萌え声人類種の天敵系ロリっ娘リコリス vs 俺たちのちさたき vs ダークライ 作:ごまぬん。
どうやら、町中の監視カメラの死角に潜り込み、空撮ドローンが侵入しにくい高架下などを通る対ハッカー用ルートらしい。
そんなこんなで、無事に五体満足で喫茶リコリコに辿り着いたぼくらを───奇妙な人物が出迎えた。
「中原ミズキさんですね。それと───お前が本物の『ウォールナット』か」
やや低いが、女性と判る声。170cmを超える長身。焦げ茶のソフト帽にジャーマングレーのロングコート。そして、頭部全体を覆い隠す包帯。
名探偵と殺人鬼を掛け合わせたような異様な風体の女は、しかし驚くべきことに、外套の下に
「初めまして。オレはエージェント・ゴッホ。正式な肩書は長くなるので割愛しますが、DA司令部直属の特殊工作員だと考えてもらって構いません。見ての通りニコルの友達だ、と言えば信用していただけますか?」
「色々ツッコミたいところはあるが、議論している暇は無さそうだ。ひとまず世話になる」
人相がバレていたことには面食らったものの、既にDAの指名手配は解除されているのだ。今は協力者でもあるわけだし、ここは素直に呉越同舟と行こう。
こういう時はふてぶてしく、尚且つ従順にしておくのが一番良い。
「ゴッホって言ったわね。アンタ、具体的にはどういう命令でここに?」
「ウォールナットの保護ですよ。彼女がDAとの協力関係を取りつけた時点で、ニコルの方から情報提供がありました。オレの判断でまだ
ミズキが持っている合鍵で店内に入る。
大した時間離れていたわけでも、長く住んでいるわけでもないけれど、妙に懐かしい心地がした。
「で、暗殺者を警戒するなら、守りの硬いDA本部まで来てもらおうと考えてます。あそこには『ラジアータ』の本体もあるし、悪い話じゃないと思う……が。さすがにそこまで気を許してはないだろう? ウォールナット」
「わかってるならわざわざ聞かないで欲しいもんだ。大体、DAもぼくをこれ以上『ラジアータ』に近づけるのに良い顔はしないだろ」
「いや、それがそうでもない。遠隔ですら何度も侵入を許してるんだ、上層部でも『ラジアータ』に見切りをつけるべきだって声が上がり始めててな。いっそお前に丸投げした方が楽できるかも知れん」
「ぼくをあのポンコツの保守担当に? 冗談よせよ」
いや本当に、冗談ではない。ロボ太を倒すためにDAの奴隷になっていては世話が無い。
「本部に逃げ込むのは論外よね。かと言って、
「間違いの無い集合場所として指定はしましたけど、オレもここに留まるのは反対です。錦木千束もミカさんも不在の今、空き巣の一つにも入られてない方が不思議なくらいだ」
むむむ……。
リコリコより安全で、しかもそれなりのネット環境が整ってる拠点か。
そんな都合の良い場所なんて─────。
「……。……待てよ」
ノートPCを開く。27件遡ってセッションを復元。
いくつか手頃なウイルスを見繕って送り込む。当然、迎撃される───ものの、明らかに処理が遅いし、向こうからの逆探知もあっさり回避できた。最低限の自動防御プログラムしか働いていないということだ。
少なくとも、『ウォールナット・ネットワーク』の7割を掌握した今のロボ太とは比べ物にならない。
「おい。良い物件が見つかったぞ」
「何?」
「どこよ?」
「
くくく、やっぱりお前は詰めが甘いな。
『ウォールナット』さえ奪えば、それで自分の勝ちだと思っていたんだろうが───『
◇ ◆ ◇ ◆
旧電波塔。
千束の銃撃によって負傷し、されど一命を取り留めた吉松。
秘書の姫蒲の手で応急処置が間に合い、蘭堂率いる『
そして吉松にとって、状況はさらに悪くなる。
「─────ミカ」
姫蒲に肩を貸されて歩く通路の先に、一人の男が立っていた。
『喫茶リコリコ』でも着ている紫の和装の下に、灰色の
「シンジ」
DA・喫茶リコリコ支部の管理者、ミカ。
