ナニカサレタ魔法少女   作:きし川

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帰郷

 彼はどこにでもいる至極平凡な青年であった。

 学業もスポーツも、並程度にはできる。だが、これといって特技もなく、趣味を持たなかった。

 そして、あまり異性と付き合おうとも思わなかった。

 

 周りで誰々が誰々と付き合った、または別れた。そんな話を聞いてもピクリとも彼はそんな気を起こさなかった。

 別に彼は同性愛者だったわけではない。ただ勝手の分からない異性との交流が面倒くさそうだと思っただけだ。

 

 だからだろうか。

 もし彼をこの世界に転生させたナニカシラがいたとして、異性との交流に消極的なこの男を「じゃあ男である必要ないよね?」と女性に転生させるのは、ある意味妥当だったかもしれない。

 

 転生を自覚した当初、彼は戸惑い混乱したが次第に女の体には慣れていき、むしろ自分は第二の人生を送っているんだなと、はっきり自覚できた。

 とはいえ、結局、彼――彼女の人付き合いは前世と変わらず、接し方の分からない女よりも大体付き合い方が分かる男とつるんでいた。

 距離感が近い彼女に何人かの男子生徒が誤解をして、玉砕されていったが、どうでもいいことだ。

   

 同じような生き方をしているが前世との相違点を強いてあげるのならば、少々やりすぎる程度の親孝行に初めてできた兄弟姉妹だろうか。

 

 前世の彼は、早くに両親を亡くしていた。

 もっと親孝行をしておけばと、彼は悔やんだ。だから、今生では、たくさん親孝行をしようとやりすぎて苦言を言われる程度に孝行をしている。

 

 前世の彼は、一人っ子だった。だから、兄弟姉妹がいる友人が少し羨ましいと思っていた。そして、彼は今生で上に二人の兄と姉を、下に妹と弟を得た。

 せっかくできた兄弟姉妹達だ。大切にしよう、仲良くしようと、彼は思った。

 

 そんなこんなで時が流れ、15歳になり、彼女にとっては2度目の高校受験のための勉強をしながら、21世紀を迎えた時――世界が一変した。

 真冬の夜空に穴が空き、様々な姿をした怪物達が街へ降り注ぎ、お祭り気分だった街を阿鼻叫喚の地獄に変えた。

 後に、“大厄災”と呼ばれる災厄は多くの人命を奪い、居場所を奪った。

 

 彼女の今生の両親も怪物により殺された。

 彼女は、怒りに震えた。

 止めようとする兄弟姉妹を振り払い、兄の持っていたバットを奪って、怪物に挑んだ。

 当然、彼女では怪物に傷を負わせるどころか、餌をくれてやるようなものだ。

 

 しかし、彼女は選ばれた。

 最初の魔法少女。怪物を殺せる存在に――

 

 

 

 ◆

 

 

 

「相変わらず静かだが……ここの雰囲気は変わらないな」

 

 都市部に近い廃墟ばかりの住宅街。

 元から閑静な住宅街だったが、今は都市部同様に生物の気配を感じさせず、死んだように静かだ。

 ただ都市部と違い、植物は僅かにだが、懸命に生きていた。

 異形の少女は目が見えないため、ここへ踏み入れたときには気づかなかったが、割れたアスファルトの隙間から生えた名も知らぬ雑草を偶然踏み、裸足の足裏でその感触を確かめたあと、まだ(・・)ここは汚染されきっていないことを知って、嬉しそうに微笑んだ。

 

 道を歩き続け、とある一軒の家の前で異形は立ち止まった。

 窓は割れ、壁は所々黒ずんでいる。

 長い間放置された庭は草が茂って、面影がない。

 

「……分かってはいたが、荒れてるな」

 

 見えなくてもかつての家の惨状を異形は感じ取った。

 ここは、彼女の家だ。

 築40年近くの鉄筋コンクリートの一般住宅。

 あの大厄災の日以降、一度も帰ることができなかった家だ。

 

 当時の記憶を頼りに異形は玄関扉の前まで歩き、ドアノブに手をかけた。

 ドアノブをひねり、引くと、金属の軋む音を鳴らしながら扉が開いた。

 

