騎影が行く   作:ごまぬん。

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The end of beginning

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◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 眠い。

 

 

 

 ……眠たい。

 近頃、ずっと。

 

 寝不足なのか、単純に眠たいのかというと、少し違う気がする。

 考え事は出来る。運動も出来る。他人(ひと)と話すことだって出来る。

 ただ、何をやっても"現実感"が無いというか、常に意識がふわふわしている。

 自分が自分じゃないみたいに。

 

「ウララ?」

 

「? なぁに、トレーナー?」

 

「……、……いや、別に。何か……こう、集中してないように見えたぞ。俺の話、ちゃんと聞いてたか~?」

 

「やだなー、大丈夫だよ! ファル子ちゃん(スマートファルコン)のフォームのことだよね。何度見てもすごい映像だなぁ、このビデオ。ね、トレーナー、わたしが参考にするなら───」

 

 頭は回る。

 身体の調子だってこれ以上ないくらい良い。

 

 ただ、眠たい。欠伸(あくび)すら出ないのに、視界がぼやけて焦点が定まらない。

 日々の生活はもうほとんど自動操縦で、わたしはハルウララ(わたし)が過ごしている時間を、薄皮一枚隔てた向こうから俯瞰している。

 

「─────。わ、たし」

 

 世界は暖かく、湿っていて、陽炎のように掴みどころが無い。

 そこには、白い光と灰色の影だけが揺らめいている。降り注ぐ太陽と、吹き抜ける風が気持ちよくて、何も考えられなくなる。

 

「わたし、は」

 

 

 

 ███████─────!!

 

 

 

 次の瞬間、聞いたことも無いような甲高い轟音が響き渡った。

 

 伸びやかで力強く、威圧的ながらどこか懐かしい。恐らくは動物の鳴き声───鋭い(いなな)きが、霧に包まれた世界を切り開いていく。

 焦げ茶色の塊が、わたしの隣に寄り添った。かなり大きく、立派な四本の足を持つ()()。その姿は煙のように霞んでいて全容を窺えないけれど、不思議と怖くはなかった。

 

 ()()が今度は小さく鼻を鳴らした。文字に起こすなら"Neigh(ひひん)"といった感じの響き。

 先に行け、と促されている。……というよりは、あえて止めないから行くといい、と言われているように思えた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 扉を開けると、そこは屋上だった。

 学園のどの棟かは判別がつかない。ただ、少なくとも普段は閉鎖されている場所なので、ちょっと新鮮だった。

 

 そこに居たのは、

 

「……、……カグヤちゃん?」

 

 ───赤い目をした、一羽の白ウサギ。

 ウサギ当番の帰りにタキオンちゃんとカフェちゃんに出くわした日、小屋の隅で苦しそうにしていた()()()

 あれから何度ウサギ小屋を探しても見つからなかった、赤目の『カグヤちゃん』だ。

 

<こんにちは、ウララちゃん>

 

 しゃべった。ウサギが。

 というか、そもそも見た目が変だ。ウサギなのに燕尾服めいた仕立ての良いチョッキを着ていて、首からは金色の鎖のついた懐中時計を提げており、鼻の上には丸い片眼鏡(モノクル)が乗っている。あと、ほとんど人間みたいに二本足で立ってる。

 でも、うっすら見覚えのあるような……。確かあれは、ライスちゃんの読んでいた……。

 

「こんにちは。カグヤちゃん。……えっと、もしかすると、()()()()で呼ぶのは変だったりする……かな」

 

<そうだね。ここに居る『わたし』は、キミにとって都合の良い対話用のインターフェースを貼りつけられた───要は一種のテクスチャーやアバターみたいなものだから。まぁ、最初に会った時点に限れば、キミが『カグヤちゃん』と呼ぶウサギの外見をコピーしていたし、わたしという存在を識別するラベルとしては妥当な記号とも言えたかも知れない>

 

「タキオンちゃんみたいなこと言うね。よくわかんないや」

 

<わたしも、キミの言葉を完全に理解しているわけじゃないよ。キミたちの種族の脳は、()()の思考体系を正しく理解できるような進化を果たしていないし……そしてそれは、逆も然りだから。わたしはキミの認知能力と記憶を借りて形成された鏡でしかなくて、一見『コミュニケーション』が成立しているようでも、実際には論理的思考能力を持たない人工無脳(チャット・ボット)に限りなく近いの。()()の側からインプットされているのは、情報交換という目的への意識だけ。わたしの思考と言動の大部分は、元を辿ればキミの脳から出力されている>

 

「さ……3行でお願いします……!」

 

<わたしは()()によって創られた情報交換のための装置。

 わたしはキミの頭脳から写し取られたコピーに過ぎない。

 キミたちの種族と()()の間では、扱う情報の構造が違いすぎるので、わたしの思考と言動はまだ()()の側でも解析できていない。

 

 ……わたしのような存在、つまり()()が使う概念翻訳モジュールの仕組みを説明し終えるには全然足らないけど、基本線としてはそんなところ>

 

 あんまり変わらなかった。わかったような、わからないような。むむむ……。

 しかし、考え込むばかりでは仕方ないので、とりあえず聞きたいことを聞く。

 

「それで、どうしてわたしの前に現れたの?」

 

<お別れを言いに来たんだ>

 

 服を着たカグヤちゃん……もとい、その"生きもの"はぽつりと呟いた。

 やや気まずそうにわたしに背を向けて、よく晴れた青空を見上げる。

 

<この星の大気にもだいぶ慣れてきたからさ。もうキミの身体に間借りする必要も無くなっちゃって>

 

