ナニカサレタ魔法少女   作:きし川

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命令

 なんなんだ、こいつは……!?

 

 震える手で槍を構え、じりじりと後ずさるゴブリンはそう思った。いや、このゴブリンだけじゃないだろう。

 隣りにいるゴブリンも、その反対側にいるオークもそう思っている。

 

 突然現れたかと思えば、後方部隊を壊滅させ、自分達の指揮官を瞬殺した――同類でも人間でもないモノ。

 長い尻尾をゆらゆらと揺らし、両腕の鉄枷から伸びる鎖を引き摺りながら、自分達に近づいている。

 

「ギ……ッ!?」

「ギギ……ッ!?」

 

 目の前の化け物から目を離さず、後ろに下がっていると、何かにぶつかった。慌てて振り返れば、仲間がいた。

 なんだ、おどかすなよ。と、ゴブリンは思ったが、そのゴブリンとは、知り合いであり、配置が前列であることを知っていた。

 

 なんで、ここにいるんだ!? と、ゴブリンは疑問に思ったがそのゴブリンの向こうを見れば、答えがあった。

 

 魔法少女達だ。

 返り血を至るところに浴びた魔法少女が、それぞれ武器を肩に担いで迫ってきていた。

 

 もう終わりだ。と、ゴブリンは絶望した。

 化け物と魔法少女に挟まれ、逃げ場はない。

 

「……なんで、お前がここにいる?」

 

 スルーガールが軍勢の残党を挟んだ向こう側にいる異形に声をかけた。

 

「その声は……前に会った同業か」

「質問に答えろ!」

「見ての通り、君らと同じだ。……ということで、ここはお互い何も見なかったってことで、残りを倒して解散しないか?」

「そうはいかない。“アンノウン(・・・・・)”、お前を討伐しろと上から命令されているからな。ここでお前を倒す!」

「アンノウン? 私のことか? ……カッコいいな、それ」

 

 異形の少女は嬉しかった。

 かつて“最初の魔法少女”と呼ばれていた頃、異形はその呼び名がいまいち好きじゃなかったのだ。

 女に生まれ変わっても、少年心というのは消えないもので、カッコいいコードネームがほしいなと、思っていた。

 

「でもアンノウン……正体不明か。正体がバレているのに、アンノウンはおかしくないか? あーでも、世間にはバレてないからギリセーフなのか?」

 

 腕を組んで、考える異形。

 それを見て苛立ったスルーガールが怒鳴った。

 

「さっきから何ブツブツ言ってる!」

「なぁ、このアンノウンって名付けたの誰か分かるか? カッコいいなと思ったが、ちょっと今の私には合ってないかもしれない」

 

 スルーガールの怒りなど知ったことかと言わんばかりに、場違いなことを言う異形。

 スルーガールはさらに怒鳴る。

 

「知るか! お前、今の状況わかってるのか!? 魔法少女がこれだけいるんだぞ!?」

 

 異形(と魔界の軍勢の残党)を囲うのは、先行軍を無傷で凌いだ500名近くの魔法少女達。

 以前のような一対一(いちたいいち)ではなく、一対複数のこの状況。

 これならば勝てると、スルーガールは思ったのだ。

 

「おおっ! 魔法少女がこんなにいるのか。……壮観だな、見えてないけど」

 

 一方、異形はまったくを焦りを見せないどころか、むしろ喜んでいた。毛ほども脅威に感じていない様子の異形にスルーガールは歯ぎしりした。

 実際、異形は周りを囲っている魔法少女を脅威に思っていなかった。口にした言葉通り、魔法少女がこれほど増えたことに感動していたのだ。

 

「私達を、舐めているのか……っ!?」

「いや? 全然そんなつもりはない。気分を害したのなら謝る」

 

