萌え声人類種の天敵系ロリっ娘リコリス vs 俺たちのちさたき vs ダークライ   作:ごまぬん。

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しばらく過去編です。
すごい数の原作に存在しないキャラが生えてきている。



#0.5 Once upon a time(R)

 ───ひとつ、昔話をしよう。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 京都は鞍馬の御山にて、雑木林の中にぽつんと佇む、木の皮だけで出来た荒屋(あばらや)

 それが、(せつ)の生まれ育った小さな(いおり)でした。

 

「……ふっ」

 

 今日も今日とて、師匠が用意してくれた巻藁に木刀を打ち込みます。教わった通りに、何度も何度も。

 師匠は、孤児(みなしご)だった拙を拾って育ててくれた男の人で、名を御門長治郎(みかどちょうじろう)といいます。

 拙は───決まった呼び名はありません。『ちび』とか『がき』とか、師匠はいつも拙を違う名で呼びます。

 普通に名前らしきもので呼ばれたこともあるのですが、『おれは実の親ではないのだからお前に名を与える権利など無い』と言い張って、やっぱりいちいち違う名前を使います。

 

「ほっ、はっ」

 

 師匠は……よくわかんない人です。

 己を"世捨て人"だと言いますけれど、糧食に乏しい冬の時期は里に降りて買い物をしてくるし、自前のラヂオだって持っています。手回し式の『エレキテル』は、御山にあるどんな自然の物体よりも角ばっていて、表面はつるつるでした。

 

「ふっ、やっ」

 

 師匠は拙に読み書きと、礼儀作法を教えてくださりました。簡単ですが、算術も教えてくださりました。

 お金と買い物と労働奉仕のことを教えてくださった時、仕える主の居ない師匠はどこから稼ぎを得ているのかと聞きましたら、『賭けで増やしている』とお答えになられました。

 幼かった当時は感心しておりましたが、後から聞いたところによると、これはあまり褒められた仕事ではないそうです。

 

「───おぅい、戻ったぞぉ」

 

「はっ……。……、あ。シショー!」

 

 師匠は激しやすく、偏屈で、がさつで、控えめに言ってクソ野郎でしたけれど。

 他に頼る者の無い拙にとっては、大切な親代わりだったのです。

 

「っか。打ち込みの練習もいいが、掃除はもう終わったのか?」

 

「抜かりなく。そう言うシショーは、今日こそ食べられそうなお肉獲れたのです?」

 

「生意気な奴め。くくく……貴様、この(しし)を見てもまだそんな口を叩けるかな!」

 

「……!? わはーっ!! すごいっ、すごいのですシショー!」

 

 それに、世捨て人だの何だのを名乗っておきながら、御山で迷子になった見知らぬ方を庵に招くこともありました。

 服装こそ多少整えてはいますが、髪も髭も伸び放題の乱れ放題。暗所であれば地獄の幽鬼にでも見えるでしょう。

 しかし、口を開けば豪快で剽軽(ひょうきん)な人なのです。最初は訝っていた旅人の方々も、庵に上がって食卓を囲む頃には、すっかり打ち解けているのが常でした。

 

「ねぇ、シショー」

 

「ん〜?」

 

「最後の奥儀……いつ教えてくれるんですか? 拙の『鏡花水月』がシショーに及ばないことはわかってます、でも……」

 

「いんや、そいつは関係無ぇ。お前の才能なら、あと2年も修行すればおれを追い越せるだろう」

 

 ───師匠はいつも、拙の剣の才を褒めてくださいました。

 拙が掃除をしても、洗濯をしても、たまに食事を作っても、小さなことでいちいち文句をつけてくるあの師匠が、です。

 

「なら、どうして」

 

 自分で言うのも何ですが、実際……拙には、それだけの才があったのでしょう。

 最初、師匠は拙に、天朧真月流を継がせるつもりは無かったようでした。己が刀を握れば天下無双の武辺者であるということさえ、拙に知られたくないみたいでした。

 

