日本に二ヶ所ある都市エリアのひとつ、大阪エリア。
全都市エリア一賑やかな場所と呼ばれる商店街は、今日も縁日のような賑わいを見せていた。
そんな人々で溢れかえりそうな商店街の道を異形の少女と大阪エリア担当の円卓の魔法少女――ライヒメは練り歩いていた。
なぜこんなところに二人がいるのかといえば、単純に追い出されたのだ。
昨日、思う存分酒盛を繰り広げた結果、執務室を酒臭くしてしまい、朝になってやってきた藤村にしこたま説教され、掃除の邪魔だからと放り出された。
そして、どうしようかと話し合った末、ライヒメが街を案内することになった。
「人がいっぱい……それも、みんな幸せそうだ」
視覚代わりの
「そうでっしゃろ? ここは世界一笑顔に溢れた都市なんやで、すごないですか?」
うんうんと、頷いて同意する異形。
ライヒメの言う通り、この大阪エリアは、どこもかしこも活気に溢れている。
“大厄災”以前と同じように、だ。
都市エリアにも居住区にも、“大厄災”で受けた心の傷により生活に影を落としている者は多い。
僅かな物音にひどく怯える者。
突然、泣き叫ぶ者。
悪夢にうなされる者。
そういった者たちがこの大阪エリアには居ないのだ。
しかし、異形には気になることがある――
「そういえば私、普通に街の中歩いてるけど、誰も気にしてないみたいだね?」
異形の姿は人間のソレからかけ離れている。
“大厄災”でトラウマを抱えている者が見れば、間違いなく化け物と呼ばれるだろう。
「……ああ、大阪人は懐が深いさかいに、多少ヘンな格好しとっても誰も気にせいへんで」
笑みを浮かべてライヒメはそう言って、「それにウチは、その耳と尻尾、結構気に入ってますよ――触ってて気持ちええし」と、続けた。
それを聞いた異形は「そう……?」と、曖昧な笑みを浮かべた。
なぜなら、あの変態伯爵――ロベルト・バルク・メンフィス伯爵にも同じことを言われたからだ。
いやらしい手付きで耳や尻尾を触られながら、耳元で囁かれるのだ。
異形にとっては、思い出すだけで鳥肌が立つ所業である。
「せ、せや! 先輩、お腹
異形の様子を見て、地雷を踏んだと思ったライヒメは慌てて話題を変えた。
「うん、空いたね」
異形がそう頷いて答えると、「じゃ、あそこのたこ焼き食べませんか?」と、一軒のたこ焼き屋を指さした。
「たこ焼きかぁ……久しぶりだなぁ」
いま思えば、地球産の食べ物を食べるのは、こっちに戻ってから初めてだな、と、異形は思った。
「おっちゃん、たこ焼き二人分頼むわー」
「はいよー」
人々の間をするすると進み、ライヒメはたこ焼きを注文する。
受け取るまでの間、異形は邪魔にならないよう道の端で待っていた。
「……ん?」
ふと、視線を感じた異形は視線を感じた方向へ顔を向けた。
向けた先には、建物の間から異形を見る、フードを深く被ったパーカーを着た男がいたが、異形が顔を向けた瞬間、隠れてしまった。
その一連の動作は、異形には見えていなかったが、急に消えた視線と足早に遠ざかっていく気配で怪しいと感じた。
「お待たせー。たこ焼き持ってきたでー……って、どうしたん、先輩?」
「……いや、なんでもないよ」
今の自分はかなり異質な姿をしている。
いくら大阪人は懐が深いとはいえ、きになるひとにはきになるんだろうと、完結し、異形は男のことを頭の隅に追いやった。
「それより――たこ焼き、どこで食べようか?」
「近くに公園があるさかい、そこで食べましょか」
二人は近くの公園へと、足を向けた。そして、公園内にある背もたれのないベンチに座り、たこ焼きを食べ始めた。
つまようじをたこ焼きに刺し、ひょいと口に入れる。
「あちっ! ……はふ、はふ……っ」
出来立てのたこ焼きの熱さ異形は悶える。
それを見てライヒメは「大丈夫かいな?」と、声をかけつつ水の入ったペットボトルを渡した。
こんなこともあろうかと買っておいたのだ。
異形はそれを受け取って一口飲み、ライヒメに返してから、もう一つ――今度は息を吹いて冷ましてから、食べた。
「……美味しい。こっちの食べ物ってこんなに美味しかったんだ」
そう言って頬を緩ませた。
異形の反応が嬉しくライヒメも笑みを浮かべ、
「せやろせやろ。これが本場のたこ焼きなんやー」と、ライヒメは言った。
だが、異形は3つ目を食べたときに違和感を感じた。
「あれ? でも、なんか……
「先輩……なんで……」
