萌え声人類種の天敵系ロリっ娘リコリス vs 俺たちのちさたき vs ダークライ 作:ごまぬん。
真島一派との決戦は、いささか拍子抜けな展開から始まった。
一派が拠点としている貨物船への強襲は、まだ太陽も出ていない早朝から行われる。
現場へと出撃した楠木司令の指揮の下、複数のファーストと100人規模のセカンド、サードを投入した総力戦だ。
船内の制圧は、呆れるほど順調に進み───実際、呆れてしまうような結果に終わった。
「クリア」
「クリア」
「クリア」
「……。アルファ1、オールグリーン」
そうして踏み込んだ船内中枢、真島が居ると推測されていた宿泊室は、既にもぬけの殻だった。
「───逃げられたッスね、これ」
真島一派のバックには、国内最大の暴力団『海山會』の組長にして日本の黒社会を牛耳るゴッド・ファーザー『長老』と、未だ正体不明の『ウォールナット級ハッカー』がついている。
DAの台頭に伴い、弱体化と地下化の一途を辿るばかりだった古い"
<おぉ~>
銃口が一斉に上がった。
一人の男が、その場に現れていた───ただし、それは部屋に設けられたプロジェクターの中だったが。
<雁首揃えてノコノコと。修学旅行か?>
「……下ろせ!」
「真島……」
乙女サクラと春川フキが続けて言った。
画面の中の男。緑色の髪に黒いロングコート、サーモンピンクのアロハシャツ。
4月から続く一連の事件の首謀者、真島だ。
<ん?>
真島の視線が脇に逸れ、遅れて入室した楠木司令を目に留めた。
一方的に映像を送信し、音声のみをやり取りしているわけではなく、どこかからこちらを監視しているらしい。
<あぁ、引率の先生まで居やがんのか。何者だあんた?>
「お前を殺す指揮を執っている者だ。真島」
楠木司令が一切表情を動かさずに返答する。
<自己紹介は不要らしいな。つまり、あんたがリコリスの親玉か>
「目的は何だ。金か?」
<ハハ、確かにそれもある。俺たちにだって生活はあるからな。だがそれ以上に……興味のある仕事だから引き受けた>
真島はその一度だけ明瞭に笑うと、表情から完全に喜色を振るい落とした。
「興味? 死に体のヤクザに手を貸すことがか」
<馬鹿言え。正義の味方気取りの悪党が、どんな奴らかってことだよ>
帝都の守護を司る影の衆の女王は、世界を股にかける戦争屋の言葉を受けて……。
表情にはまったくそんな素振りを見せなかったが、わずか3秒だけ沈黙した。
「───悪党はお前たちだろう」
<現代において善悪の物差しってのは法だ。お前らは法の下に存在しているのか?>
「法とは実体の無い権威に過ぎん。真の意味で人間を動かすのは実体ある利害と、それらを得た経験に基づく道徳律だ。金銭が効用価値を媒介する呪術でしかないように。人が法を守るのではなく、法が人を守らねばならない。我々は、その法が円滑に社会を運営する正当な規範で在れるよう、この国の治安とモラルを育ててきたのだ」
<……配信元の特定を急げ!>
インカムから本部の
今は司令助手が各班に檄を飛ばし、この通話の配信元を探っているようだ。
<クッ……クク、ハハハハハ!! 正当な規範を育てるだと? お前ら何様だよ?>
哄笑と共に真島の唇が歪み、その目に漆黒の炎が灯った。
歓喜すると同時に憤怒しているような、人間にそんな精神状態が存在するのかと思わせるような顔だった。
「それをお前たちのような輩と議論するつもりは無い。その意義も必要性も無い。現に結果としてこの国の利益は守られている」
<
「要らぬ心配だ。真の平和とは、悪意の存在すら感じさせない世界のこと。お前も誰の記憶にも残らず消えろ」
<お得意の情報操作か。だがな───悲惨な現実を身に沁みて理解していなければ、人々は平和の意味さえ忘れてしまうんじゃないか? そいつは本来与えられるものじゃあなく、己の手で勝ち取るものだってこともな>
