その頃、一乗谷遺跡では。
「あのー、あなたは。」
「はい、私は朝倉真紀です。」
「俺は、荒河 彰です。」
「それで、あなたはどうして。」
「私は今、ある仕事で福井に来ていたの。」
「それでか。」
「ええ。」
そう言って、朝倉はその場を離れていった。
彰は鳳来寺シオンと一緒に、夜の一乗谷を散策していた。
旅館に行くと、歩夢と侑の部屋から戻って来た。
「あら、彰くんに鳳来寺君。」
「ああ、俺は夜の一乗谷へ見学していたんだよ。」
「それで、夜の散歩に行っていたのね。」
「ああ。」
「まぁまぁ、とにかく明日は高岡へ行くんだから、もう寝ようか。」
「そうね。」
そう言って、歩夢と侑と彰と鳳来寺はそう言って眠った。
次の日、一乗谷遺跡を見物した歩夢と善子と南達は福井駅へ向かった。
「もう遅いな、主任は。」
「高山、すまん、すまん。」
「もう列車発車したかと思ったよ。」
「でも、まだ発車時間が十分ありますから。」
「えっ。」
「俺達が乗るのは福井発の北陸本線・信越本線経由の10時05分発の特急「かがやき5号」だよ。」
「あっ、そっか、まだ時間があるんだよね。」
「そうよ、慌てることはないのよ。」
「そう言えば、福井発の特急「かがやき」が運転されているなんて知らなかったよ。」
「うん、91年のダイヤ改正で福井発着も導入したんだ。」
「へぇー。」
10時05分、南と高山と歩夢達が乗った特急「かがやき5号」は定刻通り、福井駅を発車した。
「福井から富山へ行くには特急に乗って行けるんですね。」
「ええ。」
「福井から富山県の高岡へ行くには特急「かがやき5号」や新潟行の特急「北越3号」がある。」
「そうか、それに乗ると高岡へ行くことが出来ますね。」
「うん。」
南と高山達が乗った特急「かがやき5号」は福井から長岡を結ぶ新幹線連絡特急である、福井を10時05分に発車して、芦原温泉、加賀温泉、金沢、高岡、富山、直江津、終着長岡へは13時24分である、そこから上越新幹線に乗ると東京へ着くのは15時08分である。
「福井から富山へ向かって走って行くんだな。」
「俺、一度は特急「かがやき」に乗って高岡へ行って見たかったんですよ。」
「そうか。」
11時19分、特急「かがやき5号」は定刻通り高岡へ到着した。
「やっと、高岡か。」
「凄い町ね。」
「でも、文化の街って感じだよね。」
と、しずくは言った。
高岡市は、本州のほぼ中央にある富山県の北西部に位置し、市内の西側は山間地域、北東側は富山湾が広がるなど、自然が豊かな地域です。また、400年余りの歴史を持つ高岡には、伝統工芸や祭礼・歴史的建造物が数多く継承されており、見どころがたくさん。平成27年には、文化庁が設立した「日本遺産」に、高岡市の2つの物語が認定されました。
「ほう、福井から高岡へは近いんだな。」
「そうだよ。」
「そら、見てよ。」
「あっ、家持だよ。」
「じゃあ、彰くん、高山さん、写真撮ってあげようか。」
「うん。」
そして、南と高山達は家持の銅像の前で写真を撮ることにした。
高岡総合観光案内所
そこへ、歩夢は南と高山と鶴岡に高岡雅美のチケットを渡した。
「はい、これ。」
「ありがとう、歩夢ちゃん。」
「彰君と歩夢ちゃんはどういう関係。」
「ああ、幼稚園と学校の時からなんだよ。」
「それでか。」
「じゃあ、俺たちは高岡大仏へ行こうか。」
「ええ。」
高岡市の大佛寺にある青銅製阿弥陀如来坐像「高岡大仏」。
地元の銅器製造技術の粋を集め、1907年より26年の歳月をかけて完成したものです。高さ16m。小杉大仏、庄川大仏と共に越中三大仏の一つです。およそ800年前、承久の乱をさけて越中に入道した源義勝が木造大仏を造営したことがはじまりだといわれています。その後、何度も荒廃や焼失といった危機にあいましたが、人々の願いにより再建を繰り返し、今の形となっています。境内入口から台座までまっすぐ伸びた参道を、大仏様の顔を拝みながら歩みを進めると、大仏様の目が少しづつ見開かれていく様子を見ることができます。高岡大仏は出来栄えの素晴らしさから「日本一の美男」と呼ばれるほど!高岡大仏の特徴である「円光背」には、阿弥陀仏の仏徳を一字で表現する梵字「キリーク」が頂点に配されています。
