ナニカサレタ魔法少女   作:きし川

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吐露

「ごめんね、こんな夜中に来ちゃって……」

「いーよ、別に。私にとっちゃ、昼も夜も変わらないからさ」

 

 時刻は深夜。

 天気は曇で、月も星も雲に隠れてしまって辺りは自分の体が見えないほどに真っ暗だ。

 

「凛ちゃんこそ、大丈夫? 暗くて何も見えないでしょ」

「大丈夫。ちゃんとライト持ってきたから」

 

 カチカチと、懐中電灯を点滅させながら、エスパーダは言った。

 エスパーダは異形の少女に相談したいことがあって、異形の住む家にやってきた。

 

 果たして自分は“最初の魔法少女”の後継者にふさわしかったのだろうか?

 

 あなたは、“最初の魔法少女”じゃ、ないじゃありませんか。

 

 レディグラスに言われた言葉が思い浮かぶ。

 あの後、自分の部屋に戻って、すぐに眠った。

 しかし、ちょうど日付が変わる頃に目が覚めて、二度寝する気になれず、起きていても、レディグラスの言葉が頭をよぎって泣きたくなった。

 

 あのような言葉は、今までにも陰で言われてきたことだったが、正面切って言われると思いの外、心に来たのだ。

 

 切り替えろ。

 気持ちを切り替えて、前を向け。

 

 今までそうしてきたように自分に言い聞かせて、ネガティブになりつつある思考を変えようとしたが、ダメだった。

 エスパーダに自覚はなかったが、20年間そうやって抑え込んできた物で彼女の心は破裂寸前だったのだ。

 

 吐き出したい。

 もう苦しい。

 たすけて。

 

 一人で部屋にいるとそんな心の叫びが聞こえてきそうだった。

 

 気づけばエスパーダはライトを持って、部屋を出ていた。

 

「相変わらず茶の一杯も出せないけど、ごめんね」

「大丈夫だよ、今日は自分で持ってきたから、恵ちゃんの分もあるよ」

「え、ほんと? ありがと」

 

 エスパーダは機関施設内にある売店で買ったコーヒー飲料を2つ取り出し、片方を異形に渡した。

 

「じゃ、いただきます……あっ、なつかしっ! これ持ってきてくれたんだっ!」

「うん……好きだって、昔言ってたから、これのほうがいいかなって……」

「憶えててくれたんだ。ありがとう……もう二度と飲めないと思ってから、すごく嬉しいよ」

 

 20年ぶりの懐かしい味に異形は喜んだ。

 

「それで? 相談したいことがあるんだっけ?」

 

 いつぞやのように二人は椅子に座り、異形が言った。

 

「うん……実はね」

 

 エスパーダは語り始めた。

 “最初の魔法少女”が魔界に行った後のことを。

 

 “最初の魔法少女”のように人を守ろうとして、失敗したこと。

 それで、色んな人達の期待を裏切ってしまったこと。

 それでも堪えて頑張ったこと。

 でも結局、私ではダメだったこと。

 

 洗いざらい全部話した。

 泣くつもりなんてなかったのに、泣きながら。

 

「そっか……」

 

 エスパーダの、20年間の経緯(いきさつ)を聞いた異形は、席から立ち上がり、床に敷かれたカーペットに正座した。

 

「おいで」

「え……なんで?」

「いいから」

 

 自分の太ももをポンポンと、叩きながら、エスパーダに言った。

 自分の膝枕で寝ろ、ということらしい。

 わけが分からなかったが、エスパーダは言われた通りにした。

 

「よくできました」

「……え?」

 

 エスパーダの頭を撫でながら、異形は褒めた。

 

「いやね……さっきの話聞いてると、誰も凛ちゃんのこと褒めてなかったみたいだから、ご褒美をあげようと思ってね」

 

 だから膝枕してあげてる。と、異形は付け加えて言った。

 

「……」

「あっ、もしこれじゃない別のことがいいなら、何でも言ってね。私にできることならなんでもするから」

「……なんでも?」

「なんでも」

 

 エスパーダは少し考えたが、首を振った。

 

「……いや、いいよ。ご褒美なんて……私には、もらう資格がないよ」

「どうして? 凛ちゃんは、約束通り20年も人を守ってくれたじゃん」

「……守れてないよ。恵ちゃんみたいに、誰も死なせずになんて出来なかったよ」 

 

 腕で目を覆って、エスパーダは言った。

 

「それで自信がなくなっちゃった? ――はぁ、なんだかすっかり丸くなっちゃったね、凛ちゃん。出会い頭に「調子に乗んな、殺すぞ」って、言ってきた狂犬凛ちゃんはどこに行ったのさ」