「賢しいことを言うじゃないか。純粋培養の大悪党も、自分が邪悪であるという認識には耐えられないか?」
白の陣営と黒の陣営、双方の頭目による舌戦が続く。
楠木司令が口を開く度に真島の笑みが翳り、真島が口を開く度に楠木司令の目つきが険しくなる。
つまり、これは、討論の姿を借りた宣戦布告でしかなかった。
<俺ァ心配してやってるんだぜ? 善悪の天秤ってのはな、どっちに傾くにしてもお前らのような存在に
そして観念的な思想の衝突は終わり、決定的な部分が語られる。
「それが、延空木を狙う理由か」
<ハハッ───そこまでお見通しかい。ま、両方壊れてねぇとアンバランスだしな?>
「海山會を味方につけたところで、結果は10年前と同じだ」
<どうかな? 今回も
……やはりか。
「っ、おい……!」
真島を追えば、
「やめろっ───」
<じゃあな。リコリスの親分さんよ>
「待ちなさい!!」
「たきな!」
いつぞやと同じく春川フキが私を制止しにかかるが、いい加減学習してもらいたいところだ。
楠木司令が
<おぉ、黒い方か。久しぶりだな。お前はこっちに戻ったのか>
「吉松はどこ?」
<何だお前も『ヨシさん』か? 人気者だな、奴は>
「私はあなたに興味は無い。吉松の居所を……!」
<俺もお前には興味無ぇよ。まぁゆっくりしてってくれ>
<おい真島、ダメだ! 限界だ、通信を切れ!>
<あぁそうだ、お前熱いのは平気か? コーヒー淹れてたんだが飲み損ねちまって───>
「待てっ!!」
通信が切れ、プロジェクターの映像も消えた。
光源を失った宿泊室に、仄暗い闇が帰ってくる。
<回線、切れました>
<待ってください、最後に一瞬だけ……。───『ラジアータ』が敵のホストを捕捉!>
<最終アクセスポイントは……大田区蒲田!>
───そう。
◇ ◆ ◇ ◆
朝。不動産屋に行くために先生を迎えに来たら、閉店って書いてあるのに来客があった。
「ちょっとぉ!! これ何!? なんでよ〜!」
漫画家の伊藤さんだ。
「いやぁその、のっぴきならない事情でして……」
「これから私にどこで漫画描けって言うのよ! こんなに静かなお店は他には無いし!」
「それ何か含みある言い方じゃない?」
「とにかく!! ……絶対、また戻ってきて。約束よっ」
「……うぅ」
そんなこと……言われても、なぁ。
何とももどかしい思いを噛み締めていると、またベルが鳴った。
「ちょっと!! 急じゃないマスター!?」
山寺さん!
「閉店なんてやめようよ〜」
北村さん!
「ま……マジで!?」
後藤さん!
「ちくわ大明神」
誰だ今の。
「おう千束ちゃん! 何かあったのかい!?」
米岡さん!
10分に1度のペースで現れる常連さんの対応に忙しく、だいぶ時間が潰れてしまった。
そういや……ここ数日色々あり過ぎて忘れてたけど、この時間帯のリコリコは比較的忙しいんだよな。
「つ……疲れたぁ……」
最初の伊藤さんが来た時点で、ドアの鍵を閉めておけば良かった。
けど、そうしなかったのは。そう、出来なかったのは───。
「……でも、何か嬉しいね」
「そうだな」
会えて……良かった。
本当に。みんなに会えて、良かった。
◇ ◆ ◇ ◆
<警備のリコリス、配置完了しました>
「それではこれより、新電波塔『延空木』完成セレモニーを開催いたします。大沼都知事、どうぞ!」
◇ ◆ ◇ ◆
喫茶リコリコ、地下倉庫。
射撃訓練場の隣にある、武器や弾薬を置いておくための場所。
「けっほ、けほっ」
うえぇ。埃っぽ……。
「その箱だ」
「いつから触ってないのよ……ライフル?」
何か『良いものを見せてやる』と言うから、出すのを手伝ってみれば。
この期に及んで、銃なんか贈られても困るんですけど?
ホールまで持って上がってみてから気づいた。
長方形の、上等な桐の箱。ぼ、暴力団からの鹵獲品……?
