萌え声人類種の天敵系ロリっ娘リコリス vs 俺たちのちさたき vs ダークライ 作:ごまぬん。
筆者も千束マッマに甲斐甲斐しくお世話されたいンゴねぇ……。
事態が粛々と進行していく中、喫茶リコリコ『裏の仕事』用の番号に着信があった。
まったくこんな時に、とんでもないやつだ。
「はい。喫茶リコリコ」
<……やられた〜っ!>
うん? この声は……。
「何だ。生きてたのかミズキ」
<何だとは何だ!!>
あれはもう完全に死んだ流れだと思っていたが、無事だったらしい。
ふと視線を横にやると、ミカが小さくかぶりを振ったのが見えた。
「ミズキ。ニコルがジンを、たきながもう一人の暗殺者を追いかけている。後者は素性不明だ、充分注意してくれ。松下さんは千束と共に東京駅に居る。合流を」
<ひ、人使いが荒いわね……わかったわよ!>
さっきまでサイレント・ジンに転がされて寝てたくせに、よく言うよ。
───あぁ、それにしても生きていて良かった。これでまた容赦なく仕事を投げることが出来る。
同じサポート要員とは言っても、ぼくは頭脳労働専門だからなぁ。
◇ ◆ ◇ ◆
<千束、いいか?>
「ん。すみません松下さん、ちょっと待っててください。───先生、何?」
<とりあえず、ミズキは無事だったぞ>
「え……っ、良かったぁ……!」
<あぁ、今そっちに迎えに行ってる。松下さんと一緒に店まで帰ってこい。撤退だ>
「うん……うん! 本当に無事で良かったっ。わかった、ミズキを待って電車で帰るね」
………………。
「……松下さん?」
◇ ◆ ◇ ◆
恐らく護衛が居るだろう、とは雇い主から聞いていたところだが───。
「あはっ、待ってよー!!」
1秒前まで自分の頭部があった虚空を、3発の銃弾が貫いた。
何という使い手か。手足を掠めたり、敵の逃げ道を塞ぐための牽制弾というものがほとんど無い。全弾が必中の構えであり、致命の一撃だ。防弾装備を着ていなければ10回は死んでいる。
「ふふ……はは!」
「んー? あれあれ?」
あまりにも正確にこちらの位置を捕捉される故、発信機の存在を疑って───実際、コートの襟に付けられていたので放棄したが、一時の目眩ましにしかならなかった。
「いいねぇ。わたし、かくれんぼって好き〜」
その際に稼いだ距離と体格の有利で、どうにか視界からは外れたものの、初撃で潰された左腕の応急処置が完全ではない。
レイジングブル。モデルまでは判別できなかったので正確な口径は不明ながら、発射音と強い装薬の匂いからして、マグナム弾であったことは間違いない。直撃していれば頭が吹き飛ぶか胴体に大穴が開いていた。これでも
「悪いおじさんはどこかなー?」
極東の島国で、犯罪者を消して回っている処刑人───『リコリス』の噂は知っていた。
知っていたからこそ、最大限の警戒をもって臨んだつもりだったが……
精確で、執拗で、狡猾にして残忍。まるで狼……いや。
「ここかなー? こっちかな?」
挑発のつもりで言っているのだろうか。だとしたら逆効果だ。
自分のようなプロならともかく──プロでも対応は同じだろうが──、凡百のチンピラなど足が竦んで一歩も動けまい。
「───あぁ。
刹那、轟音。
現在は使われていない雑居ビルの屋内、およそ2m隣の壁面が弾け飛んだ。部屋の反対側の壁にめり込むマグナム弾。対人用には大きすぎる……
