第2章スタートです。
全編ギャグ回です。ごあんしんください。
ゴクゴクですわ!
ハルウララの『絶好調』が終わってしばらくが過ぎた。
彼女はその後、担当トレーナーの宣言通りGⅠレース・フェブラリーステークスを──あの『絶好調』の加護を失っているにも関わらず──制し、陣営の名声は最高潮に達した。
彗星の如く現れた稀代のアイドルウマ娘と新進気鋭の若手トレーナーに対して、トレセン学園中の選手グループ、つまり『チーム』が興味を示している。
トレーナーの方が若すぎるため───つまりは伝統と面子のため可能性は低いが、新規にチームを立ち上げるかも知れないという話まで持ち上がっていた。
そんなこんなで、厳寒の季節に一足早い春がやってきたような盛り上がりを見せるトレセン学園。
謎の体調不良者も出なくなり、『チュパカブラ』の噂も立ち消えになりつつあった頃─────その事件は起きた。
◇ ◆ ◇ ◆
『ロイヤルビタージュース』なる飲料がある。
"死者すら蘇生させる"と謳われるほどの健康効果をもたらし、1缶150mlにつき260円というそれなりの価格設定にもかかわらず、店頭販売・ネット通販ともに売り切れが続出。発売から現在に至るまで品薄状態が続いている大人気商品だ。
これは世間からの需要もさることながら、厳選品質や収穫時期の都合により、原材料を安定的に供給することが難しいためである。大ヒットを受けて企画されたインタビュー記事などでは、メーカー側も現状を心苦しく思っている様子が窺える。
そんなロイヤルビタージュースだが、ここトレセン学園においては少々扱いが異なる。
国内最大級のスポーツ興業、トゥインクル・シリーズのメッカたるトレセン学園は、未来ある
わけても、ウマ娘たちのブラックホールの如き胃袋事情を支える食品業界との結びつきは強い。
転売による末端価格が1ダース8000円を超えるロイヤルビタージュースとて、トレセン学園であれば『1ヶ月待てば5本は買えるんじゃない? 正規の価格で』くらいの感覚で取引されているのだ。
───で、肝心の評判はというと、
「クッッッッッソ苦っげェですわ~~~~~~~ッ!!!!!!!!!!!!」
とは、長年に渡り天皇賞制覇者を輩出してきた名家のウマ娘が語ったところである。
いくら凄まじい効能を誇る健康食品と言えど、口に入るものである以上『味』について評価されることは避けられない。
皮肉にも安定的な供給が実現した環境でこそ、話題性や希少性だけが独り歩きすること無く、冷静なジャッジが下される結果となった。
言うまでもないだろうが、世間で品薄になっているところを優先的に
普通にコストが掛かるし、食品なので在庫として眠らせておくのも難しいし、何より信用に
そんなわけで、トレセン学園の理事長・秋川やよいから、全職員、全校生徒に向けてこのようなキャンペーンが告知された。
「急募ッ!! ロイヤルビタージュースをより美味にいただくためのアレンジ・レシピ───もしくは、より人口に
◇ ◆ ◇ ◆
ある者は当たり前のようにはちみーを混ぜた。
まぁまぁギリギリ飲めなくもない感じになったが、そこまで劇的に改善されたとは言い難かった。
ある者はミキサーでペースト状にまで砕いたニンジンを混ぜた。
なかなか悪くない味に仕上がったが、やはり強烈な苦みと臭みを完全に相殺するには至らなかった。
ある者は同じくミキサーでペースト状にしたバナナを混ぜた。
そこそこ飲めるくらいにはなったが、はちみーとニンジンに比べてどうというほどでもなかった。
あと出来心で野菜嫌いの妹に飲ませて──普通に差し出しても絶対飲まないので、彼女の担当トレーナーと結託してトレーニング用のスポーツドリンクとすり替えておいた──みたら1週間口を利いてくれなくなった。
ある者ははちみー、ニンジン、バナナをバランス良く混ぜた。
かなり良い線いってる味になったが、同時に『風味を変える方向でのアプローチには限界がある』という事実を知らしめる結果に終わった。
試飲に付き合ってくれたルームメイトは2杯目の途中辺りからだいぶヤバい顔になっていたが、『アンタにだけは負けられないのよ。レースでも試飲でも……!』などと意地でも飲み干す姿勢を崩さなかった。
カッケェ……! いやそうか?
