ナニカサレタ魔法少女   作:きし川

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夜明

 魔法少女機関本部――中央棟、地下5階。

 空き部屋として存在していた一つの部屋。

 出入り口は一つで、天井には急遽(きゅうきょ)設置された裸電球が一つ。

 その真下には、床にボルト留めされた椅子が置いてあり、そこには一人の男が座らされている。

 上半身の服は脱がされており、頭には袋が被されている。

 手足と胴体は拘束され、激しく抵抗したのか、拘束しているバンドの下の皮膚には痣が出来ていた。

 

 ガチャリ

 

「っ! ううっ」

「おはよう、よく眠れたか?」

 

 部屋に入ってきたのは、魔法少女ランク第一位エスパーダと第5位レディグラスだ。

 エスパーダは持っていたビニール袋を床において、気さくに挨拶をしながら、男に近づき、頭に被せた袋を取った。

 袋から出てきたのは猿ぐつわをされた中村の顔だった。

 

「うぅ……っ」

「なんだ? なにか言いたそうだな、中村?」

 

 エスパーダはそう言って、中村の口に噛まされた猿ぐつわを取った。

 

「貴様……っ! こんなことをして、ただで済むと思っているのかっ!」

「それはこっちのセリフだよ、畜生が――よくもまぁ、いけしゃあしゃあと、でかいツラしてくれたな元凶さんよ」

「な……っ!」

 

 エスパーダの言葉を聞き、中村は目を見開いた。

 

「……その反応、なぜ知っている? と、でも言いたげだな」

「や、違っ……な、何を言っているのか、わからないな」

「誤魔化そうとしても、無駄だ。魔法の国が戦争の元凶なのはもう分かってる」

「馬鹿な。我々は……お前たちを助けたじゃないかっ!」

「助けた? 本当にそうか? あの日、お前たちが初めて人類(わたしたち)に介入してきたのも、今思えば、あまりにもタイミングが良すぎるだろう」

「言いがかりだっ! 我々は本当にお前たちを助けようと――」

「そのお前たちっていう言い方……腹立つからやめてくれるか? 殴りたくなる」

「……っ」

 

 鋭い目つきでエスパーダに言われ、中村は怖気づく。

 目線を泳がせ、部屋の唯一の出入り口の扉を背に立っているレディグラスを見た。

 

「レディグラス……さんっ! エスパーダ殿を止めてくれっ! 彼女は正気じゃないっ!」

「……私が、あなたを助けると思ってるんですか? あんなことをしたのに」

 

 片腕で自分の体を抱きしめながら、冷たく突き放すようにレディグラスは拒否する。

 エスパーダにより大事には至らなかったものの、あの執務室での事は、男性経験のないレディグラスにトラウマを植え付けるのに充分だった。

 

「あ、あれは……君から誘ったんじゃないかっ! 頑なに断る私を、無理やりソファに引き込んで――がっ!?」

 

 中村の往生際の悪い言葉は続かなかった。

 エスパーダが左の裏拳を中村の左頬に叩き込んだからだ。

 

「佐々木がそんなことできるわけ無いだろうが。30にもなって、いまだに未経験の独身だぞ、コイツは」

 

 あなただって、37で未経験の独身じゃないですか。と、レディグラスは言いたかったが胸の内に押し込み、不満げな視線をエスパーダの背中に送るだけにとどめた。

 一応、補足しておくと、彼女らは見た目は若々しい乙女である。そのため、縁があれば付き合いたいと思う男性陣は多い。そうなのに、まったく付き合う気配がないのは、単純に多忙だからである。

 

「さて、そろそろ始めようか、中村。すべて話してもらうぞ。お前の知っていることを全部な」

「ま、待ってくれっ! 私はただの末端に過ぎないんだ、君たちが欲しがっている情報なんて持っていないっ!」

「ほう? ――そうなのか、佐々木?」

「いいえ。エスパーダさん、この人は()をついてます」

「な……っ!? 何を根拠にそんなことを……っ!」

「なんだ、知らないのか? 佐々木の固有魔法は人の嘘がわかるんだ」

 

 中村は目を見開き、驚いた。

 それは、この先、嘘は通じないということだ。

 それは、まずい。

 中村は焦った。

 