「鍵をかける暇もなかったからな……」

 

 異形は大厄災の日のことを振り返る。

 日付が変わって数分、外から悲鳴が聞こえ、何事かと窓から外を見ていると、父親が慌てた様子で「逃げるぞ!」と部屋に入るなり言った。

 幼い妹と弟を父親と兄が背負い、着の身着のまま、何も持たずに外へ飛び出した。

 そして、その後――

 

「……思い出さなくてもいいな」

 

 余計なことまで思い出しそうになり、異形は首を振った。

 玄関をくぐると、埃っぽさとカビ臭さが混じった臭いに異形は顔を顰めた。

 

「放ったらかしだったからなぁ……」

 

 異形は廊下を歩き、リビングに繋がる扉を開けた。ここも臭いが酷い。特に右側、キッチンのある方から特に酷い臭いがする。

 異形は右側には行かずに左側に迷わず足を向けた。人よりも嗅覚が鋭敏になっている異形にとってキッチンは酷だからだ。

 

「おっ、ここは……」

 

 当時の記憶を頼りに左手で壁に触れながら進むと異形の手が隣の和室につながる(ふすま)に触れた。

 触れた位置から少しずつ手の位置を下げると、襖の紙の質が変わる。

 

「確か、兄さんが破っちゃったんだよなぁ……」

 

 リビングで異形の少女の兄が、ヒーローごっこをしていて勢い余って襖を蹴り破ってしまった。それを父親が直した跡だ。

 

「いやぁ……あの時の父さんの拳骨は痛そうだったなぁ……」

 

 懐かしむように異形は呟いた。

 そして、その後号泣する兄の頭にできたたんこぶを笑いながら叩く姉の姿を思い出して、くすりと笑った。

 

「おっと」

 

 さらに足を進めると、床を踏み抜きそうになった。窓が割れているせいで雨ざらしになり、かなり傷んでいるようだ。

 異形は、足裏の感覚を頼りにまだ無事な場所を選んで歩き、リビングに敷かれたカーペットの中央に胡座をかいて座り込んだ。

 庭に面した割れたガラス戸から風が吹き込む。その風を背中に受けて、異形は自分が今どこを向いているのかを知る。

 同時に懐かしい光景が脳裏に浮かんだ。

 

 正面には、家族7人が料理を囲むにはやや小さかったテーブルと7人分の椅子が。

 その向こうには、母が忙しく料理していたキッチンが。

 右側斜め後ろの部屋の隅には、ブラウン管テレビが。

 左側の壁際には、家事を終えた母がよく昼寝をしていた3人ぐらいが座れるソファが。

 その他、家具や散らばったおもちゃ、色々なものが浮かんだ。

 

「ああ……帰ってきたんだな」

 

 異形はやっと帰ってこれたことを実感した。

 ふと、あることに気づいて異形は「あっ」と声を出した。

 

 ――そういえば、自分はまだアレを言ってないじゃないか。

 

「――ただいま」

 

 少し息を吸って、静かにハッキリと、異形は言った。

 ただいま。

 あの大厄災の日までは、最低でも一回は言っていた言葉。

 魔法少女になってからは、一度も言えなかった言葉を異形は22年ぶりに言えた。

 

 22年。

 魔法少女として、戦ったのが2年。

 そして異形はまだ知らないが、彼らの本拠地である“魔界”に攻め入って、敵に捕まり、筆舌に尽くし難い様々な目にあって、やっと自分の世界に戻ってくるのに、20年の月日が経っていた。

 

「はぁー……」

 

 異形は長くため息をついた。

 ずっと張り詰めていた糸を緩ませた気分だ。

 他の場所では得られない安心感。

 体と心を落ち着かせられるのは、異形にとってここしかない。

 

「探したぞ」

 

 音もなく庭に降り立った一人の少女が異形に声をかけた。

 

「お前が報告にあった化物だな」

 

 白い着物に青い(はかま)。腰には刀を帯び、黒い長髪をポニーテールにした少女。

 格好だけ見れば、侍のような出で立ちだが、少女から威圧するように放出されている魔力が少女を魔法少女だと表している。

 