「時間が必要だからだ。お前にも、()()()()

 

 7つの頃、師匠がしばらく離れている間に、盛りのついた猿の群れが庵を襲ってきたことがありました。

 数は20、30ほど居たでしょうか。拙はそれを、師匠がいつも素振りに使っている木刀を持って迎え撃ち、見様見真似の下手くそな剣で皆殺しにしました。

 拙を見る師匠の目が少しだけ変わったのは、その時からです。

 

「だが───約束する」

 

 その夜、師匠は約束してくれました。

 次の誕生日、拙が15歳になった暁には、天朧真月流の最終奥儀を教える。

 他にも伝えておくべきこと───拙の本当の両親について、師匠の正体、そして師匠が拙を拾った経緯(いきさつ)と共に。

 

「……はい! きっとですよ!」

 

 思えば、師匠から剣や知恵、断片的な(まち)の噂以外の……師匠自身にまつわる話を聞くのは、初めてのことでした。

 拙は、本当に楽しみだったのです。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 8月16日。

 『名無し()』が15歳になった誕生日のこと。

 

 その日、『名無し』の少女は生まれて初めて、人間の町に足を踏み入れた。

 育ての親である御門長治郎に案内され、現代らしい文明社会の、およそあらゆる利便性と娯楽を経験する。今まで知識と伝聞でしか知らなかった情報の数々に、現実としての質感が伴った。

 

 最後に寄る場所がある───そう言われ、如何にも歴史と伝統のありそうな庭園付きの日本家屋に辿り着いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 ついに()()()かと居住まいを正す『名無し』に向かって、長治郎は厳かに口を開く。

 

「免許皆伝ってやつにはちゃんとした儀式が必要だ。おれは道場なんぞ持った試しは無いが、知り合いが特別に場所を貸してくれることになってな……。あぁ」

 

「───長治郎さん! お待ちしてました」

 

 40代前後と思しき体格の良い男性が二人を出迎える。

 今日の長治郎は普段より優しげな態度で『名無し』と接していたが、どこか無理をしているような節もあった。それが、彼の姿を認めた途端、少しだけ表情を和らげたのだった。

 

「面倒をかけるな、(がい)

 

「お安い御用です。……それで、その子が?」

 

「あぁ。ちょっと預かっといてくれ、おれは準備がある」

 

「わかりました。じゃあ、君はこっちにどうぞ。お茶くらいは出すよ」

 

「は、はい。よろしくお願いするのです」

 

 『名無し』は垓と呼ばれた男に連れられ、少し離れた位置に見える道場へ向かう長治郎とは反対の方向に歩いた。

 広い居間へと通される。そこだけで長治郎の庵の倍ほどはあった。

 

「改めて……僕は工藤垓(くどうがい)。こっちは妻の康恵(やすえ)と、息子の良司(りょうじ)だ」

 

 紹介された二人がこくりと頷く。線の細い妙齢の女性と、『名無し』と同じくらいの歳の少年だった。

 

「拙は───」

 

「あぁ、大丈夫。君については長治郎さんから聞いてる。だから無理に()()()()()()()()……僕らも、そういうものだと思って話すから」

 

 そうして、垓は静かに語り始めた。

 自分は長治郎の高校の後輩で、彼に憧れて武道を志したこと。

 元々、長治郎と同じ天朧真月流の門を叩く予定だったが、彼と彼の師に才能を見込まれて、また別の流派に送り出されたこと。

 そこでも良縁に恵まれ、今や次期後継者として流派のナンバー2の地位にあること。

 長治郎とは流派が変わっても親交が続いており、互いに良きライバルであったこと。

 ───15年前、天朧真月流の本家に()()()()()()があり、同時期に長治郎も姿を消したということ。

 

「15年前の事件については、僕もいくらか聞いてはいるけど、長治郎さんが当事者だからね。詳しいことは長治郎さんから聞いて欲しい」

 

「……、はい」

 