「───、……」

 

 ……あぁ。

 

 そうか。

 そういうことだったんだな。

 

「うん。じゃあ、これまでなんだね」

 

 一緒にトレーニングを頑張ってきたトレーナーや、期待してくれたファンのみんなには悪いけど。

 ここしばらくの『絶好調』は、全部ぜんぶ"この子"のおかげだったんだ。

 

<物分かりがいいね? ()()はまだこの惑星の文明についてよく知らないけど、キミたちの種族がかなりの……負けず嫌いだってことはわかってる。その点、わたしとの融合はそれなりに魅力的だと思ってたよ>

 

「それは」

 

 あの根岸ステークスの最終盤を思い出す。

 全身に揺るぎない力が(みなぎ)って、息を吸う度に頭が冴え渡った。叫び出したくなるほどの万能感に包まれ、無茶なペースで走って脚を痛めるかも……なんてことは一切考えなかった。

 地平線すら飛び越えて、世界の果てまで走っていけそうな予感が、わたしこそが最強のウマ娘だという確信があった。

 

「……。……本当は、ちょっと残念かな」

 

 素直な気持ちに嘘をついても仕方ない。

 デジタルちゃんではないけど、わたしだって勝てるものなら勝ちたいのだ。

 

「でも」

 

 ただ。

 わたしは、みんなが好きだ。この世界が好きだ。わたしにたくさんの幸せをくれる、すべての人が大好きだ。

 

「でも、いい。それがキミのやりたいことなら。キミが、わたしじゃなくて自分の足で立ち上がりたいなら、わたしに引き留める権利は無いと思う」

 

 レースで1着になりたいのと同じくらい、みんなに笑顔でいて欲しい。

 "この子"がわたしから離れる理由があるのなら、それはそれで構わない。たぶん大事なことなんだろうし、こうして事前に話してくれただけでも御の字だ。

 わたしにとって、"この子"が居なくなったことで弱くなるのは、別に重要じゃない。元々のそうだった状態(弱いハルウララ)に戻るだけだ。この後で、もう一度強くなればいいだけだ。

 だから、泣かない。惜しまない。キミが居なくてもわたしは大丈夫だと、胸を張って言ってみせる。

 わたしは"この子"を、笑顔で見送りたい。

 

<…………。……、そっか>

 

 "生きもの"が振り返る。

 ウサギの顔に表情は無い。わたしがウサギの顔について詳しくないだけかも知れない。

 

<話が早くて助かるよ。あぁそれから、わたしのことは他の誰にも話さないで欲しいんだ。約束してくれる?>

 

「わかった、約束する。わたしたちだけの秘密だね」

 

 ─────そして。

 叶うことなら……ひとつだけ、わがままを聞いて欲しい。

 

「じゃあ、わたしからも少しいいかな。交換条件ってことで」

 

<? まぁ、可能な範囲で聞くけど……。もちろん再融合の相談じゃないよね。何?>

 

 あ、しまった。可能な範囲で、か。

 どうなんだろ……? わたしをあんなに速く走らせてくれたんだから、全然ダメってことは無い……と思うけど……。

 

 うぅん。だいじょうぶ。

 きっと何とかなる。

 

「いつでもいいから、また会いにきて。そうしたら───また、いっしょに走ろ!!」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 その日の朝、ハルウララは独りでに起床しなかった。

 

 ルームメイトのキングヘイローは数週間ぶりにハルウララの目覚めを手伝ったが、ブランクが祟って無駄な時間を浪費してしまい、最終的に自分も一緒に遅刻する憂き目に遭った。

 

 授業が始まってからも心ここに在らずといった様子で、数学の時間に至っては机の上ですやすやと寝息を立てていた。

 放課後のトレーニングはさすがに真剣に取り組んでいたが、どういうわけか明らかに調子を崩しており───というよりも、『絶好調』以前のハルウララに戻ってしまったようだった。

 

「うぅ~ん……んんんん……? どうなってんだ一体……」

 

「トレーナー? どうしたの?」

 

「あぁ、いや……。その……。ウララ、何かあったのか? 今日はちょっと……こう、あんまり調子が良くなさそうに見える」

 

「え~? わたし、ぜんっぜん元気だよ! トレーナーはしんぱいしょう(心配性)だなぁ」

 

「そ、そうか。……本当に大丈夫なんだよな?」

 

「うん!」

 

 担当トレーナーは盛大に首をひねり、ついでに若干『惜しいなぁ』と思ったものの、どこかでホッとしている自分が居ることにも気がついた。

 ハルウララの『絶好調』は、率直に言ってあまりに劇的過ぎた。故にトレーニングプランの軌道を修正する必要に迫られていたのだが、それに悩まされずともよくなったのが最も大きい。

 一方で、何か、どこか───彼女と自分が巻き込まれるはずだった、恐ろしい()()()を回避できたというような、根拠の無い安堵があった。

 

「よし。なら、まぁ、いいか! 続き始めるぞー」

 

「はーい! ウララ、がんばるっ!」

 

 ウマ娘とそのトレーナーは、双方向の関係である。

 担当トレーナーの熱血根性──ハルウララと出会った最初の春、青年は個人担当契約を許されたばかりの新人だった──が伝播したように、彼の方もハルウララの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()性格を吸収しつつあった。

 

 ハルウララは、あの奇妙な"友達"との約束を守ったのだ。

 









俺たちのウララちゃんを曇らせられるわけないだろ! いい加減にしろ!

今回で第1章は終了となります。
次回からは第2章が始まります。
最初に言っておきますが、全編ギャグです。
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