萌え声人類種の天敵系ロリっ娘リコリス vs 俺たちのちさたき vs ダークライ   作:ごまぬん。

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Six of one and half a dozen of the other(2/3)

 

 真島一派との決戦は、いささか拍子抜けな展開から始まった。

 一派が拠点としている貨物船への強襲は、まだ太陽も出ていない早朝から行われる。

 現場へと出撃した楠木司令の指揮の下、複数のファーストと100人規模のセカンド、サードを投入した総力戦だ。

 船内の制圧は、呆れるほど順調に進み───実際、呆れてしまうような結果に終わった。

 

「クリア」

 

「クリア」

 

「クリア」

 

「……。アルファ1、オールグリーン」

 

 そうして踏み込んだ船内中枢、真島が居ると推測されていた宿泊室は、既にもぬけの殻だった。

 

「───逃げられたッスね、これ」

 

 ()()()()()()

 真島一派のバックには、国内最大の暴力団『海山會』の組長にして日本の黒社会を牛耳るゴッド・ファーザー『長老』と、未だ正体不明の『ウォールナット級ハッカー』がついている。

 DAの台頭に伴い、弱体化と地下化の一途を辿るばかりだった古い"死に行く血族(ダイイング・ブリード)"が、未だにこれほどの組織力を有していたなんて。

 

 

 

<おぉ~>

 

 

 

 銃口が一斉に上がった。

 一人の男が、その場に現れていた───ただし、それは部屋に設けられたプロジェクターの中だったが。

 

<雁首揃えてノコノコと。修学旅行か?>

 

「……下ろせ!」

 

「真島……」

 

 乙女サクラと春川フキが続けて言った。

 画面の中の男。緑色の髪に黒いロングコート、サーモンピンクのアロハシャツ。

 4月から続く一連の事件の首謀者、真島だ。

 

<ん?>

 

 真島の視線が脇に逸れ、遅れて入室した楠木司令を目に留めた。

 一方的に映像を送信し、音声のみをやり取りしているわけではなく、どこかからこちらを監視しているらしい。

 

<あぁ、引率の先生まで居やがんのか。何者だあんた?>

 

「お前を殺す指揮を執っている者だ。真島」

 

 楠木司令が一切表情を動かさずに返答する。

 

<自己紹介は不要らしいな。つまり、あんたがリコリスの親玉か>

 

「目的は何だ。金か?」

 

<ハハ、確かにそれもある。俺たちにだって生活はあるからな。だがそれ以上に……興味のある仕事だから引き受けた>

 

 真島はその一度だけ明瞭に笑うと、表情から完全に喜色を振るい落とした。

 

「興味? 死に体のヤクザに手を貸すことがか」

 

<馬鹿言え。正義の味方気取りの悪党が、どんな奴らかってことだよ>

 

 帝都の守護を司る影の衆の女王は、世界を股にかける戦争屋の言葉を受けて……。

 表情にはまったくそんな素振りを見せなかったが、わずか3秒だけ沈黙した。

 

「───悪党はお前たちだろう」

 

<現代において善悪の物差しってのは法だ。お前らは法の下に存在しているのか?>

 

「法とは実体の無い権威に過ぎん。真の意味で人間を動かすのは実体ある利害と、それらを得た経験に基づく道徳律だ。金銭が効用価値を媒介する呪術でしかないように。人が法を守るのではなく、法が人を守らねばならない。我々は、その法が円滑に社会を運営する正当な規範で在れるよう、この国の治安とモラルを育ててきたのだ」

 

<……配信元の特定を急げ!>

 

 インカムから本部の作戦指揮所(オペレーション・ルーム)の喧騒が漏れ聞こえている。

 今は司令助手が各班に檄を飛ばし、この通話の配信元を探っているようだ。

 

<クッ……クク、ハハハハハ!! 正当な規範を育てるだと? お前ら何様だよ?>

 

 哄笑と共に真島の唇が歪み、その目に漆黒の炎が灯った。

 歓喜すると同時に憤怒しているような、人間にそんな精神状態が存在するのかと思わせるような顔だった。

 

「それをお前たちのような輩と議論するつもりは無い。その意義も必要性も無い。現に結果としてこの国の利益は守られている」

 

