萌え声人類種の天敵系ロリっ娘リコリス vs 俺たちのちさたき vs ダークライ   作:ごまぬん。

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今回が最終回だと言ったな。
あれは嘘だ。(鉄面皮)



After that...

 

<───全世界を震撼させた国際犯罪組織『DEMONS』による大規模テロから4ヶ月が過ぎました。未曾有の災厄に見舞われた各国は、未だその爪痕への対処に追われており……>

 

<両国は本日、『シャングリラ条約』に調印。異例の速度で成された"歴史的和解"が国際秩序に対してどのように働く結果となるのか、注目が集まって……>

 

<ですから、核武装など言語道断です! いくら抗放射線バクテリアがあるからと言って、核が大量破壊兵器であるという事実は揺るぎません……>

 

<連中は国民全部が死んでも構わないって勢いだ。もちろん我々も早く戦争が終わればいいと思っているが、あの様子では正直、とても話してわかり合えるような相手には……>

 

<株式会社睦月製薬の研究所に対して、警視庁特別捜査隊による立ち入り調査が行われました。警察の発表によりますと、同社研究所では違法な動物実験が行われていた疑いがあり、また秘密結社『アラン機関』との関連も……>

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 東京都内、某所。麗らかな春の日差しを浴び、満開の桜が咲き誇る季節。

 紅と紺の学生服を纏った2人の少女が、自動販売機の前で話し込んでいた。

 

「センパ〜イ。ジュースの買い方もわかんないなんて、恥ずかしいッスよ?」

 

「リコリスは飲まねぇんだよ」

 

 などと言いつつ、真紅の制服を着た小柄な少女───春川フキは、後輩から受け取った缶ジュースのプルタブを開けた。

 

「まったまたぁ。……お?」

 

 紺色の制服を着た、明るい茶髪の後輩───乙女サクラが、遠方のビルに設置された大型看板を目に留めた。

 そこには、バズーカや拳銃を持った女子高生が活躍するという触れ込みの、『リコリスクライシス』なる新作映画の宣伝イメージが描かれていた。

 

「あー! ほらっ、あれッスよあれ! めっちゃあたしらに似てないッスか!?」

 

「……似てねぇ」

 

「えぇ? 制服もそれっぽいし、てかタイトルの時点でモロじゃないッスか? なんか『ラジアータ』も大胆な隠蔽(カバー)するようになりましたよねぇ」

 

「まったくだ、馬鹿馬鹿しい。何でバズーカなんだよ」

 

「ハハッ! 言えてる〜。先輩、あの前で写真撮りましょうよ!」

 

 お調子者の後輩を無視して、フキはスタスタと歩き出す。

 もうすっかり彼女たちの日常の一部となってしまった、()()()()()に向かって。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 独立治安維持組織『Direct Attack』、関東本部・総司令執務室。

 厳粛な雰囲気に満ちた室内、軍服風の白スーツに身を包んだ赤毛の壮年女性───『リコリス』部隊の司令官・楠木が口火を切った。

 

「情報部の調査によれば、『DEMONS』が東京にかき集めた銃火器の総数は1151丁。これは海山會とハッカー・ロボ太の拠点で押さえた証拠から裏付けが取れています。この内、今日までに我々が回収したのは211」

 

「また『DEMONS事変』の後、323丁がダークウェブの販売業者に流出したのが確認されています」

 

 楠木の所見と司令助手の補足を聞き、紫苑のスーツに黄色のネクタイを締めた初老の男───『リリベル』部隊司令官・虎杖が言う。

 

闇市場(そちら)はリリベルが処分した。が……まだ半数が都内に眠っているということか」

 

 総数1151丁から回収済みの534丁を差し引いた、617丁の銃。

 付け加えるなら、リコリス部隊が回収した211丁の火器は、そのほとんどが真島一派ないし『DEMONS』の戦闘員が所持していたものだ。闇市場(ブラック・マーケット)に流出した323丁がリリベル部隊によって処分された今、残る半数が()()()()()()、もしくは俗に言う『半グレ』──非合法行為に手を染めているが、犯罪組織に正式に所属することはしていない層──の犯罪者の手にあると見ていい。