ある者は自身のSNSアカウントで──世間一般では品薄の商品なので、あくまでそれとなく、中央のウマ娘に向けた言い方で──ロイヤルビタージュースを宣伝した。
これは普通にかなりの宣伝効果が生じたが、彼女の担当トレーナーによる『でもみんな、料理に使うのはやめような。俺はぱかチューブの企画で1回やられたから』という投稿がさらにバズりそれどころではなくなった。
お兄ちゃんとて許せぬ。
ある者は焼きそばのソースに使って屋台で売ろうとしたが、通りがかったメジロ家の令嬢に粛清され失敗に終わった。
ある者は現世とは異なる次元に住まう上位存在との交信を試み、秘められた霊媒としての効能を見出した。
どう考えても怪しいので、これは特に何の宣伝にもならなかった。
ある者は言った。『ラーメンはすべてを解決する』と。
結論から言うと味の方は何も解決しなかったが、洗剤代わりに使うと油汚れがよく取れることが判明した。
余談だが、ロイヤルビタージュースの缶には威圧的な書体の深紅の文字で『絶対に筆記具用のインクと混ぜないでください』という注意書きがあることは有名な話だ。
詳しい理由は代路士製薬の公式ホームページにも書かれておらず、痺れを切らしたアグネスタキオンは防毒
そして、ある者は─────。
◇ ◆ ◇ ◆
「……それにしても、こんなものがな」
艷やかな黒鹿毛を一つ結びにした、鋭い眼光のウマ娘───ナリタブライアンが呟く。
その視線は、己の親指と人差し指の間に挟まる、透き通った黄色の
「うん! マヤ考案の『ミラクル☆ドロップ』だよ♪」
小柄だが活発な雰囲気の栗毛のウマ娘───マヤノトップガンが答えて言う。
曰く、アグネスタキオンとエアシャカールの協力の下で彼女が開発した『ミラクル☆ドロップ』は、舐めた後に食べたものの味を
製法は企業秘密とのことだが、既に試作と改良を重ねて諸々の安全基準はクリアしており、設備さえあれば量産ラインにすら乗せられるらしい。
「まぁ、確かに。最初はまた適当な思いつきかと思ったが、今回ばかりは感服せざるを得ない。まさか姉貴のカレー以外の形で、まともに野菜を食べられる日が来るなんて」
「大袈裟だよー。ブライアンさんだって毎日カレー食べてるわけじゃないでしょ?」
「……。……う、うん。それもそうか。そうだな」
筋金入りの野菜嫌い(ニンジンを除く)であるナリタブライアンは、『このヒトの舌を騙せれば一流』という理由でミラクル☆ドロップの後期テスターを任されていた。
ちなみに初期の試作品のテスターは"モルモット君"ことアグネスタキオンの担当トレーナーである。あらゆる実験事故に対処すべく特殊な訓練を受けている"モルモット君"だが、平時の食事にまで影響を及ぼすミラクル☆ドロップの臨床試験は過去イチで堪えたようで、現在は同僚が総出で高級料理店に連れ回している。
(そういえばこの変な飴のプロジェクト、
ミラクル☆ドロップと用意された野菜スティック、ニコニコ笑顔のマヤノトップガンを交互に見やりながら、ナリタブライアンはそんなことを思った。
竹を割ったような性格の彼女だが、その思考をマヤノトップガン当人の目の前で口にするほど空気が読めないウマ娘ではない。
「一番の難関だったブライアンさんもクリア出来たし、経過は順調って感じ☆ よーっし、他の人にも配ってこよっと!」
「おう。頑張れ」
「あ、そのシート1枚に20錠入りだから! また欲しくなったら言ってねっ、ブライアンさんには特別にタダで分けてあげる♪ じゃあグッバーイ!」
「あぁ、またな」
両手を広げて駆け出すマヤノトップガンを見送ると、生徒会執務室にはナリタブライアンだけが残った。
マヤノトップガンは要領が良い。他の生徒会メンバーと仕事をしている時には訪ねて来ない。
ミラクル☆ドロップの効力は平均して20分ほど続く。
ナリタブライアンはズッキーニのスティックをつまみ、一息に
普段なら顔も見たくないような野菜だが、いざ食べられるようになってしまえば、何も恐れることは無いのだ。