ナニカサレタ魔法少女   作:きし川

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再会

 廃墟の住宅街。

 そこに立ち並ぶ、帰ってくるものがいない家々の中に一軒だけ小綺麗な家があった。

 割れていた窓ガラスは修復され、黒ずんでいた壁も白くなっている。

 新築とまでは言えなくとも、周りが廃墟だらけの中に佇む家は砂漠に咲く花のような存在感を放っていた。

 

「やっと終わった……」

 

 かつては雑草に埋もれ腐りかけていた小さいウッドデッキに異形の少女は腰を下ろして、心底疲れたといった様子で呟いた。

 

 久しぶりの安眠から目覚めた彼女は、さっそく朽ちかけの家の修復作業に取り掛かった。

 まず雨風が入ってくるのを防ぐために窓ガラスを修復した。そして、次に腐りかけていた床を直した。

 異臭を放つ冷蔵庫は本体ごと捨て、ゴミや風に乗って入って来た落ち葉も清掃した。

 内部での作業を終えた彼女は、そのまま外部の作業に移り、庭の草を全て刈り、壁を高圧の水流で洗い流した。

 これら、すべての作業を元魔法少女らしく魔法で完遂した彼女は「んーっ」と、背筋を伸ばした。

 

「……他の家も、直さないとな」

 

 何かと煮物料理をおすそ分けしてくれるお婆さんが住んでいた右隣の家。

 兄が片思いしていた同級生の女の子が住んでいた左隣の家。

 強面だが意外と優しいおじさんが住んでいた向かいの家。

 その他、関わることがなかった人の家。

 

 異形はそれらすべての家を修復して、生まれ育った故郷を形だけでも元に戻したいと思った。

 帰ってくる人間がもういないとはいえ、この街は異形にとって思い出の多い場所だ。 

 多くの街が忘れ去られては朽ちて、忌々しい怪物達の住処にされている。だが、この街だけは未来永劫とは言わずとも、自分が生きている間はただの廃墟の街にはしたくない。

 ――絶対に、元に戻す。

 そう決意したときだった。

 

 人の耳よりよく聞こえる獣の耳が耳障りな音を拾った。

 

 品性のかけらもない気持ち悪い笑い声。

 ねちゃついた臭い息づかい。

 ひたひたと他人の土地に踏み入る無法者の足音。

 

「……ああ。そういえば、長いことそうじ(・・・)してなかったから、ゴミがだいぶたまっているか」

 

 私の街に、こんな音はいらない。

 街は常に清潔で健全でなくてはならない。

 

「久しぶりにやるか、街清掃」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 定期会議から1週間後、ようやく時間を作れたエスパーダは、会議にて決めた通りに例の知的生命体の所へと向かっていた。

 

 東京エリアを担当する円卓の魔法少女、レディグラスから場所を知らされた時、エスパーダは驚いた。そこは、彼女の親友“最初の魔法少女”が大事にしていた場所だった。

 “最初の魔法少女”は、世界各地に侵攻していた魔界の軍勢を掃討しながら、空いた時間があれば、必ず故郷の街に戻り、清掃をしていた。

 

 もはや誰も戻ってこない街にどうしてそこまで執着するのか、その理由が分からず当時のエスパーダは“最初の魔法少女”に質問した。

 それに対し「そんなことはない。必ず人は戻ってくる。私がそうする」と、“最初の魔法少女”は力強く返した。

 どれほど戦況が悪化しようと“最初の魔法少女”は決して人類の復興を諦めていなかったのだ。

 そして何よりも、その街は“最初の魔法少女”の生まれ故郷。

 数多くの思い出があるその土地を、侵略者に踏みにじられることを嫌うのは至極当然だったと思える。

 当時のエスパーダにもその気持ちは理解できた。だから、“最初の魔法少女”の街の清掃を自分から手伝い、清掃中に“最初の魔法少女”の思い出話を聞いたりして、エスパーダ自身も彼女の街を守りたいと思っていた。

 だが、“最初の魔法少女”が魔界に行ってからは、清掃の頻度が減り、今の立場になってからは、出来なくなっていた。

 

 もしかしたら自分は“最初の魔法少女”と一緒に居たいがために清掃の手伝いを利用していたんじゃないか。

 そう思うと、エスパーダは途端に自分のことが卑しく思えて、嫌いになった。

 

「っと、いけないいけない」

 

 エスパーダは頭を振って、ネガティブな方へ行きそうになる思考を止めた。

 “最初の魔法少女”がいなくなってから、ネガティブな考え方をすることが増えてしまった。

 全魔法少女の代表がそんなことを考えていてはいけないと、周りには気づかれないように心の奥底に押し込んでいる。

 

「……これは」

 

 住宅街を進んでいると、エスパーダは道路に引きずられたような血の跡を見つけた。

 それが十数本。道路の先まで続いている。

 