その眼鏡の下に、常の人生経験豊富な中年らしい温和な笑みは無い。
「そいつが、千束を襲った女か」
ミカの腕には、2つの銃身を持つ大型のショットガンが携えられていた。
その凶器の存在と、吉松たちを見下ろす厳粛な視線が、すべての答えだった。
「……!」
姫蒲の判断は早かった。一連の錦木千束にまつわる『仕事』において、吉松の態度は必ずしもアラン機関の規範に沿うものではなかったが、それは彼をここで喪ってもいい理由にはならない。
コンバットナイフを引き抜き、這うような低姿勢でミカへと躍りかかる。
「───フンッ……」
そして、ミカの反撃はさらに速かった。
彼が普段から歩行補助用に突いている杖は、カーボン・シートに加えて一部チタンが用いられた複合素材だ。
殴打に使えば、姫蒲のナイフを叩き落とすくらいは造作でもない。
「ぬぅん!!」
すかさず、一撃。
十全の威力を持った打撃を繰り出すには、反作用を受け止めるだけの強固な接地面が必要となる。
防弾スーツの耐久力を超えるダメージを受け、姫蒲は吐血しながら弾き飛ばされる。
「……! く……、……!」
「…………」
「ぁっ……!? が! は、……」
スラッグショット型の非殺傷弾による追撃が、3度。
即死こそ免れても、骨格や内臓の無事は保証されないだろう。もし実弾を用いていたなら、まず間違いなく殺していた。
「……お前……、足は」
「戦士はすべてを見せないものだ」
かつて
「───愛する者には、特にな」
ミカ自身も半ば諦めていた障害が、あっさりと完治したのは4年前だ。
医療の道を進む『アラン・チルドレン』によって開発された、超先端技術───ある種の多能性幹細胞と分子ロボットを組み合わせた、再生治療の成果。
わずかな吉松の足跡を辿る内に、偶然見つけた治療法だった。
「……フッ。お前は、嘘ばかりだな」
「すべて千束のためだ。そうだろう? シンジ」
「私は」
吉松は固く握っていた右手を開き、そこに乗っているものを見つめる。
鈍い金色の梟のペンダント。アラン機関が被支援者に贈る、唯一の物質的繋がり。
「解って……もらえなかったよ。見ろ、返されてしまった。私はもう要らないみたいだ」
拗ねた子供のような顔をして、しかし吉松の目には、涙ひとつ浮かんでいなかった。
彼が元々そういう人間だったのか、あるいは長きに渡るアランの使徒としての人生がそうさせたのかは、ミカでさえも知らない。
「……シンジ。導いてくれるのは、子供たちなんだ───私たちの知らない世界に。彼らの選択を、邪魔してはいけない」
『才能』という種に、無私の愛をもって水を注ぐことは、きっと正しい。
だが、それを『使命』などという鉢植えに閉じ込めてしまうのは、やはりどこかずれている。
広い広い
「……。……御託はいい。別れを言いに来たんだろう」
「
改良型の人工心臓。吉松が千束を『殺戮の天才』として完成させるために用意した狂言の、最後のピース。
吉松の胸に走る手術痕を見て、ミカは懐から拳銃を取り出した。
「千束は信じなかったぞ」
「そうか。……私も、信じたくはなかったよ」
コルトM1911の
「だが、シンジは嘘を言わない。それがアラン機関の理想に関わるとなれば尚更」
その葛藤はミカにとって、最後まで彼を
「お前のことは、他の誰よりよく知っている」
「───……。今更、嬉しくないな……」
沈黙が落ちる。
ミカの拳銃に装填されているのは、非殺傷弾ではない。ここに来るまでに何度も確かめ、今度こそ覚悟を決めてきた。
「吉松シンジ」
最後にかけるべき言葉も、既に決めてあった。
「私は喫茶リコリコ支部の管理者として、国防組織『Direct Attack』のエージェントとしてお前を討つ。『ラジアータ』の裁定も、
「……」
「本当のところ……お前が千束の心臓を持っていようといまいと、関係は無いんだ。お前の生死に、命に、決してあの子の人生を立ち入らせはしない。お前はただ、
