ナニカサレタ魔法少女   作:きし川

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異形

 廃都市地域。かつては多くの人々が生活し、活気にあふれていたが、2000年初頭に起こった“大厄災”により壊滅した廃墟の街。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ!」

 

 ぺんぺん草すら生えていない、誰もいないはずの街を一人の少女がビルの間を駆けていた。

 

「ギギイッ!」  

「……ひっ!」

 

 呼吸を乱しながら、懸命に走る少女の前に子供ほどの体躯の怪物が現れる。

 緑の肌に醜悪な顔の――ゴブリンと呼ばれる怪物が怯える少女の前にヨダレを垂らしながら、近づく。

 

「く、来るな……っ」

 

 震える声で、虚勢を張って、少女は言った。しかし、ゴブリンは臆することなく、むしろ少女の反応を楽しむように舌なめずりをした。

 少女は震える足に力を入れ、ゴブリンをまっすぐ見据える。

 そして、自身の武器である両刃の直剣を出現させ、刃先をゴブリンに向けるように構えた。

 魔法少女(・・・・)である彼女の魔法を放つ際の構えだ。 

 

「シャイニング――」

 

 少女の持つ剣に魔力が集中し、碧く輝き始める。

 ゴブリンが身の危険を感じ、後ずさる。

 それを見た、少女はゴブリンが逃げる前に魔法を放とうと思った。

 

「シュー……がっ!?」

 

 魔法が放たれようとした瞬間、少女の後頭部に衝撃が走った。

 魔法は中断され、少女は前のめりに倒れる。

 頭の痛みに顔を顰めながら、後ろを向くと、そこには棍棒を持ったゴブリンがいた。

 それも一匹ではなく、三匹。

 

 少女とゴブリンの黄色い眼が合う。

 恐怖で固まる少女。そんな少女に対し、ゴブリン達は、

 

「ギイイッ!」

「う、ぎ……やめ……っ!」

 

 一斉に飛びかかり、棍棒を少女の体に振り下ろし始めた。

 魔法少女の体は普通の人間に比べれば遥かに頑丈で、その身に纏う衣装も見た目とは裏腹に優れた防御力を持っている。

 それでも、手足を踏まれ、何度何度も棍棒を叩きつけられては、堪らない。

 体が粉々になるのではないかと、思えるような衝撃と痛みの連続に少女は瞬く間に抵抗を辞めざるをえなかった。

 

「ギヒヒッ!」

 

 大人しくなった獲物を前に、ゴブリンの手が止まる。

 そして、少女の藍色の髪や腕を掴んで仰向けにすると、少女の白い女騎士のような衣装に手を掛け、引き裂き始めた。

 

「い……っ、いやああああっ!」

 

 少女は知っている。

 魔法少女の敵であるモンスターの中には、魔法少女を捕らえて慰み者にする種がいることを。

 何人もの魔法少女達が、身も心も汚されて廃人になったことを、知っている。

 だから、これから自分が何をされるのか、少女はすぐにわかった。

 

 手足をバタつかせ、髪を振り乱して、周りのゴブリン達を遠ざけようとする少女。

 

「ギイッ!」

「ごふ……っ!?」 

 

 暴れる獲物に苛立ったのか、ゴブリンは少女の腹に棍棒を振り下ろした。

 吐瀉物に溺れそうになっている少女を尻目に、衣装を剥ぎ取っていくゴブリン達。

 このまま自分も汚されて、死んだように生きる廃人になるのか。

 

「その辺にしておけ、ゴブリン共」

「ギ?」

「……え?」

 

 不意にかけられた声に、ゴブリン達は手を止めて、声のした方を見た。

 そこには異形がいた。

 

 獣の耳と毛に覆われた長い尻尾を揺らす黒い長髪の裸足の少女。

 両目は包帯で覆われて、首と手首足首には鉄枷が付けられ、枷から伸びる鎖を胴と手足に巻きつけている。

 身に纏う金の刺繍が入った黒いワンピースのような衣装は所々破れ、汚れていた。

 さながら、牢屋から脱獄した囚人のような姿の異形。

 