呼吸と衣擦れの音を消す技術を身に着けていなければ、今の一射で終わっていた。
「……? おかしいな。う~ん……」
……そうか、思い出したぞ。
4年前、とある英国系マフィアの傘下グループが日本に渡り、ただの一夜にして壊滅したという噂があった。
それだけならまだ"よくあること"で済む。『日本は世界で最も犯罪・テロリズムの取り締まりに厳格な国であり、そういった悪人の抹殺を担う
問題は、噂のグループを壊滅させた執行者が、
奇跡的に生き残り、されど生涯癒えぬ心的外傷を負った生存者は、自らの見たものをこう形容した───『
「ま、いっか。放っときゃそのうち出てくるよね。じゃあねおじさん、また後で!」
目に映る人間すべてを惨殺し、犠牲者の血で染め上げた深紅の帽子を被る
直接対峙したからこそ理解できる。歌うようにスキップをして去っていくあれが、まさしく
◇ ◆ ◇ ◆
今日も東京の街を行き交う人間の数は多い。
人混みに紛れ、自力で動けぬ老爺ひとりを後ろから刺すことなど容易いように思えた。
通信によれば銃を帯びているらしい『サイレント・ジン』の方がそもそも異常なのだ。私たちもどちらかと言えばそういう相手を警戒していた。
「───抵抗しないで。そのまま、まっすぐ歩きなさい」
ハンカチで周囲の目から隠した拳銃を、背中に突きつける。
小豆色の着物に暗い深紅の帯を締め、夏にもかかわらず濃紺の羽織を纏った男性。腕には時代劇でよく見る、白い布製の手甲らしきものをはめている。
顔の皴は深く、ざんばら髪と口髭と顎髭には白いものが混じっており、ちょうど松下氏を数年分だけ若返らせたような印象だ。
体格も、あまり大きくは見えないが───それは痩せているというより、よく絞り込まれていると評した方が適切だろう。
表情は笑っているように見えた。肝臓の位置に銃口を背負っているにもかかわらず。
「これはこれは。一本取られましたな。
……何が『歳は取りたくない』だ。
千束やニコル、御門かなはを見てきた経験が告げている。若くないのは事実にせよ、この男は老いてなお強大な実力者だ。今でこそ銃を突きつけていられるけれど、少しでも油断すれば状況を引っくり返されそうな緊張感が漂っている。
言うなれば、"殺気"───そんな非科学的で曖昧な言葉が脳裏に浮かぶほど、眼前の老人から放射されるプレッシャーは大きかった。
「目的は松下さんですね」
「そうとも言えます。だが、一番の目的は
……彼岸花の系譜……、リコリスのことか?
私たちとの接触が目的だと?
「争う気はもはやありません。実のところ、今日は散歩のつもりで足を運んだのです。あわよくば
老人は持っている
わざとそうしたのか、老人の杖から『チャリッ』とも『ガタッ』ともつかぬ音が鳴った。恐らく、ただの杖ではない。
「とりあえず、座りませんか。立ち話も何ですから、この老骨を助けると思って」
気づけば、老人から殺意の気配が消えていた。
どのような鍛錬を積めばそのような芸当が可能になるのか、私には想像もつかなかった。
年齢相応にしわがれた、けれど確かな生命力を感じさせる低い声で、老人は語り出す。
私はベンチの隣に座る彼の脇腹に、ハンカチを被せた拳銃を向けたままでいる。
「あなたで28人目です」
「……?」
「
何の話だ……? 『あの方』とは一体、誰のことだ?