 

 それを聞いた途端、エスパーダはガバっと勢いよく起き上がり、顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「やめてやめてやめて! 世間知らずだった頃のことは話さないで、あの頃のこと思い出すだけで恥ずかしいんだから!」

 

 今から約22年前のことである。

 当時、魔法少女になる前のエスパーダこと土方(ひじかた)(りん)は大厄災の日に家族を失い、財布を盗られ、変質者に襲われそうになる等、不幸が重なり、荒れに荒れていた。

 ブルーシートとダンボールで寒さと雨風を凌ぎ、草むらで見つけた蛇や犬猫を食って、半年を生き延びていた。

 そんなある日、魔法少女になれる少女を探していた魔法の国のエージェントに保護され、魔法少女となった。

 そして、後に親友となる“最初の魔法少女”に出会った。

 

 今でこそ仲がいい二人だが、出会った頃は仲が悪かった。

 というよりは、凛が一方的に敵視していたというべきだ。

 大厄災の日から魔法少女として戦っている“最初の魔法少女”の活躍は凛も知っていた。

 新聞やラジオで“最初の魔法少女”の戦果とそれに対する称賛の言葉を見た時、凛は“最初の魔法少女”に憎悪と嫌悪が入り混じった感情を抱いていた。

 

 私はこんな目にあってるのになんでコイツだけ……!

 

 自分は家も、家族も、お金も失って、今日を生きるのがやっとなのに、どうしてお前には力があって、恵まれているのか。

 そんな黒い感情を抱えたまま、凛は魔法少女として“最初の魔法少女”に対面した。

 

 凛が“最初の魔法少女”を見た時の第一印象は“イライラさせる奴”だった。

 “最初の魔法少女”は凛と対面した時「よろしく」と、ひとこと言った。

 凛はその時の“最初の魔法少女”の目が気に入らなかった。

 自分ではなくどこか遠くを見ているような“最初の魔法少女”の目が、まるで自分のことを道端の石のように見ているように思えて凛はとても苛立っていた。

 そして、“最初の魔法少女”に詰め寄って胸ぐらを掴んで「調子に乗んな、殺すぞ」と言ったのだ。

 それに対し“最初の魔法少女”は少し驚いたように目を見開いたが、何も言わずにそのまま魔界の軍勢を全滅させに向かった。

 まるで相手にされないことに、凛は余計に腹が立った。

 

 こうなったらお前より活躍してその鼻へし折ってやる!

 

 そんな思いで戦闘に参加した凛だったが、自分が挑もうとしている“最初の魔法少女”がとてつもない怪物だということをすぐに知ることになる。が、それはまた別の話だ。

 

「あの頃の凛ちゃん。すごい活気にあふれてて、私の動きによくついてきてくれたからね。凛ちゃんだけだよ? 私と一緒にあれだけ戦えるの」

 

 それでも、自信でない? と、異形は言った。

 

「……でも、私は」

 

 恵ちゃんじゃないし……という言葉をエスパーダが口にする前に「じゃあ」と、異形は言った。

 

「逃げちゃおうか? 何もかも投げ出してさ、私と一緒に」

 

 異形は手を差し出しながらそう言った。

 

 それはエスパーダにとって、とても魅力的な言葉だった。

 もしかしたら、自分はこの言葉を言われたいがために今日ここに訪れたのでは……と、思えるほどに心が揺さぶられる甘い言葉だった。

 

 思わずエスパーダは返事よりも先に手を伸ばした。

 地獄に垂らされた蜘蛛の糸に縋るような気持ちだった。

 もう少しで手が触れる。というところで「でも、いいのかな?」と、異形に言われ、手が止まった。

 

「人の苦労も知らない連中にさ、好き勝手に言われてばっかでいいのかなぁ……? このままじゃ凛ちゃん、今度は逃げた奴って言われちゃうんだよね、格下(・・)に」

「恵ちゃん……?」

 

 異形の煽るような言葉にエスパーダは困惑した。

 構わず異形は言葉を続ける。

 

「それでいいの? 凛ちゃんは? 凛ちゃんと同じことすら出来やしない(・・・・・・)連中にさ、バカにされてる訳だよ? 正直、舐めてるよね? 凛ちゃんのこと」

「……」

 

 エスパーダは閉口して今までの20年を振り返る。

 そうだ。

 どいつもこいつも私のことなんて気にもしないで、好き勝手に言ってきた。

 

 なんで“最初の魔法少女”と同じふうにできないの?

 もっと強い人に来てほしかった?

