用している。思考と反射が完璧に調和しているから、身体の操縦にまったく意識を割かないまま、常に頭を回し続けられるんだ。

 

 私にはシュガーやファルのような、一分野に特化した才能は無い。あるのは一族の血脈から受け継いだ持久力(スタミナ)と、場合によっては役に立つ性格上の欠点──シュガー曰く『にぶちん』とのことだがもう少し柔らかい言い方は出来ないものか──だけ。

 そして、その燃費と精神力すらも……あるいは己の上位互換の力を持つ魔物(デーモン)を、どうすれば超えられる?

 

 考えて、考えて、考えて考えて考えて考えて……寝ても覚めても、鍛えて走ることだけを想った。

 人類の脳は複数の物事を並行して処理するようには進化していない。でも、その限界を打ち破れる可能性があるなら、どんなに珍妙に見えるトレーニングだって実践してみた。

 学園の芝を、土を、砂を、街のアスファルトを、畦道を、人やウマ娘の行き交う場所を延々と視て、踏みしめた。

 過去のGⅠレースの映像も、現役ウマ娘のトレーニング風景も、時間の限り観察した。有用そうな物の本を何冊も、文字通り穴が開くほど読み返した。

 

 ここまでやって───しかし、どうだろう。

 ハルノエクリプス。君が持つ天衣無縫の心眼に、一体どこまで迫れただろうか?

 

 踏み込みの強さ、入射角、速度。エネルギーの伝達率を自在に操作とまではいかないが、君の『無音の運足(ファントム・ステップ)』に近い技術は身に着けた。

 ある地点では大きく音を出し、ある地点では静かに駆ける。他のウマ娘との相対距離や速度を聴覚(みみ)で測っている子──顔と視線は前に向いているのだから大抵はそうだ──には効くだろう。まるでレース中に出走者が増減しているように感じられるはずだ。

 このおかげでバ群が散って、コース全体が満遍なく()()()た。

 

 ハルノ。君が目をつけていただろう内ラチ沿い、かつ比較的平坦な経済コースはもはや使えない。

 2500mの長距離レース、全面的に荒れた芝。如何にスタミナとパワーに優れたウマ娘でも、そして鉄火場に慣れた()()()()()()()()()()()、本能的にせよ戦略的にせよインコースを突きたくなる。

 これからバ群は特定範囲に集中し、ひいては君の進路を阻む壁に変わる。もちろん条件は同じ集団に居る私も同じだけれど、現時点でそれを予測できているのは───いや、ここから完璧に対応できるのは、この展開を主導して最初から備えていた私だけだ。

 君の身体能力の最大値(フルスペック)は、たとえGⅠクラスと言えど平均的なクラシック級ウマ娘のそれに過ぎない。付け加えるなら、あらゆるレースをコンピューターの演算結果のように制してきた君は、()()()()()()()()()()()()()()という経験に乏しい。

 

「勝つのは───私だ!!」

 

 紅炎の騎士───否。

 輪廻神(ザグレウス)の炎舞、今こそご覧に入れよう!!

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 ……前門の虎、後門の狼とはよく言ったもの。

 

 頭の奥から発して脊髄へ迸り、全身を乱れ飛ぶ電光の感覚は間違いなく絶好調の証。

 俗に『領域』と呼ばれるものが実在するとしたら、今日の(わたくし)はスタートの瞬間からそれに突入している。

 実際、夏風邪からの復帰1戦目は──全力で戦った子たちには悪いが、率直に言って──拍子抜けするほど容易かった。合宿などの経験を通して成長した、現時点での自分の立ち位置が改めて見えた。

 その成果を、最高の戦友と最強の先駆者たち相手にぶつけられる───そう想うだけで心が躍った。

 

 それがどうだ。

 逃げウマ娘の命である先頭(ハナ)を言い訳のしようも無いほどの実力差で奪われ、後方から迫る数々の気配もまるで振り切れないと来た。

 もちろん予想していなかった展開ではない。いや、むしろこうなっても何もおかしくないとは覚悟していた。

 けれども……いざ本当に、こうして己の未熟さを叩きつけられると、なかなかに堪える。

 

「……自分の技芸に裏切られたと思った時、初めてあるべき高みへの道が開ける」

 

 含蓄のある、言葉だ。皐月やダービーでの敗戦の後、トレーナーさんにかけられた言葉。

 なるほど、まったくその通りかも知れない。(わたくし)は弱い。未だどんな高みにも手を届けられていない。

 

「あぁ」

 

 けれど───けれど、しかし、それでも。

 あるいは、故にこそ。

 

(わたくし)、まだ。もっと……速くなれる、のね───!!」

 

 この身に流れる血の誇りに懸けて。

 父祖よ、我が霹靂(かむとけ)の神速を御照覧あれ!

