今回もモブとして、ちょっとだけオリウマ娘が出ます。
万雷の喝采、とはこのことを言うのだろう。
これまで一度も見せたことのない走法を解禁して、後方からの差し切り───という、あまりに劇的な勝ち方であったことも話題性の向上に一役買った。
ウイニングライブも当然の如く大盛況であり、すべてが終わった後も、中央トレセン学園でしばらく語り草となるほどだった。
『本当のことを言っちゃうと……あんな走り方教えてないんで、正直面食らったというか……。無理はしないで欲しいんですが』と語った担当トレーナーの心配も何のその、念のために受けさせた医療検査の結果は『あんな激闘の後で逆に気持ち悪いくらいの健康体』というものであった。
彼女に敗れた出走ウマ娘たちはともかく、ハルウララ陣営としては───そして日本全国のファンにとっては、望外といっても過言ではないほどの大戦果だった。
◇ ◆ ◇ ◆
トレセン学園、栗東寮。
根岸ステークスの興奮も冷めやらぬ頃、とある夜のことだった。
「うぅ……ん……」
時刻は既に午前1時を回っている。消灯時間をとっくに過ぎた夜更けも夜更けだ。
季節柄、暖房を点けていてもかなり冷える時期ではある。しかしながら、寒さとは別種の強い違和感によって、キングヘイローは穏やかな眠りから叩き起こされる羽目になった。
「ふぁ……んぅ……。……、?」
重い
桜色の瞳は半開きのまま
「ウララさん? ちょっと、もう……」
とはいえ、ハルウララが突拍子もない行動に走るのは、いつも通りといえばいつも通りだ。寝ぼけているのなら尚更のこと。
上半身を起こしながら、自身の腕を掴む手の指を引き剥がそうとして、
「……っ。あ、あら……えっと、ウララ……さん?」
なかなか離れない。意識が曖昧だとは思えないほどの確かな力で、ハルウララはキングヘイローの腕を握りしめている。
「やれやれ。仕方ないわねぇ」
どうにも気が引けたが、キングヘイローはやむを得ず実力行使に出た。
空いている方の右手でハルウララの頬をつつく。くれぐれも痛くない程度に、軽く叩いてみる。
それでも起きなかったのでやや意地になり、頬を両側から挟み込んだ。ぐにぐに。
「───……はっ」
「あ。お目覚めかしら、ウララさん。じゃあ」
手を離してくださいな、と言おうとして。
唐突に見開かれたハルウララの視線に射抜かれ、キングヘイローは声を詰まらせた。
寮個室の照明はとうに落としている。東京都府中市という都会の夜空には星明かり一つ無く、部屋の中はとにかく暗い。
だから───ハルウララの優しげな桜色の瞳が、妖しい深紅に輝いていたなどというのは、きっと目の錯覚に違いなかった。
「……キング、ちゃ」
「あの……ウララさん。起きたなら、その」
「…………」
キングヘイローの寝間着の袖が捲られ、丸みを帯びたしなやかな前腕部が露出する。
「あー」
かぷっ。
「へ?」
「むぐむぐ……ちゅる……」
そうしてキングヘイローの左腕をしゃぶるハルウララの目は、1秒前の様子が嘘のように閉じられていた。
キングヘイローは素っ頓狂な声を出してこっち、軽いショックによって固まっていたが、程なくして我を取り戻した。
この頃には腕を掴むハルウララの手からも力が抜けていたので、脱出に苦労はしなかった。
「……何だったのかしら」
バナナを食べる夢でも見ていたのか。
釈然としない気持ちを抱えながら、キングヘイローは洗面台に向かった。
流水で左腕を洗い、もののついでに用を足してから寝室に戻る。
「むにゃむにゃ……。すぅ……」
件のルームメイトは、何事も無かったかのように──もちろんキングヘイローがベッドまで運んだのだが──穏やかな寝息を立てていた。
それに苦笑しつつ自分のベッドに入れば、ややもしない内に睡魔が襲ってくる。キングヘイローは特に抵抗すること無く、夜の揺り籠の中に戻っていった。