 そう言って、異形は頭を下げた。

 その仕草が、余計にスルーガールの神経を逆なでした。

 今すぐにでも、切りかかってやろうかと思ったが、先日の一件で異形が自分よりも上位の実力を持っているのは分かっている。

 ――今は堪えて、一斉に攻撃する。

 

 周りの魔法少女達に目配せし、頷き合う。

 方針が決まった。

 

「さて……君らとは、ゆっくり話がしたい。だから、残りを処理するとしようか」

「ギ……ッ!?」

 

 終わりは突然に。

 気がつけば、ゴブリンの視点は上から俯瞰したようなものになっていた。下には、首のない自分の体と同じように両断された仲間達が見えた。

 そこで、ゴブリンの意識は途絶え、永遠に目覚めることはなかった。

 

 何が起こったのか?

 単に近づいて、鎖で薙いだだけである。それだけで、軍勢の残党は全滅した。

 一連の行動を目の当たりにした魔法少女の一人が思わず「ただの鎖でなんで切れるの……?」と呟いた。

 それを聞いた異形は答えた。

 

「なんだ、知らないのか? これは『擬工(ぎこう)』といって、そうでないもの(・・・・・・・)そうあるかのように(・・・・・・・・・)する非固有魔法だ。今回の場合、私は刃のない鎖を剣として扱えるようにした」

 

 魔法少女達は呆然とした。

『擬工』もそうだが、非固有魔法など、彼女達は聞いたことすらなかったのだ。

 

「デタラメを言うな! そんな魔法聞いたことがないぞ!」

「じゃあ、さっさと機関に帰って、凛ちゃんとか古株の魔法少女に聞いてみるといい。知ってるはずだからな」

 

 非固有魔法は、魔法少女なら誰でも使える。

 修練次第では、それだけで戦えてしまう強力な手札だ。使えるのと使えないのとでは、生存率に大きく差が開いてしまうほどに。

 だからこそ、“最初の魔法少女”は作り出した非固有魔法を当時の魔法少女達に周知させ、あとに続く魔法少女達へ教育するように言ったのだ。

 残念ながら彼女の思いどおりにはならず、魔法少女達は避けられた犠牲を払い続けている。

 ――まったく教えはどうなってるんだ、教えは……。

 

「ほざけ!」

 

 異形の言葉を戯言と切り捨て、スルーガールは走り出す。

 同時に、囲っていた魔法少女達も一斉に異形へ攻撃を仕掛けた。

 それに対し、異形はその場から動かずに、

 

「落ち着け」

 

 異形は魔力を魔法少女達へ向け、いつぞやよりも弱めに放出した。

 魔力を当てられた魔法少女達は、異形の威圧感(プレッシャー)に足を止める。

 

 いや、一人だけ足を止めていなかった。

 

「おおおおっ!」

 

 腹の底から声を出し、己を奮い立たせて、まっすぐ異形へ向かっていく。

 刀を上段で構え、気合と共に勢いよく振り下ろした。

 

 異形は左の鎖をスルーガールの手に当て、刀を落とそうとしたが、鎖はスルーガールをすり抜けた。

 スルーガールはこの時、勝利を確信した。しかし、異形はすぐさま右腕を前に出して、刀を右腕の鉄枷で受けた。

 すると、刀はパキィンと、音を立てて折れた。

 

「な……っ!?」

「悪いな。鉄枷(コレ)、私でも壊せないんだ」

 

 予想だにしなかった状況に固まっているスルーガールの腹部に異形は左拳を突き出した。

 素早く突き出した左拳を当たる寸前で減速して、突くというよりは押すようにして、異形はスルーガールを突き飛ばした。

 

「……触られた?」

 

 突き飛ばされた先にいた魔法少女に支えられながら、刀が折れたとき以上に驚くスルーガール。

 

「触れられなくなる固有魔法か……なかなかいいものを持っているじゃないか」

「ど、どうやって、触ったんだっ!」

「非固有魔法『重甲(じゅうこう)』。体を硬くする魔法なんだが……なんでか分からんが相手にもその効果が移るんだ。おかげで、君みたいな物理攻撃が効かない相手でも、攻撃できる」