「ギ……ッ」

 

 女であれば、まず犯すことを考えるゴブリン達も、異形の放つただならぬ雰囲気に萎縮した。

 

「そこの少女」

「……っ」

 

 急に話しかけられ少女はどきりとした。

 

()同業のよしみだ。助けてやる、起きるんじゃないぞ」

 

 異形はそう言って右腕に巻いた鎖を解いた。

 鎖は重力に引かれ、地面に垂れ、カチャンと音を立てる。

 

「――ギッ!?」

 

 瞬間、少女もゴブリン達も知覚できない速さで接近した異形が、横薙ぎに振るった鎖によって、ゴブリン達の首が宙を舞った。

 首の断面から血が吹き出し、地面に横たわる少女に降り注いだ。

 

「……え、え……っ!?」

 

 体を濡らす生暖かい血の気持ち悪い感触に少女はハッとなった。

 未だに状況が飲み込めず、首のないゴブリンと目の前の異形を交互に見て慌ただしくしている。

 

「大丈夫か?」

「うえっ!? は、はいっ! 大丈夫です!」

 

 咄嗟に少女はそう言った。すると、異形は「そうか」と呟いて、「それは良かった」と少し微笑んだ。

 

「ここにいるのは君だけか? 他に仲間は?」

「えっ、えと、3人います。先輩と……私と同期の子が二人」

「3人……はぐれたのか?」

「はい……実地訓練でここに来たら急に、羽の生えた鬼みたいなモンスターが襲ってきて……」

 

 ぽつりぽつりと少女は語る。

 彼女は、まだ魔法少女になってから日の浅いルーキーだった。

 そのため今日は、『魔法の国』が定めた規定により同期である魔法少女と共に先輩と実地訓練をする予定だった。

 そこへ突如として現れた蝙蝠のような羽をはやした赤い鬼に襲撃を受けて、散り散りになって逃げていたところをコブリン達に襲われていたのだった。

 

「鬼のようなモンスター……魔人(デーモン)か。マントは付いていたか?」

「えと、はい。付いていました……」

「なら、上級の魔人(デーモン)だな。……運が良い」

「……?」

 

 少女は首をかしげた。

 運が良いとは、どういう意味だろうか。

 

「さて、ここでずっと話をしていたら、またゴブリン共が来るかもしれん。早く衣装を修復してすぐに帰るんだ」

 

 異形はそう言って「こっちへまっすぐ行けば早く着くぞ」とその方角へ指さして言った。

 

「あ、あの……っ! お願いがあります。どうか先輩やわたしの同期の子達を助けてくれませんか? もしかしたら、私みたいにモンスターに襲われているかも」

「いや、それはない。もう死んでいる」

「……えっ?」

 

 異形の言葉に少女は固まった。そんな少女を置いて、異形は言葉を続ける。

 

「ここは静かな場所だ。どこかで戦闘があれば、聞こえるはずだが聞こえない。恐らくは魔人(デーモン)に殺されただろうな」

「そ、そんな……っ、もしかしたらどこかに隠れて助けを待っているかもしれないじゃないですか!」

 

 少女は望みを捨てなかった。

 自分も助かったのだから、他の子もきっと……。

 そんな風に楽観視していた。

 少女の様子に小さくため息をついて、異形は言った。

 

「……なら見に行こうか、君の仲間を」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「嘘……なんで……」 

 

 少女は口元押さえて、膝から崩れ落ちた。

 少女の目の前には、地面に転がる3つの赤い物体。

 遠目から見て、何なのか判断はできなかったが、それは四肢を千切られ、(はらわた)をえぐり出された、人間の死体だった。

 3つの内、2つは頭もなかったが、1つは頭が残っていた。

 その顔は恐怖や痛みによって歪んでいたが、少女の同期の魔法少女だとすぐにわかった。

 