「報告では都市部にいた。とあったが、こんな場所にいたとはな」

 

 異形は少女に対し、何も反応しない。

 せっかく寛いでいたのに、邪魔をされてしまってげんなりしていた。

 

「どうした。何か言ったらどうだ? 報告が正しければ人の言葉を喋れるのだろう? さては、私の魔力にあてられて言葉も出ないか」

 

 どうやって帰ってもらおうかと、考えていると、侍少女はそう言って、異形を鼻で笑った。

 

「報告書を読んだときは、どんな化け物かと思ったが、拍子抜けだな。所詮は訓練で怖くなって、魔法少女を辞めた臆病者の報告書か。情報伝達もろくにできないならいなくなって正解だったな」

 

 異形は顎に手をやって考えている。

 

「まぁ、居なくなったやつのことなど、どうでもいいか。それよりもこの化け物をどうするかだな」

 

 少女は未だになんの反応も示さない異形を見た。

 汚れたボロい衣装を着て、首と手首足首に鉄枷を嵌め、胴と手足に鎖を巻いている。

 ハッキリ言って弱そうだと、侍少女は心のなかで思った。

 今なら背中を向けているから、一撃で両断できるとも思った。

 

 しかし、人語を喋る化け物は前例がない。ならば、研究のために捕獲した方がいい。そうすれば、自分は機関に対し貢献ができ、あわよくば昇級できるかもしれない。

 

「よし。おまえを機関へ連れて帰る。抵抗するなよ? 私はいつでもお前を殺せるんだからな……ああ、万が一に備えて、拘束はさせてもらうぞ。ちょうどいいものをつけているようだからな」

 

 侍少女は異形が身につけている鉄枷と鎖を見ながら言った。

 

「なに、心配することない。大人しくしていれば殺されることは――」

「悪いが、お嬢ちゃん。今忙しいから帰ってくれないか?」

「ない……って、は?」

 

 侍少女の言葉を遮って異形はようやく言葉を発した。

 異形は侍少女の話を聞き流しながら、どうやって帰ってもらおうか、色々と考えていた。しかし、どれもこれも上手くいきそうになかったので、仕方なく直球で言った。

 

「やっと家に帰って来たんだ。ゆっくりさせてくれ……話はまた今度、な?」

「……」

 

 侍少女は固まっている。それに構わず、異形は続ける。

 

「それと、機関に行くのは……今は(・・)遠慮させてもらう。もう一度、ここに来るか……この辺りを探してくれ、当分の間はここを離れるつもりはないからな」

「……ふざけるな」

 

 侍少女は拳を握りしめ、肩を震わせた。

 

「人が優しくしてやれば、調子に乗りやがって……っ! もういい、お前はここで殺すことにするっ!」

 

 侍少女は刀を鞘から抜いた。

 一方、異形は背中を向けたまま、「もうちょい交渉事の練習したほうがいいな」と(かえり)みた後、実力行使に出た。

 

「帰れ」

 

 異形の感覚でほんの少し(・・・・・)だけ魔力を侍少女に向け放出した。

 

「う……ぁ、……っ」

 

 魔力をあてられた侍少女は、ふらつき、呼吸を乱した。

 全身が震え、汗が吹き出し、刀をカチカチと鳴らした。

 

「二度は言わないぞ」

 

 異形はそう言って、魔力の放出を止めた。

 

「ぷ、はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 侍少女は倒れそうになり、刀を地面に突き立て杖代わりにして、息を整えた。

 呼吸を整え、顔を上げ、異形を見る。

 先程と変わらず背中を向けている。

 だが、さっきのように殺せるなどと、到底思えなかった。

 

「お、憶えていろ……今日のこと、必ず後悔するぞ」

 

 苦し紛れに捨て台詞を吐いて、震える足を懸命に動かして侍少女は帰っていった。

 侍少女が去ってすぐに異形は「ふう……」と息を吐いた。

 

「これで、ようやく寛げる」

 

 胡座をかいたまま脱力すると、だんだんと眠くなってきた。

 

 ――今日は、よく寝れそうだ。

 

 異形は胡座をかいたまま、22年ぶりに安眠した。

 

 

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