ナニカサレタ魔法少女   作:きし川

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家族

 20年ぶりの親友との再会をしたエスパーダは、毎日の仕事を晴れやかな気分で取り組んでいた。

 

「ふんふんふ~ん」

 

 エスパーダのために用意された執務室で鼻歌混じりに書類仕事を熟す。

 親友との再会以前、ここで仕事をする時のエスパーダはとても疲れた表情をしていた。

 毎日、提出される被害の報告書。各都市エリアと居住区からの防衛力強化の要請文書。

 エスパーダは可能な限りそれに応えていたが、焼け石に水をかけるようにあまり効果がなかった。

 目を背けたくなる程の辛い現実が、「お前は、“最初の魔法少女”のようなことはできない」と、言っているようだった。

 だが、今は親友の膝枕で休んだおかげか、リフレッシュできた状態で仕事に励めるようになった。

 

 コンコンコン

 

 執務室の扉がノックされ、エスパーダは「どうぞー」と、入室を許可した。

 

「失礼します。エスパーダ様、頼まれていた書類をお持ちしました」

 

 入ってきたのは、スーツ姿の女性。

 機関の支援課から派遣されたエスパーダの秘書だ。

 手にはA4サイズの封筒を持っていた。

 

「ありがとう、そこに置いといてくれる?」

「かしこまりました……エスパーダ様」

「ん、なに?」

「なにか……いいことでもありましたか? 最近のエスパーダ様はなんだか楽しそうに感じます」

「え、そんなにわかりやすく顔に出てた?」

「はい、それはもう……傍から見ても、わかるぐらいに」

 

 秘書は思い浮かべる。

 書類仕事をしているといきなり「ふふっ」と笑い出すエスパーダ。

 ニヤニヤしながら、廊下を歩くエスパーダ。

 時々、上の空になっていると思えば、笑い出すエスパーダ。

 

 最近のエスパーダのそのような奇行は、支援課内で噂になっており、「エスパーダ様()とうとう……」と、密かに囁かれていた。

 

「うん、まぁ……あったよ。とってもいいことがね」

「やっぱりそうなんですか……ちなみにどんなことがあったのですか?」

「それは……秘密、ちょっと恥ずかしいから」

 

 嬉しそうに微笑みながらエスパーダはそう言った。久々に親友の膝枕で癒やされてきたとは、恥ずかしくて部下に言えるわけがなかったからだ。

 その様子を見た秘書は彼氏でもできたのだろうと思い、それ以上は聞かなかった。

 

「それでは失礼します」

 

 秘書は執務室から退室した。

 エスパーダは秘書が持ってきた封筒を開け、中の書類を取り出した。

 

 魔法少女とその血縁者を唯一つなぐ窓口である、中間管制課から取り寄せた“最初の魔法少女”の血縁者の情報だ。

 

「……そんな」

 

 エスパーダは思わず声を上げた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 廃墟の住宅街。文明の墓標の中で不自然なほど小綺麗な民家のウッドデッキで異形の少女がひょうたんに口をつけて、(あお)っていた。

 

「……ぷは、こっちに帰ってきても、これを飲む羽目になるとはな」

 

 恵もとい異形の少女は、先程呷っていたひょうたんを見て呟いた。

 ひょうたんの中身はモンスターの血(・・・・・・・)だ。異形の少女が魔界にいた時、口に入れられるもので味がマシだったのがコレだった。

 味も臭いも酷いもので、異形の少女自身、飲まされた当初は、胃が飛び出すのではと、思えるほど吐いた。

 

 当然、異形の少女はこんなもの二度と飲みたくはなかった。

 しかし、どこもかしくもモンスターが蔓延(はびこ)り、魔界の瘴気に汚染され、動植物の生息地が激減した今の環境では、食料の調達が出来なかった。

 

 だから、モンスターで飢えを凌ぐ他なかった。

 だが、モンスターの肉は血以上に不味く、固いため食えるものではない。

 血を抜き取り、兄が修学旅行でなぜか買ってきたひょうたんの入れ物に血を入れて、飲むようにした。

 

「んっ……こっちの世界に棲んでる奴らのは……向こうのより美味いな」

 

 もっとも、ほとんど誤差のようなものであり、味も臭いも酷いことに変わりはない。

 だが、口内を刺激し、喉と食道を焼いて、胃に落ちてから体の末端(まったん)に向かって熱が広がるのを感じると酒のように感じられ、魔界で飲んだものよりも体に合っていると異形は思った。

 