◇ ◆ ◇ ◆
明くる日、昼食時のカフェテリアで、キングヘイローは奇妙な噂を耳にした。
「吸血UMA?」
「イエス! 正しくは『チュパカブラ』デスね!」
プロレスラーのような──というか実際レスラーの父親から受け継いだものらしい──目元を覆うマスクを身に着けた、黒鹿毛のウマ娘───エルコンドルパサーが言った。
「背の高さは1mから1m80cmくらい、毛むくじゃらの
「家畜や人間の血を吸う、ですか」
たおやかな雰囲気を纏う明るい栗毛のウマ娘───グラスワンダーが続ける。
彼女自身はこの手の俗な噂に心を乱される
「はわわ、おっかないべ~……。でも、何だって動物の血なんて吸うんだろう? ニンジンとかお肉とか、はちみーとか、普通の食べ物じゃダメなのかな」
「いやいや、スペちゃん……向こうはUMAだよ? ペットじゃないんだからさぁ」
黒鹿毛のボブカットに特徴的な白の前髪と編み込みを持つウマ娘───スペシャルウィークが、素朴な感想を零した。
それに対し、どこか眠たげな瞳の芦毛のウマ娘───セイウンスカイがツッコミを入れる。
「吸血UMAかぁ。私の血は成分が
ショートカットの明るい黒鹿毛に、鶴の髪飾りと白い流星が映えるウマ娘───ツルマルツヨシが小さく呟いた。
彼女は競走バとしては優秀ながら、先天性疾患のため常人よりも体調が不安定な身の上でもある。あまりに直球でセンシティブな
「ツルさんの味はともかく……」
「ツルちゃんの味、って言うとねぇ。何かちょっと背徳的な響きじゃないキング?」
「黙らっしゃい、話の腰を折らないの。……とにかく、確かに気がかりね。突然
「それも2週間前くらいから急に、デス。そして、トレセンで『チュパカブラ』の目撃情報が聞かれるようになったのも同じ頃デース!」
「偶然の一致だと思いますけどね。というより、チュパカブラの名前こそ
「夢の無いこと言うなぁ。まぁ、チュパカブラなんて居ない方が嬉しいってのはそうだね。私も貧血にされるのは嫌だもん」
「だ、大丈夫だよツルちゃん! トレセン学園のニンジンハンバーグは
しばし笑いが起こった。当事者のスペシャルウィークだけは不思議そうな顔をしていたが。この6人が集まった時、話にオチをつけるのは大抵彼女だ。
なおエルコンドルパサーもオチ要員になりがちだが、そっちの場合は色んな意味で
「そもそも、誰がそんな与太話を言い出したのかしら」
「ワタシは
「じゃあ噂の出処の特定は難しいか。特定してどうすんだって話だけどさ」
「あー。そいや私もどっかで聞いたかも、チュパカブラ云々って。フラワーからの又聞きで、うーん……。……やべ、これタキオンさん絡みの案件だったような」
「結局、
「ゴルシさんが変わった様子じゃない時の方が珍しいけど……言われてみれば、そうだ。ちょうと昨日、長靴と手袋着けて
「ケ? 何デスかそれ~」
アグネスタキオンとゴールドシップの名前が出た時点で、彼女たちは考えることをやめた。
「栗東寮、405号室─────」
そうして弛緩した空気の中、キングヘイローただ一人だけが、形にならない思考の海に
◇ ◆ ◇ ◆
ふと思い立ってみれば、答え合わせをするのは簡単なことだ。
日没後、一日の予定を完遂して栗東寮に戻った私ことキングヘイローは、適当な余暇の時間で寮内を軽く歩き回った。
内心『つまらない噂に踊らされて、自分は一体何をやっているのか』と思わないでもなかったが……中途半端に嫌な予感だけを抱えている方がよほど鬱陶しかったし、このくらいはいいだろう。
目的地は、405号室。
標準的な2人部屋。温かみのある木製のドア。
その横の表札に記されている、入居者の名前は、
「マッハリクザメ……さんと、フウライドゴーンさん」
前者の方には見覚えがある。
私も周囲の評判を聞いてレースの録画映像をチェックしたが、かのサイレンススズカを思わせるほどの危なげない逃げっぷりが印象的だった。