 

「『ラジアータ』がリストアップした排撃対象者213名───3番から135番までリコリス、以降はリリベルで執行完了しました。関与容疑者まで含めれば、まだ20名ほど残っていますが……」

 

「それより先は政治の話になる。処刑人(われわれ)が立ち入るべき領分ではない」

 

「後は……生死不明のロボ太を除けば、リストの1番と2番。真島と『長老(蘭堂)』か」

 

 文字通り世界を揺るがした『DEMONS事変』より4ヶ月。

 その首謀者と目される2名の生死は、未だ確認されていなかった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 誰も知らぬ、世界のどこか───。

 

 

 

 工業地帯めいた長方形の建物と、暗緑色の無骨な大型トラックが立ち並ぶその場所には、帯銃した無数の兵士が駐在していた。

 いや、兵士と呼ぶのは適切ではないかも知れない。彼らは決して正当な国家が擁する正規の兵隊ではない。

 かつてこの地を占領していた()()()()より()()された軍事基地は、とある非合法組織──当人らは『革命軍』を自称している──の最大拠点であった。

 

 そのような剣呑極まる空間から、ごく軽い足取りで去って行く者が居る。

 顔の左半分に古傷のような火傷のような痛々しい治療痕を持ち、また全身の各所を包帯で覆った、異様な風体の男だ。

 漆黒のロングコートに包まれた右腕は、しかしよく観察してみれば、人形じみた真鍮色の義手であると知れるだろう。

 

 ロングコートの懐が鳴った。男のスマートフォンへの着信だ。

 ようやく慣れ始めた機械義肢を操って、男は電話に出る。

 

<話は済んだか?>

 

「あぁ。元気そうだったぜ、蘭堂の爺さん」

 

<……、不愉快だな。その名前>

 

「ハハッ……まぁ、そう言うなよマイ・ハッカー?」

 

 男の左腕、生身の方の手には、濃灰色をした小型のトランク・ケースが提がっている。

 時折、各部に設けられたライン状のインジケータ・ランプが、まるで脈動のように明滅していた。

 

「お前にとっても()()()だろ。何、慌てることは無ぇ。しっかりな」

 

<───言われずとも>

 

 そして、男がほんの1歩、基地の外に出た瞬間。

 

 荒野に佇んでいた『それ』の、()()()()が解除された。

 胴体を持ち、四肢を持ち、頭蓋を持ち、前傾姿勢で佇むそれは、一見して大型の類人猿のようである。

 ただし、その全長は地上に生きる如何なる哺乳類よりも巨大であり、さらには無数の兵器と堅牢な装甲によって(よろ)われていた。

 

 何の予兆も無く、虚空から現出した鋼の巨人。基地の見張りが異常に気づくまでもない。

 『それ』の頭部が獣の顎門が如く開き、ギリシャ神話の単眼鬼(サイクロプス)じみた球形のセンサー・ユニットを露出させた。全天周囲センサーは瞬く間に環境情報のスキャンを終え、再び装甲内に格納される。

 やがてゆらりと掲げられた腕の、肘から手首にかけてのパーツがポップアップし、長銃身の30mm機関砲が出現した。

 

 蹂躙が始まる。虐殺が続けられる。

 『自称・革命軍』の携える雑多な小火器では、『それ』の装甲を貫くことは能わず。

 『それ』に搭載された幾多の兵装、もしくは巨体そのものが強力な質量兵器と化して、容易く人間の命を奪う。

 

 そんな、絶望と死の具現を前に───基地の最奥からのっそりと這い出てきた一人の老爺は、大いに唇を歪めた。

 平時は糸のように細められている琥珀色の瞳を、眦も裂けんとばかりに見開いて。

 

「───素晴らしい。世は混沌に満ちている」

 

 ここより遥か遠い、極東の島国の黒社会に『長老』頓死の報が轟くのは、もう少し先のことである。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 新旧2本の超高層電波塔を望む下町に、その喫茶店はあった。