拳銃のみならず、強い言葉で武装しなければ、ミカは吉松と相対することが出来なかった。
別れの時は誰にでも来る。彼らにとっては、それが今日だ。
「……。狂わされたな……お前も、あの子に……」
歴戦の精兵が掲げる銃口は、一分の隙も無くアランの使徒の額を照準していた。
たとえ滂沱の涙が視界を霞ませていたとして、この一射だけは外すわけにはいかない。
「─────、そうだな」
◇ ◆ ◇ ◆
映画とは違う。現実は正義の味方ばかりだ。
誰もが理想や、希望や、平和を願っていて───そうして相対した善人同士が、血みどろの争いを引き起こす。それがこの世界の真実、なんだってさ。
平和で安全、綺麗な東京を作るために
法治国家・日本。首都東京には危険など無い。社会を乱すものの存在を許してはならない。存在していた痕跡も残さない。
消して、消して、消して、綺麗にする。危険は元々無かった。
あぁ、なんて───歪で儚い、『平和』だろう。
……けど。
それでも。
「───みんな、自分が信じた『良いこと』をしてる。それでいいじゃん」
私がこの手で守った命は、道行く街の人々が浮かべる笑顔は、歪で儚い幻想なんかじゃない。
「よくねぇ。自然なバランスが……」
あーもう、ネチネチネチネチうっせぇなこいつ……。……ん?
「おぉーっ! やっべ、これめっちゃうまい! 飲んでみ?」
「あ? あぁ……」
何だろこのジュース……ライチか? でもイチゴみたいな風味もあるし……どっかバナナっぽい感じも……いやしかし、爽やかな喉越しは明らかに柑橘系……、まぁいいや。とにかくうまい!
「ン……ちょっと甘すぎねぇか?」
え? マジかよ。っか〜、この味の良さがわからんかねぇ! てか、顔の割に年寄りくさいこと言うな。
「世界を好みの形に変えてる内に、お爺さんになっちゃうぞっ」
「ハァ?」
「今のままでも───好きなものはたくさん」
そうだ。
バランスがどうとか、自然な秩序がどうとか。そんなことに気を取られている暇は無い。
「大きな街が動き出す前の静けさが好き」
「先生と作ったお店。コーヒーの匂い」
「お客さん。街の人」
「美味しいものとか、綺麗な場所」
「尊敬できる仲間」
「危なっかしい後輩」
「一生懸命な友達」
なー、真島よう。
あんたがあんまり幸せそうな人間じゃないってことは、見てりゃわかるよ。
というか実際問題、幸せなんて人それぞれだし。もちろん許してはあげられないけど、そんな生き方しか出来ない人が居るのも、本当のことなんだよね。
でもさ……他人を苦しめたり殺したりすること以外で、温かい気持ちになれた瞬間ってやつが、あんたにもきっとあるんじゃないかな。
少なくとも私は、そうであって欲しいと思ってる。
「───それが私の全部で、私の世界。わざわざバランス取ってもらわなくたって、地球は案外上手く回ってるよ」
対する真島の返事は……素直で短いものだった。
「ちっせぇなァ。てめぇ、志は無ぇのかよ」
ココロザシ〜?
んー……、失敬な。そんくらい、
「ありますよ〜。……私を必要としてくれる人に、出来ることをしてあげたい。そしたらその人の記憶の中に、私が残るかも知れないでしょ? 居なくなった後も」
心臓が少しだけ元気を取り戻した。
私も真島も、とっくのとうにジュースを飲み干して立ち上がっている。
「へへっ……。んで、お前を必要とする最後の"依頼人"が俺ってわけだ」
「ハッ、そーね。それだけはほんとクソッタレ」
爆破のカウントダウンは10分を切っていた。
たぶん、私の心臓の方も、このあと一晩が峠ってとこかな。
「日本のバランスを取り戻す俺と、現状を維持するお前。正義のヒーローはどっちだ?」
「ビルから落ちなかった方じゃない?」
『錦木千束の銃』を抜く。
私だって、別に正義のヒーローって柄じゃないけど───『旧電波塔の英雄』は伊達じゃないってとこ、見せてやるとしましょうか!