萌え声人類種の天敵系ロリっ娘リコリス vs 俺たちのちさたき vs ダークライ 作:ごまぬん。
「─────ヨシさんなの?」
赤いドレスを着た白金の髪の少女、錦木千束が問う。
10年前、先天性の心疾患により死に行くばかりだった彼女を、機械式の人工心臓を提供することで救った命の恩人。
今、彼女の眼前に座る『ヨシさん』と呼ばれた男───吉松シンジこそが、まさにその人物だった。
「……千束!」
傍らに居る肌色の濃い男───ミカが、驚愕のあまり叫ぶ。
彼は吉松の旧友であり、千束の師でもあった。
「ミカ」
「い……いや、違うッ」
「ごめんなさい! ……先生のメールを、うっかり見ちゃって……」
「『千束の今後について』という話でしたので、てっきり
千束の側に侍る黒髪の少女、井ノ上たきながフォローを入れる。
吉松は尚も怪訝そうな表情のままだったが、千束の次の言葉を聞いて、とりあえずは怒りを収めることとした。
「でも……今の、話。ちょっとだけ……ちょっとだけ、ヨシさんと……話をさせて」
「───。……何かな」
千束は───しかし、咄嗟に話したいことが出てこない。
10年。命を救われ、されど感謝の言葉も告げられずに過ぎ去った時間。
たったこの一時で埋めるには、あまりに巨大な断絶があった。
「……。私、先に出てますね」
「うん……ごめん」
それだけ言い残して、たきなは立ち去った。ミカも、今は何かを語れる余裕が無いらしい。
しばらく間を置いてから、千束はゆっくりと話し始めた。
「……まさか、ヨシさんだったなんて。あ、すみませんっ……吉松さん、の方がいいか」
それで、その、とにかく……。
しどろもどろになりつつも、一番伝えたかったことを告げる。
「───ありがとうございました!! あなたを……ずっと探してて。手術の後、お礼を言えて、なかったから」
ようやく話せた、たった一言。
礼儀として、感情として、人として当たり前の、ずっと『やりたかったこと』。
千束の心からの感謝に対して、吉松は、
「それを認めることは出来ない」
俯きがちに、そう答えた。
「……え?」
「そういう決まりなんだ」
心底興味の無さそうな、およそ表情というものが抜け落ちた空疎な顔で、痩身の男は呟いた。
「あ……、えっ……と。そうなんだ? で、でもね、私もこうして頂いた
「千束。
「差別だーッ!!」
◇ ◆ ◇ ◆
「ですから未成年は……」
「IDをよく見ろ! ここに30って書いてあるだろ!?」
「で……でもォ……」
「かーっ、出たよ出た出た。すると何か? この店は外見で人を判断するのか〜?」
「そうよ。10代に見えるかも知れないケド、こう見えて───」
「……見えて?」
「ハ・タ・チ♡」
「お前のことじゃねーよ!!」
「ぐほっ!! な、何だそのボディーブロー!?」
◇ ◆ ◇ ◆
……えぇ?
何やってんのあいつら……。
「ちょっと二人とも……!」
「……。『アラン・チルドレン』には役割がある。ミカとよく話せ」
ついぞヨシさんは立ち上がり、そのまま去っていこうとする。
「あのっ、ヨシさ───」
私の肩に先生の手が触れた。止められている。
振り向くと、小さな怒りと大きな悲しみの籠もった視線が、私とヨシさんの両方に向けられていた。
「しばらくここに居なさい」
そう言って、先生もヨシさんを追いかけて行ってしまった。
……静かで控えめなピアノ曲が流れる、格式高いバーの中心に、いやに若い小娘が独り。
「ヨシ……さん。……また……
徐々に遠くなる背中に、届きもしない言葉を投げかける。
虚しくても。無意味でも。私は、それが、『やりたい』と思ったから。
◇ ◆ ◇ ◆
地上階の出入口へと戻るエレベーターの中で、ミカと吉松は向かい合っている。
「……。シンジ。ジンなら
「知っているとも。昔の君ならそんな甘いことはしなかった。どうした?」
ミカは質問に答えなかった。
次の言葉が答えだった。
「───千束の望む時間を、与えてやろう……!」
吉松はミカの声に応えなかった。
次の言葉が、すべての結論だった。
「ミカ。才能は神の所有物だ。
長身痩躯の男は、その表情のみでミカを圧倒し、壁際にまで追い込んだ。
相手の頭越しに壁へ手を突き、獰猛に笑いながら囁く。
「私たちは約束したじゃないか。そうだろう?」
大柄で色黒の男は、吉松を力任せに引き剥がし、右腕を突きつけた。
「……やめろ!!」
その手の中にあるのは、1丁の
「千束を自由にしろ……。私には、この引き金を引く覚悟がある!」
吉松は知っている。それが如何なる
吉松はよく知っている。ミカがどれだけの敵をその銃で葬ってきたか。
「君の店を初めて訪れた時は、胸が弾んでいたよ。本当さ」
そういった事実すべてを無視して、男は尚も嗤っていた。
「10年前のあの日のように」
瞬間、ミカの脳裏に、あらゆる
───初めまして。吉松シンジです。
───お互い秘密が多いな。……上手くやれると思わないか? 私たちは。
───あぁ……! 成功だよ、ミカ!