 瀟洒なステンドグラスを備えた、木造の店構え───和装カフェ『喫茶Lyco Reco(リコリコ)』。

 

 コーヒー豆が薫る店内には、今日も明るく穏やかな時間が流れている。

 冬頃に突如として閉店、しかし春先に突如として営業を再開した後、客足は徐々に戻りつつあった。

 

<次のニュースです。全豪オープン3連覇を達成したスティーブン・ウェルズ選手が婚約を発表! ウェルズ選手はあの『アラン・チルドレン』としても有名な───>

 

「チッ……! どーせすぐ別れるわよー」

 

 畳の色の和装を着た女性従業員───中原ミズキが、怨み骨髄に至り候といった様子で吐き捨てる。

 営業中にもかかわらず、カウンターの端に設置された小型モニターに呪詛を放つさまは──職業人としてはあるまじき醜態ではあるが──もはや喫茶リコリコの名物のようなものだ。

 

「人を呪わば穴二つだよォ、ミズキちゃん」

 

「うっせーな!! その穴を埋める男を探しとるんじゃー!」

 

 恰幅の良い男性の常連客、山寺から鋭いツッコミが飛んだ。

 喫茶リコリコの妖怪・婚活メガネには通用しなかったが。

 

「……ミカ! ()()がやっと喋ったぞっ。あんみつセットB、ブレンド(ブレンド・コーヒー)だ!」

 

 他方、2階席から高くやや舌っ足らずな声が響く。金髪碧眼の小柄な少女従業員───クルミ。

 それを受けた肌色の濃い中年の男───店主のミカが、いそいそと甘味の用意を始める。

 

「なぁ。その二つ名、自分で付けたの〜? な〜な〜、『静かなるジン(サイレント・ジン)』〜」

 

 クルミにサイレント・ジンと呼ばれた長身痩躯の男性客は、二つ名の通りに黙して何も語らなかった。

 

 カラン、と来客を知らせる鈴が鳴った。

 紅と紺の制服を着た女学生の2人組。フキとサクラだ。

 

「ち〜ッス!」

 

「いらっしゃい」

 

「……こんにちは。先生」

 

「おー。お前さん(サクラ)もついに復帰か。ご注文は?」

 

「あれ! スペシャルのやーつ!」

 

「はいよー」

 

 2階席から降りてきたクルミが気怠そうに返事をする。実際、彼女が担当しているのは注文の受付と配膳だけであり、喫茶メニューの提供など夢のまた夢だ。

 そして、フキとサクラの制服を見て、山寺がぼそりと呟く。

 

「あの制服……千束ちゃんと同じ?」

 

 思わずそう零した山寺に、小上がりの座敷で相席している女性の常連客・北村と伊藤が反応した。

 

「……どこ行っちゃったんだろう、千束ちゃん。ニコルちゃんも」

 

「あ〜見ない見ない! 思い出しちゃう〜!」

 

 ───唐突な閉店告知から一転、無事に営業を再開した喫茶リコリコだが、以前とは変わった部分もあった。

 錦木千束と星谷ニコル、従業員2名の不在。ミカが一時的に預かっているたきな──今はこの場に居ないもう1人の従業員──の親戚という()()だったニコルはともかく、10年勤めた看板娘である千束の姿が無い喫茶リコリコは、ずいぶんと物寂しくなってしまったように見える。

 

「…………。……」

 

 座敷の隣のテーブル席に座る2人組の片割れ、押上警察署の刑事・阿部が、おもむろにスマートフォンを取り出す。

 カメラアプリのアルバムを起動し、その中から1枚をタップして拡大。4ヶ月前のタイムスタンプが付された写真には、新電波塔『延空木』の展望台に佇む()()()()()()姿()()()()が写り込んでいる。

 ───この写真が撮られた当時、延空木は一般開業前であったにもかかわらず。

 

「まーた()()見てんすか?」

 