権謀術数主義(マキャヴェリズム)ってやつ? 古臭ェ〜。そんなモンが罷り通ってると知ったら、世間はどう思うかね?>

 

「要らぬ心配だ。真の平和とは、悪意の存在すら感じさせない世界のこと。お前も誰の記憶にも残らず消えろ」

 

<お得意の情報操作か。だがな───悲惨な現実を身に沁みて理解していなければ、人々は平和の意味さえ忘れてしまうんじゃないか? そいつは本来与えられるものじゃあなく、己の手で勝ち取るものだってこともな>

 

「賢しいことを言うじゃないか。純粋培養の大悪党も、自分が邪悪であるという認識には耐えられないか?」

 

 白の陣営と黒の陣営、双方の頭目による舌戦が続く。

 楠木司令が口を開く度に真島の笑みが翳り、真島が口を開く度に楠木司令の目つきが険しくなる。

 つまり、これは、討論の姿を借りた宣戦布告でしかなかった。

 

<俺ァ心配してやってるんだぜ? 善悪の天秤ってのはな、どっちに傾くにしてもお前らのような存在に()()()()べきじゃない。バランスを取り戻さなきゃな>

 

 そして観念的な思想の衝突は終わり、決定的な部分が語られる。

 

「それが、延空木を狙う理由か」

 

<ハハッ───そこまでお見通しかい。ま、両方壊れてねぇとアンバランスだしな?>

 

「海山會を味方につけたところで、結果は10年前と同じだ」

 

<どうかな? 今回も錦木千束(あいつ)が助けてくれるかな>

 

 ……やはりか。

 

「っ、おい……!」

 

 真島を追えば、吉松シンジ(アラン機関)に繋がる道が開ける……!

 

「やめろっ───」

 

<じゃあな。リコリスの親分さんよ>

 

「待ちなさい!!」

 

「たきな!」

 

 いつぞやと同じく春川フキが私を制止しにかかるが、いい加減学習してもらいたいところだ。

 楠木司令が()()()()()()()()()()()ことには、恐らく何か意味があるのだから。

 

<おぉ、黒い方か。久しぶりだな。お前はこっちに戻ったのか>

 

「吉松はどこ?」

 

<何だお前も『ヨシさん』か? 人気者だな、奴は>

 

「私はあなたに興味は無い。吉松の居所を……!」

 

<俺もお前には興味無ぇよ。まぁゆっくりしてってくれ>

 

<おい真島、ダメだ! 限界だ、通信を切れ!>

 

<あぁそうだ、お前熱いのは平気か? コーヒー淹れてたんだが飲み損ねちまって───>

 

「待てっ!!」

 

 通信が切れ、プロジェクターの映像も消えた。

 光源を失った宿泊室に、仄暗い闇が帰ってくる。

 

<回線、切れました>

 

<待ってください、最後に一瞬だけ……。───『ラジアータ』が敵のホストを捕捉!>

 

<最終アクセスポイントは……大田区蒲田!>

 

 ───そう。

 トラブルを楽しむ(転んでもタダでは起きない)のが、錦木千束(喫茶リコリコ)流だ。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 朝。不動産屋に行くために先生を迎えに来たら、閉店って書いてあるのに来客があった。

 

「ちょっとぉ!! これ何!? なんでよ〜!」

 

 漫画家の伊藤さんだ。

 

「いやぁその、のっぴきならない事情でして……」

 

「これから私にどこで漫画描けって言うのよ! こんなに静かなお店は他には無いし!」

 

「それ何か含みある言い方じゃない?」

 

「とにかく!! ……絶対、また戻ってきて。約束よっ」

 

「……うぅ」

 

 そんなこと……言われても、なぁ。

 何とももどかしい思いを噛み締めていると、またベルが鳴った。

 

「ちょっと!! 急じゃないマスター!?」

 

 山寺さん!

 

「閉店なんてやめようよ〜」

 

 北村さん!

 

「ま……マジで!?」

 

 後藤さん!

 

「ちくわ大明神」

 

 誰だ今の。

 

「おう千束ちゃん! 何かあったのかい!?」

 

 米岡さん!