 お前は“最初の魔法少女”じゃない?

 

 ふざけるなよ、お前ら(・・・)

 

「どう、凛ちゃん。そう考えるとイライラしてこない?」

「……そうだね。ああ、そうだ。とっっっても腹が立つっ!」

 

 伸ばした手を床に叩きつけ、エスパーダは吼えた。

 

「なんで、私がここまで言われなくちゃいけない! ……私は、あんた達のために戦ってるわけじゃない! 友達との約束のために戦ってるんだ! それなのに、お前らは……なんでもかんでも好き勝手に、無責任に押し付けてくる! ふざけるなぁぁっ!」

 

 火山の噴火のように心の底から込み上げてくる怒り。

 その憤怒に任せ、エスパーダは不満をぶちまけた。

 その様子は、かつてのエスパーダ、狂犬時代の凛を異形に彷彿させるに十分だった。

 

「そうそう、昔の凛ちゃんそんな感じだった。……さてと、凛ちゃん。もう一度聞くけど、このままでもいいの?」

「良い訳あるかっ!」

 

 バンッとエスパーダはもう一度床を叩いて言った。

 

「こうなったら、はっきりさせてやるっ! どっちが上で、どっちが下か……あいつらに叩き込んでやらなきゃ、私のこのイライラは発散されないっ!」

「そうだよ、凛ちゃん。言われっ放しは嫌だよね」

 

 方針は決まった。

 もう奴らの言う事なんぞ、聞かない。

 というか、なんで聞かないといけない?

 

「ありがとう、恵ちゃん。なんか吹っ切れた。今から分からせに行ってくる」

「あっ、待って凛ちゃん」

 

 起き上がろうとするエスパーダの肩を異形は抑えて止めた。

 

「なに、恵ちゃん?」

「いまは、もう遅いから。明日……じゃないね、もう今日だけど、朝になってから行くといいよ」

 

 それに、話しておきたいこともあるし……。と、異形は言った。

 

「……わかった。もうしばらくやっかいになるね」

 

 本当は怒りで熱くなった心の熱が冷めないうちに、奴らの元へ行きたかったが、聞いて置かなければならないとエスパーダは思った。

 

 そして、エスパーダは異形から衝撃の事実を聞かされることになる。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「じゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃい」

 

 時刻は昼まえ(・・・)、エスパーダは異形邸を出立する。

 本来なら、早朝には家を出るはずだったが、寝過ごしたのだ。

 だが、問題はない。

 彼女は組織のトップである。重役出勤しても誰も文句を言えないのだ。

 

 エリアの外側から魔法少女機関の中央棟正面入り口まで非固有魔法『縮地』を使い、出入り口からエントランスに入る。

 入ってきたエスパーダにフロアにいたスタッフ達が目を向け、すぐに目をそらした。

 目を合わせてはいけないと、本能的に感じたのだ。

 

 エスパーダはそんな周りのことなど意に介さずに、まっすぐエレベーターに向かい、ある階層のフロアのボタンを押した。

 そこは、この中央棟の最上階、あの忌々しい男の執務室がある。

 まずはあの男から話をしよう(・・・・・)と思ったのだ。

 

 エレベーターを出て、廊下を歩き、執務室まで来ると、ノックぐらいはしてやろうと、エスパーダが手を上げた時だった。

 

「お願いします……やめてください……!」

「口答えをするな。お前の態度次第でこのエリアの人間が死ぬんだぞ」

「う、ぐす……いやぁ」

 

 男と女の声がする。

 中村の威圧的な声と泣きながら懇願するレディグラスの声だ。

 部屋の中でなにかただならぬことが起きている。

 そう判断したエスパーダは執務室の扉を蹴り飛ばした。

 

「きゃ……っ!?」

「なんだ……っ!?」

 

 突然、ひしゃげた扉が飛んできたことに驚く二人。

 部屋の中に入ったエスパーダは事態を察した。

 

 ソファの上でレディグラスの上にまたがり片手で彼女の腕を押さえ、もう一方の手を服の中に入れている中村。

 レディグラスの衣服ははだけて下着が見えている。そして、打たれたのだろうか、左頬は赤くなっており、真新しい涙の跡が伝っている。

 ソファの直ぐ側の床にはメガネが落ちていた。

 

 まごうごとなき強姦の現場がそこにあった。

 

「なに――がっ!?」

 

 中村が何かを言う前に、エスパーダは手から放出した魔力で中村の首を掴み、持ち上げた。

 

「ずいぶんと好き放題やってくれるじゃないか、ええ? 中村?」

 