「うわーっ、結構大きいんだな。」
「本当だな。」
「うん。」
「ねぇ、ちょっとお茶していかないか。」
「いいね。」
そう言って、南と高山は歩夢と侑と彰と一緒に高岡の有名なお茶店で一休みをしました。
木田芳香園
「へぇー、侑ちゃんと歩夢ちゃんは仲良しなんだ。」
「そうなの。」
「おう、ここのお茶は美味しいんですよ。」
そこへ、善子と花丸も来ていたのだ。
「あら、善子と花丸ちゃんも来ていたのか。」
「うん。」
「ずら丸が、どうしても一緒に抹茶の見たいって言ってたから、付いてきたのよ。」
「そうか。」
そして、大仏を見物した後は、山町筋へ向かった。
「ところで、山町筋へ行ったら何が出来るの。」
「ああ、山町ヴァレー行って見るか。」
「あっ、もしかして銅板体験ができるのね。」
「そうよ、歩夢。」
山町筋
「おう、凄い街なんだね。」
「うん。」
「これは凄いな。」
南と高山と鶴岡と善子と歩夢と侑としずくと彰と一緒に山町ヴァレーで銅板体験をした。
「私もできたよ。」
「歩夢も似合ってるよ。」
「本当ね。」
俺たちが作ったのは、銅板のキーホルダーである。
「私も作ってみたわ。」
「善子も似合ってるわ。」
「善子じゃなくて、ヨハネよ。」
「あ、悪い、悪い。」
と、俺たちは土蔵造りのまち資料館へ行って高岡の見物をしました。
そして、見物した後は高岡の銘菓店へ向かった。
「あっ、ここか。」
「ちょっと、寄って行こうか。」
「ええ。」
侑と歩夢としずくは、高岡の和菓子店へ寄ることにした。
歩夢達が来た和菓子屋は、菓匠 美都家。
高岡市にある昔ながらの和菓子店。江戸時代より知られる越中富山の丸薬「反魂丹」にちなんだ和菓子を製造・販売をする店として、昭和24年に創業した。高岡市ゆかりの歌人・大伴家持にちなんだ多彩な商品も好評。
「あら、花丸と善子の来てたのか。」
「うん。」
「うん、美味しい。」
「この餅は黄な粉がかかってるね。」
「うん、これは越中万葉っていうお菓子なんだ。」
「他にも、家持巻や万葉ロマンのあるんですよ。」
「この反魂旦も美味しいよ。」
「これはマルも大好きずら。」
「どれも、美味しそうよ。」
「うん。」
そう言って、南と高山達は高岡雅美を楽しんだ。
高岡市内を観光した後は、南と高山達は高岡駅から氷見線に乗って雨晴へ向かった。
まずは、伏木の勝興寺へ向かった。
勝興寺
彰は、本を読みながら言った。
春の苑 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つをとめ
「あっ、それ知ってる。」
「それ分るよ。」
「これはね、春の庭が紅色に美しく照り輝いています。 桃の花が木の下まで美しく照り映えた道に出てたたずむ少女よ。 この歌は、奈良時代の歌人大伴家持によって詠まれたんだよ。」
「そうなんだ。」
「私も、乙女心が分かってくるような気がするわ。」
と、侑としずくが言った。
二上山
玉くしげ 二上山に 鳴く鳥の 声の恋しき 時は来にけり
「ああ、それ知ってるわ。」
「本当か、善子ちゃん、花丸ちゃんも。」
「うん。」
「確か、二上山に鳴く鳥の、声の恋しい季節が来たって事ね。」
と、梨子は言った。
「そうだよ。」
そして、俺たちは雨晴海岸へやって来た。
「これは知ってるよ。」
「主任、本当ですか。」
「ああ、確か。」
馬並めて、いざ打ち行かな、渋谿の、清き礒廻に、寄する波見に
「これが、その万葉集ね。」
「そうだよ。」
「へぇー。」
そう言って、南と高山達の福井と高岡の旅を終えた。
そして、南達は雨晴温泉で1泊した。
「はぁー、北陸ながい旅だったな。」
「ええ。」
「シルバーウィークで旅行も行ったし、明後日からは仕事頑張るぞ。」
「ええ。」
そう言って、南と高山達は高岡駅で特急と新幹線に乗り次いで東京へ帰京しました。
そして、次の日
事件が起きたのだ。