 

 

 

 

 

 10分に1度のペースで現れる常連さんの対応に忙しく、だいぶ時間が潰れてしまった。

 そういや……ここ数日色々あり過ぎて忘れてたけど、この時間帯のリコリコは比較的忙しいんだよな。

 

「つ……疲れたぁ……」

 

 最初の伊藤さんが来た時点で、ドアの鍵を閉めておけば良かった。

 けど、そうしなかったのは。そう、出来なかったのは───。

 

「……でも、何か嬉しいね」

 

「そうだな」

 

 会えて……良かった。

 本当に。みんなに会えて、良かった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

<警備のリコリス、配置完了しました>

 

「それではこれより、新電波塔『延空木』完成セレモニーを開催いたします。大沼都知事、どうぞ!」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 喫茶リコリコ、地下倉庫。

 射撃訓練場の隣にある、武器や弾薬を置いておくための場所。

 

「けっほ、けほっ」

 

 うえぇ。埃っぽ……。

 

「その箱だ」

 

「いつから触ってないのよ……ライフル?」

 

 何か『良いものを見せてやる』と言うから、出すのを手伝ってみれば。

 この期に及んで、銃なんか贈られても困るんですけど?

 

 

 

 ホールまで持って上がってみてから気づいた。

 長方形の、上等な桐の箱。ぼ、暴力団からの鹵獲品……?

 

「お前のだ。開けてみろ」

 

「鍵閉める? またお客さん来るかも」

 

「いや、いいんだ。武器じゃない」

 

 そうなの? じゃあいいか。

 しかし、この感じで武器じゃないって言うと……ちょっと想像がつかない─────。

 

 

 

「……着物?」

 

 

 

 白を基調として花や葉の模様が入った着物と、黄色の帯と、よくわかんないけどその他一式。

 実用上の改良が色々と施されたリコリコ制服とはちょっと違う、本格的な和装。

 

「お前の晴れ着だ。成人式にはちょっと早いがな」

 

 …………、……晴れ着。

 それに……成人式、って─────。

 

「……〜〜〜っ!!」

 

「おいおい……」

 

 思わず先生の胸に飛び込む。服を掴む手にぎゅっと力が籠もる。

 壊れかけの心臓の奥から、洪水みたいに気持ちが溢れて、他にどうしていいかわからなかった。

 

 

 

 先生に手伝ってもらって、どうにかこうにか着付けを終えた。

 なかなか重労働だ……。御門は休日出かける度にこんな苦労を? すげぇぜ大和撫子。

 

「どう? どう?」

 

「あぁ。ちゃーんと撮れてるぞ」

 

 ()()デジカメでパシャリと1枚。

 もしかすると、これが最後になるかも知れない1枚。

 

「いやそうじゃなくってぇ。先生の感想を聞いてるのー」

 

「あぁ……。もちろん、素敵だよ。すっかり大人の女性だな」

 

 ………………。

 ち、ちょっとそういうのはズルいんじゃないかなぁ。ヨシさんやフキの気持ちがわかっちゃったよ、今……。

 

「……ふ、ふふっ。ありがと、先生」

 

「───お前に感謝されるようなことなど、何も出来ていないさ」

 

 またまた。謙遜も過ぎると何とやら、だぞぅ。

 

「まったまたぁ。私に名前をつけてくれたのも先生だし、銃を教えてくれたのもー、この店もー、たきなやみんなと出会えたのもー……何より、私のためにヨシさんを探してくれたのも、先生じゃん?」

 

「……」

 

「あ! そうだ、さっきの写真! ヨシさんにも送ってよ、先生なら連絡先……」

 

「そうじゃないんだ!!」

 

 …………。……、え。

 

「な……何、先生? 大きな声出して……」

 

「千束」

 

 ───その時の、先生は。

 いつも穏やかな喫茶リコリコの店長ではなく、10年前のあの頃と同じ、DAの司令官(歴戦の兵士)のような顔つきをしていた。

 

「シンジについて、話しておきたいことがある」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「来ました。車両の特徴が一致します。真島です」

 

「正面から乗り込んでくるとはな。恐れ知らずか、ただの馬鹿か……。始めろ」

 

「了解。交通制御システムへの介入を開始します。セレモニーを避けて北側に誘導、延空木への他ルートをすべて封鎖」

 

