ブラッド・オブ・ジョジョ   作:けーやん

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皆さんが好きなジョジョの女性キャラは誰ですか?
私は4部の杉本鈴美です。
ビジュアルが素直に可愛い事と、吉良吉影に殺されて15年間愛犬のアーノルドと共に幽霊として現世に留まり続けた哀しいヒロイン。特にアニメでの4部ラストで仗助たちに見送られながら成仏したシーンは制作スタッフ陣の演出に思わず感動しました。
次点は2部のリサリサ先生です。


パーティーに招待

男は、鉄骨を剝き出しにした殺風景な部屋の片隅に居た。

 

静寂に満ちた薄暗い研究室に、冷却ファンの音だけが響いている。呼気が白く煙る程に室温が低いのは、密林の様に室内を埋め尽くす電子回路を保護する為だろう。  

 

中央のモニターに映し出されているのは、得体の知れない奇怪な文字の羅列。  

 

たった1人きりでそれを睨んで、彼は苛立った様に舌打ちを繰り返している。

 

それと──  

 

研究室の隔壁が、なんの前触れもなく突然開いた。  

 

乱暴な足取りで入って来たのは、奇妙な3人組だった。  

 

黒い背広姿の男が2人。そしてフリルまみれのドレスを着た若い女が1人。幼女といっても通用しそうな、あどけない顔立ちの女である。  

 

男は椅子を軋ませて、場違いな侵入者たちの方へと向き直る。

 

「なんだ、君たちは? ここはクラスⅥの機密区域だぞ。職員以外の立ち入りは──」  

 

縄張りを荒らされた猛禽の様な目つきで、彼は黒服たちを威嚇した。だが、その表情は途中で凍りつく。黒服の男たちが掲げていた身分証に気づいたのだ。

 

「──カノウ・アルケミカル・インダストリー社開発部、槙村洋介だな」  

 

抑揚の乏しい機械的な声で黒服の1人が言う。  

 

黒服の身分証に記されているのは、護身用の簡易魔法陣を兼ねた五芒星。特区警察局攻魔部。国際魔導犯罪を担当する国家攻魔官たちの紋章である。

 

「槙村研究主任。この研究所内で扱っている荷物には、魔導貿易管理令に違反する物品が含まれている疑いがある。すみやかに所内の全資料の開示、並びに荷物の引き渡しを要求したい」

 

「ぼ、貿易管理令違反?」  

 

槙村と呼ばれた男が、額に汗を浮かべて立ち上がる。

 

「待ってくれ。何かの間違いだ! 此処で研究しているのは古代言語の解析だ。管理公社の許可も取っている。総務部の方に問い合わせてくれれば──」

 

「我々は、既に先日、クリストフ・ガルドシュの部下一名を拘束している」  

 

もう一人の黒服が、手錠を取り出しながら威圧的に告げた。槙村がハッと息を呑む。

 

「特区治安維持条例第5条に基づき、これより貴方の身柄を拘束する。貴方の供述は裁判で不利な証拠として使われる事がある。言動には気をつけた方が良い」

 

「くっ……!」  

 

黒服が槙村の腕をつかんで手錠を掛ける。──と思われた瞬間、鈍い衝撃が黒服を襲った。  

 

瘦身で見るからに非力な槙村に対して、黒服の体格は屈強だ。体重差は40㎏近くあるだろう。だが、槙村が捕まえた腕を振った時、吹き飛んだのは黒服の方だった。近くの柱に叩きつけられた黒服が、苦悶の息を吐きながら床に転がった。  

 

その間に槙村は変身を終えていた。  

 

膨れ上がった全身の筋肉が白衣を引き裂き、金属製の手錠を引き千切る。ある種の爬虫類が感情によって体細胞の色を変える様に、槙村は自らの意思で細胞の形質そのものを変貌させていく。獣人化。人狼。猛獣の筋力と瞬発力を得た研究員は今や恐るべき狂戦士と化していた。  

 

もう1人の黒服が、咄嗟に拳銃を抜いて槙村に向けた。訓練された動きで撃ち放たれたのは、人狼殺しとも呼ばれる銀イリジウム合金弾。しかし槙村は、弾丸の雨をくぐり抜けて黒服の拳銃を叩き落とし、そのままの勢いで跳躍した。開け放たれたままの隔壁から、外に逃げようとしているのだ。

 

「やはり、未登録魔族……黒死皇派の賛同者か」  

 

そんな槙村の後ろ姿を見送って、ドレスの女──南宮那月がつまらなそうに呟いた。そして、彼女は静かに命令する。

 

「──アスタルテ、少しくらい手荒に扱っても構わん。そいつを拘束しろ」

 

命令受諾(アクセプト)」  

 

槙村の行く手を遮る様に隔壁の前に立ったのは、藍色の髪の小柄な少女だった。  

 

透き通る様な白い肌と、水色の瞳。完全に左右対称の整った顔立ち。生物としての匂いがまるで希薄な、妖精じみた娘である。  

 

彼女が身に着けている服装は、大きく背中の開いたエプロンドレス。武器を持たない彼女を見て、獣人化した槙村は獰猛に牙を剝いて笑う。

 

人工生命体(ホムンクルス)!?こんなガキが、この俺を止められるとでも思ったか!」

 

「── 執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟」  

 

次の瞬間、アスタルテの肉体を突き破る様にして彼女の背中に出現したのは、虹色に輝く翼だった。撒き散らされた衝撃が、研究室内の大気を歪める。実体と質量を伴う程の濃密過ぎる魔力の波動。それを間近で浴びた槙村が絶句する。

 

「なっ……!?」  

 