 

 異形は黒く変色し、金属のようになった左腕を見せながら「もし、使う気があるならこれを先に憶えておけ、便利だからな」と付け加えるように言った。

 

「……なんで、殺さなかった。今のなら、殺せたはずだ」

「死にたがりか、お前は。そっちには殺さなきゃならない理由があるんだろうが、私にはない。――それに……ここにいるのは、未来を担う優秀な芽達だ。それを摘むような真似なんか誰がするか」

 

 異形は思う。

 いずれ自分は戦えなくなる。自分と肩を並べた同期達も同じく。

 自分達がいなくなったあと、最前線で戦うのは、今この場にいる魔法少女達だ。

 

 彼女は、選り好みをしない。

 彼女にとって、熟練も新米も関係ない。

 全員、等しく希望なのだ。

 

「強くなれよ、未来の英雄達。これからの世界は君らが守るんだぞ。……だから、死んだりするんじゃないぞ」

 

 鍛えよ。

 学習せよ。

 そして、何より――生き残れ。

 

 死んでしまえば、鍛えることも学ぶこともできないのだから。

 

 そんな思いを込めて、この場にいる全員にそう言った。

 伝わってないかもしれないし、聞く耳を持ってくれてないかもしれないが、どうしても言っておきたかったのだ。

 敵は魔界だけではないのだから(・・・・・・・・・・・・)

 

「あっ、そうだ。一つ確認してもいいか?」

 

 踵を返して自分が来た方向へ戻ろうとした異形が振り返って魔法少女達に聞いた。

 

「私の討伐命令だが、指示したのは評議会か?」

 

 その質問に答えたのは、スルーガールだった。

 

「ああ……そうだ」

 

 班長の一人である彼女は、上司であるレディグラスより命令されていた。

「評議会より、例の知的生命体――呼称、アンノウンの討伐命令が下りました。各班、アンノウンを発見次第、直ちに討伐せよ」と。

 

「そうか。なら、良かった(・・・・・・・)

 

 何が良いのか?

 スルーガールは異形の言葉に疑問を持ったが、異形は再び背を向けて去っていった。

 

 スルーガールもそれを聞く気にはならなかった。

 まず先にやらなければならないことがあるからだ。

 

「なに、ボーッとしてるんだ! とっとと帰って、被害の確認をするぞ!」

 

 スルーガールの一声を聞き、魔法少女達は慌ただしく戦後処理に移った。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「討伐命令って、どういうことっ!?」

 

 一方、作戦司令室では、エスパーダの怒声が響いていた。

 

「……お伝えしたとおりです。例の知的生命体『アンノウン』には、現在、評議会より討伐命令が出されています」

 

 エスパーダの怒りを一身に受けるのは、東京エリア担当する円卓の魔法少女レディグラスだ。

 本来なら、エスパーダの疑問に答えるべき人物がいるのだが、その人物は異形が『重甲』を用いて、スルーガールを突き飛ばすのをドローンからの映像で確認した段階で、討伐命令云々に対して抗議するエスパーダを無視しながら、すでに作戦司令室を去っていた。

 結果、レディグラスが代わりに追及を受けている。

 

「それをなんであなたが知っていて、私には知らされてないの!?」

「それは……連絡が遅れてしまって……」

 

 スタッフ達は二人の成り行きを遠巻きに見守っている。

 いや、見守らざるを得ないというべきだ。

 普段のエスパーダなら、感情に任せて魔力を放出することなどありえないことだが、今のエスパーダは無意識に――全開放とは、いかなくも高出力の魔力を放出している。

 魔力に曝露されたスタッフは、大半が青ざめて冷や汗を大量に流し、まともに呼吸が出来なくなっている。

 気の弱いものは気絶して、コンソールテーブルに突伏すか、椅子から転げ落ちて床に倒れている。

 レディグラスですら冷や汗をかく程なのだ。当然だった。

 