 ─────『延空木』。

 中心のメインターミナルと4棟のサブタワーで構成される、戯画化されたスペースロケットのような形状の新電波塔。

 破壊された旧電波塔に代わる復興と未来の象徴であり、また真島一派(テロリスト)の最大目標でもある真の決戦の舞台。

 

「ドットフィフスはどうしている?」

 

「参考人の証言を基に、海山會の総本部を強襲中です。真島との繋がりを暴きさえすれば、ここであの『長老』を仕留めることも出来るでしょう」

 

(真島)(海山會)を背負ってやって来たか。ならば今日この日、我が国の膿をすべて出し切るとしよう」

 

<ブラボー、配置完了>

 

<チャーリー、完了>

 

<アルファ、完了>

 

「司令。各部隊、襲撃予想ポイントへの配置完了しました」

 

「よし」

 

 延空木は旧電波塔を遥かに上回る耐久性を持った建造物だが、それでも構造上どうしても脆弱になってしまう部分もある。

 尤も、これは旧電波塔事件の反省から、設計段階より()()()()()()()()()()弱点である。

 『特定の箇所以外からは極めて破壊困難』という性質は、攻撃側の行動を否応なく限定する。

 この首都東京に建つ日本の平和の象徴は、その実、()()()()()()()()()()()()()狂気の要塞でもあった。

 

「ターゲット、延空木に到着」

 

「エレベーターに乗って上昇中」

 

「間もなく予想ポイントに到達」

 

 延空木の建物内の情報は、各種センサーによって完璧にモニタリングされている。ここで戦う限り、DAに敗北は有り得ない。

 哀れな羊たち(テロリスト)を満載したエレベーターが、飢えたる狼の群れ(リコリス)が待つ狩場へと───。

 

<……え!?>

 

 (いざな)われることは、無かった。

 

「た、ターゲット、予想ポイントを通過!」

 

「何ですって!?」

 

「狼狽えるな。行き先はどこだ? メンテナンスの作業員用のエレベーターがあっただろう。先行して包囲しろ」

 

「この進路は……。制御室? でも、あんな場所からじゃどこも攻撃なんて……」

 

 楠木は知らない。

 DAが真島一派の協力者で最も警戒すべきだったのは、戦力の中核を担う海山會でも、今日までの事態すべての絵図を描いたアラン機関でもなく───彼らの背後で地道な支援活動に勤しんでいた、一人の『ウォールナット級ハッカー』であるということを。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「後は頼んだぜぇ〜? マイ・ハッカー」

 

<その呼び方気色悪いからやめろ! ……ヘッ。でもまぁ、期待には応えてやる!>

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 華やかな晴れ着姿の千束とは裏腹に、この世すべての影を背負ったかのような沈鬱な様子で、ミカはぽつりぽつりと語り始めた。

 

「……10年前、私がシンジに手術(オペ)を頼んだのは、司令官としての利益のためだった。少なくとも、あの時はそうだった」

 

 ───リコリスの現役期間だけ生きればいい。

 

 ───そういうことなら引き受けよう。だが……これだけは約束してくれ。彼女を、最強の暗殺者(リコリス)として育てることを……。

 

「……う、そ。……嘘、嘘っ……! だって、自分は、人を助ける『救世主』だって。ヨシさん……」

 

「…………」

 

 『救世主』。

 アラン機関のことを知る者なら誰しも、彼らをそう呼ぶだろう。

 アラン機関の本性を知る者なら誰しも、彼らをそんな風に呼ぶことは無い。

 

「……。じゃあ……どうして?」

 

 どうして、本当のことを言わなかったのか。

 非難めいた口調ではなかった。そのことが、ミカにはとても耐えられなかった。

 

「……言えなかった……。お前の中でどんどん大きくなる『救世主(シンジ)』への憧れは、いつ何の拍子に尽きるかわからない命を支える力となっていった」

 

 頭を抱えて、絞り出すように告白する。

 これほどまでに心乱れたミカを、千束は見たことが無かった。

 

「それはとても眩しくて、儚い……」

 

「先生……」

 

「───言ったほうが良かったのか!? お前の生き方は間違ってる、殺しを重ねればシンジはまたお前を助けてくれると!」

 

「……」

 

「言えば良かったのか!? 教えてくれ……千束……!」

 