 阿部の後輩刑事である三谷が、ごく軽い口調でそう聞いた。

 彼らは与り知らぬことだが、それは国防機密組織・DAの戦略戦術司令統合支援AI『ラジアータ』が封殺し損ねた、この国(日本)の真実に繋がる致命の猛毒である。

 

「お前はもういいのか?」

 

 三谷の態度を阿部が疑うのは当然のことだった。何せ以前まで、彼はむしろDAとリコリスの真実に迫ろうとする側の人間だったのだから。

 

「『DEMONS事変』で山ほど悪党を逮捕して表彰された俺は、もう署長の(いぬ)です! あん時は阿部さんだってイキイキしてたじゃないですか~。警察(俺たち)もまだ捨てたもんじゃないってことですよっ」

 

「……、そうか。それも……そうだな」

 

 ───日本最大の暴力団『海山會』は、その実、国際犯罪組織『DEMONS』の出先機関に等しい存在だった。

 海山會も『DEMONS』も、間違いなく市民の平和と幸福に対する脅威ではあった。しかし、彼らという絶対的な強者が凋落した今、その後釜を狙う非合法組織の動きが活発化し始めている。既得権益層のみならず、海外から流入したマフィアなどとの暗闘も日夜続いているのだ。

 日本の黒社会はその屋台骨を失い、さらなる謀略と悪徳の渦へと飲み込まれつつあった。阿部や三谷が呑気にコーヒーを啜っていられる日々も、そう長くは続かないかも知れない。

 

「ミズキ。千束スペシャルだ」

 

「あ? 勝手に受けんじゃねー! 儲からないってたきなにドヤされんだぞ!」

 

「しょーがねーだろ! みんな千束が懐かしいんだ」

 

「あんのおバカ……!」

 

 とはいえ、そんな裏側の事情は露知らず、人々は今日も喫茶リコリコに足を運んでいる。

 この穏やかな昼下がりの光景は、どれほど歪でちっぽけであっても、確かに()()()()が守った平和の象徴だ。

 

「んん〜!! ずっと病院食だったから……沁みるなぁ、この甘ったるさ……!」

 

「先生。たきなは?」

 

「仕事だ」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 ───沖縄県宮古島、宮古空港。

 

 

 

 まだ桜の時節とはいえ、本州よりいくぶん厳しい陽光に照らされながら、一人の少女が日本南端の地に降り立った。

 艷やかな濡羽色の長髪。紺の学生服は気候に合わせて半袖だ。喫茶リコリコの従業員にして、国防機密組織・DAに属する第2級エージェント(セカンド・リコリス)───井ノ上たきなである。

 

 彼女が東京から沖縄まで遠路はるばるやってきたのは、何も観光のためではない。重要な任務を帯びていた。

 バスやタクシーを乗り継いで目的地に向かう。現地人と接触して情報を収集するのも忘れない。

 

<ターゲットは正午から19時30分まで勤務。15時の休憩時を狙え。……慎重にな>

 

 遠隔地(東京)のミカからの通信を受けつつ、たきなは歩みを進める。

 空港から離れるにつれ人工物の数は減り、アスファルトに舗装されていない道が現れ、自然の森林が目につくようになる。

 

 今回のターゲットは、まさにその森林の中に潜んでいた。

 

 森とは総じて足場の悪い天然の要害であり、視線と射線の通らぬ潜伏拠点であり、また勝手知ったる者にとっては絶好の()()だ。

 これがたきなの知る友人───赤銀の髪のリコリスであれば、自分など足を踏み入れてから10秒であの世に直行していたと思う。

 が、幸い今回のターゲットは、合成弓による狙撃や対人地雷の設置を警戒すべき相手ではない。

 

「───すぅ」

 

 都会では味わえない大自然の空気を、4秒吸って、4秒吐く。

 

「はぁ……」

 

 全神経を研ぎ澄ます。昼間でも薄暗い枝木の合間、地上と地中を這う小動物の足音、首筋に触れる微風。すべてを捕捉する。

 青く染まって停滞した視界の隅に、黒い影がちらついた。

 

「!」

 