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

退()けよ、端役ども」

 

 ぜんぶ叩き斬ってやる。

 邪魔するやつは、みんな。

 

「ハルノを倒していいのはおれだけだ」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「あははははははっ!! いいですね、最っ高───!!」

 

 誰にも影すら踏ませぬまま先頭を独走していたステラドラコーが、ここに来て()()()()()()()()

 さほど大柄とは言えない体躯に満載された規格外の筋線維密度と骨密度、ウマ娘という生物種に実現可能な数学的・生物学的限界にも等しい、単純極まりない肉体性能(ステータス)の暴力。絶類無双の超々膨大なスタミナに飽かした、掟破りの2()()()()()()()()()()である。

 

「もう目が焼き切れた!? くそっ、有り得ないぞ早すぎる……!」

 

 如何にパラドサタナエルが常人の2倍の思考力を有していようと、それを司る脳神経細胞の数と、一定時間内に許容可能な負荷───物理的な限界は付いて回る。

 全周囲の状況を俯瞰する鷹の目、最大稼働状態は長時間維持できない。限界を超えて使い続けると、肉体の本能が強制的にその機能を停止させるのだ。

 そして、

 

「いいや、まだだよサッちゃん。───わたしたちが一緒なら!!」

 

 ───()()()()()()()()()()にのみ発動する、奥の手がある。

 これまで自分以外の存在に割かれていた意識、分散していた集中力が、パラドサタナエルに還ってくる。万物を射抜く魔王の眼光が、外界ではなく内界に投射される。筋肉、骨格、神経、血流、内臓機能、頭の先から足の先、生来の本能に至るまで、すべてを己の自由意思で掌握する。

 誰よりも『自分』を上手く強く使ってくれる『自分』に互いを委ね、それ以外の何者をも視界にすら入れぬ唯我の宇宙こそ、パラドサタナエルの始原の姿。

 瞬間、その肉体は生物であることを()め───勝利へと向けて疾走する機構、レースを終焉に導く舞台装置の神(デウス・エクス・マキナ)と化す。

 

「……ふふふ、うふっ、……ふふふふふふ! あぁ、パラド様! ステラ様! それに集いしお歴々───今ぞ貴女のわたくしが、わたくしの貴女の下へ参ります……!!」

 

 餓者の顎門(あぎと)が、花開く。

 かの『皇帝』の権能(それ)に近しい、だがその性質をまったく異にする、あまりにも獰悪で寒々しい気配の放射。何も知らぬ者が見れば録画映像の早回しかと紛うであろう、不自然なまでの超加速。

 十全に備え身構えている時に、死神の鎌は姿を見せない。勝利を確信し絶頂へと至らんとする者をこそ、冥府の刃は刈り取るのだ。

 

「あたしだって……、───あたしだってぇッ!!」

 

 勝負の世界は常に残酷だ。可能な限り合理的な努力を続けたことは、しかし失敗を正当化する理由にはならない。

 生まれ持った遺伝子と、生まれ育った環境。どちらかが少しでも違っていれば、あの子たちのようになれただろうか。あるいは叶わぬ夢など見ること無く、ありふれていながらもかけがえのない日常を誇れていただろうか。

 ───違う。報われずとも、理解されずとも、私たちが挑み戦ったことは。

 ただ勝利を目指し走った真実だけは、この世の誰にも否定させはしない。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 一体誰が仕掛けたのか──何となく知り合いのような気がする──、いつの間にやら奇妙に密集したバ群。

 シュガーとステラドラコーは遥か前方。後ろからはファルとキュウビヌバタマの猛追。レウスとパラドサタナエルは、そんな状況などお構い無しに自分の走りに集中し切っているように見える。