「うん。……しかし、ちょっと遅いな先輩……。良司、道場まで様子を見に行ってくれるか?」

 

「はい、父さん」

 

 息子の良司が立ち上がる。父親に似て穏やかな印象の少年は、『名無し』の方を興味深そうに一瞥してから、襖を開けて駆けていった。

 体格から想像できる体重に比して、床板から鳴る足音が小さい。剣士には必須の運足だった。よく鍛錬している証拠だ。

 

 『名無し』は同年代の子供と話したことがほとんど無かった。

 自分たちは歳も近いし、お互いに剣を学んでいる。もしかしたらいつか、彼とは『ともだち』になれるかも知れないと思った。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 5分。

 

 10分。

 

 15分を過ぎた辺りで、垓と康恵は怪訝な表情をし始めた。

 『名無し』もまた、奇妙な居心地の悪さを覚えていた。

 三人がほぼ同時に腰を上げようとした、まさにその瞬間───。

 

 

 

 ぱん、という空気の破裂する音が2度、夜更けの屋敷に響いた。

 

 

 

 走る。

 走る。

 師のため、子のため、尊敬する先達のため、愛する者のため。彼らは走った。

 

 垓が流派の現総帥から受け継いだ屋敷を、土足で踏み荒らす者が居る。

 夜間とはいえ、真夏にもかかわらず白のロングコートを羽織った、長身痩躯の男だった。

 

「───!!」

 

「…………」

 

「な、……何であなたがここに居る? 良司を……先輩をどうした!?」

 

「……」

 

「答えろよ……答えてくれ、一樹(いっき)さん……!」

 

 粘土のような顔色の男は答えなかった。その双眸からは、強い怒りと憎しみが見て取れる。

 垓は半ば無意識の内に康恵と『名無し』を背後に庇い、拳を握って腰を落としていた。

 

「……。それが……長治郎の連れてきた子供か」

 

 男が───天朧真月流第33代総帥の長子・尾形一樹(おがたいっき)が、ぼそりと呟いた。

 ゆらりと右腕を持ち上げる。手に収まっているのは、静音器(サプレッサー)付きのワルサーP99。

 垓の覚悟と備えは一瞬で無に帰した。尾形がいきなり現れたのも、拳銃を携えていたのも、銃口を向けたのも、引き金を引いたのも、すべてが予想外に過ぎた。

 

「……。……、……い」

 

「え……」

 

「いやあああぁぁぁぁぁッ─────!!」

 

 ぱん。

 甲高い悲鳴を上げていた康恵の喉が、たったそれだけで停止した。

 

 屍と血。

 山の生活では珍しいものではなかった。獣を獲って食べるのが当たり前だった。

 なのに、それが───それが人間であるというだけで、何故こうもおぞましく感じるのか。

 

「売女の娘が……。許さんぞ。お前も、あの男も、長治郎も」

 

 わけもわからず、『名無し』は走り出した。

 どこに逃げればいいのか、どこまで逃げればいいのかも知らぬまま。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 師匠を探して走り回りました。

 熊にだって負けない人です。師匠にさえ会えれば何とかなると、必死になって姿を探しました。

 広いとはいえ、御山に比べれば猫の額にも等しいお屋敷の中、あの白い外套の男と何度も出くわしそうになりました。

 

 途中で、良司さんが倒れているのを見かけました。

 死んだ魚のような目で、胸から血を流して動かなくなっていました。

 ずっと怖くて、頭が真っ白で、記憶はどうにも曖昧ですが───唯一、それからもっと怖くなったことだけは、今でもよく覚えています。

 

 古びた道場の真ん中で、師匠もやっぱり倒れていました。

 ひどく痛めつけられていて、血も嫌というほど出ていて……けれど、()()を後生大事に抱え込んでいる様子でした。

 

「シショーっ!!」

 

「……ぉ……あ……。……お前、か」

 

「シショー……シショー! あ、あ、その……垓さん、が……! 奥さんも……良司さんもっ! 拙は……いや、あぁ、白い服の……人が……!」

 

