背後からした鋭い炸裂音に、千束は弾かれたように足を止めた。
もし機械の心臓でなければ、心拍数が倍くらいに上がったかもしれない。
恐る恐る振り返って広間に戻ると、たきなが体を折り曲げて、今度は芝居ではないうめき声を上げて倒れていた。お腹を押さえる手は真っ赤に染まり、背中からも血が流れて床に染みを作る。
千束は銃を手にしたまま唇を震わせた。
確かに芝居のはずだった。男たちの照準はまるで合っていなかったし、たきなの射撃も、いつもの正確無比なものとはかけ離れていた。
つまり、たきながマガジンを入れ替えたのは、たきなの意思ではなく、目の前の男たちも巻き込んだ何者かの依頼だと判断した。
千束に人を殺させたがっている人物。以前受けた、松下の依頼を思い出す。何者かはわからないが、きっとあれと同じ人間だ。
男たちもたきなもグルであるなら、もはやこの茶番に付き合う必要はない。もし万が一、たきなが本気で17人の中に飛び込み、死ぬ気で戦うというのならバックアップするつもりだったが、そんな思いすらあざ笑われたような、最悪の気分だった。
だから帰ろうとした。それがいけなかったのだろうか。自分に人を撃たせるためなら、たきなは自分が撃たれる覚悟すらしていたというのか。
次は頭だと言わんばかりに、男の一人がたきなのこめかみに銃を突きつけた。
反射的に千束は広間に飛び込んだ。そして、集中砲火をすべて躱してたきなの元に駆け寄ると、たきなを撃った男の首に一撃、実弾を撃ち込んだ。
一斉に銃弾が飛んでくる。それを千束は避けられるが、床に倒れている相棒には無理だ。
何発かがたきなに当たり、とうとうたきなは動かなくなった。
「あああああああああああああああっ!」
千束は絶叫して駆け出した。そして、1発につき一人ずつ、正確に撃ち殺す。
時間が惜しい。1分1秒でも早く全員殺して、たきなの治療をしなくては。
「お前ら、たきなは撃たないんじゃなかったんかよ!」
3分くらいだろうか。やりどころのない怒りを叫びながら最後の一人を撃ち、急いでたきなの元に駆け寄った。
見てわかる致死量の血が流れている。抱き起こしたが、たきなはもはやピクリとも動かなかった。千束の腕の中でぐったりと四肢を投げ出す。
「嫌だ……こんな。助けてよ……」
へたりと座り込んで力なく呟くと、突然背後から手を叩く音がした。
壊れかけの機械のような動きで振り返ると、そこにはスーツ姿の恩人が立っていて、晴れやかな表情で拍手していた。
「ヨシさん……?」
「見事だった。今の17人、2分ちょっとだ。千束、君は本当に素晴らしい」
吉松の言葉が鼓膜を震わせるが、脳が意味の理解を拒絶している。何も考えられずに、たきなを抱きしめて吉松を見上げた。
「たきなを助けて」
「それはもう死体だ」
「まだ、あったかい……」
「じきに冷たくなる」
楽しそうに吉松がそう言って、足元のバッグを千束の近くに置いた。
「予想以上の成果だ。たきな君、君は最後の任務をきっちりとこなしてくれた」
「何を言ってるのかわからない。全部、ヨシさんがやったの?」
「そうだ。たきな君に弾を取り換えるよう言ったのも、DAが君たちに依頼するよう仕向けたのも、そしてもし千束が戦いを放棄するようなら、人質を撃てと言ったのも私だ」
吉松が嬉しそうに笑う。千束は涙を拭うようにたきなの肩に顔を押し付けた。
漏れそうになる嗚咽を堪えて、声を絞り出す。
「何のために?」
自分でも聞いたことのない、か細く震えた声だった。これまでにも仲間の死は見てきたが、こんなにも動揺するのは初めてだ。人を殺してしまったからか、それとも殺されたのがたきなだからか。あるいは、自分が恩人だと慕っていた男が、わけのわからないことを喋っているからか。
「それはまた落ち着いて話そう。バッグの中に、君が殺した21人分の報酬が入っている。持ち帰って店で使うといい」
「21人?」
「死体の数を数えようか?」
吉松がからかうように言った。千束はふるふると首を振った。
「私は20人しか殺してない」
「いい加減、そうやって責任から逃げるのはやめるんだ。君は人質になった仲間を見捨てた。自分の行動の結果を受け入れるんだ」
「殺されるはずじゃなかった」
「それは君の判断ミスだ。君はその子を見殺しにした。きっちり21人。7で割れる」
それだけ言って、吉松は踵を返した。
「これからは頻繁に店に通うことにするよ。君の活躍を間近で見たいからね」
「バッグ、忘れてる」
「それはたきな君の報酬だ。君に拒否する権利はない」
軽く手を振って、吉松は広間から出て行った。
音がなくなり、血の匂いだけがする空間で千束は叫んだ。
日が落ちて、大好きな相棒の体が硬直し始めても、千束はずっと叫び続けていた。
その後、千束はアラン機関との過去を知り、不調になった心臓は新しく取り換えられた。
DAには戻らなかったが、DAの仕事は忠実にこなすようになった。
死んでしまった相棒の望んだことだ。救世主が幻想だった今、不殺にこだわる理由もなくなった。
いつか殺されるまで殺し続ける。すっかり薄れてしまったたきなとの思い出を胸に、千束は今日も銃を撃ち続けるのだった。