 ドン、という轟音と共に、異様な臭気が漂った。銃声と火薬の匂いである。どこか遠方で鳥の群れの羽ばたく音がした。

 黒い影はたきなの先制攻撃を回避し、恐るべきことに自らも()()()()での報復を試みてきた。

 たきなの射撃技能のスコアは、東京のリコリス全体を見渡しても随一である。森林という特異な環境下とはいえ、その彼女との撃ち合いが成立するほどの使い手はそう多くない。

 

 やがて、銃弾の応酬が数度続いて後。絶好の機会が訪れた。

 

 ───たきなのS&W M&P9には今、赤いゴム製弾頭の非殺傷弾が装填されている。

 DAの『喫茶リコリコ支部』の管理者・ミカが製造しているハンドメイド品であり、重量増加と破砕促進のための金属粉末を圧縮成型したフランジブル弾。その威力は"死ぬほど痛い"と評されるが、実際には人体を貫通しないため、これで致命傷を与えることは至難の業だ。

 しかし、通常の銃弾と比べて弾頭が非常に軽く、発射後は急激に運動エネルギーを失い、弾道が安定しないという欠点がある。現実的な有効射程はせいぜい10mと言ったところで、たきなでさえ最大20m先の非動体目標に当てるのが精々だ。

 

 視界は悪く、木々の枝葉が射線を遮っている。

 普通ならば、この状況で撃っても銃弾は掠りもしない。

 

 たきなの使用している非殺傷弾が、()()()()()()()でなければ。

 

「ふっ……!」

 

 通常の銃弾と比べて弾頭が非常に軽く、発射後は急激に運動エネルギーを失い、弾道が安定しないという欠点。

 これを逆手に取って、弾丸そのものの形状や装薬(ガンパウダー)の量と雷管内での配置を厳密に計算した上で調整された改良型は───有効射程内に限り、『弾道が任意の方向に()()()』という唯一無二の性質を獲得した。

 

「うぇっ!? あ、痛ぁ!!」

 

 尚、1発作るごとにスーパーAI『ラジアータ』の計算資源(リソース)を間借りしての演算が必要となる上、弾丸自体も国内ではDA技術研究部しか保有していない最新鋭の量子多次元形成機(クォンタムnDプリンター)によって出力されているため、コストパフォーマンスは最悪だった。

 おまけにただでさえ短い有効射程はさらに短くなっており、射手の側にも極めて特殊な──他に何の応用も利かない──慣熟訓練を強いるため、実用性は絶無と言っても過言ではない。『データの蓄積は無駄にならないけど、ニコルちゃん(星谷ニコル)の頼みでなければ作ってなかった』とはDA技研の主任研究員の弁である。

 

「よしっ───」

 

「……こんの!」

 

「あっ!?」

 

 そして、ここ数ヶ月寝食も惜しんで行った訓練の成果に喜ぶのも束の間、たきなはあっさりと『敵』の反撃を喰らってしまった。

 左の後ろ手に隠し持っていた特殊鋼線銃(ワイヤーガン)の発射こそ間に合ったものの、奇しくも『敵』もよく似た装備を携えていたようで、お互いに片手片足を拘束された形となる。

 

 森の暗がりから、よたよたと現れた『敵』の正体は。

 わずかに金色がかった白髪と、真紅の瞳を持つ少女で───。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 そう。

 私こと、錦木千束である。

 

「たっ───たきなぁ!?」

 

 あと、平和な森を荒らす悪しき侵略者の正体は、私の親友こと井ノ上たきなだった。

 …………、……ホワイ!? ドユコト? オヌシ、どーしてこげなトコに居るかや!?

 

「何で逃げるんですか!!」

 

 えっマジ? 使ってるのは『先生の弾』らしいとはいえ、初手から銃撃しておいて? マジで言ってる?