 

 さて。

 かく言う私こと、ハッピーミークはというと。

 

「ふっ……すぅ……」

 

 三女神様、もとい芦毛の女神に分け与えられた力はもはや無く。

 自覚こそ薄かったものの、トレーナーの目から見ると、私はかなり調子を落としていたらしい。

 実際のところ、確かに精神的に参っていたのは否めないから、トレーニングにはうんと力を入れた。とりあえず息を切らして走っていれば嫌なことは忘れられる。

 

 それで、今日の仕上がりは……まぁ、普通。

 残念ながら絶好調ではない。ドベになる気はしないが、掲示板入りは叶ったらいいな、くらいのもの。特に今回の面子が相手なら。

 トレーナーは太鼓判を押してくれたけれど、きっと私を不安にさせないための強がりだろう。2年も一緒に居ればそのくらいの機微は読める。

 

 勝てるものならもちろん、どんなレースにだって勝ちたい。ウマ娘である限りは誰だってそうだ。

 けれど、単純な算数の結果として、そんなこと不可能だと言っている自分も居る。というか、ハッピーミーク脳内議会は賛成多数で『一応1桁順位には入れる程度に頑張る法』が可決寸前だ。

 

 ……そのはず、だったんだけど。

 

「───はっ」

 

 不思議だ。

 晴れ空を映す鏡めいた湖面にも似て、意識はどこまでも澄んでいる。呼吸がまったく苦しくない。

 心は無色透明で、このまま宇宙の果てにまで飛んでいけそうな気さえする。

 後のことは然るべき人たちに託した。現世の裏で繰り広げられる神々の暗闘は、もう私には関係ない。

 あぁ、これならきっと勝てる。私は、今度こそ、あの『流星』を超えて─────。

 

「……これが」

 

 これが私とあなたの決着か、『世界の敵』(ハルノエクリプス)

 あなたはいつだって強かった。王道で付け入る隙の無い、最終コーナーを回った時点で結果が確定しているような、あからさまなまでの好位抜け出し戦法。見えているのにかわせない、まさしく神速絶影の歩法。誰もあなたの道行きを阻めず、姿を捉えることすら叶わなかった。

 

「勝ちたい」

 

 聞こえてくる足音の数が、頭の中に描いていた盤面と合わなくなった時点で、私は聴覚への集中を切った。それが誰かの策略だと直感したから。

 ハルノにはそれが出来なかった。情報収集を怠るのは『星間スパイ』の誇りが許さない。故に相手の術中に嵌まった。

 

「……勝ちたい」

 

 頭の良いハルノのことだ。既に気づいているだろう───自分は、失敗したのだと。

 この冬の中山に集まっているのは、トゥインクル・シリーズの歴史上でも屈指の怪物ばかりで、既知の定石は通用しない。これは無限にも等しい条件分岐の駆け引きを制する戦いではなく、ひたすら互いの強みを押し付け合い、最後まで立っていた者が勝つ戦いだ。

 

「私は、あなたに」

 

 その時、彼女は。

 

「他の誰でもない、()()()()()()()()()、勝ちたい……!」

 

 必勝という概念の具現のようだった彼女が。

 避けようのない敗北を前にした時、何を想い、何を選ぶのか。

 

「このまま終わりなんて、絶対に認めない───」

 

 芦毛の女神の加護を失って、一度は得たと思った私の『領域』は崩壊した。

 普通の──とは言ってもGⅠ級の素養や文字通りの異能を持つ子に限るだろうが──ウマ娘にとって、『領域(ゾーン)』『権能(スキル)』は自らの心象風景、斯く在れかしと魂に誓った祈りそのものだ。もちろん本人の意志や信念から外れることは無いが、必ずしもわかりやすく使い勝手の良い形に仕上がるとも限らない。

 

 翻って、私だけは───芦毛の女神という他者によって()()()()()()()()()()()()()()()()()()特異なウマ娘には、中身の伴わない空の器だけが残っている。

 無色透明の世界。まだ何にも染まっていない宇宙卵。

 これをどうするかは、私自身が決められる。

 

「たとえあなたが世界を壊しても、私が許す」

 

 まったく、我ながら何をやっているのだろう。

 あれほど負かしてやりたいと思っていた相手に、ここぞというタイミングで塩を送るなんて。

 

「だからっ……、だから……!」

 

 でも───バグ技で最終形態になれないラスボスをハメ倒したって、そんなの何が面白いって言うんだ?