少女の背中から生えた翼が、巨大な腕の形へと変化する。虹色の鎧に覆われたゴーレムの腕。砲弾のような勢いで放たれたその拳が、突っ込んでくる人狼の男を正面から殴りつけた。  

 

鈍い激突音に混じって、骨と肉が潰れる気配が伝わってくる。  

 

普通の人間なら確実に即死するほどの威力。だが、アスタルテと呼ばれた少女はそれでも手加減していたらしい。槙村は辛うじて原型を留めたまま、壁に叩きつけられてずるずると崩れ落ちる。

 

「け……眷獣だと!?馬鹿な……どうして人工生命体(ホムンクルス)が眷獣を……!?」

 

血の塊を吐きながら、槙村が譫言の様に弱々しく呻く。  

 

アスタルテは凪いだ湖面の様な無感情な瞳でそれを見下ろし、背中から伸ばした腕で槙村の身体を拘束した。その巨大な腕の正体は、眷獣と呼ばれる意思を持った魔力の塊だった。  

 

実体化する代償として宿主の寿命を喰らう、異界からの召喚獣。不老不死の吸血鬼以外が召喚すれば、たちまち生命力を奪い尽くされて死に至るという最凶最悪の使い魔である。  

 

だがそれだけに眷獣の持つ戦闘能力は凄まじい。その眷獣を使役できるからこそ、吸血鬼は魔族の中でももっとも恐れられているのだ。  

 

眷獣を飼い馴らせるのは、無限の〝負〟の生命力を持つ吸血鬼だけ──  アスタルテは、その唯一の例外だった。〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟は、ある目的の為にロタリンギアの殲教師が造り出した人工眷獣なのである。  

 

重傷を負って獣人化を保てなくなった槙村が、人間の姿に戻って激しく咳き込んだ。その隙に駆け寄って来た黒服たちが、槙村の首に金属製のリングを嵌めた。微弱な電流によって神経の働きを狂わせ、獣人化を阻止する対魔族用の拘束具だ。

 

「──南宮教官、申し訳ない。お陰で助かりました」  

 

折れた右腕を押さえながら、黒服の1人が那月に礼を言った。那月は、黒いレースの扇子を広げながら優雅に首を振る。

 

「礼には及ばん。働いたのは私じゃない」  

 

那月さそう言ってつまらなそうに鼻を鳴らした。高圧的な物言いだが、幼い子どもの様な舌足らずな声と、生まれ持った気品のせいで嫌味には感じない。彼女に冷たくあしらわれた事を、黒服たちはむしろ喜んですらいる様にも見えた。那月のカリスマ性のなせる業である。  

 

そんな彼女が眺めていたのは、槙村の机に散らばっていた数枚の写真だった。  

 

何処かの古代遺跡から出土した石板を写したものらしい。  

 

石板の表面に刻まれているのは、研究室のモニターに映し出されているものと同じ、解読不能な文字の羅列。だが、その文字列を見ただけで直感的に理解出来る事がある。  

 

そこに書かれている内容は、恐ろしく危険な力を秘めた代物だった。

 

「黒死皇派が、西域から態々運び込んで来た密輸品と言うのはこいつか……ただの骨董品ではなそうだが……現物は何処にある?」

 

「──対象確認不能。既に当施設から運び出されたものと推定されます」  

那月の呟きに、アスタルテが淡々と答える。人工生命体の少女が指さしたのは、部屋の隅に残された金属製の輸送用ケースだった。  

 

呪的な封印処理が幾重にも施された特殊な代物だが、その封印はすでに破られており、中身はない。そこに収められていた石板は何者かが持ち去ってしまったのだろう。 

 

「出遅れた、と言う訳か」  

 

不機嫌な声で自問しながら、那月はモニタに映し出された映像を見上げた。  

 

槙村はどうやら自分の会社の研究設備を使って、石板の解読作業を行っていたらしい。だが解読はいまだ不完全であり、解読できているのは、ごく限られた一部の単語だけ。その中に、〝ナラクヴェーラ〟の文字を見つけて那月が険しい表情を浮かべる。

 

「馬鹿な……何を考えている、クリストフ・ガルドシュ……」  

 

彼女たちの会話を聞いていた槙村が、床に倒れたまま甲高く笑い出す。それは世界の破滅を願うテロリストの狂気の哄笑だった。

 

 

◾️◾️◾️◾️

 

 

夕陽に照らされた海沿いの歩道を、條士は歩いていた。  

 

隣には、ギターケースを背負った雪菜の姿もある。浅葱と球技大会の練習を終えた後、合流してそのまま一緒に帰宅する流れになったのだ。  

 

2人は少し寄り道をして、自宅近くにあるスーパーマーケットへと向かう。部活で遅くなる凪沙の代わりに、夕飯用の食材を買って帰るのが最近の條士たちの日課なのだった。

 

「差出人は、アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラー…‥確か吸血鬼だったか」

 

体育館裏で拾った封筒を眺めて、條士は思い出す様に呟いた。

 

鋼鉄製の式神たちが残していった手紙は、今夜開催されると言うパーティーの招待状だった。絃神港に停泊中のクルーズ船で、何やら大々的な催しが行われる事になっているらしい。  

 

封筒の表には、確かに空城條士の名前が書かれている。しかしヴァトラーなる人物と條士は面識は無い。当然パーティーに誘われる理由も思いつかない。何か裏のありそうな招待状だ。

 

「アルデアル公国は、戦王領域を構成する自治領の1つです」  

 

雪菜が重々しい口調で説明した。條士たちは、丁度目的のスーパーに到着したところだ。自動ドアの隙間から流れ出す冷房の効いた空気が心地良い。 

 

條士は入り口近くに置かれたショッピングカートに、買い物カゴを載せながら訊き返す。

 

「戦王領域?」

 