 どうにか身じろぎし、拙の方を向いた師匠の顔色は、それはもう最悪なものでした。

 拙にはわかりました。経験上、一度こうなってしまった生き物は、間違いなく死ぬのです。

 ただ、いつも胡乱げに遠くを見ている師匠の目だけは、まるで手負いの狐のように爛々と燃えていました。

 

「……畜生、め。一樹の野郎……()()だけなら、まだしも……。お前や垓、まで……。完全に、いかれっちまってやがるのか……」

 

「し……シショー。拙……拙は、拙には……わかりません、何も……! どうしてこんなっ」

 

「聞け!!」

 

 どこにそんな力が残っているのか、と思わせる声でした。

 師匠は抱えていた何かをむんずと掴み、拙に預けてきます。

 色も、外見も、初めて見る品でした。けれど、その感触だけは、今日までずっと慣れ親しんだもので───。

 

「あいつは……一樹は……。……お前の、父親に()()()()()()()男だ」

 

「……」

 

「けどな。お前は……。いや、千春(ちはる)さんがお前を産んだ時……あいつは喜ばなかった。理由は……」

 

 師匠は一度大きく息を吸い込み、そのせいで喉に血が詰まって、激しく咳をしました。赤い沼が広がっていきます。

 

「すまん……すまない……。おれ……おれの、口からは……。これ以上言うのは、どうしても忍びねぇ……。おれはまだ、どっかで、先生のことを……()()()()()()のことを、憎み切れてねぇんだ。先生は、おれの……」

 

「シショー……」

 

「……なぁ。だからよ……。お前が、斬ってくれ。……一樹を、斬って……全部終わりにしてくれ。お前はあいつの子でも……、……千春さんの子でもない。お前を育てたのは……おれだ。おれが、お前に、一樹を斬らせるんだ」

 

 道場の出入り口に、気配があります。

 白い外套の男が、再びここにやって来ました。

 

「全部……全部、断ち切って、くれ。おれが教えた剣で……。おれは、お前に、何もしてやれなかった……けど。なら……せめて、おれが……。先生からもらった、剣で……」

 

「長治郎……。馬鹿な奴だ。ガキにくれてやるには大層な玩具だろうに、()()は」

 

「全部、斬って、くれ……。それでお前は……。お前、だけでも……きっと、しあわ……せに───」

 

「まぁいい」

 

 暗い暗い夜闇の中で、師匠の"命の灯"がふっと消えるのを、拙は見ました。

 それはすごく、すごく、すごくすごくすごく悲しい経験でしたけれど。

 

「死ね」

 

 でも、最悪の記憶では、きっとないのです。

 

 

 

 "命の灯"が見えます。拙と外套の男のふたつぶん。

 拙の命を脅かす、鋭く冷たい死の刃が見えます。

 

 

 

 銃は恐ろしい武器ですが、師匠の太刀筋に比べれば、何とも読みやすくて非力なものでした。

 

「───『鏡花水月』」

 

 男の顔が驚愕に染まります。

 すぐさま次の弾を撃ってくるものの、一度見切った技を捌けない道理はありません。

 

「お前……何だ!? それは……その技、その刀は……!」

 

 拙の手には、剣があります。

 木刀や竹刀ではない、本物の真剣。

 

「……お前が……。お前が! 天朧真月流を穢すなあァッ!!」

 

 柄を握った刹那に直感しました。

 これが、何かにつけて師匠が話していた、天朧真月流に代々伝わる宝刀───『風巻国永(しまきくになが)』。

 

「俺の道場だ!! 俺の流派だ!! 千春も! お前も……俺のものだッ!! あの男のものじゃあない───返せええぇぇぇ!!」

 

 外套の男は弾切れになった銃を捨て、懐から短刀を抜き放ちました。

 激昂して冷静さを欠いているというのに、その人の体捌きは見事なものでした。拳銃など使わずとも、その気になれば空手(すきて)だけで師匠と戦えそうなくらいで……事実、一度はそうしたのでしょう。師匠を痛めつけるために。