 あなたに勝つ時は、全力同士のぶつけ合いでなくちゃ私が嫌だ。

 女神に授けられた聖剣の力なんか無くたって、私は……『流星』を撃ち落とす、『白の勇者』になりたい───!!

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「……はぁ。まぁ、でも、こんなものか」

 

 客観的に見て、そもそも完全勝利の確率は限りなく低かった。元より、自分に出来るのは、強者と強者が喰い合って自滅した隙に漁夫の利を掻っ攫う戦い方だけだ。

 単純に自分より強い相手が複数人、それぞれの得意分野で対等に競い合い、こちらに付け入る隙を見せなかっただけ。

 後になってから色々と勝ち目を見出すことも出来るだろうが、現時点で答えに辿り着けなかったならそれで終わりだ。戦場にたらればは無い。死ねばそこまで、もとい、この惑星(ほし)のルールでは負けても死にはしないのだし。

 

 さて、アスリートウマ娘というのも人気商売だ。ここまで期待されておいて最下位では面子が立たない。

 次走に備えて消耗を抑えつつ、勝てる相手には勝っておきたいところ。全力でのスパートは諦め、大きく負担にならない範囲で力を入れようとして───。

 

「────走れ、ハルノエクリプス!!」

 

 風よりも音よりも、光よりも速い魂の速度で、声が聞こえた。

 

 時間が止まったかと思った。

 

 不可解な感覚。腹部に、頭に違和感。

 心臓が……焼けるように、熱い。何だ?

 

「……───、……」

 

 わたし、は。

 

「……、っ……! ふぅ、っ───はっ……、はっ……!」

 

 息が乱れる。このわたしが?

 顔面の筋肉が痙攣している。痛覚抑制が機能していない。地面を踏みしめ、蹴り上げる脚が重い。

 駆体改造によって切り捨てたはずの情動反応が、不快で不快で仕方ない───なのに。

 

「…………、痛い」

 

 ……わたし。わたし、星間スパイ、なのに。

 いつも冷静で、完璧なエージェントじゃなきゃいけないのに。

 

「痛い、です……。……ミーク」

 

 なのに……───だけど。

 

「ごめんなさい、トレーナー」

 

 あぁ。

 そっか。

 

「わたし」

 

 今のあなたたちなら、信じられる。

 ここに居るあなたたちになら、ぶつけられる。

 

「わたしは」

 

 それに、何よりも、

 

「わたし─────勝ちたい!!」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

〈さぁ最終コーナーを回って直線だ、各騎一斉に火が入る!! 急坂を猛然と駆け上ってくるのはパラドサタナエル、やはりパラドサタナエルにザグレウスだ! スカイファルシオンとキュウビヌバタマも来た! ステラドラコー、シュガールギンメ必死の疾走! おっとジュエルネフライトをかわしてハッピーミーク、ブラッディナタンが垂れてブリッジコンプが前へ!〉

 

〈中山の直線は短いぞ、追いつけるかハルノエクリプス───〉

 

 解説のベテラントレーナーがそこまで言いかけた刹那、会場の空気が凍った。

 気がつけば最後方へと押しやられていたハルノエクリプスが、唐突に前傾姿勢を取った。明らかに不自然なタイミングでのスパート開始。必然、オーバースピードの遠心力が、その身体をコーナーの大外へと弾き出す。

 焦りが生んだコーナリングの失敗。常に完璧なレースメイクでクラシック戦線を蹂躙してきた絶対者が、事ここに至ってついに間違えた。

 その意味を───。

 

(この気配───間違いない、ハルノさんの『領域』が開いた! で、でも……いえ、まさか……ここ、から……!?)

 

(……おいおい……、……おいおいおいおいおい……!! バ鹿言うなよ、ほぼ直角だぞ!? あんな外ラチスレスレから踏み留まって曲がろうなんて、脚が保つわけ───!)

 

(嘘でしょ!? よりにもよってあんたが、そんな脳筋の極みみたいな走り方っ……!)