「東欧にある夜の帝国……第一真祖の支配地です。第一真祖〝忘却の戦王〟の事はご存じですよね」

 

「名前だけはな。72体の眷獣を従える吸血鬼の覇王、だったか?」 

 

條士は噂程度の知識を口にする。

 

真祖クラスの吸血鬼が操る眷獣と言えば、都市の1つや2つ簡単に壊滅させる正真正銘の怪物だ。そんなものを何十体も操るとなると文字通り、次元が違う。本当にそんな生物が存在するのか、と疑わしい気持ちになってしまう程だ。

 

「人類と魔族の共存の為に締結された聖域条約も、彼の王が協力してくれたから実現出来たのだと言われてます。そうでなければ、残る2人の真祖が交渉に応じる事は無かったでしょう。同じ真祖という立場でも、やはり戦王領域は圧倒的な戦力を誇る最古の夜の帝国ですから」  

 

雪菜が第一真祖の恐ろしさを説くのを、條士は隣で聞く。取り敢えず今のところ問題なのは〝忘却の戦王〟本人では無い。

 

「このヴァトラーは、その第一真祖の臣下と言う事か」

 

「その筈です。自治領の君主と言う事は貴族、つまり第一真祖直系の血族から生まれた、純血の吸血鬼と言う事になりますから」  

 

凪沙に渡されたメモを頼りに、條士が買い物カゴに野菜や果物を入れていく。食材の分量は3人前。條士と凪沙、そして雪菜の分である。雪菜が1人暮らしだと知った凪沙が、"うちで夕飯食べて行きなよ"、と強引に誘い続けたのである。 

 

食事中に話し相手が居る時の凪沙は上機嫌だし、聞き役を雪菜が肩代わりしてくれるので條士としてもありがたい。元々雪菜の目的は條士の監視なのだから、彼女にとっても悪い話ではない。そんなこんなで3人の思惑が一致した結果、雪菜が暁家で夕飯を摂るのが、いつの間にか普通になってしまっていたのだった。

 

「問題はそんな大物吸血鬼が、何故絃神島なんかに来てるのかだが……姫柊、タマネギ多過ぎるだろ」

 

「野菜の好き嫌いは駄目ですよ。多分先輩に会うのが目的なんだと思いますけど」

 

「俺が第四真祖と関わりがあるから……だろうな。別にタマネギは嫌いじゃあない」

 

「他に理由、無いですよね……それよりも、先輩。こっそり鶏肉を売り場に戻さないで下さい。子どもじゃないんですからもう」  

 

雪菜が溜息をつきながら、條士の苦手な鶏肉の入ったパックをカートに戻す。仲良く買い物に来た新婚夫婦の様な姿だが、條士たちにその自覚は無い。むしろ深刻な事態について話し合っているつもりなのだ。実は條士と雪菜の関係については、この店の店員や近所に住む人々の間で、『同棲中?』『兄妹じゃないの?』『他の女の子とも一緒に住んでるみたいよ』『それってもしかして3人で──』等と言う噂がまことしやかに囁かれていたりするのだが、勿論本人たちは気づいていない。

 

「なんでヨーロッパ圏の吸血鬼が俺の名前を知っているんだろうな」

 

招待状の宛名をもう1度確認しながら、條士が疑問そうに呟いた。   

 

雪菜は、責任を感じている様に溜息を吐いた。

 

「先日のロタリンギア殲教師の1件で、先輩の存在に気づいたんだと思います」

 

「出来るだけ隠密にやったんだがな。それに、式神まで使って襲われる理由が無いな。態々海外から喧嘩売りに来た訳でもないだろう」

 

学校で遭遇した鋼鉄製の獣の姿を思い出して條士は呟く。

 

「宣戦布告……ですか」  

 

雪菜が物騒な言葉を口にする。夜の帝国の支配者である真祖は、国際法上は一国の軍隊と同じ扱いだ。

 

「あり得ない話ではないですけど、取り敢えず交渉してみない事には何とも……」

 

「どっちにしろ、この招待に応じるしか無い様だな……」  

 

そう言って招待状を広げた條士は、その文面を眺めて僅かにの表情を顰めた。 

 

目聡くそれに気づいた雪菜が、條士を怪訝そうに見上げる。

 

「先輩?どうかしましたか?」

 

「いや……文章の内容に"パートナーを連れて来い"って書かれてあってな」

 

「パートナー?」  

 

雪菜が、ああ、と納得した様に頷いた。

 

「そういえば、欧米のパーティーでは夫婦や恋人を同伴するのが基本なんですよね」

 

「やれやれ……いきなり難題を出して来たな」

 

「そういう場合は、知り合いの誰かに代役を頼むのではないでしょうか」

 

「代役か……」  

 

條士はどうするか考える。恋人の代役という条件なら、年の近い家族か親しい友人で、しかも異性ということになるのだろうが。

 

「吸血鬼絡みに凪沙を連れて行く訳はいかないし、浅葱も巻き込む訳にはいかないな」

 

「そうですね」  

 

すると、雪菜が可愛らしく咳払いして條士を見た。

 

「先輩の正体を知ってて、危険な状況にも対処出来る人材と言うと、選択の余地はあまり無いと思いますけど」

 

「そうだな」  

 

條士は結論を出したのか、面倒臭そうな表情をする。

 

「攻魔師でもある南宮に頼む事も出来るが、あの子ども先生が素直に承諾してくれるとは思えねえし…………仕方ない、1人で行くか」

 

「は、はい?」  

 

雪菜が、ぽかんと目を丸くして固まった。

 

「何で1人で行く事になるんですか?」

 

雪菜が声を低くして訊いてきた。表情に大きな変化はないが、言葉の端々から帯電した様な刺々しい気配が伝わってくる。何故か彼女は怒っているらしい。

 