「困惑するのも無理はない。ずいぶんと一方的な話をしているという自覚はあります」
糸のように細められていた老人の目が、私を覗き込むべくしかと開いた。
深い琥珀色の瞳の中に、井ノ上たきなが映されている。心臓の弱い者なら視線ひとつで睨み殺せそうな、歴戦の人間にのみ発揮できる種類の眼光。
「兆しは既に幾度もあったかと存じますが。間もなく、この国に動乱が訪れるでしょう。そして、あの方がこの機に新たなる
「動乱……」
老人は人工池の方に視線を戻す。口元から消えていた笑みが帰ってくる。
私は彼の一挙手一投足も見逃すまいと目を凝らすが、心のどこかで、本当はそんな必要も無いのだと理解しつつあった。
「すべては自然の成り行きが
席から立ち、千束と松下氏が居るのとはまったく逆の方向に歩いていく老人。
あまりに自然で滑らかな動きに、銃を向け続けることを忘れていた。……しかし、『争う気はもはや無い』という宣言は本当らしい。
「あぁ、それと」
数歩進んだところで思い出したかのように止まり、老人は振り返った。
頬は緩く持ち上がったままだが、それは好々爺然とした柔和な微笑ではなく、呆れと嘲りの入り混じった嗤いに変わっている。
「
「え?」
これまでの要領を得ない台詞ではなく、明らかな確信が込められた一言。
私はすぐに立ち上がって視線を巡らせたが、老人の姿は既に雑踏に紛れて見えなくなっていた。
◇ ◆ ◇ ◆
大変なことになってしまった。
東京駅のホームで先生からの通信が入り、周囲の様子を窺いつつ指示を聞いていたら、肝心要の
「松下さん……、どこ行ったの……?」
しかし、ハッカーとしての能力があって自由に動き回れたウォールナットとは違い、松下さんは機械式の車椅子が無ければ自分で歩くことさえ出来ない。そんな人が命を狙われている状況で
色々思うことはあったけど、幸い松下さんはすぐに見つかった。
駅を出て少し進んだ辺りの日陰で、こちらに背を向けて佇んでいる。
「あっ───松下さん!」
ウィンウィンという音を立て、機械式の車椅子が振り返った。
病魔に侵された表情筋はほとんど機能していないものの、その顔にはどこか、こちらを待ち受けていたかのような気配がある。
「急にどうしたんですか? どこか行きたい所でも……」
<ジンが来ているんだね?>
私は思わずはっとして、慌てて口元を抑えた。
……いや……、もう遅いか。襲撃者が現れても、なるべく不安にさせないように黙ってたけど……限界が来たみたい。
<あいつは私の家族を殺した。今度は私の番というわけだ>
「え……。で、でも! ご家族を……その、やったのは、誰かわかんないって話じゃ」
<20年あれば調べもする。君たちの態度を見ていて、疑惑が確信に変わった>
<千束、ニコルが撒かれた。たきなの方の敵は撤退したけど、そっちまで距離がある。合流はすぐには難しそうだ。気をつけろ>
クルミからの通信。ミズキの生存といい朗報続きかと思いきや、
『サイレント・ジン』───先生が直々に『本物』とか『手強い』と評価するプロ中のプロだ。ニコルと"読み合い"が成立するレベルであってもおかしくはない。
……と、そこまで考えたところで、頭の中でシナプスの発火する感覚があった。
あれは……そう、ちょうどニコルとたきながリコリコに転属してきた頃の会話で───。
───ちょちょちょっ、沙保里さんは!?
───車の中ですが。
───護衛対象を囮にしたの!?