「なんで……わたしは、助かったのに……」

「……正確には、君は生かされたんだ。魔人(デーモン)はモンスターの中でも、特に残虐性に富んだ種族だ。すぐ殺せるような格下でも、すぐには殺さずにじわじわと壊していくし、わざと(・・・)逃して安心したところを襲って、絶望させる」

 

 少女は後者に選ばれた。だから、“運が良かった”なのだ。

 

「どうして……そんなことを」

「面白いんだろうな。助けや許しを乞う姿や泣き叫ぶ姿、呪詛を吐く姿を見るのが」

「……許さない」

 

 少女は拳を握りしめ、小さく呟いた。

 脳裏には、あの魔人(デーモン)の顔が思い浮かんでいた。

 自分達を見下ろして、あざ笑うあの表情。

 

 許さない。

 絶対に、許さない。

 

「絶対に、殺してやる……っ」

「憎いか? 君の仲間を殺した魔人(デーモン)が」

「……はい」

「そうか。なら、君は魔法少女を辞めるべきだな」

「……えっ?」

 

 少女は異形を見上げた。

 異形は少女の方ではなく、空を見上げながら言った。

 

「君みたいに仲間を惨い殺し方で殺され、魔人(デーモン)に復讐を誓った魔法少女はたくさん見てきた。けれど、誰一人として魔人(デーモン)に挑んで戻って来たのはいなかった。きっと、君もそうなるだろう。そうなる前に、魔法少女なんか辞めるべきだな」

「っ……今のわたしが敵わないのはわかってます。だから、訓練して、強くなって……あの魔人(デーモン)を倒しますっ!」

「じゃあ、もし君が強くなる過程であの魔人(デーモン)に再会し、しかも向こうは君のことを憶えていて、仲間のことを嘲笑(あざわら)われても、君は我慢できるんだな?」

「それは……」

 

 少女は異形が言った状況を想像して、考えた。

 

 無理だ。我慢なんかできない。

 怒りに任せてあの魔人(デーモン)を殺そうとするだろう。

 

「できないだろう……君は優しい子のようだから」

「……じゃあ、どうしたらいいんですかっ!? この怒りは、どうしたらいいんですか……っ」

 

 少女は泣きながら、異形に言った。

 異形はすぐに答えを出した。

 

「魔法少女を辞めろ。そうすれば、君は魔法少女の全てと共にその怒りを忘れることができる」

「……どういうことですか」

「魔法少女を辞める時、魔法の国は機密保持のために記憶処理を施す。強力な処置だ。何かの拍子に思い出すなんてことは一切ない……それにだな、私個人としては君みたいな優しい人には平和に暮らしていてほしいと思っている。こんなご時世だ、誰かに優しくできる人なんてとても少ないからな」

「……っ」

 

 少女は俯いて、何も言わなかった。

 ただただ敵を討てないことへの悔しさに涙を流した。

 

「さて……」

 

 異形が肉塊と化した少女の仲間へと歩き出した。

 少女は異形に「なにを……?」と声をかけた。

 

「いやなに、弔ってやろうと思ってな。面識はないが元同業のよしみだ、これぐらいはやってもいいだろう」

 

 手や衣装が血で汚れることに構わず、異形は遺体を2体脇に抱きかかえた。

 

「わたしにも、手伝わせてください……」

 

 少女がもう一つの遺体を抱きかかえた。

 

「忘れること……許してはくれないかもしれませんが、それでも弔いたいんです」

「……いいよ。ついて来な」

 

 異形と少女は亡骸を抱え、郊外の森に亡骸を埋葬した。

 その後、少女は異形と別れ、魔法少女の活動を支援している魔法少女機関に帰還し、今回のことの報告と同時に辞職を申し出た。

 数日に及ぶ取り調べの後、申し出は受理され、少女は魔法少女に関わるすべてを忘れて平和な日常へと戻っていった。

 

 

 

 

 これが後に『アンノウン』と呼称される異形の少女と魔法少女が接触した最初の事例だった。

 

 

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