 その人は、決して底の浅い暴漢などではなく、確かな憤怒と憎悪に衝き動かされる一体の修羅でした。

 

 

 

 けど、それだけです。

 

 

 

 拙の逆袈裟が相手の短刀を弾き飛ばし、返す一太刀で肩口から脇腹までを斬り捨てました。

 外套の男は───この世すべてに呪いを吐きかけるような、あるいは久しく会っていなかった母親とようやく顔を合わせたような、()()()()とした表情になって事切れました。

 

 それからのことは、あまりよく覚えていません。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 斬って、

 

「本日未明、京都市左京区にて凄惨な殺人事件が発生しました。被害者は複数名、遺体には銃弾や鋭利な刃物で切りつけられた痕などが……」

 

 斬って、

 

「ねぇ、またバラバラ殺人だって~。何かね、夜中に白い服着て出歩いてると襲われちゃうらしいよ」

 

 斬って、

 

「呪いじゃ……天狗の呪いじゃ。鞍馬の天狗が荒ぶっておる。お前たち、供え物の用意はシッカリとな……」

 

 斬って、

 

「司令部。執行対象を発見しました、射殺の許可を───きゃああぁぁぁ!?」

 

 斬って、

 

「くそっ……!! 死ね、死ね、死ねッ!! 化け物が……死んでくれよォ!!」

 

 斬って─────。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「支部長。このままでは(いたずら)に被害を増やすばかりです……。『天狗』の討伐は、私とたきなにお任せを」

 

「あぁ、あても(れい)の心配は尤もや思うけどねぇ。その件については、本部から応援の子が来てくれることになったさかい。時期的にはたきなの紺服(セカンド)昇進と同じくらいや。それまであんたは、赤服(ファースト)らしくどっしり構えとったらえぇ」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 ───そうして、拙は出会ったのです。

 

 

 

 青白い満月が昇る、曇天の夜でした。

 その人は、当時の拙が仮宿としていた廃屋にふらりと現れて、いきなり銃を撃ってきました。

 拙にとって銃弾を弾くのは難しくありませんが、狙いが恐ろしく正確で、なかなかこちらから打って出ることが叶いません。

 

 それでもわずかな隙を見つけて、(くび)を落とすべく剣を振るいます。

 奥儀の壱。天朧真月流最速の運足にして神速の居合術『繊月晨鐘(せんげつじんじょう)』。

 奥儀の弐。抜刀後、脱力した状態から一息に加速し、無拍子かつ緩急のついた斬撃をいくつも浴びせる『光彩陸離』。

 奥儀の参。敵の扱う飛び道具を剣先にて絡め取り、狙った方向へ跳ね返す『鏡花水月』。

 

 赤銀の髪を揺らすその人には、いずれの技も通じませんでした。

 いえ、まったく効かなかったかと言われれば、そうでもありません。ただ、いくら頬や四肢の末端を掠めても、どれだけ血を流しても、動きの鈍る様子が無いのです。

 

 死合いの最後の方は、小手先の技も何も無い根競(こんくら)べでした。

 銃の弾が尽きたその人は、十文字槍と三節棍(さんせつこん)を組み合わせたような奇怪な武器を取り出し、拙と真っ向から斬り結びます。

 鎖で繋がった硬質な柄と、先端に取り付けられた十字の刃。それは時に蛇の如く流れ、時に燕の如く飛びかかってくる、変幻自在にして攻防一体の装備。小柄なその人と拙の体格差を補って余りある、間合いの有利と無窮の練度が、容赦無く牙を剥きました。

 

「あは───!!」

 

 武器の接合部を固め、棍としての殴打と見せかけてからの袈裟振り……と思わせてから、石突で地面を叩き、棒高跳びの要領で空中へ。

 物理法則を鼻で笑うかのような常識外れの動きに、防御の姿勢を取ることすら出来ませんでした。重力を味方につけた渾身の一撃が、拙の右肩を砕きます。

 あまりの激痛に風巻国永を取り落とした刹那、首元に十字の刃を突きつけられました。

 