「こんな面倒事の同行を誰かに頼む訳にはいかないだろ。条件が揃わない以上、1人で行くしかない」

 

「先輩の事情を知ってて、南宮先生と同様攻魔師資格も持ってて、年齢的な釣り合いもとれてる異性が居ると思うんですけど。居ると思うんですけど」  

 

雪菜が素っ気ない口調で独り言のように呟く。それを聞いて、條士は雪菜の怒りの理由に気づく。

 

「良いのか、姫柊?獅子王機関に知られたら面倒だろ?」

 

「仕方ないです。この場合、先輩から目を離す事の方が問題になると思いますから」  

 

雪菜が、照れ隠しの様に冷たく言った。

 

「そうか。悪いな」

 

「いえ、先輩の監視が私の任務ですから……あ!」 

 

冗談めかした口調でそう言いかけて、雪菜は不意に表情を暗くした。

 

「どうした?やはり何か問題があるのか?」

 

「そうですね……問題かも知れません。私、パーティーに着て行く服がありません」  

 

雪菜が思い詰めたような表情で唇を嚙む。そんな彼女の横顔をしばらく眺めて、條士は思わずクスリと笑ってしまう。そんな條士を、雪菜が憤慨したよう様に睨みつける。

 

「どうして笑うんですか?」

 

「いや、悪い。年相応だなと思っただけだ」

 

「……そうですか。私は子どもっぽいと言う事ですか」

 

雪菜が氷の様な視線を條士に向けてくる。

 

「別に子どもっぽいと思っていないが」

 

「逆に先輩は落ち着き過ぎると思いますが」

 

「そんな事はない」  

 

買い出しを終えた條士たちは、それぞれ買い物袋を抱えて自宅へと向かった。  

 

夕陽は既に水平線に沈んで、街は夕闇に包まれ始めている。ディミトリエ・ヴァトラーが指定したパーティの開始時刻まで、あと3時間と少し。もうあまり時間に余裕が無い。

 

「別にパーティー用の服を用意しなくても良いんじゃあないか?制服で事足りるだろ」

 

「先輩。相手は自治領の君主なんですよ」

 

「寧ろ急な申し出をして来た向こうに非があると思うがな」

 

そう言いながら、條士たちはマンションに辿り着く。

 

「なんだ、この荷物?」  

 

郵便受けに入っていた伝票に気づいて、條士は首を傾げた。宅配便用のロッカーに、荷物が届いていたらしい。心当たりは無かったが、一先ず條士はロッカーを開けた。  

 

入っていたのは、平たい長方形の段ボールだった。大きさの割に重量はそれ程でもない。危険物と言う可能性は低そうだ。  

 

だがそこに記されていた差出人の名前を見て、條士と雪菜は愕然となる。

 

「獅子王機関?」

 

「そんな……どうして先輩宛に?」

 

全く予期しない相手からの届け物に、條士たちは絶句した。  

 

獅子王機関は、大規模な魔導災害やテロに対処するための、日本政府の特務機関だ。  

 

彼らが雪菜を條士の監視役として派遣したのも、国家の安全を守る為──つまり彼らは條士の存在を、重大な国家的危機だと認識していると言う訳だ。  

 

そんな組織が、態々條士に送りつけて来た荷物だ。到底まともな代物だとは思えない。獅子王機関の剣巫である雪菜にも、その正体は知らされていないらしい。  

 

條士は雪菜と険しい表情で見つめ合い、段ボールの蓋に手を掛けた。慎重な手つきで包装を剝がし、開封する。  

 

箱の中には、光沢のある薄い布地が、丁寧に折り畳まれて入っていた。あからさまに高級そうな生地である。咄嗟に條士が疑ったのは、監視対象に何を送りつけたのかと言う事だ。しかし雪菜は黙って首を傾げるだけ。特に危険は感じ無いらしい。  

 

箱の隅に荷物の明細書を見つけて、條士はそれを拾い上げた。  

 

その間に雪菜が、そっと布の端をつまんで持ち上げる。ふわりと広がったのはボリュームのあるフリルのスカートだ。一緒に折り畳まれていた付属品が、バサバサと落ちてくる。カップつきのアンダードレスにシルクの下着。

 

「これは……姫柊。これはお前に渡しておく」

 

「は?えっと………オーダーメイドのパーティドレス一式?身長156cm、B76・W55・H78、C60……姫柊雪菜様、代金領収済み…………え?」

 

明細書に書かれた内容に目を通した條士は一瞬硬直するも直ぐに雪菜に渡し、雪菜は内容を読み上げる。

 

赤面する雪菜と、彼女が握りしめているアンダードレス、そして明細書に記載された謎の数字。條士は雪菜が羞恥に肩を震わせている様子を敢えて見ない様にする。 

 

「……見ましたよね、先輩」

 

「……すまない。見てしまった」

 

少し気まずそうに答える條士に、雪菜は全身を真っ赤にして目にも止まらない速さでエレベーターに乗り込む。

 

「………まだ乗ってないんだが」

 

1人取り残された條士の言葉は虚しく響いた。

 

 

◾️◾️◾️◾️

 

 

午後9時を少し過ぎた頃、條士は服を着替えて自分の部屋を出た。  

 

身に着けているのはいつもの制服。獅子王機関から届いた荷物の中に、雪菜のドレスと一緒に入っていたタキシードもあったが、條士はそれに袖を通さなかった。彼らの目的は不明だが、態々礼服を用意してくれたと言う事は、どうやら獅子王機関は條士たちを〝戦王領域〟の貴族と会わせたがっているらしい。

 

「あれ?條士くん、何処か出掛けるの?」 

 