 モンスターが魔界よりこの世界に来襲して、22年。その間にモンスターは地球の原生生物を喰らい、不遜にもこの地球で繁栄したのだ。その22年間がモンスターの体質を変化させていた。

 だから、元々が地球人の異形の体に馴染んだ――のだろう。

 

「これなら、飲んでられるか……」

(めぐみ)ちゃーん」

「? ……(りん)ちゃん?」

 

 家の塀の隙間からエスパーダが異形を見ていた。

 

「よっと」

 

 軽々と塀を飛び越えて、庭に降り立ったエスパーダ。

 

「どうかしたの?」

「前に頼まれた家族のこと……分かったから教えに来たんだ」

「ああ……あの時の、そっか調べてくれたんだ、ありがと」

「ううん、別にお礼なんていいよ。家族のことが知りたくなるのは当然だし……それに、その……」

 

 エスパーダは言い淀んだ。

 本当に教えてしまっていいのだろうかと、思ったのだ。

 エスパーダの様子に何かを察した異形は言った。

 

「凛ちゃん、気にしなくていいよ。このご時世で20年も経ったんだ。覚悟はできてるよ」

「……恵ちゃん」

「話は家の中で聞くよ。ささっ上がって――あっ、靴は履いたままでいいよ」

 

 そう言ってリビングのガラス戸を開け、中に入る異形。続いて、エスパーダも家の中へ足を踏み入れた。

 ついこないだまで廃墟だったと思えないほど、きれいになった内装にエスパーダは少し驚いたが、それについて話す余裕はなかった。

 異形は気にしないと言っていたが、軽々しく話すのは気が引けた。

 

「どうぞ座って、ホントはお茶とか出せたら良かったんだけど、ごめんね」

「いや、いいよ。そこまでしなくても……」

「そう? ならいいか」

 

 異形が椅子に座り、エスパーダが対面に座った。

 

「それじゃ、えっと……どっちから聞きたい?」

「じゃあ、悪い方から話してほしい」

「……わかった」

 

 エスパーダは中間管制課からの書類に書かれていたことを話し始めた。

 

「まず、恵ちゃんのお兄さん――陸奥(むつ)(おさむ)さんだけど、今から18年前……恵ちゃんが魔界に行ってから2年後の時に、復興ボランティア中に襲撃してきたモンスターからみんなを逃がすために命がけで足止めして、亡くなったそうだよ」

「……そっか」

 

 陸奥治。

 恵の3歳年上の兄にして、兄弟姉妹の長兄。

 やんちゃかつ、いたずら好きであり、父親によく叱られていた印象が強い。

 しかし、根は優しく、正義感が強い漢だった。

 そんな兄ならば、人を助けるために命をかけるのは、十分納得できた。

 

「治兄さん、らしいや」

 

 異形は心中で兄を讃えた。

 兄のことを馬鹿だという人間がいたとしても、異形は兄のことを最高の兄と、誇りを持って言えた。

 ――初めての兄があなたで良かった。

 

「次は? その様子だと、治兄さんだけじゃないんでしょ?」

「……うん。次は妹さんの陸奥(みのり)ちゃん。彼女は15年前にアフガニスタンで戦死した。撤退戦で殿(しんがり)をつとめて、全員を無事に逃したそうだよ。最終ランクは32位」

「ランク?」

「魔法少女の実力を分かりやすく表すためのものだよ。恵ちゃんが魔界に行った後にできた制度だから知らなかっただろうけど」

「そうなんだ。それにしても、あの実が……魔法少女になって、そんな大役を担うとはね……」

 

 陸奥実。

 最後に生まれた5歳年下の双子の妹。

 臆病で人見知りでよく兄や恵の後ろに隠れることが多かった気弱な子。

 

「夜に一人でトイレに行けなかったあの子が……ほんと立派になった」

 

 異形は思った。

 あの気弱な妹が魔法少女となって、人を守るその姿をこの目で見たかったと、そして、肩を並べて一緒に戦いたかったとも思った。

 ――お疲れ様、あとは任せて。

 異形は妹を心中で労った。

 

「……悪い方はここまで、次は良い方だけど――お姉さんの陸奥(しずく)さんは、いまワシントンエリアでエリア運営委員をやってるよ。39歳で委員会長に任命された優秀な人材なんだって、あと二児の母」

「へー、あの雫姉さんが優秀とはねぇ……その人事した人は目、見えてんのかな」

 