 

(にょわ? ……んん? おかしいな、前に誰も居ないのに……なんか───)

 

(ッ───、誰だ!? ステラでもキュウちゃんでもない、わたし/ぼくの完全同調に割って入れるスキルの持ち主なんて……!!)

 

(あっパラド様が今わたくしのこと考えてるような気がする。幸せ!)

 

 正しく理解していたのは、その場のほんの数人に過ぎなかった。

 

「信じてたぜ、ハニー」

 

 スカイファルシオンの声が、風に流れて消えた直後。

 

「─────限定解除(アンロック)。『形態:赤外偏位(モード:ブラックシフト)』、起動(レディ)

 

 ズンッ───という、異様な音が鳴り響いた。

 あるいは、至近距離で見ていた者なら気づいたかも知れない。たった一人のウマ娘の踏み込みによって、()()()()()()()()()()ことに。

 

〈何……何───何だ!? 何だあれ!?〉

 

〈は……、っ! お、大外を回って猛追!! ハルノエクリプス猛追ですッ! 速い速い速すぎる、まるでレーザービーム!!〉

 

 変身の権能の逆展開───自身を常に『()()()()()()()()』へと転成し続けることで、無敵の走力を発揮する機動特化形態。

 体内では1秒ごとにリットル単位の血液と酸素と二酸化炭素が行き交い、極限まで加熱した体温が出口を求めて毛細血管を膨れ上がらせ、故にその全身には赤熱した深紅の紋様が走る。

 

「ふっ、ふっ、ふ、は、ぁ───は、は、は、あっははははははは!!」

 

 そして、ハルノエクリプスからその()()()を引き出した張本人(ハッピーミーク)は、涙を流しながら笑っていた。

 速い、怖い、追いつかれる、食われる、恐ろしい、逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい───勝ちたい。

 

「ハァッ……」

 

「ふふふ、ふふっ、あはは!! あは、はっ、はははははは───」

 

「───ゔゔぅぅぅぁぁぁあ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁッ!!」

 

「うぅおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ───!!」

 

 そうして始まる咆哮、魂の叫びの大合唱。

 決着までは一瞬の出来事で───しかし、それを目の当たりにした誰にとっても、永遠のように長かった。

 

〈先頭集団に並んで、たちまち抜き去ったっ!〉

 

 2着との差は、

 

〈その差3バ身から4バ身、ハルノエクリプス強い! 2位以下を大きく引き離して、今……!〉

 

 そのまま、今を生きるウマ娘たちと、『彼女』との差だった。

 ───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この地平の果てで、きっとお前たち(この星の進化)を待っていると、遠い背中が語っていた。

 

〈ゴオオォォォルイイイィィン!! ハルノエクリプス圧勝ぉぉ─────ッ!!〉

 

〈タイムは!? 計測結果が出ますッ……、お、おおぉぉぉ!? 信じられない……信じられません! 圧巻の2500m芝世界レコード!! 世界の壁をっ……6秒! 歴史的瞬間です!! 我々は今、伝説の誕生に立ち会っています───!!〉

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 冬の凍空に真白い熱気を漂わせ、桜色の長髪が揺れている。

 激しく肩で息をしながら、今にも崩れ落ちそうなほどに膝を笑わせながら、それでも彼女は立っている。

 

「はっ……はっ……はぁ、は……っ。……、はっ。はっ。は……、は。───はは」

 

 限界を超えた疲労と酸欠に滲む視界の中で、ハルノの背中だけがやけに鮮明に見える。

 いつしか雲は晴れ、穏やかな陽射しがターフを照らし始めていた。

 

「やっぱり、すごいなぁ」

 

 まるで、映画か神話のワンシーン。

 ゆっくりとこちらを振り返った、鏡の瞳の少女は───見渡す限り満開の花畑のような、心からの笑顔を浮かべていた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「はぇ〜……。ちょっと、いくら何でもとんでもないですねぇ。抜かれたことにも気づきませんでしたよ、私」

 

「けっ、芝2000mの世界記録保持者(ワールドレコーダー)が何か言ってら。……ステラ、気持ち良さそうに走ってたもんね。それにあれは仕方ないよ。だって───」

 