 

「いや撃ってくるからだろ~!?」

 

 ワイヤーガンで半端に縛られたせいで、何やらぴょんぴょんとしか移動できなくなっている。

 ちなみにたきなも同じ状態だ。すっげー間抜けな絵面だが、せめてもの抵抗として体当たりをかましてやろうと……したら、ちょうど同時にたきなからも体当たりされた。慌ててバランスを取る。

 

「逃げるからでしょっ!」

 

 そりゃ逃げるだろ銃で撃たれたら誰だって!! つーか、

 

「1発肩に当たったぞ!! いってーなぁ!」

 

「鈍ってる証拠ですよ!!」

 

 何をぅ!! 喰らえお尻アタッ……タキナンティウスお前もか!?

 あっヤベ、転ぶ……うぎゃ!! ゴロンゴロン。うおぉ服が汚れる……!

 

「普通に声かければいいでしょ〜!?」

 

「こっち見るなり森に逃げた相手にですか!? そんな訓練受けてません!」

 

「アホかぁ!!」

 

「アホはそっちでしょー!」

 

 ぐぬぬ……! 親友を面と向かってアホ呼ばわりとは、ずいぶん偉くなったじゃねぇか井ノ上たきなァ……!

 

 ───あー……、でも。

 たきなとこんなやり取りするの、すっごい久しぶり。

 なんか……安心するな、この感じ。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「千束ちゃんが見つかった!?」

 

「……生きてるんですか?」

 

「あぁ。じき帰ってくる」

 

「へぇー。良かったッスね、先輩!」

 

「───っ! ……。……、帰んぞ!!」

 

「えっ」

 

「いいから、帰んぞっ!!」

 

「急になんスか!? な〜んスかぁ〜!?」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 ───ややあって、千束の今の勤め先である喫茶店に来ている。

 店舗の目と鼻の先に白い砂浜があり、その先には夕焼けを照り返して真っ赤に染まった大海原が広がっている。

 いわゆるオーシャンビュー、というやつだろう。この場合はシーカフェと言ったほうが適切か。

 

「……、相棒〜。ふふふっ」

 

 私のついたテーブル席の向かい側に座るなり、千束は何やら含みのある笑い方をした。

 しばらく会っていなかったが、相変わらず面白おかしく生きていそうで安心した。

 

「綺麗でしょ〜」

 

「えぇ……海の色が……」

 

「すごいよねぇ」

 

 夕刻。水平線へと沈んでいく太陽は、しかし未だ鮮烈な橙色に輝き続けている。

 見事なまでの黄昏だ。……今はこの場に居ない、()()のリコリス制服を思い出す。

 

「───何故ここがわかったん?」

 

 テーブルに肘をついた千束が、そう問うてくる。

 真紅の瞳から投げかけられる視線は穏やかで、怒っているようには見えない。

 

「クルミが」

 

「ここにはネットもカメラも無いのに?」

 

 言われてみればそのようだが……何事にも()()はあるものだ。

 スマホを取り出し、画像フォルダから1枚の写真を表示して見せる。

 

「? ……おっ、沙保里さ〜ん。彼氏と続いてるのね」

 

 時期的にはちょうど1年前か。私とニコルがリコリコに異動となってから、最初に受けた依頼の相談者───篠原沙保里さんより提供された写真だ。

 被写体は篠原さんとその交際相手の男性。場所は()()()()()()()()のようで、一見すると何の変哲も無いカップルの自撮り(セルフィー)にしか見えないものの……。

 

「……、これが?」

 

「はい」

 

「ん……。───あっ、まさか!!」

 

 篠原さんの人相と共に当時の記憶が蘇ったのか、千束は文字通りパチリと膝を打った。

 そう。重要なのは篠原さんと交際相手ではなく、写真の()()である。

 

「たっはぁ〜……!」

 

 篠原さんカップルの、後方に───満面の笑みを浮かべて砂浜を踏みしめる、錦木千束その人が写り込んでいた。

 インターネットや監視カメラが無かろうが、直接現地に行った人間から話を聞いてしまえば特定は容易い。

 

「沙保里さぁん……そのうち宇宙人とか撮っちゃいそうだな……」

 

 ちょっとわかる。『例の銃取引』の件については"不幸な偶然"の一言で片が付くが、そのような偶然も2度目となれば、ある種の運命的なものを感じざるを得ない。

 