「……あれ? なにか変なこと言った?」
ライヒメは答えない。
異形には見えないが、言おうとして思い留まろうと、口を小さく開閉させている。
少しの沈黙、その間に異形はライヒメが何かを隠していることを察した。
「……ま、いいか! たこ焼きが美味しいことに変わりはないしっ!」
そう言って、たこ焼きを食べる。
とても美味しそうにだ。
「茉莉ちゃんは食べないの?」
「え、あっ……先輩、その……」
ライヒメは言うべきだと思った。しかし、異形に――かつて“最初の魔法少女”と呼ばれた少女に言うべきか悩んだ。
「言いたくなったら、言いなよ」
「っ! ……気にならへんの?」
「気になるけど、言いたくないんでしょ?」
ライヒメははっきりと答えず、曖昧な表情を浮かべた。
「ねーねー」
どこからか5歳くらいの男児が歩いてきて、後ろから異形に声をかけた。
「ん? なぁに?」
異形は振り返って、優しく聞き返した。
「コレ、触っていい?」
そう言って男児が指さすのは、異形の尻尾だ。
「いいよぉ」
異形が許すと男児は尻尾を撫で始めた。
「わぁ……モフモフだぁ……! お犬さんみたいーっ!」
「犬……」
異形は苦虫を噛み潰したような顔をして呟いた。
異形は犬が嫌いである。
正確には、“犬”という単語が嫌いである。
某伯爵に管理されていた頃、犬のマネをさせられ、公衆の面前で屈辱的な行いをさせられたからだ。
「先輩……エラい顔になっとるで……」
「おねえちゃん、どっかいたいの?」
「……うん、だいじょーぶ、気にしないで」
口元で笑みを作りつつ、青筋を立てる異形。
伯爵の手で行われた屈辱を思い出し、怒りが込み上げてきたのだ。
――あの時、もっと痛めつけてから殺せばよかった……っ!
「ふぅ……」
異形は息を吐いた。そして、心の内で自分に「もう終わったことだから、いいじゃないか」と、語りかける。
「……そーれっ」
「うわっ! あは、あははっ! すごいすごいっ!」
怒りを抑えた異形は、長い尻尾を器用に男児の体に巻きつけて、持ち上げた。
尻尾による高い高いである。
心配させたお詫びだ。
その後、公園内で遊んでいた同じ年頃の子供たちも興味を持ったのか参加し、尻尾を滑り台のようにして、保護者が迎えに来るまで遊んだ。
「いやー子供ってのは、元気だねー」
撫でられたり、引っ張られたりと、もみくちゃにされた尻尾の毛を撫でて整えていた。
「まぁ、子供が元気なのは、いい国の証拠だけどね――さて」
異形はベンチから立ち上がる。
「帰ろっか」
「せやな」
たこ焼きの器を公園のゴミ箱に捨てつつ、異形とライヒメは機関に帰った。
◆
大阪エリアの繁華街から離れた倉庫区画。
使われていない倉庫に複数人の若者たちが集まっていた。
「この度、集まってもらったのは他でもない。かねてより教祖様が予言されていた“首輪付きの獣”が大阪エリアに現れた」
フード付きのパーカーを着た男の言葉に他の若者たちはどよめく。
「それは、本当なのか?」
「ああ、間違いない。――獣の耳に尻尾を生やし、鉄の枷を嵌めていた。教祖様が言っておられた通りだった」
「ということは、いよいよ始まるのだな」
「……ああ、そうだとも」
パーカーの男が腕を突き出し、手のひらの上に
「教祖様より与えられたこの“
周りの若者達がパーカーの男の言葉に集中する。
「人々は今、救いを求めている。エリア運営委員会は
パーカーの男は大きな身振りで演説する。
周りの若者達は静聴している。
「もはや、倫理委員会も魔法少女機関も――人類を守る資格はない! ……では、誰が人々を守るのか!」
「我々である!」と、自分を指差しながらパーカーの男は力強く宣言する。
「我々――“新人類真理教”が人々の導き手になり、同時に守り手になるのだ!」
然り、然り、然り! と、若者達が同時に叫ぶ。
それを聞いたパーカーを着た男は満足げに笑みを浮かべ、「諸君!」と、声高らかに叫ぶ。
「世に平穏をもたらそうっ! “首輪付きの獣”を倒し――我々が、我々こそがっ! この暗黒の時代に光をもたらす救世主なのだと、証明するのだっ!」
然り、然り、然り! と、若者達が叫ぶ。
「さぁ行こう! 聖戦の始まりだっ!」
パーカーの男を先頭に、若者達は倉庫を出る。
向かう先は、人々を脅かす獣。
人類種の天敵たる化け物。
彼らは
同時に世間知らずの愚者である。
彼らは知らない。
自分たちが挑もうとしているのが、エリアの外を