リビングで鉢合わせた風呂上がりの凪沙が、乾き切れていない髪をタオルで拭きながら訊いた。

 

「ああ。学校に忘れ物したから取りに行ってくる」

 

條士は言い訳を口にした。  

 

凪沙は一瞬呆気に取られて、不思議そうな表情をする。

 

「忘れ物?態々取りに行くの?」

 

「スマホを教室に忘れてしまってな。南宮には伝えてあるから学校の敷地内に入っても問題無いみたいだ」

 

「そ、そうなんだ……」  

 

あからさまな言い訳だと思っていたのだが、凪沙はあっさりと信じたらしかった。  

 

「それじゃあ、気をつけてね。もう遅いから寄り道しちゃダメだよ」

 

凪沙が不安そうな表情で警告する。

 

「ああ。悪いが1人で留守番頼む」

 

「うん、分かった……條士くんも気をつけてね」  

 

明るく手を振る凪沙に見送られながら、條士は外に出た。  

 

妹分を騙した事に少し罪悪感はあるが、戦王領域の吸血鬼に会いに行くのだと正直に告げる訳にもいかないから仕方がない。

 

その時條士の直ぐ傍に、そっと寄り添う様に近づく誰かの気配があった。  

振り返ると雪菜が立っていた。條士たちの会話を聞いていたのだろう。暁家のドアをちらりと眺めて、條士を励ます様に話し掛けてくる。

 

「凪沙ちゃん、良い子ですね」

 

「そうだな。嘘を付いた事に少し罪悪感を感じるよ」

 

そう言いながら雪菜の方に向き直る。

 

彼女の服装は、いつもの制服姿ではなかった。

 

白地に紺色のパーティドレス。胸元の露出は控え目だが、その分肩から背中にかけては大胆にカットされている。薄い布地は雪菜の身体の輪郭をくっきりと浮き上がらせて、華やかなフリルのミニスカートからは白く引き締まった太腿が覗いている。  

 

流石にオーダーメイドと言うだけあって、とても雪菜に似合っていた。

 

「似合っているな。見間違えたよ」

 

「そ、そうですか?」 

 

素直に感想を口にすると、雪菜は照れ隠す様に顔を逸す。

 

よく見ると、彼女が持っているギターケースは、いつもの黒いギグバッグではなく、手提げ式のハードケースだった。パーティドレス姿の彼女が持っていてもそれ程違和感は無い。オーケストラの演奏会場へと向かうクラシック奏者のような雰囲気だ。

 

「それより、先輩はどうして制服なんですか?先輩の分も送られていた筈ですけど」

 

「生憎、学生なんでな。学生は学生らしくだ……と言うのはこじ付けか」

 

條士はそう言ってエレベーターの方へと歩き出し、雪菜はその後を着いて行く。

 

エレベーターに乗り込むと、條士は雪菜の髪をまとめている髪飾りに気づく。十字架を模した銀色のヘアクリップ。獅子王機関から送られてきた荷物の中にはなかったものだ。私物を殆ど持たない筈の雪菜が、そんな風にアクセサリーを身に着けているのは珍しい。

 

「姫柊、その髪飾りは?」

 

「えっ……」  

 

雪菜が驚いたように髪に手を当てる。悪戯がばれた子どものような表情だ。

 

「これ……もしかして変ですか?」

 

「そんな事は無い。普段が髪飾りをしてないから映えて見てたから気になっただけだ」

 

條士がそう言うと今度は雪菜も、素直に嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「高神の杜にいた時に、紗矢華さんに……ルームメイトの子に貰ったんです」

 

「ルームメイト? 姫柊と同じ剣巫なのか?」  

 

條士は訊き返す。  

 

高神の杜とは、雪菜が先月まで通っていたと言う全寮制の女子校の名だ。  

しかしその実体は、獅子王機関による攻魔師の教育施設である。雪菜の剣巫の能力も、そこでの修行で身につけたものだと聞いている。そんな雪菜と一緒に暮らしていたという少女が、呪術と無縁の一般人だという可能性は低い。

 

「剣巫ではありませんが、紗矢華さんも獅子王機関の攻魔師です」  

 

雪菜が、條士の予想どおりの答えを口にした。何故か少し得意げな声の響きがある。

 

「私よりも1つ年上だったので、今はもう高神の杜を出て、正式な任務についてます」

 

「仲が良かったんだな」  

 

條士の呟きに、雪菜は軽くはにかみながら首肯した。

 

「そうですね。本当の姉の様に思ってました。美人で可愛くて、性格も可愛くて、優しい、自慢のルームメイトです」

 

「ほう」

 

雪菜の本当に尊敬している様子に、條士はその紗矢華と言う少女に少し興味を抱く。

 

 

◾️◾️◾️◾️

 

 

アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラーのクルーズ船は、港湾地区の大桟橋に停泊していた。遠目からでも異様に目立つ豪華船だ。  

 

パーティの開始時刻は午後10時。大勢の招待客たちが、タラップを上って、船の中へと乗り込んでいる姿が見える。

 

「……"洋上の墓場"……か。随分と趣味の悪い名前だな」  

 

船体に刻まれた〝オシアナス・グレイヴ〟という船名を見上げて、條士は呆れたように呟いた。しかしその不吉な名前とは裏腹に、ライトアップされた船体は、宮殿の様な華やかな威容を夜空に誇示している。

 

「あれが個人の持ち物か……自分の権力を見せつけているのか?」

 

「そんな風に権力を誇示するのが、目的の1つなんだと思います」  

 

雪菜が冷静な口調で解説する。

 