「まっ、待って――」 

「さーてと、嘘をついたんなら、罰を与えないといけないよなぁ?」

 

 エスパーダは、恐ろしい笑みを浮かべながら、床に置いたビニール袋からあるものを取り出した。

 

「そ、それは、なんだっ!? それでどうするつもりだっ!?」

 

 エスパーダが取り出した物。それは、古びた有刺鉄線だった。

 

「ここの敷地を覆っているフェンスの上に有刺鉄線があるだろう? ついこの間、一部古くなっている有刺鉄線の張り替えがあってな。その時、交換したものだ――で、これで何をするかって?」

 

 こうするんだよ。

 中村にそう告げながら、エスパーダは持っている有刺鉄線をムチのように床に叩きつけた。

 

「ひっ! ま、まさか……っ! そ、それで私を……っ!」

「その通りだ、中村。今から私はこれでお前を痛めつけようと思う。悪く思うなよ? 嘘をついたお前が悪い」

「ひぃ! やめてくれっ! 話す、すべて話すからやめてくれぇぇ!」

 

 半べそになりながら懇願する中村。

 その姿にエスパーダとレディグラスは失笑を禁じ得なかった。

 

「お前さぁ……男なら、もうちょっと粘れよ」

「むぐっ!? う、うぅぅぅ!!」

 

 呆れを混じえて、そう言いながら、エスパーダは中村に猿ぐつわをつけ直した。

 

「私もこういうことは初めてだからな、うまく加減ができるか分からないが、まずは5分――耐えてみろ」

 

 有刺鉄線のムチが振るわれ、地下室に絶叫が響いた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「ん〜っ、朝日ってのは、いいもんだな」

 

 伸びをしながらエスパーダは隣りにいるレディグラスに語りかける。

 

「そうですね、一週間(・・・)ぶりの朝焼けですから、なんだかキレイに見えます」

 

 水平線から顔を出し始めている太陽を、眩しそうに見ながら言ったレディグラスの感想にエスパーダは頷いた。

 彼女たちは、いま東京エリア外にある港。かつては東京湾と呼ばれていた海辺にいた。

 尋問開始から一週間、エスパーダとレディグラスは他の仕事を信頼できる者に任せ、ずっと地下にこもっていた。

 あの狭い空間に長時間いるのは、窮屈極まりなく、尋問がようやく一段落した時、彼女たちは外に出ようと思ったのだ。

 

「それにしても……衝撃的なこと、ばかりでしたね」

「そうか? なんとなく、そんなもんだろうと、私は思ったが?」

 

 私はエスパーダさん程、肝が据わってませんから。と、レディグラスは微笑みながら言った。

 

 この一週間で彼女たちが得たものは大きい。

 

 まずは、敵の正体。

 彼らが初めてこの世界に接触した時、彼らは自分たちのことを“魔法の国の使者”と名乗った。

 しかしそれは偽りであった。

 

 彼らの本当の名は、地球連合政府。

 別世界の地球を統治する巨大な組織であり、彼女たちと同じ人間であった。

 

「まさか、私達と同じ人間だったなんて……」

「佐々木、まちがえんな。あいつらは人類ではない」

「そうでしたね、すみません」

 

 エスパーダは認めない。

 この戦争の元凶である彼らを同じ人類だと、エスパーダは絶対に認めない。

 あれは人間ではない。

 人に似た、悪意を持った、醜悪な知的生命体だ。

 強いて名付けるなら――“異人類”と呼ぶべきか。

 

「……私は、あいつらの正体よりも奴らの技術力の方に驚いたな」

「そうですね。まさか、魔法少女にされる時に打ち込まれた(・・・・・・)のがあんなものだったなんて、驚きです」

 

 “異人類”達は、彼女たちの世界よりも科学技術が発展しており、その技術力は何世紀も先を行っていた。

 そして、ある時“異人類”は人体に潜在する未知の力を開放する手段(モノ)を生み出した。

 

 その名もナノマシンEVOL(エボル)

 人それぞれに宿る異能力――エスパーダ達が固有魔法と呼ぶもの――を引き出す“異人類”の歴史上、最高の発明品だった。

 