「はぁ。……てかー」

 

「?」

 

「驚かないんだね」

 

「何がです?」

 

「幽霊かも知れないぞ?」

 

 また適当なことを言う。こんなに血色の良い幽霊が居るものか。

 

「元気そうで何よりです」

 

「あっは。知ってたな貴様〜」

 

 千束は、そのまましばらく微笑んでいたが。

 やがて飄々とした笑みを消し、神妙な表情で呟いた。

 

「私は何で生きてる?」

 

 尤もな疑問だ。しかし、

 

「その前に。……何で消えたんです?」

 

 こちらが聞くのが先だ。

 ニコルと御門が『作戦行動中行方不明(Missing In Action)』となった──付け加えるなら、あのエージェント・ゴッホも殉職してしまったという──上に、私と共に生存したはずの千束まで失踪したとなれば、残された人々の混乱は推して知るべしと言ったところである。

 ……当然、私も心配した。本当に……本当に本当に本当に、心配した。一時は食事も喉を通らないほど心配だったのだ。

 

「あ〜……。……だってぇ、気がついたら病室でひとりだし……。なんか手術されててめっちゃいてーし……、こりゃもう死ぬなーと思って」

 

「だからって、何で逃げるんですか!!」

 

「だ〜って……湿っぽいの嫌だし? せっかくロボ太……あぁいや、()()()()()()()()ちょっとは余裕できてたから、動ける内に良い場所探そうかと」

 

「……え?」

 

「それに私、嘘ついたら顔に出るらしいし。ほとぼりが冷めるまで隠れとくのが手っ取り早いかなって……。───あ、見て! この時間が一番好きっ」

 

 千束は露骨に話題を逸した。……やれやれ。

 まぁ、無事に再会できたのだから答えを急ぐ必要も無いか。

 

 再び海岸の方に目を向ける。

 魔法の時間(マジック・アワー)だ。太陽は半ば沈み切っていながら、その残光が尚も華やかに入り乱れ煌めく刹那の時。

 真紅の光線、白亜の砂紋、翡翠の水面に、藍色の空と雲───それらが一堂に介するさまは、この広い地球のすべてが私の視界に収まったかのようで、まさに言葉を失うほどの絶景だった。

 

「……で? そっちの番だ。白状したまえー」

 

 ふむ。こんな代物を見せられては、相応の対価を支払わねばなるまい。

 

「店長から預かってきました」

 

 小さな厚紙の箱を取り出す。私は中身を直接見てはいないものの、何が入っているかは聞かされている。

 

「んっ?」

 

「あの後、店長が吉松のケースを持ってきたんです。『心臓』と一緒にそれが入ってたそうです……というわけで、あなたは死にません」

 

 千束は怪訝な顔で箱を開け、中身を見て鼻白み……少しだけ肩を落とした。

 私の手前、なるべく気丈に振る舞おうとして、しかし堪え切れなかったと見える。

 

「…………、……。ヨシさん……」

 

 入っていたのは、シンプルな白地のメッセージカード。

 飾り気の無いゴシック体で、『HAPPY BIRTHDAY』と綴られている。

 ただし、メッセージが刻んであるのは表面だけで、折り畳まれていた裏面には何も書かれていないようだった。

 

「……普通、入れないよね?」

 

 人工心臓の話だ。旧電波塔での吉松の言動について。

 

「……普通は」

 

「やってくれるなぁ、ヨシさん……。おっ、ん?」

 

 メッセージカードの他にも何か入っていたらしい。

 確かに、カード単体ならそのまま渡せば充分だろうから……だとして、何だろう? 吉松が千束に渡したいものと言えば。

 箱の大きさ的に、銃弾(実弾)でも入っているのか? だとしたら相当に趣味が悪い───。

 

「えぇっ!?」

 

 ……などと、悪い予想はしていたのだが。

 

「あっ……! わ、ぁぁ〜……!?」

 