 陸奥雫。

 恵の2つ年上の姉で兄弟姉妹の長女。

 兄ほど馬鹿ではないが、不真面目で、よく恵に宿題を押し付けてきた。

 少々性格が悪いところがあり、兄のイタズラを父にバラし、怒られている様を見て笑っていた。

 そんな姉が、大厄災前の内閣にあたるエリア運営委員会のリーダーになっていることに異形は実の時以上に驚いた。

 

「しかも、子供も二人もできちゃってまぁ……まともに育ってんのかな」

「ちょっと言い方きつくない?」

「だってさ、あの雫姉さんだよ? 甥か、姪かは知らないけど、子供がまっすぐ育ってくれてるか心配だよ、私は」

「あのって、言われても会ったことないからわからないよ……」

 

 姉に対する異形の辛辣な物言いにエスパーダは苦笑いするしかなかった。

 

「まあ、雫姉さんのことはもういいよ。(ひとし)のこと教えてよ」

「ええ……いいの? お姉さんが何したとか聞かなくて」

「興味ないからいい」

「ええ……」

 

 ひとつ補足を入れさせてもらうと、別に異形は姉のことが嫌いというわけではない。

 生きている。ということさえ分かればいいのだ。

 あの姉は、図太い。生きているのならば、五体満足で平穏に暮らしているのだろう。という異形なりの姉への信頼だ。

 

「じゃあ、つぎ……弟さんの陸奥均君だけど、彼はいま東京エリアの『聖壁の軸』の作業員をしているよ。勤続15年のベテランで現場のリーダーを任されているんだって」

 

『聖壁の軸』とは、都市エリアと居住区をモンスターの脅威から守るための“魔法の国”からもたらされた設備である。

 高さ50メートル、直径が20メートルの巨大な円柱は、都市エリアで50〜100本。居住区では、10〜30本、エリアを囲うように建設されている。

『聖壁の軸』の現場作業員は、技術と体力と()が要求され、給料は良いが危険な仕事である。

 

「均が、『聖壁の軸』で仕事してるのかー。意外ってほどでもないな」

 

 陸奥均。

 実と一緒に生まれてきた恵の弟。

 気弱な実と違い、とても元気で、高いところが好きな少々危なっかしい少年だった。

 

「将来の夢がビルの清掃員とか電波塔作業員とか、高いところに登る職業に憧れてたからなぁ……」

「そうなんだ」

「ただなぁ……無茶するところがあるからなぁ、あの子。横着して事故してなかったら、いいけど」

 

 異形は思い出す。

 幼い頃の均が親の目を盗んで本棚の上に登って遊んでいて、それを見た母が慌てて駆け寄る。そんな光景を。

 

「大丈夫じゃないかな? 今まで事故とかしてないみたいだし」

「いやぁ……どうだろ。そろそろ事故するか、遭いそうな気がするんだよね」

「信用ないね……」

「見てきたからね、度重なるヒヤリハットを」

 

 ピピピッ

 

 胸を張って、そんなことを言う異形に、エスパーダが苦笑いを浮かべていると、エスパーダの連絡用端末が鳴った。

 

「あっ、ちょっとごめんね」

 

 エスパーダは端末を取り出し、耳に当てた。

 

「もしもし――あっごめんね、ちょっと用があって、うん――それで、なんのよう? ……わかった、すぐ行く」

 

 エスパーダは通話をきり、端末をしまった。

 

「ごめんね、恵ちゃん。ちょっと問題があったみたいだから、戻らないといけなくなっちゃった」

「別に構わないよ。こっちこそ忙しい中、教えに来てくれてありがとう」 

「また会いに来るね」

「いつでもどうぞ」

 

 エスパーダは去っていった。

 家の敷地を出た途端に、全速力で機関へ戻っていった。

 エスパーダはなんでもないかのように言ったが、よほどの緊急事態が起こったのだろうと、異形は思った。

 

 異形はリビングを出て、ウッドデッキに座った。

 ひょうたんの栓を抜いて、呷った。

 酔いたい気分だった。だが、酒と揶揄したところで所詮は血液。酔えるわけがない。

 

「治兄さん、実……なんで、死んじゃったんだよ」

 

 異形は胸の内で抑えていた言葉を吐露した。

 エスパーダに気を使い、我慢していたのだ。

 涙が出るのなら、泣きたかった。泣き叫びたかった。だが目が潰され、涙が出なくなってしまった。代わりに深いため息が出た。

 

「……私も、いずれそっちに行く。だから、それまで上で待っていて」

 

 ひとしきりため息を吐いて、異形は天を仰いでそう言った。

 

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