「吸血鬼が海を越えられないと言うのは迷信ですけど、彼らの能力が海上で制限されるのは事実ですから。そんな夜の帝国の貴族が堂々と船に乗って来たと言う事は、それだけでも訪問先の国に対する示威効果があるんです。例えそれが、軍艦では無い唯の民間船でも」

 

「なるほどな」

 

條士は納得しながら、青白い船体を再び見上げた。  

 

民間船である〝オシアナス・グレイヴ〟に武装はない。だが、この船の持ち主は、吸血鬼の貴族だ。彼らが喚び出す眷獣は、最大級の空母にも匹敵する戦闘能力を持っている。つまり今の絃神島は、目の前に夜の帝国の軍艦がいるのも同然と言う、際どい状況にある訳だ。  

 

そのせいか〝オシアナス・グレイヴ〟に乗り込んで行く人々には、ニュースなどで見かける顔が多い。大物政治家や経済界の重鎮、政府や絃神市の要人たちだ。

 

パーティーの主催者が戦王領域の貴族なら、この程度は不自然な事では無いのだろう。

 

「行こう。早く要件を済ませて家に帰りたい」

 

招待状のチェックを済ませて船内に入ると、煌びやかな照明と豪勢な料理。そんな会場に集う偉そうな大人たち。條士の様な若造が歩いていても、路傍の石ころを見る様な視線を向けられるだけである。

 

「さて、俺たちを呼びつけた張本人は何処に居るんだ?」 

 

そんな視線を無視しながら、條士は会場内を見回す。 

 

会場になっている広間は船の中とは思えない程広大だ。訪れている招待客も500人はくだらない。その中から見知らぬ第一真祖の使者を捜し出すのは、それ程簡単な事ではない。  

 

「上です。アルデアル公はおそらく外のアッパーデッキに」  

 

すると、頭上を見上げて雪菜が言った。剣巫の霊視でディミトリエ・ヴァトラーの居場所を知ったのだろう。

 

「アッパーデッキか」

 

「こっちです、先輩」

 

広間の隅の階段を指さした雪菜が、招待客で混み合う通路を歩き出す。  遅れて追い掛ける條士の方へと、彼女は振り返って手を伸ばした。條士はなんの疑問も覚えず、その手を握り返そうとする。  

 

その時、殺気を伴った銀色の光が、條士に向かって振り下ろされたのは、その直後の事だった。

 

「──せいっ!」

 

咄嗟に後方へ下がった條士の眼前を、鋭く研ぎ澄まされたフォークの先端が通過する。 

 

フォークを握っていたのは若い女。身長は170cm近くありそうだが、まだ10代半ば程の少女である。長い栗色の髪に、白い肌。人目を惹きつける優美な顔立ち。すらりとした細身の身体に、チャイナドレス風の衣装が良く似合っている。

 

「失礼。つい、手が滑ってしまったわ」  

 

特に反省した素振りも無く、長い髪の少女が言った。

 

「……そうか、気をつけろ」

 

「ちょ!?待ちなさい!」

 

此方に敵意を向ける少女をまるで何事も無かった様に、條士が階段へ向かおうとすると、少女が慌てて呼び止める。

 

「何だ?」

 

條士は面倒臭そうに少女に訊いた。周りにいたパーティの客たちも、ただならぬ雰囲気を察して騒めき出す。雪菜が戻って来た。

 

「──紗矢華さん!?」  

 

睨み合う條士たちの間に割って入った雪菜が、啞然として長い髪の少女の名を呼んだ。  

 

その瞬間、紗矢華と呼ばれた少女は劇的な変化を見せた。硬い蕾が花開くように、華やかな満面の笑みが広がり、全身から放たれていた殺意の波動が、優しい愛情に満ちた気配に変わる。

 

「雪菜!」 

 

長い髪の少女が勢いよく雪菜に抱きついた。まるで奇跡的な再会を遂げた、仲の良い姉妹を見ている様だった。ポニーテールにまとめた後ろ髪が、喜ぶ犬の尻尾の様に揺れている。

 

「久しぶりね、雪菜。元気だった!?」

 

「は、はい」  

 

彼女との突然の再会に、雪菜は軽く戸惑っている様だった。再会の喜びよりも驚きの方が勝っていると言う印象だ。しかしそんな雪菜の反応などお構いなしに、紗矢華と言う少女は自分の頰を、雪菜の首筋にぐりぐりと押しつける。

 

「ああ、雪菜、雪菜、雪菜っ……!私が居ない間に、変な男なんかの監視任務を押しつけられて可哀想に!獅子王機関執行部も私の雪菜になんてむごい仕打ちをするのかしら!」

 

「あ、あの……紗矢華さん……!?」

 

「でも、もう大丈夫よ。この変質者が貴女に指1本でも触れようとしたら、私が即座に抹殺するわ。生命活動的な意味でも社会的な意味でも──」

 

「ちょっ……さ、紗矢華さん……流石にそれは……やっ」

 

紗矢華に全身を撫で回され、流石に雪菜も困り出した。

 

その時、雪菜は何かに気づく──

 

「……あれ?先輩?」

 

さっきまで居た筈の條士の姿が、いつの間にか消えていた事に。

 

 

◾️◾️◾️◾️

 

 

戯れ合う雪菜と紗矢華を置いて、條士は船の上甲板に出る。  

 

漆黒の海と夜空を背景にして、広大なデッキの隅に立っていたのは1人の男。  

 

純白のコートを纏った美しい青年だ。その見た目は長身だが線は細く、威圧感は感じられなかった。 

 

金髪を揺らして振り返った青年が、碧い瞳で條士を見た。  

 

刹那、彼の全身が純白の閃光に包まれた。  

 

コートの男が放った光の正体は、光り輝く炎の蛇。灼熱を纏った吸血鬼の眷獣だ。流星の如き速度で撃ち放たれたその眷獣に、條士は表情1つ変えず立ち尽くす。

 