3番人気のホッパーライジン、6番人気のシノタイラントと並び、例の
「……いやでも、よく考えたら、別に
けど、ゴルシさんが何の根拠も無くこの部屋に目をつけたとは考えにくいし……とも思う。
"黄金の不沈艦"、"トレセン学園のネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲"、"黙ってれば美人"など数多の異名を持つゴールドシップは、『破天荒』の3文字をウマ娘にしたかのような人物だが、無意味に凶暴なわけではない。そのハジけた言動の裏にはある種の哲学(芸人魂ともいう)が秘められており、常人には理解困難にせよ一本芯が通っている。
「あのぅ……」
と、思索に
そこには、砂塵めいた尾花栗毛を持ち、首に緑色のストールを巻いたウマ娘が立っていた。何故か真っ赤な色眼鏡をかけており、今日の今日までこんなに目立つ容姿と服装の生徒を知らなかったことに少し驚く。
「え、えっと、はじめまして。確か、キングヘイローさん……ですよね。ご活躍はかねがねお聞きしてます……。ウチ、フウライドゴーンっていいます。……ご存じないと思いますけど」
「いえ。これはご丁寧に、どうも」
「あの、ウチらの部屋に何か御用ですか? あ、ウチらっていうか、
「まぁ……マッハリクザメさんに興味が無いわけではありませんけど、今日はそれとは別件ですわ。少し気になることがあって、通りがかっただけです」
「はぇ~、そうでしたか。ならいいんですけど……。実を言うとね、マッちゃんいま保健室の世話になってて、お話しできる状態じゃないんです」
「え?」
……嫌な予感が強くなる。
「マッちゃん、トレーニングの休憩中に
「え……えぇ。その、マッハリクザメさんも、なのね。重賞に勝つようなウマ娘でも、体調管理に失敗するくらいあるだろう……なんて思っていたけれど」
「そこなんですよねぇ。マッちゃんもトレーナーさんもすごく真面目で、病気や故障にはいつも気を遣ってるんです。ウチもマッちゃんがへばってるとこなんて、ほぼほぼ見たことありませんよ。実際、昨日まで何ともなかったし、ご飯だってちゃんと食べてましたし、まして貧血だの脱水だの……。正直、信じられないっていうのが本音です」
すると、フウライドゴーンさんは肩をすくめ、口元に手を立てて小さく言った。
「んで、ここからはオフレコでお願いしたいんですけど───マッちゃんレベルの健康な子がいきなり、それも何人も倒れてるってなると、もしかしたら
───巷ではチュパカブラの仕業などということになっているが、現実はそれよりもさらに悪い状況のようだ。
もちろん、証拠が無く、専門の医療者ですらはっきりとした見解を示せていない現状、『未知の疫病が発生した』と断定してしまうのは早計だ。
だが、そんな可能性が浮上する程度には突拍子の無い出来事であるという事実も、忘れるべきではなさそうだ。
「よくわかりました、お話ししてくれてありがとう。マッハリクザメさんにも、お大事にと伝えておいてくださる?」
「あっ、はい。もちろんです。キングヘイローさんも、くれぐれもお気をつけて……」
「えぇ、お互いにね。では、ごきげんよう」
想像していたのとはいささか異なっていたが、有益な情報を持ち帰ることが出来た。
噂は噂、未確定の話は未確定の話として扱うべきだが、それでも心積もりをしておくのは無駄ではない。
そう。
この時の私は、想像すらしていなかった。
『チュパカブラ』の名前など、考慮するに値しないものとして、頭の中から消去してしまっていた。
現実は既に私たちの手を離れ、もっと突拍子の無い方向に進んでいるということに、私は気づいていなかった。
【Mobウマ娘名鑑】
④名前:フウライドゴーン
性格:おくびょう
スリーサイズ:80-100-80-80-80-100