「しかしまぁ、私らの中にあるのは旧世代(・・・)の……倉庫の奥でホコリを被ってた余り物らしいがな」

「それでもこれだけの力が使えるなら、すごいと思いますけどね……」

「とはいえ、旧世代のものをわざわざ倉庫から引っ張り出してきて、私らに使った理由(・・)はムカついたけどな」

「同感です。あれを聞いたときは、私も思わずあの人を殴ってしまいましたから」

 

 “異人類”達の星はほとんど抜け殻で、死にかけである。

 地下資源はほとんど搾取され、長きにわたる発展により、空気は汚れ、海は死んでいた。

 彼らは考えた。この苦難をどう乗り越えるか。

 

 考えた末、彼らは外へと目を向けた。

 星の外ではなく、世界の外へ(・・・・・)と、

 そして彼らは、見つけたのだ。

 この苦境を打開できる世界を2つもだ。

 

 一つは、重力が地球の30倍あり、大気成分が大きく異なる世界。後に魔界と呼ばれる世界である。

 しかし、地下資源が豊富であり、手つかずで放置されているため、今の異人類にとって、喉から手が出るほどに欲しいものだった。

 

 もう一つは、なんともう一つの地球だった。

 しかし、彼らの知る地球と違い、空気がまだキレイであり、海は死んでいない。

 彼らの移住先として、うってつけだった。

 

 資源か、移住か、どちらを取るかを彼らは考えた。

 そして、強欲な彼らは――両方を選んだ。

 

 だが、問題があった。

 どちらの世界にもすでに、文明があり、栄えている種族があったのだ。

 

 魔界には、“魔族”と呼ばれる高い身体能力と特殊能力を備えた種族が。

 もう一つの地球には、当然のごとく人間が。

 

 どちらの種族も彼らより文明のレベルが低いが、数は彼らより多い。

 

 潰すのは容易だが面倒だ。と、感じた彼らは、この2つの種族をぶつけて潰し合いをさせることにした。

 彼らは、入念に調べ尽くした上でエージェントに役割を与え、2つの世界に送った。

 

 魔界には、未来を脅かす侵略者の存在を告げに来た心優しき使者として。

 もう一つの地球には、魔界からの侵略から人類を守るために駆けつけた使者として、――その際、正体を隠すため“魔法の国の使者”を名乗ったが、なぜそう名乗ったかは分からない――各々(よそお)った。

 

 彼らの計画は、問題なく発動はした。

 しかし、その計画の第一歩として選ばれた個体。後の“最初の魔法少女”がとてつもないイレギュラーだったことで、彼らは計画の加筆修正を強いられたらしい。

 

 彼らとて、懸念がなかったわけではない。

 文明レベルが劣っているとはいえ、魔族と戦わせるために異世界の人類に自分たちの歴史上最高傑作(ナノマシンEVOL)を与えることに不安を覚えた。

 そのため、保険として旧世代のナノマシンを用いるようにし、投与する人種も若い未成年の女性に限定した。

 “異人類”にとって女性とは、繁殖用か、生体パーツ(・・・・・)用ぐらいしか使い道のない劣等種である。そのため、万が一反乱を起こされた時に容易く制圧ができるようにした。つもりだったのだが……。

 

「けどまぁ、アイツラの企みどおりいかなかった。ざまあみろって感じだよな」

「ですね」 

 

 彼らが提供した旧世代のナノマシンEVOLは異世界の人類に驚く程に噛み合った。結果として、想定していたスペックを大幅に上回ってしまったのだ。

 そして“異人類”側にあった『ナノマシンにより引き出される能力は一人にひとつ』という固定観念を持たない異世界の人類は修練次第で誰にでも扱える能力――非固有魔法までも生み出した。

 これは、彼らでは決して生み出せなかったものであり、異世界の人類を下等なものと見下していた彼らのプライドを傷つけた。

 

「かといって、許すつもりはないけどな、恵ちゃ……私の親友達を陥れて、殺そうとしたんだ。絶対に許さん」

 