 正しく死屍累々のこの状況。

 正直言って、魔法少女達が戦う戦場よりも空気は張り詰め、そして危険である。

 レディグラスはなんとか場を収めようと、脳をフル回転させ、言葉を紡ぐ。

 

「ですが……エスパーダさん。考えてみてください、あのアンノウンが“最初の魔法少女”だ。なんて言われて、いったい誰が信じるんですか」

「私の言葉が信じられないと?」

「……申し訳ありませんが、信じられません。――いえ、信じるわけにはいきません」

 

 だって信じてしまったら……認めてしまったら、魔法少女(わたしたち)が負けたのと同じことじゃないですか。とレディグラスは続けた。

 

 レディグラスの言葉にエスパーダの魔力放出が弱まる。

 

 “最初の魔法少女”はただの一人目ではない。

 常勝不敗。現役中の犠牲がゼロという異例中の異例。

 その伝説は、全魔法少女の象徴(・・)とするのに事足りる。

 その“最初の魔法少女”が、我々の象徴が、あのような姿で戻ってきた。

 

 認められない。

 魔法少女(自分たち)が魔界に屈したなどと認めるわけにはいかなかった。

 

「私を含め円卓の大半は、この考えです。あの敗北の象徴を生かすわけにはいきません」

「っ……なら、正体を隠したまま、一緒に戦えばいいじゃない。……肩を並べられなくても、水面下で協力し合えばいいじゃない。何も殺すことなんか……」

「申し訳ありませんが、評議会から命令されている以上、それもできません」

 

 評議会。

 また評議会か。

 

 エスパーダはうんざりしていた。

 どうして自分達のことを、安全な場所から形だけの支援をしている連中に好き勝手言われなくてはいけないのか。

 

「もういい、分かった。私が評議会に直接、話してくる」

「お待ちを! 軽率なことをしないでください! 評議会の怒りを買えば、人類の存亡に関わります!」

「今、人々を守っているのは、私達だ! 評議会じゃないでしょう! たとえ評議会――魔法の国からの支援がなくなっても、私だけでも人類を守ってみせる!」

 

 エスパーダは現役最強だ。此度の戦闘も彼女が戦場に出れば、瞬く間に殲滅ができただろう。

 しかし、それでも――

 

「……あなたは、“最初の魔法少女”じゃ、ないじゃありませんか」

「……っ」

 

 放出されていた魔力が完全に止まる。

 レディグラスの言葉がエスパーダの心を抉ったのだ。

 

 “最初の魔法少女”が魔界に行ってからの20年間。

 エスパーダは魔法少女の後輩達、守るべき市民達から期待されていた。

 あの“最初の魔法少女”から直々に任された後継者として、その役割を引き継ぐことを期待されていた。

 

 だが、エスパーダは“最初の魔法少女”ではない。

 時が経つごとに犠牲は増え、エスパーダへの信頼は無くなっていった。

 期待を裏切られた者達からは心無い言葉が浴びせられた。

 

 もはや、エスパーダの言葉を信じてくれるのは、共に“最初の魔法少女”と肩を並べて戦った知り合いだけであった。

 

 

「……あとは、任せた。ちょっと休んでくる」

 

 震えを極力抑えた声音で、小さくエスパーダは言った。

「どちらへ?」というレディグラスの言葉に答えず、エスパーダは作戦司令室を出た。

 

 廊下を歩いてエレベーターにたどり着くと、ボタンを殴るように押し、中に入って、一番遠いフロアへのボタンを押した。

 どこでも良かった、ただ長く時間を取りたかったのだ。

 扉が閉まると同時にエスパーダは壁に背を預けた。

 

(めぐみ)ちゃん……私、どうしたらいいの……?」

 

 そして、静かに人知れず涙を流した。

 

 

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