「お前のだ。開けてみろ」
「鍵閉める? またお客さん来るかも」
「いや、いいんだ。武器じゃない」
そうなの? じゃあいいか。
しかし、この感じで武器じゃないって言うと……ちょっと想像がつかない─────。
「……着物?」
白を基調として花や葉の模様が入った着物と、黄色の帯と、よくわかんないけどその他一式。
実用上の改良が色々と施されたリコリコ制服とはちょっと違う、本格的な和装。
「お前の晴れ着だ。成人式にはちょっと早いがな」
…………、……晴れ着。
それに……成人式、って─────。
「……〜〜〜っ!!」
「おいおい……」
思わず先生の胸に飛び込む。服を掴む手にぎゅっと力が籠もる。
壊れかけの心臓の奥から、洪水みたいに気持ちが溢れて、他にどうしていいかわからなかった。
先生に手伝ってもらって、どうにかこうにか着付けを終えた。
なかなか重労働だ……。御門は休日出かける度にこんな苦労を? すげぇぜ大和撫子。
「どう? どう?」
「あぁ。ちゃーんと撮れてるぞ」
もしかすると、これが最後になるかも知れない1枚。
「いやそうじゃなくってぇ。先生の感想を聞いてるのー」
「あぁ……。もちろん、素敵だよ。すっかり大人の女性だな」
………………。
ち、ちょっとそういうのはズルいんじゃないかなぁ。ヨシさんやフキの気持ちがわかっちゃったよ、今……。
「……ふ、ふふっ。ありがと、先生」
「───お前に感謝されるようなことなど、何も出来ていないさ」
またまた。謙遜も過ぎると何とやら、だぞぅ。
「まったまたぁ。私に名前をつけてくれたのも先生だし、銃を教えてくれたのもー、この店もー、たきなやみんなと出会えたのもー……何より、私のためにヨシさんを探してくれたのも、先生じゃん?」
「……」
「あ! そうだ、さっきの写真! ヨシさんにも送ってよ、先生なら連絡先……」
「そうじゃないんだ!!」
…………。……、え。
「な……何、先生? 大きな声出して……」
「千束」
───その時の、先生は。
いつも穏やかな喫茶リコリコの店長ではなく、10年前のあの頃と同じ、
「シンジについて、話しておきたいことがある」
◇ ◆ ◇ ◆
「来ました。車両の特徴が一致します。真島です」
「正面から乗り込んでくるとはな。恐れ知らずか、ただの馬鹿か……。始めろ」
「了解。交通制御システムへの介入を開始します。セレモニーを避けて北側に誘導、延空木への他ルートをすべて封鎖」
─────『延空木』。
中心のメインターミナルと4棟のサブタワーで構成される、戯画化されたスペースロケットのような形状の新電波塔。
破壊された旧電波塔に代わる復興と未来の象徴であり、また
「ドットフィフスはどうしている?」
「参考人の証言を基に、海山會の総本部を強襲中です。真島との繋がりを暴きさえすれば、ここであの『長老』を仕留めることも出来るでしょう」
「
<ブラボー、配置完了>
<チャーリー、完了>
<アルファ、完了>
「司令。各部隊、襲撃予想ポイントへの配置完了しました」
「よし」
延空木は旧電波塔を遥かに上回る耐久性を持った建造物だが、それでも構造上どうしても脆弱になってしまう部分もある。
尤も、これは旧電波塔事件の反省から、設計段階より
『特定の箇所以外からは極めて破壊困難』という性質は、攻撃側の行動を否応なく限定する。
この首都東京に建つ日本の平和の象徴は、その実、
「ターゲット、延空木に到着」
「エレベーターに乗って上昇中」
「間もなく予想ポイントに到達」
延空木の建物内の情報は、各種センサーによって完璧にモニタリングされている。ここで戦う限り、DAに敗北は有り得ない。
哀れな
<……え!?>
「た、ターゲット、予想ポイントを通過!」
「何ですって!?」
「狼狽えるな。行き先はどこだ? メンテナンスの作業員用のエレベーターがあっただろう。先行して包囲しろ」
「この進路は……。制御室? でも、あんな場所からじゃどこも攻撃なんて……」
楠木は知らない。
DAが真島一派の協力者で最も警戒すべきだったのは、戦力の中核を担う海山會でも、今日までの事態すべての絵図を描いたアラン機関でもなく───彼らの背後で地道な支援活動に勤しんでいた、一人の『ウォールナット級ハッカー』であるということを。
◇ ◆ ◇ ◆
「後は頼んだぜぇ〜? マイ・ハッカー」
<その呼び方気色悪いからやめろ! ……ヘッ。でもまぁ、期待には応えてやる!>
◇ ◆ ◇ ◆
華やかな晴れ着姿の千束とは裏腹に、この世すべての影を背負ったかのような沈鬱な様子で、ミカはぽつりぽつりと語り始めた。
「……10年前、私がシンジに
───リコリスの現役期間だけ生きればいい。