 エスパーダはその場に屈み、血の跡に指先で触れた。

 血の跡はまだ湿っていて、エスパーダの指には赤い血がついた。

 この道路に血がついてから、それほど時間が立っていないということだ。

 エスパーダは指についた血の匂いを嗅いだ。なんの血か知るためだ。

 

「……モンスターの血だ」

 

 何度も嗅いだモンスターの血。

 返り血を浴びる機会が多いエスパーダにとって、間違いようのない匂いだ。

 

「足跡……」

 

 引きずられた血の跡に混じって、人間が裸足でつけた足跡があるのをエスパーダは見つけた。

 足のサイズや歩幅から推測するに自分と背丈が同じぐらいの人間のものだと理解できた。

 歩きながら道路に残された血の跡を見ていると、人間の足跡は何度か往復しているようであり、一人分だけだということもわかった。

  

 モンスターを殺し、どこかへ運んでいるのは、この足跡の人間で間違いない。

 そして、モンスターを殺せるということは、魔法少女であるということだ。

 しかし、例の知的生命体のことがあり、今はこの辺り一帯が無許可での立ち入りを禁止されているはずだ。

 ――いったい、誰が?

 

 一番に考えられる候補は例の知的生命体だ。

 報告になった特徴から考えるにモンスターの可能性は低いと、エスパーダは考えているが、もしモンスターであれば、不思議なことではない。

 飢えたモンスターが同族を襲って食らうことは稀にあることなのだから。

 

「……っ」

 

 血の跡に沿って歩いていくと、エスパーダは住宅街近くの公園にたどり着き、息を呑んだ。

 かつては子ども達が遊んでいたであろう公園の中央には、おびただしい数のモンスターの死体が山のように積まれ、流れ出た血で公園の地面は真っ赤に染まっていた。

 その死体でできた山のそばに、獣の耳と毛に覆われた長い尻尾を生やした、黒いボロボロのワンピースを着たエスパーダと同じぐらいの背丈の少女のような異形が立っている。

 

 異形の少女は、右手に火の玉を出現させると、死体の山に放った。

 可燃性の液体に火種を放ったかのように、瞬く間に死体の山は炎に包まれた。

 

「はぁ……」と、異形の少女はため息をついた。続けて、エスパーダに向け、言った。

 

「……ようやくゴミの処分が終わったと思えば、今度は元同業か」

 

 異形の少女はエスパーダの方を振り向いた。

 鉄枷の嵌められた両手足と着ているワンピースの前面は返り血で真っ赤に染まり、目元を古い包帯で覆った少女。

 

「悪いが。今日もまた忙しい……用があるのなら、別の日にしてくれ」

「……」

 

 異形の要求にエスパーダは何も応えなかった。それどころか、聞いてすらいなかった。

 ただ、いま目の前にいる異形の少女の顔と声とが記憶にある親友の顔と声とに重なって、同じように思えることに驚いていた。そして、震える声で言った。

 

(めぐみ)、ちゃん……?」

 

 エスパーダが“最初の魔法少女”の名を口にした刹那、異形の獣耳(けものみみ)としっぽがピクリと動いた。

 

「……(りん)ちゃん?」

 

 今度は異形がエスパーダの名を口にした。

 それを聞いた瞬間、エスパーダは無意識に動いていた。

 異形が反応するよりも早く、異形の目の前に移動し、肩を掴んだ。

 

「恵ちゃん、恵ちゃんなの? 恵ちゃんなんだよね!?」

「あ、ああ、そうだけど……私のことをそう呼ぶってことは、やっぱ凛ちゃんだね?」

 

 異形は普段の口調ではなく、親友の前でしか話さないくだけた口調で言った。

 

「っ……ぁぁぁああああああっ!!」

 

 ――恵ちゃんだっ! 間違いなく恵ちゃんだっ!

 その言葉を聞いた途端、エスパーダの目から(せき)を切ったように涙が流れ、泣き叫びながら、異形の少女に抱きついた。しがみつくと言った方があっているかもしれない。

 

「ちょ……っ! たぶん私、かなり血が付いちゃってるから、汚れるよっ!」

「嫌だっ! もう離さないっ!」

 

 しっかりとワンピースを掴み、ぐっと腕に力を込めて、体を密着させた。

 

「いぎでだあ……っ! いぎでかえっでぎだあっ! ずっど、ずっど待っでだあっ! おぞいよお……っ! がえっでくるのおぞいよおおおっ!」

 

 何を話せばいいのか、何から話せばいいのか分からず、エスパーダは(なか)ばパニック状態で浮かんだ言葉を泣きながら叫んだ。

 涙や鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら叫ぶエスパーダの様子に、異形はしばらくこのままにしておく方がいいと思った。

 

「……うん、そうだね。遅れてごめんね」

「ああ……ぁぁぁぁああああっ!!」

 

 異形も、エスパーダの背中に手を回し、優しく撫でた。

 無人の街に友の帰りを待ち続けた者の、歓喜の慟哭が木霊した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「落ち着いた?」

「ぐすっ……うん」

 