「……。……ねぇ、あなた」

 

「っ……」

 

「そんなに強いのに、あんまり楽しそうじゃないね。戦うのは嫌い?」

 

 拙は……。

 

「……よく、わかりません。……わからないんです、何も……」

 

 あぁ。

 ───ここは、怖いな。

 

「御山の、外には。楽しいことがたくさんあるって、シショーが言ってました。拙も……そうなんだろうと、思います。でも……ここは、御山とは違い過ぎる。誰も彼もがシショーや、垓さんみたいに、優しくない……。拙は……どこに行けばいいのか。何を、すれば、いいのか……」

 

 その人は。

 戦いが始まってから、一度たりとも崩れることの無かった笑顔のまま。

 

「じゃあ」

 

 十文字槍が離れていく。

 曇り空が少しだけ晴れて、月光が彼女の姿を浮かび上がらせました。

 

「わたしとおいでよ、天狗さん。だいじょうぶ───わたしが、あなたの居場所になってあげる」

 

 差し出された右手は、小さくて、細くて、至極容易に手折れそうにさえ見えたけれど。

 

「一緒に全部、壊しに行こう。優しくないものも、怖いものも……わたしたちの生き方を邪魔する奴らを、全部」

 

 拙は見つけました。

 己が剣を預けるべき者。生涯を懸けて尽くすに足る主を。

 

「天狗さん。あなたの名前を教えて?」

 

 

 

 ───お前はあいつの子でも……、……千春さんの子でもない。お前を育てたのは……おれだ。

 

 

 

「……御門」

 

 師匠。

 拙は行きます。あなたと過ごした庵を出て、この人と一緒に、きっと楽しい外の世界を見てきます。

 

「……姓は、御門。名前はまだ……ありません」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 ───時間は現代へと戻る。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 蘭堂さんからもらった単車に乗って、クルミ先生を追いかけています。

 計画もいよいよ大詰め。DAの側に就いたゴッホちゃん共々、隊長のために斬り捨てねばなりません。

 

 敵になってしまったのは悲しいですが、ゴッホちゃんは隊長や拙のことが嫌いになったわけではないそうです。拙たちのことは今でも、ずっと友達だと思っていると言われました。……隊長の聞いていないところで。

 何だかよくわかりませんけれど、譲れない事情があるなら仕方ありません。もはや言葉は不要。あとは死合いの結果だけがすべてです。

 

「『玉兎』、『玄兎(げんと)』、『金烏丸(きんうまる)』も……準備万端ですね」

 

 ちなみに『金烏丸』というのは風巻国永の渾名なのです。DA技研の皆さんに玉兎と玄兎を作ってもらった時、『1振だけ長い名前だと収まりが悪い』ということで、新しく名付けていただきました。拙としてはどっちでもいいのですが、せっかく隊長や技研の皆さんが考えてくれたのでこう呼んでいます。

 

「───オラァッ!!」

 

 ややっ?

 う~ん、さすがはゴッホちゃん。走っている最中の車から飛び出して、さらにこちらの味方の単車を奪いました。

 ……あぁ。ついさっき、『敵になってしまったのが悲しい』とは思ったものの、それは少々不正確ですね。

 

「よォ、御門。待ってたぜ」

 

 言って、ゴッホちゃんはこちらにライフルを向けてきます。ぐるぐると頭を覆う包帯の下の顔は、きっと笑っているのでしょう。

 拙も同じです。面頬(めんぽ)に隠れた口元が、思わずゆっくりと弧を描いていくのが、自分でもわかります。

 

「えぇ、ゴッホちゃん。手加減はしませんよ」

 

 ドットフィフス・リコリス……いや。

 

 天朧新月流総代、御門かなは。

 ───推して参る!!

 

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