「ご安心をパラド様。わたくしが記憶している限り、獲得賞金の総額ではパラド様の方が上ですわ」

 

「ぜー……、ぜー……、はーっ……はーっ……、ぜぇ……。ぜぇ……。はぁ、はぁ、ふぅ……な、何なのあの人たち……。タフすぎる、っ、はぁ……でしょ……」

 

「うわああぁぁぁんコンちゃん委員長ーっ!! 感動した! あたしすっごい感動したよおおぉ! えっちゃん共々おめでとーっ!! ありがとおおおぉぉぉぉう!!」

 

「ちょ……コタマ、鼻水鼻水……。みんな見てるとこでやめてよ」

 

「───トレーナー。我々は……いえ。私、また……」

 

「うっ……ぅ、ぐすっ……。ふ、ぅ、ぅえぇっ……!」

 

「えぇ、そうですね。あなたたちは敗れた、弁明のしようもなく。そして私にも、慰めを言う資格はありません。……きっとまた戻ってきましょう。それだけが、今日の悔しさに報いる唯一の方法です」

 

「ん。じいちゃん、おれ掲示板入りだったよ。今夜は焼肉っしょ、焼肉」

 

 ちなみに他の子たちの様子はこんな感じだった。

 相変わらずどういうメンタルしてんだろ、この『絶剣』……。

 


































☆3[Per asprera ad astra(ペル・アストラ・アド・アストラ)]ザグレウス
◯固有スキル『輪廻神の炎舞』Lv.3
 レース前半のコーナーで中団にいると、スタミナが少し回復する。
 その後、レース後半で前が詰まった時、巧みなステップでかわして速度が上がる。

☆3[紫電白明]シュガールギンメ
◯固有スキル『天裂(あまさ)霹靂(かむとけ)』Lv.3
 コーナーを曲がった時に前方集団にいると、短い間速度が上がる。
 その後、最終直線で前方にいる時、さらに速度が上がる。

☆3[Schwarzer Walküre(シュヴァルツァー・ヴァルキューレ)]スカイファルシオン
◯固有スキル『Rache Totentanz(ラッへ・トーテンタンツ)』Lv.3
 レース終盤で5位以下から追い抜くたび、短い間速度が上がる。
 条件を満たすたびに加速する時間は延びる。

☆3[ドラゴニック・メテオライト]ステラドラコー
◯固有スキル『イノセンスフレア・スターボウ』Lv.4
 スタートダッシュを決めると、速度がすごく上がる。
 その後、レース後半で先頭にいる時、スタミナが全回復する。

☆3[黒白の比翼連理]パラドサタナエル
◯固有スキル『カレイドスコープ・ダイアグラム』Lv.5
 レース開始時、パラドとサタナエルを切り替えることで、自身のステータスと適性ランクを変化させる。
 ひとつの能力を変化させると他の能力は大きく落ちるが、割り振れる合計値はスキルレベルによって上昇する。
◯固有スキル『目醒めるデウス・エクス』Lv.5
 最終直線でスタミナが残っている時、それを使い尽くしてパワーとスピードがすごく上がる。
 また、自分より賢さが低いウマ娘のスキル発動を封じる。

☆3[あなうつくしや宵の徒花]キュウビヌバタマ
◯固有スキル『三刑殺・鬼哭絶影陣』Lv.5
 レース終盤で後方集団にいる時、速度が極限まで上がる。
 さらに、追い抜くたびにスタミナが少し回復する。

☆?[しらゆきのほし(██████)]ハッピーミーク
◯固有スキル『Lost Brave,Over Fate(ロストブレイヴ・オーバーフェイト)』Lv.−
 最終直線で中団にいる時、すべてのウマ娘にかかっているマイナスの効果を打ち消す。
 その後、このスキルで打ち消した効果の数だけ、すべてのステータスがわずかに上がる。

☆?[わたしのアーク]ハルノエクリプス
◯固有スキル『Mode:BLACK SHIFT(モード:ブラックシフト)』Lv.X
 レース終盤で後方集団にいる時、賢さを0にし、これ以外のすべてのスキルを無効化して発動する。
 スタミナの消費が2倍になる代わりに、パワーとスピードと根性が極限まで上がる。
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