 抱き合いながら十数分間、泣き続けた凛は、公園内に設置された石造りのベンチで、かつてのように異形の膝を枕にして横になっていた。

 エスパーダが魔法少女になったのは、“最初の魔法少女”の誕生から半年が経過したときだった。当時の彼女の実力と“最初の魔法少女”の実力はほとんど互角であったが、半年早く戦いに身を置いていた“最初の魔法少女”の方が体力面で一日の長があった。

 

 現在よりも戦闘の間隔が短く、一日に50回以上、魔界の軍勢と交戦しなくてはならなかった環境は、まだ魔法少女になってから日の浅いエスパーダの体力を瞬く間に奪っていった。

 そのため戦闘後の僅かな時間に、“最初の魔法少女”は自身の膝を枕にしてエスパーダを休ませてあげていた。そして、なぜかこうして“最初の魔法少女”の膝枕で休むとベッドで眠るよりもとても安らぐのだという。

 それは、魔法少女の数が増え、少しばかり余裕が出てきた頃になっても、“最初の魔法少女”にわがままを言って、してもらうほどのものだった。

 もう二度とできないと思っていた、膝枕をエスパーダは久しぶりに堪能していた。

 

「なぁ、凛さんや、もうそろそろいいんじゃない?」

「だめ、あと5分」

「さっきからそればっかじゃん……あーじゃあ、そのままでいいからさ、質問に答えてくれない?」

「いーよ。なんでも話す」 

「私が魔界に行ってから、何年経った?」

「20年」

「え、20年!? そんなに経ってたの!?」

 

 異形は驚愕した。自分の感覚では、5年程度だと思っていたからである。

 

「そーだよ。20年も人を待たせ続けてたんだよ、恵ちゃんは」

 

 ムスッとした表情で、ちょっとだけ毒を吐くエスパーダ。

 20年、待たされたことにそこそこ根に持っているようだ。

 

「それはホントにごめん。……色々(・・)あったから、そっちにまで気が回らなかったんだ」

「色々……ずっと気になってたけど、その目はどうしたの?」

「……やっぱり気になるよね」

 

 目元を覆う包帯を異形は指でなぞった。

 捕縛された時、自分の最大の武器であった目は、真っ先に潰された。

 ――こんなこと、言えないよね。

 

「でも今は、聞かないでほしいかな。せっかくの再会の感動を壊したくないしさ」

「……わかった。じゃあ今は聞かないようにする。でも、ちゃんと教えてね?」

 

 エスパーダは納得いかなかったが、確かにこの嬉しい雰囲気を壊したくはなかった。なので、黙ることにした。

 

「もちろん。いずれ話すよ――じゃ次の質問、いい?」

「どうぞー」

「私のさ、兄妹達って、今どうしてるか分かる?」

「恵ちゃんの、兄妹? ……ごめん、魔法少女の血縁者に関しては私の部署の管轄じゃないから、分からない」

 

 それを聞いた異形は、少し残念そうな表情をして言った。

 

「そっか、ありがと……」

「あっ、でも……その管轄の人に聞けばわかるかもしれないから、次会った時に教えるよっ!」

 

 異形の表情を見て、エスパーダは慌てて約束した。

 魔法少女になってから、家族と会う機会なんてなかったのだ。ましてや20年も帰ってこれなかったのだから、気になるのは当然だ。

 

「いいの?」

「もちろん、私こう見えて魔法少女の中で一番偉い立場だから、頼めばすぐに教えてもらえると思うよ」

「一番偉いねぇ……」

 

 そんな一組織のトップが公園のベンチで膝枕など、させていていいのかと、異形は思った。

 

「さてと……そろそろ帰らないと」

 

 エスパーダは名残惜しそうに異形の太ももから頭を上げ、立ち上がった。

 来る前に予定していた時間はすでに超過している。

 そろそろ戻らなければ、他の魔法少女達が探しに来るかもしれない。

 

「ありがとう、恵ちゃん。おかげで久しぶりに休めた気がするよ」

「それは良かった。……もし、またしたくなったら、いつでもおいで、私は実家にいるからさ……場所、憶えてる?」

「恵ちゃんの実家……あっ、うん。憶えてるよ」

「そっか。……じゃあ、またね」 

「うん、またね」

 

 異形に背を向け、歩いて帰路につくエスパーダ。

 時折、またいなくなったりしていないか、後ろを振り返っては異形の姿を確認して、また歩き出すを異形が見えなくなるまで繰り返した。

 ――本当に帰ってきてくれたんだ。

 

 嬉しさで胸の中が一杯になり、我慢できずにニヤついてしまう。

 そんな正直な表情筋を引き締めようと頬をパチンッと、叩いて、それにより発生した痛みからこれが夢じゃないということを確信して、また破顔する。

 

 最終的に諦めてニヤニヤしながら東京エリアに帰り、帰りを待っていたレディグラスに血濡れでニヤつく姿を目撃され、本気で心配されるのだった。

 

 

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