 実のところ───錦木千束もまた、最初から異端のリコリスであったわけではない。

 元より多少何事にも()()なきらいがあり、表面上は明るい性格に見えても、彼女の人生には常に死の影があった。

 その恐怖が、彼女を強く気丈に振る舞うよう育て、命への執着を生んだ。

 次に、逃れ得ぬ死の影の恐怖から救い出された経験が、錦木千束の生き方を決定的なものとしたのだ。

 

「……ありがとう」

 

 そして。

 

「ありがとう。先生。私に決めさせてくれて、ありがとう」

 

 錦木千束が錦木千束である、もう一つの理由。もう一つの哲学は、他ならぬミカによって確立されたものであるということに、千束はようやく気づいた。

 

「10年前にそれ聞いたら、私はたぶん負けてた。そんで、仕方なくリコリスの仕事してたと思う」

 

 『やりたいこと最優先』。

 自分で考えて、自分で選んで、自分で決める。

 

「んで、嫌なことや辛いことはぜんぶ先生やヨシさんのせいにするんだ。それは嫌だわぁ……うん。無い無い」

 

 祝福と呪いは表裏一体。

 多くの人にとって、自由であることは魅力的だ。だが、真に自由な選択と行動には責任が伴う。

 かつての錦木千束は子供だった。彼女は子供らしく、いくらかの自由を代償に、ありとあらゆる責任を大人に背負わせることも出来た。

 

「───私の仕事も、このお店を始めたのも、ぜんぶ私が決めたこと」

 

 それはミカの葛藤が導いた、偶発的な結果でしかないのかも知れない。

 けれど確かに、千束は今日まで、より困難な(自由)を選んできた。他の誰かのせいにすることを望まなかった。

 

「ずっと私を助けてくれた先生とヨシさんへの感謝は、今の話を聞いても全然変わんない。ふたりとも───私のお父さんだよ。それが一番嬉しいって感じする」

 

 喫茶リコリコのホールからバックヤードに続く通路には、額縁に入った1枚の絵が飾られている。

 子供らしい豪快で粗雑な筆致で描かれているのは、『せんせい』と『わたし』、そして『きゅうせいしゅ』と注釈された3人の人物。

 10年続く街の喫茶店の、始まりとなった3人。

 

「……すまない。……すまない……」

 

「ほーら。先生、泣かないでー」

 

 澱のように溜まった後悔の念が、ミカの目から滲み出てきていた。

 胸中に渦巻く未知の圧力が、屈強な歴戦の兵士を内側からばらばらにしてしまいそうだった。

 

「先生こそ、どうなのよ? この千束はどう? 好き?」

 

 お茶目にくるりと一回転する少女を見て、ミカの中に押し込められていたすべてが決壊する。

 

「あぁ……。あぁ、あぁ……!! 自慢の、娘だ……!」

 

 千束の朗らかな微笑と、ミカの清々しい嗚咽が、喫茶リコリコの店内に響く。

 血より水より濃い絆で繋がった父と娘は、そうしていつまでも互いを想い合っていた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「それではこれより、延空木完成セレモニーのラスト……放送電波の発信を行います」

 

 司会者のアナウンスと共に、壇上に立った緑のスカーフの女性・大沼東京都知事が右手を掲げる。

 

「カウントダウンと同時に、延空木内のシステムが自動で電波を発信します。さぁ、皆さんご一緒に! 発信5秒前、5……」

 

 会場後方に設置された特設モニターに、カウントダウンの数字が表示された。

 

「4! 3! 2!」

 

 セレモニー会場には官民問わず、そして(警察)(DA)を問わず、あらん限りの警備の人間が貼りついている。

 この状況で可能な悪事など、滅多にありそうにはない。そもそも、真島一派を除く首都圏の犯罪組織は、ドットフィフス・リコリスの活躍によってほとんどが壊滅している。

 

「1───スタート!」

 

 パソコンのモニターのみが光源としてある薄暗い部屋で、一人の少年がキーボードを叩いた。

 事前に編集されていた延空木の威容を称える内容のVTRは、セレモニー会場のモニターに映ることは無く───。

 

<よう。愚民ども>

 

 展望台から覗く青空を背景に、緑髪の男が笑った。

 

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