 ()()()()の梱包材から出てきたのは……鈍い金色に輝く、梟のペンダント。

 すなわち、アラン機関が被支援者(チルドレン)に贈る唯一の物質的繋がり。千束が旧電波塔で吉松に返却した、あるいは吉松が新たに用意していたものだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 おめでとう千束。

 君の新しい人生は、私の死によって完成した。

 君の幸せを心より願う。

 

 ───廃棄されたメッセージカード

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「……えいっ!!」

 

 かくして、梟のペンダントは沖縄の海に没した。南無。

 

「いいんですか?」

 

「ちょっと迷ったけどねぇ」

 

 そりゃあ……惜しむ気持ちがまったく無いなんて言ったら、もちろん嘘になるが。

 最後にヨシさんと会った時の出来事を思えば、とてもじゃないけど持ち続ける気にはなれない。

 

「めっちゃかわいい、なーんて言われたし?」

 

 と、内心の葛藤はさておき。

 そういえば、たきなに言われて周りに見せびらかしてた時期もありましたねぇ。何もかも懐かしい……。

 

「……誰にです?」

 

「えっ。……えぇ!? お前だお前〜!!」

 

「私? 言わないですよそんな恥ずかしい」

 

「はぁー!? た、たきな〜……」

 

 マジかよこの女……!? ほんっと、天然なトコ全然変わってないな! 呆れる反面安心したわ!

 あぁ。これはもう、

 

「───そういうとこだぞぉ〜ッ!!」

 

 高い高いの刑に処するしか、ないよねぇ!!

 

「し、知らないですよ!」

 

「絶対言〜い〜ま〜し〜た〜!!」

 

「うわっ───あ!?」

 

 ヤッベ姿勢崩した。たきなの言う通り鈍ってんのかな私、って考えてる場合じゃない浅瀬とはいえ海に頭からグワーッ!!

 

「……っ、何するんですかッ!!」

 

 ご尤もである。

 うーん、水も滴る良いたきな。あっ私もか。

 

「───……」

 

 ……。何するんだ、か。

 

「何しようか。これから」

 

 真島は倒した。

 ニコルも止めた。

 心臓は、色々気になることはあるけど元気になった。

 本当はとっくの昔に居なくなってたはずの私が、何の因果か今日まで生きて、こんな場所で波風に揺られている。

 前はヨシさんの言葉があった。『救世主になる』という目標が。

 今は、というより今しがた、その目標は海の底に投げ捨ててしまった。

 

「…………」

 

「……」

 

 隣のたきなと一緒に、沈んでいく夕日を眺める。

 私が一番好きな魔法の時間も終わって、その光は直接見ても目に痛くないほど弱い。

 

 どのくらいそうしていただろう。

 世界が夜に包まれる直前、たきなが静かに口を開いた。

 

「───諦めてたことから、始めてみたらどうですか」

 

 諦めてたこと。

 ……いざ指摘されてみれば、思い当たる節が無いでもなかった。

 というか、むしろ思い残したことばっかりだ。どうやら私の心はまったく整理できていなかったらしい。こんな調子では天国のダンブルドア先生に叱られてしまう。

 

「あは」

 

 諦めてたこと。

 やりたいこと。

 やらなきゃ死んでも死に切れないこと。

 

「いいね、それっ」

 

 たくさんある。また先生のコーヒーを飲みたいし、ミズキやクルミやフキが元気か確かめたいし、リコリコの常連さんたちともお喋りしたいし、夏祭りとか好きな歌手のライブだって行きたいし、美味しいパンケーキ食べたいし、一度くらいはニューヨークでヒーロー活動とかしてみたいし、イッヌ()も好きだけど今度はぬこ()飼いたいし、それから、それから……。

 

「よーし!! 行くぞ相棒!」

 

「え? あ……ちょ、ど……どこへ!?」

 

「ワイハだワイハ〜っ! イェイ!!」

 

 まずは海外だな! 頼むぜ僕らのウォールナット!

 そして、……きっといつか、またどこかで─────。

 

























もうちょっとだけ続くんじゃ。
いやすみません、次回こそ本当に全部畳みます……。
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