 

『ドラァッ!!』

 

 

條士は『ウーバー・ワールド』で炎の蛇を迎え撃つ。  

 

『ウーバー・ワールド』の拳と炎蛇の眷獣が激突し、周囲に衝撃波が発生する。

 

純白の炎蛇が消滅すると同時に、『ウーバー・ワールド』も姿を消した。

 

「やれやれ……随分物騒な挨拶をしてくれるじゃあないか?」  

 

亀裂の入った焼け焦げた甲板と、熱せられた大気を見ながら、條士は白いコートの男を問う。

 

「先輩!」

 

「ちょっと!これどうしたのよ!?」

 

雪菜と紗矢華が甲板に到着し、目の前の光景に驚愕する。

 

その時突然、疎らな拍手の音が鳴り響いた。

 

拍手の主は、白いコートの男。條士に攻撃を仕掛けておきながら、それを防がれたことを、寧ろ喜んでいる様にも見える。

 

「いやいや、お見事。やはりこの程度の眷獣では、傷を付ける事も出来なかったねェ」  

 

のんびりとした声で男が言う。緊張感のない無邪気な声だ。  

 

條士は睨みながら両手をズボンのポケットに入れる。  

 

相手の軽薄な態度の裏に潜む、巨大な力。それを無意識に察知して、條士は気づいた。炎の蛇は彼の力の片鱗に過ぎない事に。もしも彼が本気で眷獣を解き放っていたら、流石の『ウーバー・ワールド』でも防ぎ切れるかどうか。  

 

警戒心を強める條士は近づいて来る相手を凝視する。  

 

しかし次に男のとった行動は、條士の意表を衝くものだった。  

 

彼は條士の前で片膝を突き、恭しい貴族の礼をとったのだ。

 

「御身の武威を検するが如き非礼な振る舞い、衷心よりお詫び申し奉る。我が名はディミトリエ・ヴァトラー、我らが真祖〝忘却の戦王〟よりアルデアル公位を賜りし者。今宵は御身の尊来をいただき恐悦の極み──」  

 

あまりにも見事な彼の口上に、條士は逆に冷静になった。

 

その光景に、いつの間にか銀色の槍を構えた雪菜、そして紗矢華までもが呆然とその場に立ち尽くしている。

 

「で?俺を呼んだ理由は何だ?貴族様」

 

條士が訊いた。  

 

ヴァトラーはニヤリと微笑んで顔を上げた。人懐こさと狡猾さが同居する悪戯っぽい微笑だ。

 

「初めまして、と言っておこうか、空城條士。いや、〝ジョースターの血統を受け継ぐ者"。そして……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう言って、ヴァトラーは條士を好戦的に見つめた。しかし條士を迎え入れんとするかの様に大きく両腕を広げた。それを見て首を振る紗矢華。啞然とする雪菜。

 

「……やれやれだぜ」  

 

告げられた言葉に、條士は疲れ果てた呟きを洩らす。  

 

それがジョースターを受け継ぐ空城條士とアルデアル公ディミトリエ・ヴァトラーの、ある意味運命の出会いだった。

 

 

◾️◾️◾️◾️

 

 

『で?バドの練習はどうだった?』  

 

電話回線の向こうから、幼なじみの楽しそうな声が聞こえてくる。  

 

ベッドの上に寝転んでいた浅葱は、少しムッとして跳ね起きた。

 

時刻は間もなく午前0時。見慣れた自宅。タンクトップに下着だけという、あまり他人に見せられない恰好だ。湿気の残った風呂上がりの髪には、バスタオルが巻かれている。

 

「べ……別に。普通に練習してただけだし」 

 

長電話の相手は矢瀬基樹。なにしろつき合いが長いせいで、お互いに恋愛感情とは無縁だが、気軽に腹を割って話せる貴重な友人だ。

 

『マジで?躓くフリしてジョジョを押し倒したりしなかったのか?』

 

「する訳ないでしょ!!」 

 

揶揄するような口調の矢瀬に、浅葱が苛々と訊き返す。

 

『折角ジョジョとの距離を縮められる機会なんだ。有効活用しないでどうすんだよ。姫柊ちゃんにジョジョを取られちまうぜ?』

 

「何度も言ってるけど、あたしは條士の事なんて何とも思ってないし……」

 

『俺にはそうは見えないけどな』

 

妙に真面目くさった声で矢瀬が言う。浅葱は声を低くする。

 

「大体あたしは、あのバカがコソコソ隠れてなんかしてるのが気に入らないの。姫柊って子と付き合うなら付き合うで堂々としてれば良いのに。あたしたちにまで内緒にしてるのがムカつくんだってば。水臭いでしょうが」

 

当然の同意を求めた浅葱に、しかし矢瀬は意外な言葉で応じた。

 

『そりゃ本当に付き合ってないから、じゃねえの』

 

「え?」

 

『だってよ、ジョジョがおまえの事をマジで唯の友達としか思ってないんなら、姫柊ちゃんと付き合ってるのを秘密にする理由がねえだろ』  

 

思いがけず論理的な矢瀬の発言に、浅葱は渋々と納得する。

 

「うん……まあね」

 

『かと言って、あいつが二股をかけるなんてダメ男みたいな行動をするとも思えない』

 

「あー……無いね。それは無い」  

 

『だろ』

 

今度は浅葱も即座に同意する。矢瀬が得意げに続ける。

 

『だからやっぱりジョジョには、姫柊ちゃんと付き合ってる事を俺らに隠す理由が無い。なのに、あいつは俺たちに何も言わず姫柊ちゃんと2人でコソコソ行動してる……』

 

「うん」

 