 焦った彼らは計画を変更し、魔界への侵攻作戦を実施した。作戦に選ばれたのは、“最初の魔法少女”を含めた30人余りの魔法少女たち。

 魔界の環境は人類には過酷極まるものだ。

 魔法少女といえど、十全なパフォーマンスは発揮出来まい。と、彼らは思ったのだ。

 彼らの思惑は見事ハマり。ひとりひとりが一騎当千の実力者だった魔法少女達は次々に魔界の地で命を散らしていった。

 これにより、想定以上に高まりつつあった異世界の人類の戦力を想定内のレベルまで落とすことに成功した彼らは、できる限り適性の低い者を選定し、後続の魔法少女を弱体化させた。

 そして、非固有魔法を知っている魔法少女は徹底的に苛烈な戦場に送り込み、非固有魔法の教育の機会を潰し、肉体的にも、精神的にも追い込んだ。

 

「おまけにやっと帰ってきた親友を私達に殺させようなんて……ふざけてるよな」

 

 計画は元戻り、彼らは順風満帆に事を運べる。と思っていた。

 忘れかけていた頃に彼らにとっての脅威が現れたのだ。

 彼らは命じた。

 可及的速やかに討伐せよ、と。

 幸いにも、“最初の魔法少女”の姿は以前のものからかけ離れている。

 当時の“最初の魔法少女”を知るものが少ない現状、討伐は容易だと考えてのことだった。

 

「……申し訳ありませんでした」

 

 評議会もとい“異人類”に言われるがまま、アンノウンの討伐を魔法少女達に命令したことにいたたまれない気持ちになって、レディグラスはエスパーダに謝罪した。

 

「あー悪い。別にお前を責めるつもりはなかったんだ。それに、アンノウンは気にしてないどころか、バッチコイって感じだからな」

「えっ?」

 

 レディグラスはキョトンとした。それを見たエスパーダは「やっぱ、そういう反応になるよな」と、笑った。

 

「定期会議でも言うつもりだけどな、魔法少女機関はこれから全力でアンノウンを叩く」

「よろしいのですか? そんなことをして……」

「だって、向こうから「そうしてくれ」って頼まれたんだから、しょうがないだろ」

「なんでそんなことを……?」

 

 レディグラスは首を傾げて問いかけた。

 エスパーダはため息をついて言った。

 

「今の魔法少女達は、あまりにも弱すぎるから、せめて非固有魔法の中でも簡単な『重甲』くらいは使えるように教育してやるんだってさ」

「あっ、そういうことですか……」

 

 レディグラスは理解した。

 アンノウンは若手の魔法少女達を育成するために自分の討伐命令を利用するつもりなのだ。

 異人類に気づかれないように教育するためにだ。

 

「でも、アンノウンさんに戦力を集中させるにしても、魔界の軍勢が襲撃してきたら、それどころではないのでは?」

「いや、しばらく魔界の軍勢は来ないらしい」

「どうしてです?」

「さぁ? アンノウンが言うには、「今頃こっちを攻めるどころじゃなくなってる」らしい。詳しいことはいずれわかるだってさ」

 

 エスパーダは肩をすくめてそう言った。

 けれど、彼女がそう言うのなら、きっとそうなるのだろうと、エスパーダは思っている。

 

「そろそろ戻るか……。佐々木――仕事の締め、お前がやっていいぞ」

「いいんですか?」

「ああ、今回の仕事はお前がいなかったら、もっと長引いていたと思うし、何よりお前は直接被害を受けてるからな」

「……わかりました。では、お言葉に甘えて締めさせてもらいます」

 

 そう言ってレディグラスは眼の前に置かれたコンクリート入りのドラム缶(・・・・・・・・・・・・・)の前に立ち。

 

「えいやっ」と、ドラム缶を蹴り飛ばした。

 

 きれいなアーチを描いて、ドラム缶は東京湾の深い場所に落ちた。

 

「ナイスシュート。なかなかキレイに飛ばすなぁ」

「ふふふ、ありがとうございます」

 

 爽やかな笑みを浮かべ、頭を下げるレディグラス。

 とてもスッキリした表情をしたレディグラスを見て、エスパーダも笑った。

 

「さて、そろそろ戻って、朝飯にするか」

「そうですね。ちょっと早い時間ですけど」

 

 東京湾に背を向けて、彼女たちは並んで歩く。

 これで、ひとつの仕事が一段落したが、忙しくなるのはこれからだ。

 

 

 

 逆襲の日は近い。

 

 

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