 普段よりも低い声音でエスパーダは言った。

 エスパーダがゆっくりと握る動作をすれば、その動きに合わせて中村の首が締め上げられる。

 中村の手が首を絞める魔力を取り払おうと、爪で首をひっかき、足をバタつかせ、暴れる。

 

「エスパーダさん……! 手を出しては――」

「黙っていろ、佐々木。お前には後で聞きたいことがある」

「……っ」

 

 荒い口調でレディグラスの本名を言うエスパーダ。

 いつもとは違うエスパーダの雰囲気にレディグラスは沈黙するしかなかった。

 

「それに、こいつはまだ殺さない」

「あ、が……ぁ」

 

 聞きたいことが山ほどあるからな。

 そう言って、さらに中村の首を締め上げ、気絶させた。

 

 気絶させた中村を床に落とし、エスパーダは落ちていたメガネを拾って、レディグラスに詰め寄った。

 次は自分かと、レディグラスは思った。

 

「はい、メガネ」

 

 スッと、差し出されたメガネを見て、レディグラスはぽかんとした。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 レディグラスは恐る恐るメガネを受け取り、メガネをかけた。

 

「前にも、こんなことがあったのか?」

 

 レディグラスの正面に立ち、腕を組んでエスパーダは質問をした。

 うつ向きながらレディグラスは答えた。

 

「……胸やお尻を触られたことが、何度か……ここまで、されたのは初めてです……」

 

 声を震わせながら、レディグラスは言った。

 それを聞いたエスパーダは「……よかった」と、安堵の声を出した。

 そして、レディグラスの体を優しく抱きしめた。

 

「ごめんな。気づいてやれなくて、怖かったろ……?」

 

 そのままレディグラスの頭を撫でながら、優しく慰めた。

 エスパーダにも、似たような経験があった。

 

 大厄災から一週間ほど経った頃、ダンボールに包まって路地裏で寝ていると、突然見知らぬ男に襲われたのだ。

 力任せに押さえつけられ、触られ、舐められ。

 幸いにも、咄嗟に掴んだ石で男の頭を殴り、悶えている隙に逃げたので取り返しのつかないことにはならなかったが、たまに夢で見るほどに恐怖を感じていた。

 だから、エスパーダには今のレディグラスの気持ちが理解できたのだ。

 

「うう、あぁあああっ!」

 

 レディグラスは泣き出した。

 恐怖から解放された安堵から涙がとめどなく溢れた。

 

「大丈夫、大丈夫。もう大丈夫だ」

 

 優しく語りかけながら、背中を擦るエスパーダ。

 レディグラスが落ち着くまでの間、彼女はそうしていた。

 

「落ち着いたか?」

「……はい、ありがとう、ございました」

 

 数分後、泣き止んだレディグラスからエスパーダは離れた。

 そして、倒れている中村の手を中村のネクタイで縛った。

 

「……どうしましょう。こんなこと、評議会に知られたら、大変なことに」

「いや、そんなことにはならない」

 

 エスパーダは首を振って言った。

「どうしてですか?」と、レディグラスは問うた。

 

「ようは、バレなきゃいいわけだ――確か、地下5階に空き部屋があったろう?」

「ありますが……まさか、そこに閉じ込めるんですか?」

「そうだ。さっきも言ったが、こいつには色々と聞かないといけないことがある」

「その聞きたいことって、いったい……?」

「それは、……その時、教える。こいつの尋問には、お前にも手伝ってもらうからな」

 

 いいな? と、鋭い目つきで見られながら言われると、レディグラスは頷くしかなかった。

「さて、こいつをどう運ぼうか……」と、縛った中村を見下ろしながら呟くエスパーダにさっきから気になっていたことをレディグラスは言った。

 

「……あの、エスパーダさん。先程からなんだかいつもと口調が違うようですけど」

「ん? ああ、私は元々こういう喋り方だよ。今の立場になって、人前に出ることが増えたから、喋り方変えてたんだよ――けど、もう辞めた。ナメられるからな」

「そう、なんですか……」

 

 レディグラスはあることを思い出した。

 同じ円卓メンバーでエスパーダと同じ“最初の世代”の魔法少女にかつてのエスパーダはすごい攻撃的な人物だったと教えられたことを。

 その時のレディグラスは信じていなかったが、あれは本当のことだったのだと、今ならわかった。

 

「よい、しょ――あっ、そうだ」

 

 中村を肩に担いだエスパーダがレディグラスに向き直って言った。

 

「今度の定期会議で話すことだが、先にお前には伝えておく――魔界と人間の戦争。仕向けたのは、魔法の国だ」

 

 

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