─────さようならだ。約束だぞ。才能を世界に届けてくれ。類稀なる……、
殺戮の才をね。
そこまでを回想し終えた時、エレベーターは停まっていた。
吉松の姿は既に無い。ミカの手には、引き金を引かれなかった拳銃だけが残っている。
「…………。……っ」
そのコルトM1911は、
「……覚悟なんか……あるわけが無いだろう───」
◇ ◆ ◇ ◆
「……あ」
「おや」
「えっ……と。あの! ……先程は、お邪魔してしまってすみません」
「あぁ。いや」
「でも千束、喜んでました。また
「……君ならわかるはずだ」
「?」
「千束の居場所は
アランの男はニヤリと笑い、待たせていた車に乗り込んで消えた。
見送るたきなの瞳は、凪いでいる。吉松の語った言葉の真意は、まだ理解できていなかったが───いずれはそれが、千束に"何か"をもたらすのだと確信して。
◇ ◆ ◇ ◆
千束の指先で、ペンダントが踊っている。
「───何で黙ってたの?」
ミカは、一度深く溜息をついた。両手で顔を覆いながら答える。
「……それが君を助ける時の条件だった。アラン機関は支援した相手に見返りを求めない」
「じゃあ……。……、
梟を象った、鈍い金色のエンブレム。
見返りを求めず、感謝を受け取らず、ただ『才能』に奉仕することのみを存在意義とする───そんな組織が『
「うん、その方が先生らしい。やるな〜? この千束を欺くとは!」
どうしようもなく、
「すまなかった、千束……」
「いいって。気にすんなよぅ」
「……、すまない……」
ただ謝罪を述べ続ける以外に、ミカに出来ることは無かった。
夜が更けていく。闇が深くなっていく。
人の心にも影が差す。夜明けはきっと、まだ遠い。
◇ ◆ ◇ ◆
一晩明けて───今日はリコリコ恒例、月に一度のボードゲーム大会の日だ。
正確に言うと、普通は閉店後の夜間にのみ開催しているところを、延長戦という体でその翌日にまで持ち込んでいる形だ。というかむしろ、私の知る限り、延長戦までもつれ込むのが半ば常態化している。
「あれ、千束ちゃんは?」
「今日はまだ。少し体調が優れないようで」
常連の阿部刑事と北村さんにお茶を出しつつ答える。
「伊藤さん、参加しませ〜ん?」
女性の北村さんが、少し離れた位置に居る伊藤さんに声をかける。
伊藤さんは漫画家で、今日はボードゲームには参加せず、〆切が近いらしい漫画の制作に没頭している。
「さっきからめっちゃ携帯鳴ってるぞ。
「鳴ってない。幻聴幻聴」
「あは〜。結局今月もこの調子かぁ」
我らがリコリコのちっちゃい者倶楽部は、不甲斐ない大人の醜態に容赦しない。
せめて私だけでも伊藤さんの味方で居よう……。そっと優しげな手つきでお茶を出す。
「どうぞ」
「あー、ありがとう。……ねぇたきなちゃん、
「? ……べきだと思いますけど」
一瞬何の話だと思ったが、漫画の
漫画の
ましてや
「……ミズキ?」
などと言っていると……何だろう。奇妙な格好をしたミズキさんがバックヤードが出てきた。
黒光りする破れやすそうな生地のドレスだ。確か……昨日見た潜入任務用衣装の中に、あんなのがあったような?