『そうなると考えられる可能性は1つだわな』

 

「……なに?」

 

『ジョジョはあの転校生に、何か弱みを握られてんだわ、きっと』

 

「は、はい? 弱み?」  

 

予想の斜め上を行く矢瀬の推理に、浅葱はしばし啞然とする。しかし矢瀬は真面目な口調で続ける。

 

『そうだなー……例えばヤバい秘密を知られて脅迫されてるとか……なんか心当たりがあったりしないか?』

 

「そう言えば……確かに転校生と一緒にいる時のあいつって面倒臭そーな顔してるし」

 

ここ最近の條士の態度を思い出しながら、浅葱は呻いた。不愉快な記憶ばかりだが、あれが姫柊雪菜に脅された結果の行動だとすると色々納得出来る。そう言えば雪菜自身も言っていた。自分は空城條士の監視役なのだと──

 

『な。そうだろ?』  

 

矢瀬が電話の向こうで勝ち誇ったような声を出す。浅葱はそこはかとなくむかついた。

 

「それで、あたしに何をどうしろって言うのよ」

 

『そうだな……とりあえず彼女に対抗して、ジョジョを誘惑してみるっていうのはどうだ?』

 

「はぁ!? ゆ、誘惑って、なんであたしが……!?」  

 

あまりにも無責任な矢瀬のセリフに、浅葱は狼狽して怒鳴り返す。しかし矢瀬はあくまでも真剣な口調で言う。

 

『おいおい、色仕掛けは情報収集の基本だろ。ハニートラップってやつ』

 

「基樹……あんた、なんかもの凄く愉しそうね」

 

『いやいや、何言ってんだ。俺は大切な幼馴染の為に、いつになく真面目に考えてるぜ。ジョジョの事もさ、あいつが誰にも相談出来ずに悩んでるなら、友達として力になってやりたいじゃんよ』

 

「そ、そうね……友達としてね。あくまでも友達として」  

 

矢瀬がロクでもない事を企んでいるのは分かっていたが、そんな風に言われてしまうと浅葱としても反論するのが難しい。しかし色仕掛けといっても、自分と條士の関係で一体何をすればそんな状況に持ち込めるのか、と浅葱は途方に暮れる。あの鈍感男を簡単に籠絡出来るなら、浅葱としてもこんな苦労はしていない。

 

『じゃあ、俺はそろそろ緋稲さんに電話する時間だから、この話はまた今度な』  

 

矢瀬が唐突にそう言って、一方的に会話を切り上げる。緋稲さんというのは、矢瀬が夏休み前から付き合い始めたと言う年上の彼女の名前である。

 

「ちょっ……話はまだ終わってな……あんた、それが大切な幼馴染に対する態度!?」  

 

浅葱が猛烈に抗議するが、電話は既に切れていた。浅葱は、自分の携帯電話を乱暴にベッドに投げ捨てる。

 

「まったくもう、どいつもこいつも……」  

 

ぶつぶつと文句を言いながら、浅葱は机の前に座った。クローゼットからあふれ出した洋服。雑誌とメイク用品とぬいぐるみが少々。浅葱の自室はごくありふれた女子の部屋だ。  

 

だが、この机周りの一角だけは違う。無骨な業務用のディスプレイに、ラックマウント式の並列PCクラスタ。ちょっとしたIT企業や大学の研究室レベルのコンピュータが、勉強机に並んで無造作に置かれている。何処となくシュールな光景である。  

 

ごく一部の友人たちしか知らない事だが、浅葱の特技はコンピュータープログラミング。勿論自分で名乗ったりはしないが、〝電子の女帝〟などという世にも恥ずかしい渾名で呼ばれるハッカーなのである。個人的な趣味と実益を兼ねて、絃神島内の企業や人工島管理公社から高額なバイトを請け負う事もある。  

 

とは言え今日は仕事をする気分ではない。取り敢えず築島倫がまだ起きているなら愚痴でも聞いて貰おうと、浅葱はメッセンジャーを起動して、ふと見慣れないメールの存在に気づく。  

 

発信者のアドレスは、カノウ・アルケミカル・インダストリー社。浅葱も何度か仕事を依頼された事がある絃神市内の大手企業である。  

 

だが、これは仕事の依頼のメールではない。書かれていたメッセージはひと言だけ。

 

『解読希望──』

 

「何これ? ウィルスメールって感じでもないけど……」  

 

浅葱は首を傾げながら、添付されていたデータを展開する。  

 

表示されたのは、得体の知れない奇怪な文字の羅列だった。恐ろしく複雑な言語体系。破綻した論理配列。これまでに地球上に存在したどの民族の言語とも違う。だが魔術や呪術で使用される呪文とも違う。いかなる言語学者、あるいは魔術師の集団をもってしても、これを解読するのは困難だろう。

 

だが──

 

「パズル? このあたしに勝負を挑むなんて、いい度胸ね」  

 

ふふん、と愉しげに息を吐いて、浅葱がディスプレイに向き直る。  

 

ハッカーとしてのカンが教えてくれている。これは人間の為に存在する文字列ではない。だから普通の言語学的アプローチでは決して解読出来ない。

 

これは人間以外のモノの為に造られた言語。今の人類が知らない特殊なアーキテクチャを操るための命令体系──プログラムだ。  

 

面倒臭い現実からの逃避と腹いせ。そして純粋な知的好奇心に衝き動かされて、浅葱は文字列の解読に没頭していく。奇怪な文字が解体されて、翻訳された文字が表示される。

 

「〝ナラクヴェーラ〟……?」 

 

ディスプレイに浮かび上がった単語を眺めて、浅葱は素っ気なく呟いた。  

そして、絃神市〝魔族特区〟の夜が更けていく。

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