───そういうことなら引き受けよう。だが……これだけは約束してくれ。彼女を、最強の
「……う、そ。……嘘、嘘っ……! だって、自分は、人を助ける『救世主』だって。ヨシさん……」
「…………」
『救世主』。
アラン機関のことを知る者なら誰しも、彼らをそう呼ぶだろう。
アラン機関の本性を知る者なら誰しも、彼らをそんな風に呼ぶことは無い。
「……。じゃあ……どうして?」
どうして、本当のことを言わなかったのか。
非難めいた口調ではなかった。そのことが、ミカにはとても耐えられなかった。
「……言えなかった……。お前の中でどんどん大きくなる『
頭を抱えて、絞り出すように告白する。
これほどまでに心乱れたミカを、千束は見たことが無かった。
「それはとても眩しくて、儚い……」
「先生……」
「───言ったほうが良かったのか!? お前の生き方は間違ってる、殺しを重ねればシンジはまたお前を助けてくれると!」
「……」
「言えば良かったのか!? 教えてくれ……千束……!」
実のところ───錦木千束もまた、最初から異端のリコリスであったわけではない。
元より多少何事にも
その恐怖が、彼女を強く気丈に振る舞うよう育て、命への執着を生んだ。
次に、逃れ得ぬ死の影の恐怖から救い出された経験が、錦木千束の生き方を決定的なものとしたのだ。
「……ありがとう」
そして。
「ありがとう。先生。私に決めさせてくれて、ありがとう」
錦木千束が錦木千束である、もう一つの理由。もう一つの哲学は、他ならぬミカによって確立されたものであるということに、千束はようやく気づいた。
「10年前にそれ聞いたら、私はたぶん負けてた。そんで、仕方なくリコリスの仕事してたと思う」
『やりたいこと最優先』。
自分で考えて、自分で選んで、自分で決める。
「んで、嫌なことや辛いことはぜんぶ先生やヨシさんのせいにするんだ。それは嫌だわぁ……うん。無い無い」
祝福と呪いは表裏一体。
多くの人にとって、自由であることは魅力的だ。だが、真に自由な選択と行動には責任が伴う。
かつての錦木千束は子供だった。彼女は子供らしく、いくらかの自由を代償に、ありとあらゆる責任を大人に背負わせることも出来た。
「───私の仕事も、このお店を始めたのも、ぜんぶ私が決めたこと」
それはミカの葛藤が導いた、偶発的な結果でしかないのかも知れない。
けれど確かに、千束は今日まで、より困難な
「ずっと私を助けてくれた先生とヨシさんへの感謝は、今の話を聞いても全然変わんない。ふたりとも───私のお父さんだよ。それが一番嬉しいって感じする」
喫茶リコリコのホールからバックヤードに続く通路には、額縁に入った1枚の絵が飾られている。
子供らしい豪快で粗雑な筆致で描かれているのは、『せんせい』と『わたし』、そして『きゅうせいしゅ』と注釈された3人の人物。
10年続く街の喫茶店の、始まりとなった3人。
「……すまない。……すまない……」
「ほーら。先生、泣かないでー」
澱のように溜まった後悔の念が、ミカの目から滲み出てきていた。
胸中に渦巻く未知の圧力が、屈強な歴戦の兵士を内側からばらばらにしてしまいそうだった。
「先生こそ、どうなのよ? この千束はどう? 好き?」
お茶目にくるりと一回転する少女を見て、ミカの中に押し込められていたすべてが決壊する。
「あぁ……。あぁ、あぁ……!! 自慢の、娘だ……!」
千束の朗らかな微笑と、ミカの清々しい嗚咽が、喫茶リコリコの店内に響く。
血より水より濃い絆で繋がった父と娘は、そうしていつまでも互いを想い合っていた。
◇ ◆ ◇ ◆
「それではこれより、延空木完成セレモニーのラスト……放送電波の発信を行います」
司会者のアナウンスと共に、壇上に立った緑のスカーフの女性・大沼東京都知事が右手を掲げる。
「カウントダウンと同時に、延空木内のシステムが自動で電波を発信します。さぁ、皆さんご一緒に! 発信5秒前、5……」
会場後方に設置された特設モニターに、カウントダウンの数字が表示された。
「4! 3! 2!」
セレモニー会場には官民問わず、そして
この状況で可能な悪事など、滅多にありそうにはない。そもそも、真島一派を除く首都圏の犯罪組織は、ドットフィフス・リコリスの活躍によってほとんどが壊滅している。
「1───スタート!」
パソコンのモニターのみが光源としてある薄暗い部屋で、一人の少年がキーボードを叩いた。
事前に編集されていた延空木の威容を称える内容のVTRは、セレモニー会場のモニターに映ることは無く───。
<よう。愚民ども>
展望台から覗く青空を背景に、緑髪の男が笑った。