「おまっ───こんな日の高い内から、なんちゅう格好しとるんだ」
「お、キマってるねぇ~。ちょっと懐かしい感じするなぁ」
「ミズキさん、お出かけですか?」
クルミ、阿部刑事、北村さんで反応は三者三様だ。
個人的にはクルミの感想を支持したい。
「まぁね。ちょっくらBARに繰り出そうかと」
「バー? もしかして昨日の?」
「他にどこがあんのよ? ふふ、昨日はお子様同伴のせいでダメだったけど、私一人なら入れますから。このゴールドカードで!」
あぁ、偽造会員証……。
自信満々のオーラが出ていると思ったら、そういうことか。
「馬鹿言うな。そいつならもう失効してる」
「……はっ!?」
自信満々のオーラが霧散した。短い天下だったな。
「な、何で!? 高級バーよ!?」
「お前が低級だからだ。いいから座れ」
「やあだぁ〜!! 絶対行く〜っ!!」
「ねぇ伊藤さん、あの人の生き様ってギャグ漫画にならない?」
我らがリコリコのちっちゃい者倶楽部は、不甲斐ない大人の醜態に容赦しない。
あの二人、能力的に相性が良いし、性格面でも割と気が合うらしい。
閑話休題。
「遅いですね、千束」
「いいさ。今日くらいは休ませてやろう」
……まぁ、尤もだ。
あのあと合流した千束の表情を見て確信したが、残念ながらあまり友好的な再会ではなかったらしい。
いっそ丸一日悩むくらいで健全だろう。たとえ異能の『眼』を持つ最強のリコリスであっても、錦木千束とて年頃の女の子なのだから─────。
「千束が来ました〜っ!!」
……だが、それでも、彼女は来た。
無理をしているのかも知れない。内心穏やかではないのかも知れない。
けれど、千束は今日も、喫茶リコリコに来ることを選んだのだ。
「え〜!! あのイケメン殺しちゃったの!? 死ぬのはダメでしょ読者人気高いんだから〜」
「こっちは遊びでやってんじゃないんだよ! やっぱり悪党はそれ相応の報いを受けなきゃ、物語上の説得力ってもんが……」
「イケメンが死ぬのがダメなら怪獣出そうよ! わたしビルとか景気良く吹っ飛ぶの大好き!」
「思想がもはやテロリストなんだよな」
───、さて。
せっかく喫茶リコリコの看板娘が出勤してきたのだ。
「千束! 営業始まってるんですから、早く着替えてきてくださいっ」
「はーい!!」
「え、待って! 千束が居てくれないと〜!」
「すぐ戻りますってー。たきなに怒られちゃいますからぁ」
自分にしなだれかかる伊藤さんを引き剥がし、バックヤードへと走っていく千束。
その背中を見送る店長が、小さく笑った。
◇ ◆ ◇ ◆
「……よし」
着替え終わり。
「千束ー?」
「はーい先生! いま行きまーす」
『あの人』に告げられた言葉の意味は、まだわからない。
◇ ◆ ◇ ◆
─────『
「……フッ」
<なぁ……真島? 警察署さぁ……、あんなに派手にやらなくてもよかったんじゃないか? やっぱり隠蔽されてたし>
手元にはペンダントがある。梟を象った、鈍い金色のエンブレム。
あのリコリスが持っていたのと、同じもの。
「ハハ。ハッカーお前、力仕事についちゃ
<そういうもんか? なら理解できなくもないけど……。───っと、よし! 接続できたぞ>
「OK。よくやった、ハッカー」
いま立っているこの場所からは、東京の街並みがよく見渡せる。
地上に咲いた鉄の花、旧電波塔。その反対側に建造された、もうひとつの電波塔───延空木。
……あぁ。片方は歪で、片方は綺麗で、こんなのは……バランスが悪い。
「次は、も〜っとド派手に行くぜ」