「まさか」
<日本に居る限り、奴は私を殺しに来る>
「っ……! な、なら一度、
<私には時間が無いんだ!>
これまでより明らかに大きな音量が、松下さんの車椅子のモニターから放たれた。
機械越しにも伝わってくる怒りの感情。この不可解な行動に説得力を与える、唯一の仮説。
目の前で進行していく物事を、正しく飲み込むことが出来ない。どうすべきなのか決断することが出来ない。
ここはもう戦場で、迷っている暇なんて無いというのに。
バシュッという音が聞こえて、私はようやく現実に引き戻された。
松下さんの車椅子の取っ手が片方、抉られたかのように傷ついている。
「───……!」
「みぃつけた♡」
経験と本能が私の『眼』を動かす。それと同時に、今度は破裂するような発砲音。
視線の先には、改修工事のための
その上で大小ふたつの影がもつれ合い、そして、
「ニコルーっ!!」
空中に投げ出されたニコルと『サイレント・ジン』が、さらに下の工事現場へと転がり落ちていった。
◇ ◆ ◇ ◆
───かなりの距離を落下したものの、セメント粉の袋だか何だかがクッションになって助かった。
助かったというよりは、『
「あっはははははは!!」
舞い上がった塵の煙幕の向こうで、いたいけな少女の姿をした悪鬼が哄笑している。
「あー、いったぁい! 50口径の反動なんて目じゃないや! やっぱりゴッホちゃんを基準にしちゃダメだなぁ!」
……どこまで本気で言っているのやら。
コート以外の衣服にも防弾繊維を仕込んでいたこちらとは違い、ろくな装備も無く落下したはずの
「もしもし千束〜? 依頼人のお守りよろしくぅ! こいつはわたしがぶっ殺しとくから♪」
小さな手に握られた
相変わらず躊躇の無い射撃だが、負傷のためか先刻よりは精度が甘い。すぐさま眉間や左胸を撃ち抜かれることは無かった───ほんの一瞬たりとも足を止めず、常に適切な防御姿勢を取り、遮蔽物を最大限活用している限りは。
「うわぁ!?」
「にっ、逃げろぉ! 警察呼べっ!」
自分はともかくとして、あそこに居る
「にひひっ。これでふたりきりだね?」
吐き気がするほどに可憐な笑顔。
……このような稼業を営んでいる身だ、まともな死に方が出来るとは思っていない。
だがいくら何でも、幽鬼の類に食い殺されるのは御免被りたかった。
◇ ◆ ◇ ◆
あんのイチゴ幼女、完全に
落っこちる直前に一瞬だけ手元が見えたけど、さてはアレ
<千束! もうすぐ合流できます、松下さんを避難させてください!>
「たきなっ」
む……んん、うぅ〜ッ……!!
さすがに、松下さんの護衛が最優先か……!
「わかった。松下さん、早くここから離れましょう!」
<私が
……、……。
「……松下さん」
───ちょっと、嘘でしょ。
やめてよ。だって……だって、松下さん。
さっきまでさ、すごく楽しそうにしてたじゃん。そんなのおかしいって。
そりゃあ、色々とワケアリなのは知ってる。奥さんとお子さんの命を奪った相手を前にして、冷静じゃいられないのなんて当たり前だ。もしも逆の立場だったら我慢できるかって聞かれたら、正直自信は無いよ。
でも……それでも、私は。
あなたに、そんなことを、言って欲しくない─────。
<ジンを殺してもらうことだ>
「───、……!」
<
「わた、しの?」
……何か。
とてつもない違和感がある。致命的な勘違いをしていたことに、ようやく気づいた、ような。
思わず握りしめたペンダントが、ひどく冷たく感じられた。
◇ ◆ ◇ ◆
千束と松下さんの下へ向かう道すがら、先にミズキさんと合流した。
適当な地点で車を降りて走ってきたらしく、肩で息をしている。
「おっ……! あぁー、たきなっ……! ヒュー……コヒュー……」
「大丈夫ですか?」
「ハァー……。も、元・情報部なめんなっての……」
「───たきな! ミズキ!」
とか何とか言ってたら千束たちの姿が見えてきた。
松下さんは……良かった、無事だ。
「とりあえず
「ぜー、ぜー……了解……」
千束はニコルの応援に向かうようだ。あの二人なら滅多なことは無いだろう。
ミズキさんはしばらく使い物になりそうもないけれど……、うん。
後は電車に乗ってこの場を離脱し、喫茶リコリコに戻るだけ─────。
◇ ◆ ◇ ◆
「松下さん、行きましょう」
<…………>
「松下さん?」
<……いや>
「!」
「ほぇ? あ……あの、どこにっ……ヒュー……」
<これだけは見届けなければ>
「あっ!? ちょ、待っ……待って……! たきな、何ボーッとしてんの! 早く追いかけなさいよー!」
───雇い主の素性には、もう少し気を払った方がよろしい。我々のような人間のみが罪悪を為すとは限りません故……。